第2話 アイムフリー

 前回のあらすじ


 ごく普通の暮らしを過ごしていた主人公の天道海斗。しかし買い物に出かけた帰りに彼の父親天道翔一郎を知るものに誘拐されてしまう。


 海斗は再び眠らされ、今度は担架の上で目覚めた。


「天道海斗。君には我々の崇高な実験に参加してもらう。君はこれから超人的な力を手に入れる。この世で最強になれる。ただし、記憶をちょいとばかし操作させてもらう。詳しくはこのドクターアダムが説明してくれる。じゃあドクター。結果を楽しみにしてるよ」


 十二時はドクターの肩を二回叩き立ち去った。ドクターアダムの見た目はお世辞にもドクターというよりマッドサイエンティストである。ところどころ返り血のようなものが付着した白衣、薄汚れたメガネ、ガリガリで顔色が常人じゃない見た目。典型的なマッドサイエンティストである。


「まずはあなたの身体を改造します。それから脳を弄らせてもらうとしましょう。始める前に何か質問はありますか?」


「ある。映画やドラマであんたのようなキャラを見てずっと思ってたんだ。何食ったらそんな見た目になるんだ?毎日カエルかイモリでも食ってるのか?昔ハエ男っていう映画見たんだがあれの方がまだマシだ。もっと他ので良ければ色々あるぜ。マタンゴ、恐怖のエルム街、十三日の金曜日。全部顔もプロフィールもやばい連中ばかりの映画だ。あんたそれに出れるぞ。オファーが来るのが楽しみだな」


 海斗は随分と余裕だった。しかしこれだけ話しても海斗にできることは平静を保つことだけだった。海斗が仕事で学んだことは平常心こそが最大の武器ということ。恐怖や絶望を前にしても普段通りに自分でいられれば何も怖くないという意味だそうだ。ドクターは海斗を前に妙な笑顔のまま言った。


「これからあなたは完璧な作品になれます。私が作った最高傑作という称号をね。目覚めた時には新しい生活が待ってますよ」


 次の瞬間海斗の口に猿轡が押し込まれ次第に視界が暗くなり意識を失った。


 


 海斗に目が覚めたのはどこかの一室だった。視界がまるで近眼のようになりぼやけて見えていた。耳を澄ましてわかったのは窓があるということだけだった。カーテンが風で揺れている音でなんとなくだが意識がしっかりしていない海斗でも理解できた。


「こ……ここ……は?」


 必死に絞り出した声はあまりにも弱々しく聞こえているのか不明な声だった。しばらくして視界が徐々に戻ってきた。あたりを見回すと誰もいなかった。というかほぼ真っ暗なので視界が戻ったところで見えたのは目の前の誰も寝ていないベッドだった。


 ーー俺はどうなったんだ?記憶がどうのこうの言っていたが今は十分自分が誰かわかるし最近の記憶も覚えている。


 とりあえず海斗は身体を起こした。どれぐらい寝ていたかわからないがベッドの寝心地は悪くなかったので移動に支障はなかった。


 ーーおい……なんだこれ……?


 海斗が自分の足元を見た瞬間混乱した。足は確かにある。しかしそれは自分の足ではなかった。まるで機械の脚だった。海斗は思い出したかのように鏡を探した。周辺のことなど忘れて部屋を飛び出した。かなり大きな音で飛び出したが誰も来る気配はない。不思議と機械の脚でも歩行に不自由はない。まるで元の脚のように。暗く、そして湿っぽい。そんな中海斗は洗面所を見つけて中の鏡を見た。心拍数が上がる。


 ーー嘘だろ。冗談だと言ってくれ……


「何なんだよこの身体!!」


 鏡に映ったのは今の自分。顔以外全て金属のようなもので覆われてまるでサイボーグのような変わり果てた姿だった。海斗は絶望してその場に崩れ落ちた。


「ようやく目覚めたな」


 その時洗面所の隣のトイレから声が聞こえた。声から察して年齢は五十代から六十代。男性。


「誰だ」


 水を流した音が聞こえると扉が開いて男が出てきた。


「私はアレックス・マッケンジー。この病院の院長をしている。と言っても元院長だが」


 海斗の想像通り初老の男性だった。丸いメガネにハゲた頭。自分が最後に記憶しているマッドサイエンティストとは正反対の印象だった。


「君は三日前くらいに私の部下がここに運んできた。君があの施設で改造手術を受けている最中に連れ出した。脳に手がまわる前に助かってよかった」


 アレックスがスラスラとこれまでの経緯を簡単に説明した。しかし海斗は相手の立場がわからない以上警戒を解くわけにはいかない。


「質問が二つある。お前らが何者なのかとここの所在地だ」


「私たちは彼らと対をなす組織。といっても人員は二名程しかいないが。昔じゃあいろんな呼び名があったが今じゃあ彼らを人はゴーストと呼んでいる」


 海斗にはその名前に聞き覚えはなかった。偶然にも以前完走した特撮作品と同じ名前以外何も思い浮かばなかった。


「そしてここの所在地は……だ」


 これまた偶然にも思ったより近所であった。その住所は海斗の家の北にある集落の端にある古い民家であった。


「俺の身体はどうなってるんだ。これじゃあまるでサイボーグだ」


 海斗は自分の目で自分の身体を見た。鋭利な爪が付いた腕、歩くたびにうるさい脚、そして変わり果てた身体を覆う金属の身体。アレックスは洗面所から去ると海斗もそれを追い、アレックスは歩きながら話した。


「サイボーグという表現は合ってるかもしれないし間違ってるかもしれない。君のボディはこの世で最も硬い金属で出来ている。あいにく名前はないが、君の名前から取って天道石と名付ける」


