第8話 ミスターブルースカイ
海斗は甲板の見張りを全て気絶させ見つからないような場所に隠すと船内に潜入した。基本壁を背にして曲がり角、敵の足音、背後に神経を集中させて動いた。曲がり角を過ぎたところに一人の兵士がいた。海斗は静かに背後に忍び寄って拘束。ナイフを首元に突きつけた。
「動くな」
「お、お前……どうやって入った……!?」
「外の人間はみんな眠ってもらった。ここにはあんたしかいないみたいだからお話をしに来たんだ。ここに誘拐された日本人が三人いるはずだ。どこにいるか教えてもらおうか。じゃないと」
海斗は敵兵士の口を手で押さえてナイフを右肩に突き刺した。敵兵士は口を押さえられているので大声をあげても大したものではなかった。
「さぁ深呼吸して……質問と別の事を答えたら次は反対側に刺すからな」
「わかった言おう!誰がどこにいるかは分からないがそれぞれカフェとプレイルームと客室のどこかにいる!それ以上のことは分からん!」
「ダスビダーニャ」
海斗はロシア語でさよならを意味する言葉を発すると敵兵士の喉元を掻き切ってその場にゆっくり倒した。
「ボス。新しい情報だ。人質はそれぞれカフェとプレイルームと客室のどこかにいるらしい」
ーーこっちも新情報だ。先程二人が合流した。今からそっちに送るからそれぞれ一人ずつ人質を回収することになった。
「それは助かる。どうやってボートまで安全に運ぼうか迷ってたところだ」
ーー海斗。二人にはプレイルームとカフェに行ってもらう。お前は客室を探してくれ。どこにいるのかわかってるのか?
「それが不明だ。尋問した奴にもそれ以上のことはわからなかったらしい。一つずつ探そうにもこの船の客室はカードロックだからマスターキーを探さないことには難しい」
「マスターキーか……そのグループのボスか船長室にあると思うんだが……」
「まぁ探してみるさ。そっちは頼んだぞ」
海斗は無線を切ると船の広間のような場所に出た。左に行けば客室、右に行けばフードコーナー。そして中央には螺旋階段があり二階につながっていた。あろうことか二回は浴場を除いて客室と展望デッキへの入り口だけであった。
ーー廊下一つ辺り部屋が二十個。まずはマスターキーを探してみるか。できれば計画書のようなものもあればいいんだが。
海斗は客室を後にしてスタッフルームに入った。すると……
ーーあ。マスターキー
あろうことかスタッフルームにマスターキーが置いてあった。海斗は少々驚きつつもマスターキーを手にして一階から見て回ることにした。
ーー比較的警備が厳重な場所から見て回るか。
廊下の曲がり角から覗いて警備がいないかの確認。すると一室に警備が一人で突っ立っている部屋を見つけた。しかし調べようにも一方通行のため通れば見つかり、下手な事をして大きな音を立てれば周りに気づかれる可能性もある。海斗は悩んだ。すると一人の兵士が通りがかってきた。海斗は閃き一瞬にしてその兵士を気絶させ身包みを剥ぐと先程のスタッフルームに隠した。そう、変装である。一か八かの賭けだが思いつく限りこれしかないのである。そして海斗は廊下を通った。
「交代の時間だ」
「あぁ。じゃあ俺は行くよ。ここは任せたぞ」
兵士がその場を離れて姿が見えなくなったのを確認するとカードを通してロックを解除した。中は二人部屋でテーブルとほとんど背もたれのない椅子があり、部屋の中央に目隠しとギャグボールを咥えられ、手足を縛られている女性を見つけた。誰かが入ってきたのを知ったのか何か訴えていた。
「落ち着け。大丈夫だ。助けに来た。目隠しを外すぞ」
海斗が目隠しを外すと奥には綺麗な蒼い目が見えた。
「待ってろ」
次にギャグボールについているベルト式の固定具を全て外した。息苦しさから解放されたのか少し息が荒かった。
「言葉は話せるか?日本語は……ってわかるか。さっきまでロシア人相手にしてたからつい分からなくなっちまった。待ってろ。ボス、聞こえるか?」
ーー聞こえているぞ。
「客室の人質を見つけた。目立った怪我はない。大丈夫だ」
ーーよくやった。さっき他の人質の回収した。あとはお前だけだ。早く来い!
