予選33

 昨日は「こんな店でアイドル活動なんてできない!」と騒いでいた七海も、もう『エンジェルズ』でアイドル活動をすることに抵抗はなくなったらしく、昼間のワンマンライブを了承してくれた。


 明日からのライブの告知もし、曲と曲の合間のトークで、七海達の好きな食べ物はゼリーとグミだとステマしてもらい、昨日よりも盛り上がった合計3回の『1の3』によるステージは終了した。


 500枚用意していたサイン色紙も、すべて完売となった。サイン1枚につき1000ゼンなので、それだけで50万ゼンの儲けだ。

 さらに、女性スタッフや演奏家への演歌の指導料、特別プランを選んだ客の分け前、ステージのギャラなどをもろもろ含めて、店長から50万ゼンの報酬を約束してもらえた。


 つまり、合計100万ゼン!


 そんな大金を持って孤児院までの暗い道を歩くのは怖かったので、店長からの報酬は明日の営業時間前にもらい、即座に銀行に入金することにした。

 今日はリヤカーを牽いて来ていたので、昨日よりは50万ゼンを持ち帰るのは楽だった。


「烏丸P。気付いてる?」


 孤児院の敷地内に入り、送ってくれたヘンリーと別れたところで、七海が立ち止まってそう訊いてきた。


「何に?」

「岡村くん、篠宮くん、高橋くん、根岸くん、南くんの5人の所持金がマイナスになってるの」


 七海にそう言われ、俺は慌ててウィンドウ画面を呼び出した。


【岡村章太:-2000000ゼン

篠宮翼:-2000000ゼン

高橋寛二:-2000000ゼン

根岸智史:-2000000ゼン

南颯真:-2000000ゼン

石原伸介(死亡):-100010000ゼン】


 地球代表チームのプレイヤー別ランキング下位を見ると、そう表示されていた。


 ボス猿くんと一緒に首都に転移した5人の所持金が、昨日は0ゼンだったのに、今はそれぞれマイナス200万になっていたのだ。


「マジかよ、あいつら……。首都班だけで1億1000万も借金を作ってやがる……」


 俺の口から呻き声が漏れてしまった。


「何で5人の所持金がマイナスになったんだと思う?」


 心愛がそう訊いた。


 ――例えばAさんがBさんを100万ゼンで売った場合、Aさんの所持金は100万ゼン増えますが、Bさんは100万ゼンの借金を背負ったと見なされますー。


 ザイリックの言葉が脳裏に蘇った。


「きっと、あいつら、200万ゼンで奴隷として売られたんじゃないかな。それで200万ゼンの借金を背負ったと見なされたんだと思う」


 俺は溜め息をつき、そう答えた。


「やっぱりそうか……」


 七海はそう呟いた。女子4人の間でもそういう結論に達していたのだろう。


 しかし、奴隷の売値が200万ゼンって、凄く安いな。ウォーターフォールで働いている人達の平均年収を下回っているんじゃないか。きっとこの国では人の命が安いんだろうな、と思った。


 チーム別の所持金の下位の方を確認すると、次のように表示されていた。


【 9位 230番 コロイレム星代表チーム  :56500ゼン

 10位 226番 ミンジャーク星代表チーム :0ゼン

 11位 227番 ソロガリオ星代表チーム  :-63000000ゼン

 12位 231番 ワーメウス星代表チーム  :-69000000ゼン

 13位 236番 アッサリーム星代表チーム :-74000000ゼン

 14位 228番 レイレイレオ星代表チーム :-88000000ゼン

 15位 239番 地球代表チーム      :-96834403ゼン

 16位 225番 サイジェリアス星代表チーム:-164000000ゼン】


 昨日の段階では所持金が0ゼンだったチームが、軒並み借金を背負った状態になっていた。きっと、彼らも奴隷として売られてしまったのだろう。金額が違うのは、性別とか容姿とか体格の差なのかもしれない。


