第9話 タイム・アフタータイム

 建物の中はまるで異国の美術館のような内装であらゆるものがガラス張りで飾られている部屋や客人を招くにちょうどいい部屋だが椅子の類が端ににしかない部屋や屋上に繋がる階段があった。


「あなたは?」


「私はいわゆる術者と呼ばれる存在です。他の言い方をすれば魔法使い、魔術師といったいったところでしょう」


「おいおいちょっと待て。魔法使い?俺はファンタジーが苦手なんだ。それにそんな自己紹介をされても簡単に信じれない」


「信じるしかありません。あなたは自分の目で見えるものしか信じようとしない。だからここに連れてきたのです」


 女性がいきなり振り向き手の甲を海斗に見せると彼の脳内に様々な情報が流れ込んできた。見たこともない景色に色。簡単な言い方とすればハイになっている時に見る幻のようなものだがぼやけて見えるアレとは違いこっちは鮮明に、しかもあたかもそこに実在しているような感覚であった。


「あぁっ!今のは……!?」


「あなたの精神体を通してこの世界の真実を見せました」


「何か薬でも飲ませたんじゃないよな。さっき飲んだお茶に何か入れてなかったか?」


「ただのほうじ茶です。この世界は単純なようで複雑でできています。あなたは多次元宇宙を知っていますかいます?」


 海斗はいつの間にか用意された椅子に座り息を整えている間女性が聞いてきた。


「マルチバースか。アレはほとんどフィクションの中での出来事だ」


「この世界もフィクションの一つです」


 女性が手の上で何かの操作をすると部屋の天井一辺に幻想的なもしくは何かが広がった。


「この世界はマルチバースつまり多次元宇宙で出来ています。この宇宙の他に無限に近い数の宇宙が存在し誕生しては消えています。私は古来からマルチバースからの脅威からこの地球や他の次元を守ってきました」


「一つ聞きたい。マルチバースとパラレルワールドは何が違うんだ」


「マルチバースは多次元宇宙。パラレルワールドは並行世界。前者は宇宙が違えば結末も違います。あなたが今の職に就くこともなければ逆にあなたの恋人がその職に就いている世界もあります。パラレルワールドは同じ人間がいても性格など何もかもが違う世界です。パラレルワールドもいくつか存在しますが圧倒的にマルチバースが多いです。聞きたいことはそれだけですか?」


「今できた。どこで俺の身の周りを知ったんだ?」


「私の専門魔術は物事を見通すことです。今日まであなたがやってきたことや身の周りのことは全て把握しています。その周りのことまでもです」


「マジで?」


「あなたがこの前恋人の友人が失恋した時の相談をしたことも知ってます」


「何故知ってる!?」


 数日前セナの頼みで海斗は彼女の友人の相談を受けていた。このことを知っているのはごく少数かつ海斗の家に盗聴器などの類のものは自動で検知されるため仕掛けたとしてもすぐに発見されるためもし盗聴されているなら海斗はすでに知っている。しかし彼の態度で一目瞭然。


「まぁお前が魔術師だろうが魔法使いなのはわかった。俺になんのようなんだ?」


「あなたにマルチバースの守護者となっていただきたいのです」


 しばらく沈黙があった後海斗から口を開いた。


「マルチバースの守護者?俺が?何故」


「あなたにはその資質があるからです」


「資質?悪いが俺の親は魔術師じゃないから遺伝してるわけじゃないし、魔法もビビとバビとブーしか知らないぞ」


「どっこいです。あなたの親も関係しています。あなたは父親の本当の姿をこ存じありませんね?」


「あぁ。この地球の遺伝子じゃないってことくらい」


「あなたの父親はこの地球の者ではありません。いわゆる宇宙人というのが正しいのですが宇宙的に言えば差別用語になりますのでちゃんと彼らの種族を呼ばなければなりません。お父さんの種族はグランダーズと呼ばれています私がマルチバースを守ってきたように彼らは古来から宇宙的脅威から地球を守ってきた種族です。あなたが今日まで明らかに他の人と身体能力が違っているのは彼らの戦士の血が混じっているからです」


