予選35
「何のご用でしょうか?」
俺はそう訊きながら、子ども達に、いざとなったら孤児院にいる大人達に助けを求めるよう、目配せをした。本当に伝わったかどうか分からないが、子ども達は一斉に頷いた。
「ゼリーとグミを売って欲しいんだ」
1番年上に見える髭の男がそう言った。
何だ、そんなことかよ……と俺は苦笑いした。
「ゼリーとグミは市場で路上販売する予定です。そこでお買い求めください」
俺はそう断った。
「そこを何とか頼む。七海ちゃんの大好物だって聞いたから、どうしても欲しいんだ」
七海達に貢ぐのが欲しいのか……。『1の3』の宣伝効果が証明されたのは嬉しいが、こういうのはやはり迷惑だな。
「そう言われても、役場で路上販売の許可をとったのは広場だけですからね。他の路上で売ると脱税になってしまうので、お売りできません」
「だから、ここまで来たんじゃないか。孤児院の敷地内で売るなら、役場の許可は必要ないだろう?」
アイス商会には11個ずつのゼリーとグミを売ったが、あれは特別だ。エドワードは取引先の会社の人だし、さすがの俺も、領主に向かって路上販売の列に並べとは言えないし。商会に売るのと一般客に売るのとは、全く違う行為だ。
「1度孤児院の敷地内で売ってしまったら、明日からここに大勢のお客さん達が押しかけてくることになるでしょう。でも、ここはお店ではなく、親がいない子ども達の家なんです。この家の周りを大人の男達がうろついていたら、子ども達が怖がってしまうのが分かりませんか?」
「うっ……」
髭の男が反論できずに口ごもった。俺の正論パンチの効果は抜群だった。
「今日は昨日よりは多く作りましたし、今から広場で並んでいれば、運が良ければ買えるかもしれませんよ」
俺が断固とした口調でそう言うと、髭の男は溜め息をついた。
「……そうだな。あんたの言うとおりだな。これは迷惑料だ。孤児院に寄付しておいてくれ。――お前ら、行くぞ」
髭の男は俺に1000ゼン硬貨を3枚押しつけ、他の男達を連れて広場の方に走っていった。
俺は子ども達と孤児院に戻り、院長に事情を説明し、謝罪してから3枚の1000ゼン硬貨を渡した。
「いえいえ、クロウさんのせいではありませんよ。こうして孤児院を気にかけて寄付をしてくれる人が増えるのなら、よいことです。ですから、そんなに謝らないでください」
院長は俺ではなく1000ゼン硬貨を見つめながらそう言った。
せっかくいいこと言ってるのに台無しだよ、院長!
こんな感じで出鼻をくじかれてしまったが、俺達は無事に広場に到着した。
すると、昨日ゼリーとグミを売った場所に、すでに長蛇の列ができていた。あれってどう考えても、俺待ちだよな? 全員が殺気立った目つきで俺を見てるし。
「この列は、ゼリーとグミをお買い求めになりたい人達の列でしょうか?」
俺は念のため、先頭に並んでいた役場の偉い人にそう訊いた。そう。先頭にいたのは、昨日ゼリーの試食をさせてあげた、あの役場の偉い人だったのだ。
「もちろんです。今日も購入制限があるのでしょうか?」
「はい。昨日と同じです」
「では、上限いっぱいまでください」
役場の偉い人はそう言った。この人、今は勤務時間中じゃないのか? いいのかなあ、と思うが、ここまで堂々としているのなら、いいのだろう。その辺の感覚は日本とは違うのかもしれない。
俺は昨日と同じように、販売は子ども達に任せることにした。俺は列形成と、賞味期限や保存方法や上限の説明に集中した。
しばらくして、見知った顔を見つけた。
「あれっ。エドワードさん?」
「はははは。また食べたくなってしまって、来ちゃいました」
ついさっき初めてゼリーとグミを食べたはずのエドワードは、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ありがとうございます。この後、商談があるのでアイス商会に行ってもいいですか?」
「ええ。大丈夫です。お待ちしております」
そんなやり取りをして、列の後ろの方に移動した。
先ほど孤児院の前で俺を待ち伏せていた髭の男達は、普通に購入できる位置に並んでいた。この男達以外にも、『エンジェルズ』のサイン会で見かけた男達が何人かいた。
今日はゼリーは300個、グミは1500個用意してあったのだが、40分ほどで完売した。そのことを並んでいた人達に伝えると、昨日と同じようにブーイングが起こった。
その後、木工職人のところに行き、光る棒ならぬ「光らない棒」と、完成していたボードゲームの盤を受け取った。光らない棒が想像以上に嵩張り、リヤカーが2台とも満載になってしまった。
子ども達が彫った判子を木工職人に見せ、その判子を紙の大きさに合わせ、数十個ずつ挟むのにちょうどいいサイズの木の枠を作ってもらうことにする。
木の枠はすぐにできるという話だったので、待っている間に銀行に行き本日のゼリーとグミの売上(60万ゼン!)の大部分を入金しておいた。さらに、竹細工職人のところに顔を出し、団扇の骨組みのチェックをした。特に問題なかったので、後で孤児院の子ども達が回収しに来ると伝えておいた。
役場に行き、さっきゼリーとグミを売ってあげた役場の偉い人に、週末に河川敷で野外ライブを開催できないか相談してみた。すると、前例のないことなので領主の許可が必要だと言われた。
「領主様の許可って、どうやったら取れるんですか?」
「さあ。とりあえず、領主様とコネがある人に相談してみたらいいんじゃないでしょうか」
役場の偉い人は、あなたにはそんな人はいないでしょうが、というニュアンスを込めてそう言った。広場で野外ライブを行なう許可は数分でとれるそうなので、河川敷が無理だった場合は、やはり広場で開催するしかなさそうだった。
文具店に顔を出し、料金先払いでサイン色紙を大量発注し、週末まで毎日孤児院に届けてもらう契約を交わした。団扇に貼る用の紙も発注しておいた。とりあえず今日の昼間のライブで使う予定のサイン色紙は、子ども達に持たせておいた。
そして木工職人のところに戻ってくると、すでに木の枠が完成していた。凄く早い仕事だったが、おそらく判子の出来が悪かったから、それに見合うレベルの枠でいいと判断されたのだろう。
続いて、陶芸家の工房を訪れ、粘土を売ってもらえないか交渉した。陶芸家に不思議がられたが、無事に売ってもらえた。
アイス商会を訪れ、子ども達をロビーで待たせ、いつもの応接室に行った。
「先ほどはどうも。いつもお世話になっております。バターと低脂肪乳は料理人達に好評で、継続して購入してもらえそうです」
エドワードは開口一番にそう言った。
低脂肪乳? と思ったが、すぐに理解した。青山が生クリームを取り除いた後の生乳を加熱殺菌して、低脂肪乳としてアイス商会に売ったのだろう。俺は情報を共有できていなかったので寝耳に水だったが、孤児院にいる人達だけだと飲みきれないし、いい判断だと思った。低脂肪乳の卸値を聞いてみると、普通の牛乳の7割程度の値段だったので、そりゃ好評だろうなと思った。
青山は今朝バターと一緒に、粉末状にした豚骨スープの素と鶏ガラスープの素もアイス商会に納品していた。試食したエドワードはその両方を気に入り、生産した分だけ全てアイス商会に買い取ってもらえることになった。
そして俺は、今日の本題である、リバーシと将棋とチェスとトランプのサンプルをテーブルの上に並べた。
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