第12話 オール・アウト・オブ・ラブ
ある日
明星と海斗が仕事帰りに道をぶらぶら歩いていた。
「海斗。最近セナとはどうなんだ?」
「何も変わんねぇよ。変える気もないし」
「嘘だろ?お前ら恋人同士なのにデートとかにも行ってないのか?」
「デートかどうかわからんが買い物に行ったりはするぞ。というか前にもセナに聞いた。デートって本当はどう意味なんだってな」
「じゃあHは?」
「本で殴られる時角と面どっちが良い?」
海斗の前でセナのことを聞くのは良いがソッチ方面を聞くと容赦ない制裁が下るかもしれない。するとその時歩道にもかかわらず大型バイクが海斗に突撃して来た。ギリギリのところでバイクは止まったが明星は常識はずれな光景に身をたじろぎ、海斗はすでに慣れているのか微動だにしなかった。
「よぉツキ」
「海堂はん。あんさんウチのシマで派手に暴れてくれたらしいなぁ。お陰でウチらがケジメつけるつもりやった昨日のしゃぶしゃぶパーティーウチらが来た頃にはお釈迦になってもうたわ。ウチらの面子潰すつもりかボケが!!」
「あのパーティーに参加してたのはお前の組員だけじゃなかった。ずっと俺たちが目をつけてた奴がたまたまいたから仕事してただけだ。別にお前らとどうこうしようなんて気はない。あとそのバイク大切にしろよ」
ツキと呼ばれる関西弁を話す女性はメンチを切りながらヘルメット越しに海斗を睨んでいた。
「まぁえぇわ。また今度会おな」
ツキは律儀にも海斗に用を済ませると歩道から車道にわざわざ戻って走り去った。
「か、海斗……?今のって刃覇無宇斗組の暁哲子だよな?」
「あぁ。哲子なんて名前あいつに似合わないよな」
「そういうことじゃない!ど、どういう関係だよ!?あとしゃぶしゃぶパーティーって何?」
「昔あいつの組の一部がご法度の麻薬に手を出してた時期があってな。俺がちょっとコツいたらあいつがストーカー並にやってくるようになってよ。しゃぶしゃぶパーティーっていうのは麻薬パーティーのことだ。シャブが麻薬の意味。あいつの言ってた通り昨日パーティー会場でドンパチやったらあのパーティーをぶち壊す予定だったツキがたった今メンチ切って来たってわけ」
「お前の交友関係って本当に謎だよな。まるで街を歩く人全員がお前の知り合いみたいに」
「それは言い過ぎだ」
海斗と明星が再び歩き出すと海斗はとある人物を見つけた。その人物は海斗がよく行く地下一階にある喫茶バーに入っていった。
「明星。悪いが先に帰ってくれ」
「おい、急になんだ」
「知り合いがいたんで挨拶してくるんだよ。後をつけてもすぐに分かるからな。じゃ」
海斗が店に入ると中は相変わらず薄暗かった。夜になるともっと薄暗い。そして先程の人物は客としてではなく店員としてそこにいた。
「ここで何をしてるんだレイ。この辺り俺の縄張りってこと知ってるよな?」
「もちろんよ。だからこそやってきたのよ。あなたの秘密を知りたくて」
レイ。端的にいうと謎に満ちた人物。カウンター席に座った海斗に向かってレイは色仕掛けをしていたが海斗はレイの目一点を見ていた。
「俺に秘密なんてねぇよ。どこにでもいるただの青臭いガキだ」
「あら、十八で戦場に出て世界各地の紛争地域で最前線で何百人もの兵士を青臭い人なんて普通見かけないわよ」
「世界は広い。俺よりもすごい奴がいるかもしれないぞ。アイスコーヒーで」
海斗がさりげなく注文するとレイはせっせとコーヒーを淹れ始めた。
「おまけに色んな裏社会の人間と顔馴染み。中マフィア、露マフィア、伊マフィアなどなど。あなたの噂聞きたい?ある人物は世界をひっくり返すために裏社会の重鎮を牛耳ろうとしてるとか現れただけで街の人間を無差別に襲うとか色々噂があるわよ」