「好きにしろ」


「君を覆っている天道石のボディは正確には君の身体ではない。君の素体を守るスーツのようなものだ。世界が核戦争になっても君はそのスーツのおかげで生き延びれる」


 数分歩いて外に出た。見下ろせば田んぼや麦畑だけでありいかにも田舎といった感じである。アレックスはそのまま降りて行った。


「おい、この見た目じゃあ出歩けねぇぞ。何か着る物をくれ」


「耳小骨を押さえてみろ」


 海斗が言われた通り耳小骨を押さえると視界に様々なものが映し出てきた。アレックスも見ると生体情報やプロフィール、畑の野菜を見ると中に含まれている成分など様々な情報が出てきた。


「スーツの項目にステルスとある」


 ステルスに注目すると瞬時にスーツが消えた。幸いにもスーツの下に服を着ていたのでステルスにすると全裸なんていうシチュエーションは回避された。


「こりゃいい。だがいちいち耳小骨を押さえるのは手間だな。何か携帯機器と連動できればいいんだが」


「考えておこう。こっちだ」


 アレックスが田園地帯を抜けて、駐車場のような場所に来た。そこには海斗が買い物の時に乗っていた車があった。


「助手が君と一緒に乗ってきたものだ。整備はしてある」


 海斗にはさっきまでの出来事を振り返るより気になることがあった。


「俺はこれからどうなる?」


「今日本中にゴーストによって改造された兵士が猛威を奮っている。君は彼らに対抗できる唯一の存在だ。そう、これは使命だ」


「他人から押し付けられた使命……気に入らんな。だが、困っている人を救う力があるのにそれを使わないのはもっと気に入らない。その使命やってやる」


 その時アレックスの携帯が鳴った。電話ではなくメールのようだった。


「助手からの連絡だ。とうとう動き出したようだな。都に改造兵士が現れた。現地の警察と民間軍事組織が対処してるようだ。海斗……ってもう行ったか」


 海斗は早速車で都まで走り出した。出発地点から都まで約五分から七分。それまで身体に慣れたり、家に寄る時間もなかったので全速力で都に向かった。


 都


 環はM4カービンを目の前にいる異様の存在に向けて仲間と共に発砲していた。仲間といってもたった三人だがこれまで数えきれない死線を潜ってきたのでそれぞれの練度は高い。しかしこれまでの練度は目の前の存在に効いていなかった。


「何なのよアレ。海斗がいなくなったり、変な化け物が来たりどうなってるのよ」


 環はM4に新しい弾倉に替えてぼやいていた。


「恵、弾どれくらいある?」


 環の下の名前で呼んだのは同僚の明星だ。環とは違い少々男っぽい女性である。明星の武器は対物ライフルと現場で最も威力のある武器であった。


「M4の弾倉があと五つ。1911は六つ。長居は禁物ね。隊長は?」


 彼女らを率いる隊長。名は大空。手に持ってるのは環と同じM4だが拳銃は1911ではなく44マグナムと少々時代遅れの物を使っている。


「恵と同じ。海斗から連絡はまだ無いの?」


「留守電十件くらい入れてるのに返事一つなしよ。セナも三日前以来どこにいるかもわからないって言ってるし。まさに最悪の状況ね」


 環は最悪の状況と言いつつも心拍数は変わらず冷静だった。戦場での恐怖心は全く感じないのである。それは他の二人も一緒であった。汗もかかず全くの余裕であった。


「というかアレ何?人間じゃないのは確かね。桜のライフルが全く効かないし」


 桜は明星の下の名前である。


「隊長、どうする?」


「野放しにはできない。ここで出来る限りのことをするしか……恵!後ろ!」


 環が対象を確認するとそこにはもういなかった。そして次の瞬間盾にしていた車が強い衝撃で一瞬で凹んだ。環が見上げるとさっきまで数十メートル先にいた対象が一瞬にして接近を許してしまった。


「恵!逃げろ!」


 環は急いで逃げようとしたが一手遅く対象に服の襟を掴まれて拘束されてしまった。


「恵!」


「明星やめなさい!恵に当たるわ」


 明星がライフルを構えたが大空に制止されて撃てなかった。しかし二人とも構えることはやめなかった。


「良い判断だ。仲間意識があって嫌いじゃない」


 対象がまるで機械の如き声で口を開いた。


「俺の身体はアルマジロの装甲を人間レベルに強度をアップさせたものでできている。いわばアルマジロ人間だ。お前らがこの国で最も脅威となると計算していたが大したことはなかったようだ。お前を殺した後そこの二人も同じ場所に送ってやろう」


 アルマジロ人間ことアルマジアンは目の前に環の心臓が来るように持ち上げた。そして片方の手を手刀の構えにした。


「やめろーー!!」


 明星が叫び


「こうなったら」


 あとで死ぬなら今死んでも変わりないと悟った大空はショルダーバックから手榴弾を取り出した。


「死ね」


「お前ら離れてろ!!」


 その叫び声が響いた瞬間アルマジアンの背中に強い衝撃が走った。衝撃の正体は車から飛び出し、アルマジアンの背中に強化された飛び蹴りを入れた海斗だった。アルマジロの装甲がにヒビが入るほどの強い飛び蹴りのせいで環を離してしまい前に吹き飛ばされた。離された環に地面に落ちた衝撃はなかった。海斗が一瞬にして環をヒロインの如くお姫様抱っこで救った。一応この物語のヒロインはセナである。


「悪い。遅くなった」


 太陽を背にした海斗の顔は環から見ればまるで救世主のような印象であった。

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