 海斗の頭の中は半分考えるのをやめていた。今日一日で十分くらい情報量を吸収していたからだ。


「話を戻しましょう。私があなたを選んだ理由はいくつかあります。一つはこの世界のある面を理解しているからです。この世界が何でできているかです」


「この世界は下らない文面と会話と想像で出来ているってことか?」


 つまりただのメタい登場人物である。


「そんな理由でか!?」


「多次元宇宙を理解するには世界を理解することが必要です。あくまでおまけ程度ですが。それよりも大事な理由があります。あなたのモットーが我より他人だからです」


海斗が昔から実践していたこと。それが自己犠牲に躊躇わないのと誰かのために何かを実行する心である。


「あなたには十分と言えるくらいの才能があるのです。あなたがその身体となりいきなり改造兵士と戦えと言われてもあなたは躊躇いなく引き受けた。その心は素晴らしいと思います」


「それが普通だと思うんだがな。男ってのはどんな小さな約束でも守るもんだろ」


「やはりこの次元のあなたの方が向いています。ですが、唯一無くてもいいものがあったので取り除きました。あなたの身体をごらんなさい」


 自分の身体を見つめると言われて初めて変化に気づいた。元の人間の身体に戻っていた。腕も脚も全て機械ではなく赤い血の通った人間になっていた。


「どうなってるんだ?」


「あなたがマルチバースの一部を体験している間に私があなたの身体時間を戻したのです。あなたが連れ去られる前に戻したので変化に気づかなかったのでしょう」


「あんた……この地球で最もやばい人間かもしれないな」


「少なくともこの地球ではそうです。その気になればこの地球を大昔のただの岩の塊にすることもできます。ですが私以上に危険な存在はあらゆる次元に存在します」


 天井に映し出されていた映像を女性が左に払うとさまざまな世界と思われる映像が出てきた。


「私たちがいる世界が感覚を司る現実世界。あなたが精神体として体験した世界はアストラル世界と呼びます。他にも機会が進歩した世界。歴史のどこかで魔法が誕生し機械では無く魔法文明が発達した魔法世界。この世界では御伽噺にしか存在しない龍などが暮らしている幻獣世界など様々です。そして」


 今度はもっと強く左に払って映像の端の部分と思われる場所でストップした。


「ここが暗闇と絶望の世界。私は暗黒世界と呼称しています。暗黒世界には同じく太陽系が存在しますがそこにあるには結末が絶望の未来です。そのためマルチバースに悪影響を及ぼす者は皆ここから出現しています。逆に希望に満ち溢れた世界もあります。光子世界は暗黒世界とはコインの裏表のような関係です。なので私は光子世界と協力してこの広い宇宙を守ってきました。あなたのお父さんもこの光子世界出身です」


 海斗の率直に思ったことは一歩間違えれば薬物中毒者と思われかねないということだった。完全に非現実的なことをのたまっているためである。


「これで伝えることは全て伝えました」


「何?」


「もうまもなく私は死にます。そこでじっとしていてください」


 その時女性が窓に向かって手を払った。すると周りの景色が歪んでいくと女性が消えた。そして海斗は一人取り残された。すると歪んだ空間から血だらけとなった先程の女性が勢いよく現れた。


「おい!大丈夫か!?」


 海斗は駆け寄り状態を確認した。が、明らかに今まで見たことのない怪我の仕方で対処のしようがなかった。


「あなたに……見せたいものが……」


 女性が海斗に触れると海斗は再び精神体となった。すると女性も精神体となった。


「私が事象を見通すことが出来るならこの結末も知っていました。ですがどう頑張ってもこの結末を変えれませんでした」


「じゃあこの日のために俺を呼んだと?何故もっと早く呼ばなかったんだ?」


「そうすればあなたも死ぬことになります。このルートが最善策でした。あなたには魔術師の才能があります。私がいなくてもここに置いてある書物があれば十分です。あなたを見通していて正直気の毒に思っています」