「わかった。……よし、こっから脱出しよう。歩けるか?」
「あ、あの……」
女性が初めて口を開いた。その声は透き通っており、声優か歌手のように綺麗な声だった。
「な、名前は……」
「まだ名乗ってなかったな。俺は海斗。天道海斗だ」
「海斗……さん」
「さんは付けなくていい。俺は敬われるような人間じゃない。すまないが時間がない。脱出するぞ」
「は、はい」
女性が戸惑った様子で返事をした。海斗はゆっくりドアを開けて周囲を確認した。足音は確認されない。今がチャンスだ。流石に来た道を戻るわけにはいかないので緊急脱出扉のある裏手に行くことに向かった。そして到着。ドアを開けるとかなりの高所にいることがわかった。およそ二十メートルほどである。
「少し高いな。危険だがやるしかなさそうだ」
海斗はナイフをしまうと腰に付けてあったマチェットを取り出した。
「このマチェットは少し特別なんでなこれくらいの船の装甲なら簡単に貫ける。俺に捕まってろ」
「え?」
海斗は女性を抱きしめると船の装甲にマチェットを突き刺したままぶら下がった。すると重さによりマチェットが装甲を切り裂いて下に下降していった。女性が情け無い声をあげているなか海斗は平然としていた。地面が近くなると海斗は船を蹴り上げ地面に着地した。
「ふぅ。怪我はないか?どっか擦りむいてないか?」
「だ、大丈夫です……」
「よし。こっからは思いっきり走るぞ。ついてこい」
海斗は女性の手を握ると合流地点まで一気に走り抜けた。女性はというと先程まで命に危険があったにも関わらず今目の前にいる人物のことだけを考えていた。しかし海斗はそんなことよりも任務に集中しており気がつけば合流地点に着いた。
「ボス、出せ」
「わかった!」
人質を全て乗せた貸船は出港した。
「にしてもボス。あんた小型船なんて操縦できるんだな」
「言ってなかった?女には秘密がつきものよ」
翌日
ーー海斗。救出した三人なんだが二名無事に親の元に帰った。今後はカウンセリングなどを受けて少しずつではあるが日常生活に戻っていくとのことだ。だが……一人。お前が救出したセナという女性なんだが……両親がすでに死亡していることがわかった。今彼女は念のため病院で入院してもらっている。性的暴行やその他のことを踏まえてのことだ。これからどうするかについては本人の希望を汲んで考えようと思ってる。海斗、悪いんだがお前には彼女の様子を見てもらいたい。例のロシアンマフィアが滅んだわけじゃないし事に気づけば奴らも動いてくるだろう。そうなれば彼女らに危険が及ぶ可能性が高い。他の二人にもボディーガードとして二人も動いている。彼女はお前が守れ。頼んだぞ。
海斗は手ぶらで病院にやってきた。本人は花を持ってこようとしたが受付の人に
ーー患者様の中にはお花に弱い方もいらっしゃいますのでご遠慮願います
と断られ、他に持ってくるものも思いつく事なくやってきた。
ーーここか。
セナの病室を見つけると海斗はノックをして中から返事が来ると静かに入った。
「よっ」
「あぁ、海斗さん。こんにちわ」
セナは礼儀正しく挨拶した。
「まだ俺はさん付けなのか。別に敬語を使わなくていいんだぞ?同い年みたいだし」
「それでも使わせてください。海斗さんは命の恩人ですから」
「そっか。何か困ってることはないか?雑誌と新聞だけじゃ退屈だろう」
セナのテーブルには新聞といくつかの雑誌が置かれていた。
「そんなことありません。世間がどうなってるのか情報を収集できる便利なツールです」
「ふむ……そうだ」
海斗は腰に付けていたウォークマンを外してセナに渡した。
「これを聴くといい。退屈しのぎにはなるはずだ」
「これ……随分古いウォークマンなんじゃないですか?」
「親父が使っていたものを俺が譲り受けたものだ。入ってる曲は親父の趣味が多いが良い曲ばかりだ。暇な時に聴いてみるといい」
「ありがとうございます……あの、海斗さん」
「ん?」
「昨日は言えなかったのですが……改めて助けていただきありがとうございました」