 そして地球代表チームの現在の所持金は、昨日の夜に確認した金額とあまり変わっていなかった。1000万ゼンの借金が、今日稼いだお金で相殺されたのだろう。


 今日1日、あんなに頑張って働いたのに全然借金が減らないなんて、クソゲーすぎるだろ、これ……。


 俺はそう愚痴をこぼしたかったが、女子4人の前なので自重した。ただえさえ、うちのアイドルグループにはメンタルに不安を抱える奴が多いし。この話題を出した七海が俺に期待している言葉は、そんな愚痴ではないはずだ。


「現時点での所持金なんか、あまり気にしない方がいいぞ。こんなの、ちょっとしたことで大きく上下するんだから。大事なのは最終日の所持金だし、それまでは画面なんてできるだけ見ない方がいい」


 俺はそう言い、孤児院の裏口に向かって歩き出した。


「う、うん……。そうだよね」


 七海がそう呟きながらついてきた。これで正解だったっぽいな、と俺は思った。


 俺は裏口の前にリヤカーを停めた。


 青山はまだ料理をしているところだった。厨房には4台のかまどがあるのだが、それだけでは全然足りず、青山は孤児院の裏に自分でキャンプのときのような竈を6台も作ってフル稼働させていたのだ。


「ただいま」


 俺はそう声をかけた。


「お帰り」

「こんな時間まで大変だな……」

「お前らの方こそ。何か夜食食べるか?」

「頼む」


 俺はそう頼んだ。女子4人もお腹が空いたと言い、青山が手早くバターソースがかかった白身魚のムニエルと豚骨味の野菜スープを温め直してくれた。


「――美味しかった。ごちそうさま。この班に青山がいてくれて、本当によかった」


 俺は食べ終えると、食器を流し台のところに持っていってそう言った。


「ねえ、やっぱり食べてばっかりじゃ悪いし、ウチらにも何か料理を手伝わせてよ」


 有希がそう言い出した。


「前にも言ったけど、お前らに怪我とか火傷をして欲しくないから……」


 俺はそう言った。


「怪我とか火傷の心配がないの、何かない?」


 心愛がそう訊いた。そんな都合のいい手伝いはないだろうと思ったのだが――。


「あるぞ。バター作りを手伝ってくれないか」


 青山はそう答え、生乳から分離した生クリームを加熱殺菌したものを、蓋付きの陶器に入れ、塩を加えた。青山は続けて説明する。


「蓋を押さえながら上下に振り続けてくれ。気温が低いときの方が水分と脂肪分を分離させやすいから、この作業は夜と早朝にやることにしてるんだ。さっきまで子ども達が手伝ってくれてたんだけど、もう遅い時間だから寝かせた。俺1人で火の番をしながら少しずつやるつもりだったんだけど、お前らが手伝ってくれたら助かる」

「あ、そう言えば、牧場に生乳を配達してもらうように頼みに行くの、すっかり忘れてた。ごめん」


 俺は思い出してそう謝った。


「大丈夫。職員の人が発注しに行ってくれたから。毎日、夕方に200リットルくらい配達してもらえることになった」

「何かもう、子ども達だけじゃなくて職員の人達まで、俺達の部下みたいになっちゃってるな」


 俺はそう苦笑した。


「確かに」


 青山も苦笑を漏らした。


 バターを作る作業は、新鮮で楽しかった。10分くらい入れ物を振り続けていたら、上手いこと分離してくれた。女子達も楽しそうな声を上げていた。


「分離した水分はホエーとか乳清って呼ばれてて、栄養たっぷりなんだ。実は、さっきの豚骨スープにも隠し味として入れてたんだ。料理に使っても美味しいけど、化粧水として使う人もいるらしいぞ」


 青山がそう解説した。


「へぇ、化粧水かぁ。この国の化粧水はあまり質が良くないから、1回試してみようかな」


 有希は興味津々という様子でそう言った。他の3人も頷いていた。


 その後、俺は、着替えとタオルと乳清の入った容器を持った女子4人を連れて銭湯に行った。もちろん混浴ではないので、入り口のところで男女別に分かれて入場した。

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