第5話 ロングストタイム
前回までのあらすじ
依頼を終えて休息の過ごしていたのも束の間。へっぴり虫ことミイデラゴミムシの改造兵士となった元海兵隊所属ジャックスが現れた。これを退けた海斗はジャックスから道標は近くという言葉を聞く。それから数日が経った。
ある日
「環。この辺りで合ってるんだよな」
「間違いない。ここで合ってる」
環と海斗はある山中に来ていた。それもハイキング目的ではなく仕事だ。
昨日の夕方
海斗は社内で弾倉に弾を込める作業をしていた。一応彼はメンバーの中では新人のレベルである。その為主な雑務は彼がこなしていた。社内の清掃、買い出し、可能であれば調理、そして弾込め作業。そんな時である。
「海斗」
隊長の大空が来いと言わんばかりに手招きしていたので海斗は作業を中断して大空についていった。
「依頼が来た。国内で、近所だ。これを見てくれ」
依頼が来るルートは主に二つ。ネットのサイトにやってくるか直接社にやってくるかである。今回は前者である。大空は海斗にPCの画面を見せた。内容は要約すると
近所の山に獣のような何かを見かけることが多くなった。退治もしくは捕獲を依頼する。
というものである。依頼してきたのはその森を管理している団体。報酬の支払いは御社に任せると書いてあった。
「海斗。明日早速恵と一緒に見に行ってきてくれ」
「恵で良いのか?あいつサバイバル経験あったっけ?」
「そこはお前がサポートしろ。明星は調査があるし、私もここを離れるわけにはいかない。わかるな?」
「わかったわかった。じゃあ早速準備しよう。環には俺から言っておく」
現在
「にしても依頼が来たのが暑い時期じゃなくてよかった。夏にこんなところ来てみろ。ミイラになっちまう」
「仕事に集中。依頼にあったポイントはこの辺りで間違いないから周辺を警戒するよ」
「じゃあ俺はこっちを探そう」
海斗と環は依頼文と共に送られてきた目撃情報があったポイントを中心にその近辺を探索した。今回海斗はスーツを着ていない裸の状態である。それもある機能を見つけてから着る必要が五分五分になってきたのである。
数分後
海斗が散策していると一軒の古びた民家を見つけた。
「環。聞こえるか?」
ーーなに?
「ちょっと手がかりになりそうなものを見つけたんだ。俺のスマホのGPSを頼りに来てくれ」
ーー了解
海斗は環が来るまでの間民家の周辺を見た。
ーー草木の手入れはされている。誰かが住んでるか、それとも管理してるのか。だが依頼書には民家があるなんて書いてなかった。おっと、これは何だ?
海斗は大発見と言わんばかりに地面を見た。それは湿った落ち葉だった。一部分、それも綺麗に足跡が付いていた。明らかにここ数時間の間に誰かがいた痕跡である。
「あれが手がかり?」
「あぁ。気をつけろ。近くに人がいる。もしかしたらあの家から見てる可能性がある。そこで俺に考えがある」
数十分後
海斗は準備を整えて民家のインターホンを押した。数秒ほど間を置いて向こうから声が聞こえた。
ーーはい。
「すみません。登山にやってきた者なんですが道に迷ってしまいまして。道を教えていただけませんか?」
海斗はインターホンから聞こえてきた女性の声に応えた。
ーー鍵を開けますのでお上がりください。
「どうも」
海斗と環は扉が開かれると中に入った。中は少々薄暗く陽の光が入っていないと何も見えないとまではいかないが普通の家に比べると暗いのは確かだった。
「ここへの登山は初めてですか?」
「えぇ。ただ登るのじゃ面白くないと思い色々な道を歩いていたらバチが当たったみたいで。登山を初めて半年ほどですが少し調子に乗ってしまったかもしれません」
「それは災難でしたね。よかったら休憩なさってください。ここは管理人さんが建てた休憩所でもありますから」
ーー休憩所……にしては暗いな
海斗の警戒はまだ解けない。というか今の彼は何があっても警戒を解く気は無かった。
「では遠慮なく」
テーブルが多く設置されてる広い一室に案内され二人は席に着いた。テーブルの中心に飲み物や軽食の書かれたメニューが置いてあった。
「厨房にいますのでお決まりになりましたらお声がけください」
そう言うと女性は奥に消えていった。
「海斗。あの女性……」
「環。俺飲み物は紅茶でいいんだけどツナサンドかタマゴサンドにするか迷ってるんだよな……お前ならどうする?」
環は一瞬海斗が警戒を解いたのかと思った。しかしそれはほんの一瞬だった。二年一緒に仕事をしていたのか環も海斗のことを少なからず理解していた。海斗の目を瞬間環は理解した。まだ警戒している目だと。海斗は姿が見えなくなったとは言え話し声が聞こえるかもしれないと徹底的に警戒し、仕事の話はせず完全にただの遭難者で休憩所に保護されたというカバーストーリーを作っていた。