海斗は今まで色々な人を救ってきたがここまで清らかな感謝の言葉は初めてであった。そのため海斗は言葉を失っていた。
「海斗さん?」
「あぁ……すまん。考え事をしていた。これ」
海斗はメモを取り出して筆を走らせると破ってセナに渡した。
「俺と仲間の連絡先だ。何かあればここにかければいい。仲間にも話してあるから気軽にかけてくれればいいからな」
「何から何までありがとうございます。お仕事は良いのですか?」
「うちは依頼がない限り動かないんだ。依頼がないってことは平和だからそれはそれで良いんだがな。一つ聞きたいんだが……なんて呼べばいいんだ?会ってまだ一日しか経ってない人にお前っていうのも失礼だし……君って言うのも俺には言い慣れてないから少し言いづらくてな」
「私のことはセナで良いですよ。私は海斗さんって呼ばせていただきます。海斗さんの調子で呼んでいただければ良いです」
「セナがそれでいいんなら……」
出会ってまだ経っていないのに下の名前で呼ぶのは海斗には抵抗があった。彼の考えでは異性を下の名前で呼ぶのはよっぽど仲が良くなくてはならないと思っていたからである。
「元気そうでよかった。これからまたちょくちょく来るからいるものがあれば遠慮なく言ってくれ」
「わかりました。気をつけて」
「あぁ。お大事に」
海斗は来た時と巻き戻しかのように退室した。すると外に女医が壁にもたれて待っていた。
「院長がこんなところで何してるんだよ」
「これ」
院長が渡してきたのはセナのカルテだった。
「こんなもの渡されてもわからねぇよ……異常はないみたいだが。ありがとうな、急患受け入れてくれて」
「私を友人の頼みを断る馬鹿野郎だと思ってる?それにウチは大きな病院だから急患なら受け入れる余裕はあるから」
病院の名は紅葉総合病院。院長のクレハは海斗の中学以来の友人であり社内の怪我人や病人は大抵ここに運ばれる。それも出会いはたまたまであり彼が銃槍を負って入院した時に再会したのだった。
「海斗。入院費やその他諸々は誰が受け持つんだ?」
「俺が全額負担だ。ボスは会社が持つって言ってたんだが俺の護衛対象だし、会社の資金も少しレッドゾーンに近いんでな。奇妙な話に通帳見たら俺の口座の貯金より少ないんだ」
「そう。相変わらずお人好しね。怪我した時はいつでも言って。銃槍なり火傷なりなんなりやってあげるわ」
「そん時は頼む。じゃあな」
数日後
「なぁセナ。そろそろ聞いておきたいんだ。これからどうするのか」
「前と同じ生活です。学校に通って、勉強して、趣味を楽しんだりする生活です」
「ふむ。それで、元の生活に戻れると?」
海斗が質問するとセナは少し考えてから答えた。
「やっぱり無理ですよね。あんなことがあったのにそれでも普通の生活に戻ろうなんて。何せ私は追われる身ですし、これからも海斗さん達の支援を受けないといけない生活なんて普通じゃないですよね」
この時海斗は一つの決心をした。そして海斗はその決心を実行するためにしばらく会話した後病院を出た。
ーー誰だ。
「俺だセルゲイ。久しぶりだな」
ーー海斗?元気そうだな。
「まぁな。そっちは相変わらず地味な闇商売やってるのか?」
ーー要件はなんだ。
「今すぐ銃を撃てる奴全員集めとけ」
ーーどういう意味だ。
「今そっち行くから」
海斗は自宅に戻り車にいつものマテバではなくグロックの34と同じく26とデザートイーグル二丁持つととある高層ビルの裏にやってきた。
数日後
「セナ。俺の家に来るか?」
「ふぇ!?」
海斗が見てきた中でセナはこれまで以上の驚き方をした。
「かかか、海斗さんの家に住むのですか!?」
「そうだ。嫌なら嫌って言ってくれても良い。あれから少し考えたんだがどう考えてもこの考えにしか辿り着かなかった」
「普通どう考えたらその考えに辿り着くんですか!?」
「心配なんだよ。お前が」