「俺は人間台風(ヒューマノイドタイフーン)じゃねぇよ。でも、行くところに騒ぎがあるのは確かか」
「はい、アイスコーヒー。あなた、最近仕事してるの?」
レイがアイスコーヒーを渡すと手に頬を乗せて会話を再開した。海斗は渡されたストローを使って飲んだ。意外にも苦味と旨味が両立していた。
「いや。最近は小さいものばかりだ。家の掃除、ペットの散歩、人探し色々」
「でもちょっと前に有名な露マフィア壊滅させたって噂が入ったわよ。それもあなた一人の手で」
「レイ。悪いがお前が俺を追っても何も得しないぞ。十八で戦場に出るなんて珍しい話じゃない。現地に行けば俺よりも歳が下の少年兵がうじゃうじゃいた。知り合いに一人いるから代わりにそいつの話聞かせてやるよ」
「少年兵の話は色々な場所で聞くわ。正直日本で言う耳にタコよ」
「俺からすればお前の方が謎だ。世界のどの情報機関にも組織にもお前の記録はなく、名前以外全てが謎だときた。前に俺のこと一部教えたんだから俺にも教えてくれてもいいんじゃないか?」
「女は秘密を教えない方が美しいのよ。そう簡単に教えられないわ」
「はいはい。それだったら自分で確かめることにするよ。お前一人のようだがここのおやっさんには何もしてないよな?」
「少しトイレで眠ってもらってるわ。あなたが来るってこと知ってたから誰にも邪魔されたくなかったし」
海斗はコーヒーを一気に飲んで席を立った。
「長居は無用だ。釣りはいらないからじゃあな」
海斗は無造作に千円札を置いて店を出た。別の言い方をすればストーカーのレイと海斗の出会いは戦場。海斗は傭兵だったが一方のレイは戦争孤児でも彼に救われた誰かというわけでもなかった。それは唐突の出会いだった。
一週間後
「海斗。これ」
太陽の家でエルが海斗に一枚の羊皮紙を渡した。
「これは?」
「ある異世界で観測されたものです。どうやら我々の介入が必要みたいです」
「そうか。じゃあ行くとしよう。留守は任せたぞ」
魔術で使われる扉は複数ある。現実世界で使われるものや宇宙空間など特異な場所で使われるものや異世界に行くために使われるものがある。海斗は異世界に行くために必要になる中継地点への扉を開いた。
「お待ちしてました。マスター」
「ロイ。事情を詳しく聞こうか」
果てしなくどこまでも続きそうな空間の中心にロイが正座で座っていた。ロイは異世界中継地点の監視及び異世界で起きている非常事態を見張るための番人のような立場にいる。
「ある異世界に転生した人間が力に耐えきれず暴走して魔王となりました。力の強大さのせいでその異世界が滅亡しかかっています」
「わかった。反乱軍のような勢力はあるのか?」
「先程の数国が束になって挑みましたが全滅しました。お陰でその世界の半分が魔王と魔物によって支配されています。しかしつい先日二人目の転生者を送りました。彼が最後の希望になるでしょう」
「あーそうだ。そいつに会った時の挨拶なんだが何が良いと思う?俺か私か」
「特に規定はありませんのでご自由に使えばよろしいのでは?」
「そうだなはいはい。じゃあ送ってくれ」
ロイが着ているローブのポケットから鍵が出てきた。彼のポケットは彼の記憶から思い描いたものを取り出す魔法が施されている。適当に取り出したように思えるがちゃんとこれから海斗の行く異世界に通じている鍵である。
「行ってらっしゃいませ」
「あぁ」
続く
天翔道を征くマルチバース 序章 @glide
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