「私は……たまごサンド。朝ツナマヨスパゲッティ食べたし。飲み物はコーヒー」
「ツナスパゲッティ……今度作り方教えてくれ。じゃあ俺はツナにしようかな。すみませーん」
海斗が大声を出すと厨房から先程の女性が現れた。
「えーツナサンドとたまごサンドを一つずつ。紅茶とコーヒーも一つずつ。以上で」
「少々お待ちください」
女性が厨房に向かうと海斗はスマホを取り出した。案の定圏外だった。しかし気にすることなく海斗はスマホを操作してすぐにしまった。
「なぁ環。聞きたいことがあるんだけどよ」
「なに?」
「セナって俺のことどう思ってるのかなって」
「急に聞かれても……困る。考えさせて」
数秒後
「シンプルに考えて悪い方面には思っていないと思うよ。あなたがそういうことが気になる性格なのも知ってるし私たちと違ってまだ半年しか交流してないからそう思う気持ちもわかる。ゆっくり見て、それから決めても遅くないと思う」
海斗の性格。過去に彼は様々な人間と交流したがそのほとんどに裏切られ、ある本を読んだことがきっかけでその考えに共感、不幸にもそれを生き方としてしまった。彼を友人と思っている人物は多いが彼自身友人と認めているのは仕事仲間やセナを除いても僅か二名だった。そして今の彼を象徴する言葉は
信じるな。疑え
これが彼の今を作った言葉である。表では平気な顔をしていても彼の心の中では他人の考えていることがわからない故の恐怖があった。
「矛盾してると思わないか?俺は人間は好きなのに人間を全く信用していない。人間って難しい生き物だよな」
「あなたはセナについてどう思うの?」
「悪い奴じゃないと思う。が、良い奴かどうかはわからない。表面じゃ笑顔でも本当は何か別の事を思っているんじゃないかって。心の中でそう思っている」
海斗はセナが自分に好意を持っていると知らない。人に好かれていると思ったことも一度もない。
「本当に悪いって思ってるなら今頃あなたの家にセナはいない」
「どうかな。引っ越し先がなかなか見つからないのかもしれないぞ。もしくは相手に悪い思いを悟られないためにあえて残っているか」
環がどれだけ言ってもこうなった海斗はなかなか止まらない。良く言えば発想力は豊かだが悪く言えば頑固なのが彼だろう。
「あなた、セナに会うまでそうなった時どうしてたの?」
「外に出てひたすら物思いに耽る。そして忘れて、また考える。これのルーティンだ。何度か死のう死のうと思ったが人間ってのはいざという時死ねないって改めてわかった」
「あなたの信用するしないの基準って何?」
「会話してる時に心がざわつくかしないか。ざわついていたら疑い、しなかったら少しだけ様子を見る。すぐには信じない」
「セナは?」
「両方だ。ざわつく時もあればそうじゃない時もある。だからわからないんだ」
「そう……とにかく海斗。相談にはいつでも乗るから。残念だけど私は精神科医でもカウンセラーでもないからあなたが期待するような答えは言えない。けど話を聞くのならいくらでも聞いてあげるから」
海斗は今の環は良い奴とは思っている。それは彼が二年間同じ職場で一緒に過ごした結果わかった事である。それに海斗からみれば戦場に出た時自分のような半分社会不適合者を身を挺して守ってくれた事もあるため信用できるのかもしれない。環自身も同じ職場の仲間が困っているのを放って置けない、何より海斗に何かあると彼女はわかっていた。そして彼を理解し、今に至る。これは他の仲間にも言えることである。
「お前の言う通りもう少し考えてみよう。色々ありがとうな」
「どういたしまし……海斗後ろ!」
誤算だった。というよりは気を抜き過ぎていた。彼が自分の精神的ストレスを考えるあまり彼の危機感知センサーが疎かになっていた。そして彼の背後に敵の侵入を許してしまい、油断していた彼は反応が一手遅れた。
「ぐっ……!」
彼の背後にいたのは厨房の女性ではない。醜く太って身体中毛むくじゃらのような獣のような男だった。その男に彼が改造されてからの弱点である頭部を棍棒で攻撃された事により殆どの機能が停止して気絶した。
「武器をおろしなさい!さもなくば……んんー!!」
「シー……大声出してもダメ。ここには誰も来ないわ。今は眠りなさい」
環の背後に厨房の女性が立っており口元にハンカチを当てた。ハンカチに染み込んでいた薬品を吸い込んでしまった環は意識が朦朧としてその場に倒れた。
ーー海……斗……
目が覚めた瞬間環は腕は天井の鎖で足は足枷に縛られていることに気づいた。視界が酷く歪んで見えて今自分がどこにいるのか把握出来なかった。
「……さま……るわ」