「え?」


「あなたは今まで数えきれないくらい色々なものを受け継いでいます。今までもこれからも。魔術師でなければあなたのような人とはもう少し話をしたかったです」


 そう言うと海斗にとって名の知らない女性が霧のように消えていった。それと同時に現実の身体は灰のように消えていった。結局海斗はいろはも右も左も分からないままその場に取り残されてしまった。女性が消えて間もない二回ほどノックが鳴った。ドアを開けるとまた知らない女性が。


「誰?」


 もちろん海斗もそう思ったが初対面相手に口に出すほど失礼ではないので心の中で静かに思った。


「気持ちはわかるが口に出す必要は無いだろう。あんたここの人か?」


「まぁ一応。私はエルフ。マスターの要請できました。あなたを補佐しろと」


「そうか。なるほど。で、名前は?」


「は?」


「名前をまだ聞いてない。エルフとだけ聞いたが」


「いや、違います。エルフが私の名前です」


 海斗にとってエルフとは種族の名前だと勘違いしていたが今回の場合は個人の名前である。


「それでマスターは?」


「ついさっき……消えた」


「そんな……」


 海斗はエルフを中に通してマスターが消えた場所まで案内した。


「同じ魔術師同士でわかることってあるのか?」


「わずかに魔力を使った跡があります。数回ほど。覚えはありますか?」


「俺の身体の時間を戻し、精神体の体験をさせ、一瞬だけだがどこかに消えた」


 エルフはマスターやったのと同じようにして手を払って空間を歪ませた。


「この魔法ですね」


「そうだ」


「ついてきてください」


 海斗がエルフの後に続き歪んだ空間を抜けると先程とは別の場所だが本棚が散らかっていたり、ガラスが割れていたりとかなり荒らされていた。


「この魔法は魔力で別の時空に移動する魔法です。我々の脅威は主にこの世界から現れますので現実世界には影響を与えません。しかしこの世界への過度な行き来はお勧めしません。時間の感覚が違いますので人として生きれなくなるケースもあります。さて」


 エルフはその場で膝をついて手を合わせて目を瞑った。キリスト教徒が教会で祈りを捧げるように。


 数分後


「なるほど……事情は全てわかりました。マスターはあなたに全てを託したというわけですね」


「そうみたいだ。で、あんたは俺の補佐役に来たわけか」


「そうです。ですが、理解に苦しみます。マスター何故あなたのような一般人に全てを託したのか。あなたは所詮魔術の才能があるだけでしょう?」


「俺もわかんねぇよ。わからないから知ろうと思う。だから教えてくれ。魔術について」


「マスターの要請なら仕方ないですね。わかりました。ただし厳しく教えますから」


 エルフは早速書庫に行き広辞苑並に分厚い本を軽そうに持ちながら取り揃えてきた。


「基礎魔術の入門書です。これからよく使う魔術は大抵この中にあります」


「なぁ。あんたをエルフエルフって呼ぶのは少し抵抗があるんだが……」


「何故?」


「創作に話にエルフって名前の種族と混合しちまうんだ。だからせめてエルとでも呼ばせてくれないか?」


「エル……悪くない響きです。ではまた明日」


 翌日


 海斗は適当に手に取った冊子を開いてみた。


 ーーステップ一。まず身体の底に眠る魔力を活性化させること。魔力は誰の身体にでも備わっているがそれを引き出せるのと魔力の量によって才能の有無がわかる。この技を極めると相手の魔力の量を見極めたり、魔術とは縁のない一般人の誰に才能があるかがわかる。手順は以下の通り。


 海斗は試しにその手順を行ってみた。手順は略。すると海斗の周囲にオレンジ色の粒子のようなものが現れ始めた。


「なんだか色々なものが見えるんだが。うぉっしかも掴める」


「魔力が粒子となって空間を彷徨っているのです。すぐに慣れます」


「なぁエル。この建物の存在についてどれくらいの人物が知ってるんだ?」


「マルチバースの存在を認知しているものであれば誰でもわかります。一般の人から見ればこの建物は骨董品を専門に扱っている変わった建物です」


「なるほど。一般人でも近づくとすれば物好きな人間くらいだろうな」


 その時海斗の携帯が鳴った。


「ちょっと待ってくれ」


 画面にはセナの文字が。


「もしもし」


 ーーあ、海斗さん。今よろしかったですか?