セナにとってはじめての経験である。親を早くに失い、冷たい親戚に引き取られてから友人もろくにおらず、誰も自分の気持ちをわかっていないと思い自分の居場所は無いと感じていた。しかし今目の前にいるのははじめて自分を気にかけてくれる人とはじめて出会いセナにとってその人物は太陽の如く明るい存在であった。
「俺はどうにもそういう性格らしい。人に心配しすぎと言われたことが何度もあった」
「あの……ご厚意は嬉しいのですけど……私と一緒に暮らしては海斗さんに危険が及ぶのでは……」
「それはない」
海斗は今朝の新聞をセナに見せた。
ーーロシアンマフィアの本拠地が何者かに襲撃される。
先日の……月……日の騒音の苦情で駆けつけた警察が襲撃されたロシアンマフィアの本拠地を捜査。発見されたのは名簿に登録されているマフィアのボス、幹部を含めたメンバーの遺体であった。当初警察は反抗グループによる大規模な襲撃計画と予想していたが警察内の特殊機関によると遺体の全てが腹部と頭部の銃槍による失血死と判明。そして薬莢の数を調査した結果少人数での犯行と判明した。
「このニュース……まさか!」
「さぁどうだか」
海斗はしらばっくれていたがセナは確信していた。この人ならロシアンマフィアの一つや二つ簡単に潰せるのだと。そして新しい何かが見つかるかもしれないと。
「海斗さん。一緒に住みましょう!」
「マジ?本当にいいのか?」
「はい!」
当時の海斗の心には陰と陽があった。新しい生活への希望とセナへの疑心。
数時間後
「「「一緒に住む!?」」」
社内にいた三人の仲間が同時に叫んだ。
「あぁ。決めた。家はお前らの家より広いし、一緒にしてたら何するかわからないからな」
その言葉を皮切りに大空以外の二人ガヤガヤ反論しだした。
「海斗。それがお前の決めたことなんだな」
「あぁ」
「よし、好きにしろ」
以上。
現在
「海斗さんの実行力には時々驚かされます。私のためにマフィアを壊滅させたことや自分が危険な目に遭うことも承知の上でやり遂げることも」
「誰かのために役に立つってのは素晴らしいことだからな。だから俺はあの組織に入ったんだ」
「そういえば海斗さん。どうしてボスの電話番号を知ってたのですか?」
「あれか。少し前に仕事であそことやりあった時交換したんだ」
交換したと言っても海斗が一方的に電話番号をメモに書いて渡しただけである。ちなみに何のために渡したかと言えば警告である。
ーー俺の番号だ。かけたら殺す。かかってきても殺す。まぁお前らが下手なことしない限りかけるつもりはないが。
てな感じである。
ピンポーン
思い出に浸りながらくつろいでいると家のインターホンが鳴ったので海斗は玄関に向かった。
「速達便です。こちらにサインを」
サインを書いて受け取り中身を確認した。海斗はもしかしたら先日の一件の続きかと思ったがそんなことはなかった。中には一枚の名刺と手紙が入っていた。
ーー天道海斗へ。この手紙を受け取った翌日に名刺に書かれている住所にくるように。
住所は意外にも近所で街の方だった。
「セナ。明日学校まで送ってやるよ」
「どうしたのですか?」
「明日ここに行くから俺も外に出るんだ。せっかくだからと思ってな」
「じゃあお言葉に甘えて。お願いします」
翌日
海斗はセナを乗せたマスタングを走らせてセナの大学に到着した。
「十六時に迎えに来る。いってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
セナが車を出るとたまたま友人がいたのか挨拶していた。一方友人は車から出てきたセナに驚き少し興奮していた。海斗は用事を済ませると目的の場所に向かった。
ーーここか
海斗がついたのは彼が生まれた時から建っていた古い建物だった。インターホンが無かったのでノックをした。すると中から和服を着た女性が出てきた。
「お待ちしてました」
「あんたが俺をここに呼んだのか」
「その通りです。では中へ」
続く
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