人の声が聞こえたが何を言っているのかまでは全くわからなかった。そして足音がこちらに近づいて来た。
「お目覚めかしら。環恵さん。いえ、西宮(にしみや)麻弥(まや)と言えば良いかしら?」
西宮麻弥。その名前を聞いた瞬間彼女は今自分が敵対している人物は只者じゃないと分かった。何故ならその名前を知っているのは上司の大空を含めてごく少数だからである。
「どこで……その名前を……」
「自分が敵対しそうな人物は色々と調べてることにしてるの。あの海斗って人もすでに調査済みよ。本当は薬で眠らせたかったけど彼があまりにも自分の辛い面について話すものだから案外上手くいったわ」
「彼は……どこ?」
「今私のペットが相手をしてるわ。彼ったらあなたのパートナーを見た瞬間興奮を抑えられなくて私も苦労したわ」
環はこれまで出会ってきた中で一番危ない人間の上位は大量殺人者だと決めていたがそれよりも危ないのはひたすら殺すより相手の自由を奪って苦痛するのを見て楽しむ人間が一番危ないと知った。
「さて、西宮麻弥さん。一つ気になってるのよ。戦場があなたの生活の場のようなものなのに何故この国みたいな戦争とは程遠いような国にやってきたのかしら。それも汚れ仕事をしながら善良な仕事をしながら」
「あなたには……わからないわ。だから……教えるつもりも……無い」
女性がその場を去りどこか別の部屋に行くと数分で戻ってきた。手には注射のようなものを持っていた。それを見た環は昔の光景がフラッシュバックした。
戦場、銃声、死体、それに集る蠅や蛆、血で染められた地面や壁、目の前で死ぬ戦友、爆音、迫撃砲が空を切って落ちてくる音、兵士の慰みモノにされる捕虜や自分と同じ兵士……
抵抗したかったが満足に動くことも出来ずされるがままで自分の首元に注射を打たれた。注射を打たれた瞬間身体が熱くなり、心臓の鼓動が速くなり、呼吸が荒くなり、陰部が疼き始めた。
「どう?懐かしい感覚でしょう?」
忘れたかった感覚が再び甦り、同じ光景がフラッシュバックする。
「改めて聞くわ。どうしてこの国に来たの?教えてくれるかしら?」
「断る……わ」
女性は仕方ないとという風に息を吐くと、優しく、丁寧な手つきで環の陰部を弄り始めた。敏感なところを触られた環は思わず声を漏らす。
「あらあら、こんなに濡れてるじゃない。喜んでもらえて嬉しいわ。でももっと薬を注射してあなたを快楽に満たさせても良いのよ?」
「やるなら……くっ……やれば……はぁっ……!いいわ……!」
「強情なのね。でもそういうところ嫌いじゃないわ。お望みなら叶えてあげる」
女性がもう一度注射すると環の感覚が先程の倍に跳ね上がった。
「話す気になったかしら?」
「くぅっ……!甘い……わ」
「甘い?」
「私は……こんな……ことじゃ……口を割らない……」
「そう。じゃあもっと大胆に行こうかしら」
環の陰部を弄っていた女性の手は中指と薬指が一気に中に入ってきた。唐突の感覚に環は大きく声をあげる。
「ここがいいのかしら?」
「やめ……ろ……!ふぁっ……!」
「あなたが話せば考えてあげるわ。どうするの?」
「くっ……甘い……って意味は……あぁっ……他にも……っ……あるわ」
「どういう意味かしら?」
「彼は……そう簡単に……負ける男じゃないわよ……!」
すると女性の視界は一瞬にして百八十度回転した。何が起きたのか女性には全くわからなかった。彼女が最期に見た光景は返り血に染まり、鬼のような形相をした海斗だった。海斗は腰から斧を取り出して環の見えないところで女性の首を切り落とした。
「環!大丈夫か?」
「はぁ……遅い……わよ」
海斗は環の拘束を解いて肩を貸した。
「スーツの遠隔操作で応援を要請した。明星がこっちに向かってる」
「そう……ありがとう」
「俺こそ悪かった。あんたの言う通り任務に集中しないとな」
場所は自分たちがいた家の二階だったので階段を見つけてすぐに脱出できた。玄関に出ると海斗は環を壁にもたれさせて休ませた。
「寒いか?」
「いいえ……むしろ暑いわ」
「呼吸も荒い。心拍数も速いな。薬でも盛られたか?」
「まぁ……そんなところね」
「スーツが明星をここまで案内してるからすぐに来る。お前はここで待ってろ。俺はこの家を調査する」
海斗が向かおうとすると環は海斗のコートの裾を掴んだ。
「海斗。私の話を聞いて……」
「何だ?」
「実は……あなたに隠してたことがあるの。私……環恵って名前じゃないの」
「偽名か」
「環って名前はこっちに来てから大空隊長にもらった名前。本当の私の名前は西宮麻弥。あなたと出会う七年前に……」
続く
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