「あぁ。どうした?」


 ーー今日はいつもより少し帰りが遅くなりそうなので先に帰ってもらってもよろしいですか?


「そうか。帰りは一人で大丈夫か?」


 ーー陽が見えるうちに帰りますので大丈夫です。


「わかった。気をつけてな」


 ーーはい。


 海斗が電話を切るとエルが少し不機嫌そうな顔で見ていた。


「なんだよ」


「別に。昔を思い出していただけです」


 エルは素っ気なく言った。


「エル。この世界に魔術師はどれくらいいるんだ?」


「マスターが亡くなったことで各地に点在していた魔術師がマルチバースからの脅威に備えて各国で活動を開始しました。米、露、中、英、伊、独、仏、豪など。日本にも魔術師はいますが日本は昔からマルチバースからの脅威が激しい国ですので全盛期より人は減っています。今はほんの数百程です」


「少ないんだろうな」


「そうです。そのためにあなたを一刻も早く優秀な魔術師に育てなければなりません」


 その時静寂に包まれた空間にぐるぐるという音が響いた。海斗ではない。ではあとは一人。エルは顔を真っ赤にして海斗と目を合わせないようにしていた。


「腹が減っては戦はできぬ。飯にしようじゃないか」


「な、何を言ってるのですか?は、腹は空いていません!」


「そうか。じゃあ先にいただくぜ」


 海斗は弁当箱を取り出して黙々と昼食を食べ始めた。焼き鮭、だし巻き卵、少々の漬物といった和を中心としたメニューだった。


「お前……弁当ないのか?」


「わ、私……料理が不得意で……いつもはコンビニやスーパーの惣菜などで済ませてたのですが……今日はここで寝てしまってたみたいで調達できなかったのです……」


 海斗は静かにカバンの中からもう一つの弁当箱を取り出してエルに渡した。


「魔術の腕は一流なのに料理はできないのか。ほら、念のために作ってきた甲斐があった」


「い、良いんですか?」


「あぁ。食え食え」


エルは手早くいただきますを済ませると早速海斗の弁当にかぶりついた。久しぶりのちゃんとした食事だったのか勢いが半端ではなかった。


「今度色々教えてやるよ」


 数日後


「なぁ。もうこの建物にある魔術の本はあらかた呼んで覚えたんだがよ、魔術自体はこんなもんじゃないんだろ?」


「マスターがここに置いてあった本はあくまであなたが多次元からの脅威に備えるために身につけなければならない魔術ばかりよ。もちろんあの本の他に魔術のことが書かれた本はあるわ。それも無尽蔵に」


「なるほど。さて、少し用事があるんでチョッチ出かけてくる」


 本を片付けると海斗は瞬間移動の術で扉前まで一瞬で移動した。するとすぐそばにエルも現れた。


「私も用事がありますので」


「そうか。まぁ、俺はこっちだから」


 海斗は右に行くとエルは反対側に進んだ。ちなみに瞬間移動の術は


 自身が記憶している場所であればどこにでも瞬時に移動が可能となる。条件は記憶するだけなので写真や映像を見ると言ったことで記憶するという方法でも移動可能である。ちなみに周囲への心配は無用で瞬間移動時に周囲の記憶は本人が徒歩でやって来た記憶に書き換えられるため心配は無用である。


 といった言った感じである。しかし海斗にはまだ瞬間移動の術を使う習慣が身に付いていないためまだ徒歩での移動になっている。


 数分後


「海斗さーん」


 セナが大学の校門前で姿を見せた海斗を呼んだ。


「よっ。待ったか?」


「いいえ。今来たばかりです。行きましょう」


 海斗はセナについて行き大学に入った。


「やっぱり大学の雰囲気は慣れないな。最後に経験した学生生活のせいで」


「そのうち慣れますよ。でも海斗さん。ここの大学にいることは海斗さんの周囲の人間関係とあまり変わりないですよ?」


「というと?」


「女性ばっかりって意味です」


 セナの在学している女子大学は以前海斗が出入りしていたお嬢様学校よりも来校に関する事項厳しいものであるらしく同性ならともかく異性の男子が来校するのは内部によっぽどの人脈がない限り不可能とされている。そしてその人材も教員や事務員に信頼されてでもしないと時間がかかるそうな。こういったことは以前この学校で起きたある出来事が原因であり海斗も一枚噛んでいるがまた今度の機会に。海斗はある程度の検査は必要だが先述の件とセナの証言もあるせいかほぼ顔パスで通ることが可能である。


「にしても相変わらず広いな。初めてここに来た時迷子になりそうなったのを覚えてる」


「みんなそう言いますよ。私も迷いそうになりましたし。あの棟はどこだっけとか、昼食何にしようとか」


「最後別方面に迷ってるじゃねぇか」


「ふふっ。海斗さんのそういうところ好きですよ。はい、ここです」


 海斗が案内されたのは数ある棟の中の一つで使われていない教室。


「こういうのは電気会社のやることだと思うんだがな」


「お金がかかりますし、何よりこの辺りにそういったことの専門家が少ないですから」


 海斗は教室の天井に設置されているエアコンを開いて覗いていた。海斗がやって来た理由はただのエアコンの点検。


「長年診ていなかったツケがやってきたみたいだな。ほこりと経年劣化のせいで半分お釈迦になってる。そもそもこの型自体初期中の初期だ。俺の前に診てくれる人はいたみたいだが……ここ数年放置されてたのが見てわかる」


「直るのですか?」


「俺の手じゃ無理だな。一応何人かにも診てもらうが。まぁうちの連中はあてにならないし、由美は機械音痴どころかあいつが側にいたら機械がぶっ壊れるから論外。となれば古い友人をあたる必要があるな」


 数時間後


 海斗は仕事を終えセナと帰路についていた。


「由美ちゃん、最近元気ないみたいですけど。何かあったのですか?」


「いや、知らないな。そういえば最近連絡がないな。セナは何か知ってるのか?」


「いえ、何も。大学でも見かけますけどどこか覇気がないというか上の空になることが最近多くなりましたね」


「ふむ。由美がそうなるなんて珍しいな」


「珍しいのは私でもわかります」


「そうか。昔は俺の行くところに色々ついて来たからな。男子校に入った時は帰省した日にめちゃくちゃついて回ってくる」


「一人っ子だったのでそういうのがあるのってちょっと羨ましいです。だから私は由美ちゃんのあの姿を見てると少し胸が痛くなります」


「ふむ……」


 その夜


 海斗は久しぶりに実家に帰ってきた。といってもただで帰ってきたわけではなく実家に住んでいる由美の様子を見に来たというのが目的であった。海斗が家の中に入るとちょうど風呂上がりで水が滴った産まれた時の姿を晒していた。


「あ、風呂上がりだったか。すまん」


 ケロッとした顔で海斗は発言したが由美はそれどころじゃなかった。隠すべき場所を隠して悲鳴をあげながら風呂場からあらゆるものを投げつけて海斗を廊下に追い出した。


「お兄ちゃん!!一旦出てって!!」


 と言いながら。


 数分後


 海斗の顔にいくつか赤い何かができていたが気にすることなくソファーで隣同士に座って会話が始まった。


「もう……来るなら来るって言ってよ……」


「悪いな。でもお前最近連絡来なかったじゃねぇか。そのお返しだと思え」


「で、何しにきたの?」


「セナから聞いた。少し色々あったらしいから心配で来てみたんだ」


「大丈夫だよ。なんでもないから」


 由美は作り笑いで嘘をついたが海斗は経験上そういうのに敏感なため由美が嘘をついているのがすぐにわかった。


「由美。セナが心配するほどだ。今のお前の言葉は今聞いても嘘だって直感でわかる」


「お兄ちゃんまで……食いつくんだね」


「当たり前だろ。セナが心配してたら俺まで心配しちまう。それにお前はたった一人の家族だ。何かあったらまず寄り添うのが家族ってもんだろ。たとえお節介でもな。俺が困ってる人を見たら見過ごせないのはお前がよく知ってるだろ。俺にだけでもいい。正直に言ってくれ」


「親友が失った」


 今にも泣きそうな由美を海斗が肩を寄せると由美の涙腺が切れたのか思いっきり泣き始めた。


「由美。泣けばいい。好きなだけ泣け。今も明日も明後日も泣いていい」


「私がいけないの……私にせいで……」


「由美。大事な人が死んだ時にするべきことに決まりはないがこれだけは覚えておけ。たとえ一ヶ月かかっても一年かかってもいい。前に進むことだ。俺もそうしてきた」


「お兄ちゃんも……?」


「小学生の頃にクラスメイトが病気で逝った時、中学生の頃おばあちゃんが亡くなった時、高校の事故で友人が下敷きになった時、最近だとそうだな……由美とその友人と同じくらい仲のいい友人が亡くなった時も悲しむ悲しんだけど前に進むことが大事だってわかったんだ」


「でも……もしあの子の両親に会った時私顔向けできない」


「じゃあお前に出来ることを考えろ。今のお前に何ができる?その手足と親父と母さん譲りの賢い脳みそで」


 しばらく部屋に沈黙が訪れると由美は深呼吸をして、涙を拭いてまだ少し赤くなってる目で海斗に告げた。


「明日両親に会ってくる。全部受け止めてくる」


「覚悟はあるみたいだな。じゃあ俺は何もしないほうが良さそうだな」


「ありがとうお兄ちゃん。セナさんに心配かけてごめんなさいって言っててくれる?」


「あぁ。それくらいお安い御用だ。あいつも安心する。じゃあ俺は行くからな」


「うん。また連絡する」


 海斗は由美の言葉を信じて実家を後にした。


 翌日


「エル。冷蔵庫のプリンに名前を書くのは結構なんだがマジックテープより直接書く方が楽だぞ」


「だってテープの方が使い回しできますし……」


「ケチって言われるのも承知だがテープ代がもったいない気がする。ただでさえ大容量のマジックテープは普通のものより高いし、それに誤字った時消せないだろ」


「はいはい。それよりも海斗。今朝協会から連絡が来たの」


「協会だと?そんなものまであるのか?」


「知らなかったのですか?」


「今日まで学んだのは魔術だけだ。魔術師の内面事情なんて興味無かったからな。で、なんて言ってたんだ?」


「各国の魔術師が一同に会する魔会議が英国で行われるからあなたもそれに出頭するようにって連絡」


「キャンセルに出来ないのか?せめてこの国でやってくれるんだったら考えてやらんでもない」


「じゃあそう言っておきます。マスターカイトは開催地域の都合により出席をキャンセルしたいと」


「わかったわかった。出席すればいいんだろ出席すれば。で、会議のお題は何なんだ?」


「異世界で起きてる事象について話し合うのがメインです。各国で異世界に転生した人間の数や、その影響などなど。会議には歴史上最も偉大な魔術師二名のうちどちらかが出席することになってる」


「魔術師マーリンとスカアハか」


 マーリン。二代のペンドラゴンを導いたと言われている魔術師。最期は生き埋めになったとされているが実は明確な最期はわかっていない。この世界のマーリンは生き埋めになった後別の時空に転生。不老不死となりマルチバース間を移動する魔術の他様々な伝承を伝えた。


 スカアハ。影の国を治める女王で一番弟子にして英雄クーフーリンにあらゆる技を教え、彼に一撃必殺のゲイ・ボルグを授けた張本人。マルチバースのトンネルを通ってやってきたマーリンと意気投合。マーリンが技の魔術を作ったとするならスカアハは力の魔術を作ったとされている。


「いつ聞いても何でもありな設定だな。歴史上の大偉人に会えるのは光栄だが……言葉を通じるのか?」


「会議の行われる部屋は初代各国にマスターによってどんな国の言葉を喋っても全員にわかるように翻訳される魔法が施されてるから心配ありません」


「それならいいんだが。で会議はいつなんだ?」


「明日です」


 海斗はため息をついて椅子に座った。


「仕方ない。出席だ」


 続く

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