天翔道を征くマルチバース 序章
@glide
第1話 ワイルドチャイルド
男が麻袋を被せられたまま椅子に座らされていた。手足は拘束されて身動きが取れない。場所はどこかもわからない。意識を取り戻したのもつい二、三分前のことだ。しかし状況を理解するのに一分もかからなかった。男にとってこのような状況は慣れも同然だった。しばらくすると足音がこちらに近づいてきた。目の前の位置で足音が止まった。
「ようこそ。我が組織へ」
男は一応主人公である。その主人公が始まって一話かつ序の序で早速ピンチなのには深いような浅いような少し前まで遡る必要がある。
数十時間前
彼の名は天道(てんどう)海斗(かいと)。二十歳。職業はフリーター。といっても差し支えがない職業に就いている。どんなものかは後ほど紹介するとして海斗の朝は至って平凡だ。
ベッドから出て、シャワーを浴びて、朝食を二人分作り、同居人を起こす。海斗の家にはもう一人住人がいる。訳あって彼が家に住まわせているのである。
「セナ、起きろ。もう朝の七時だ」
海斗はセナの身体を揺らして起こそうとした。
「あと……五分」
セナはまるで小さな子供の様に声を絞り出した。彼女の年齢は海斗と同い年である。
「大学生から小学生にジョブチェンジしたのか?寝言は寝てから言え。今日の朝食はパリパリのウィンナーとだし巻き卵だ」
朝食のメニューを海斗が教えた瞬間セナがガバッと起き上がった。
「やれやれ。寝癖酷いぞ」
遠回しに洗面所に行けと言い海斗はキッチンに戻った。
「セナー?ご飯とパンどっちがいい?」
「パンでお願いしまーす」
セナは洗面所から大きな声で返した。その会話はまるで夫婦だが海斗自身セナのことは少し綺麗な女性としか見ておらず恋愛的感情は抱いていない。しかし一方のセナにとって海斗は一言で表すなら命の恩人である。そして最近海斗の事が気になってきた模様。
洗面所からセナが戻ってきた。白銀の海斗の髪とは対照的に美しい金色のポニーテールである。
「「いただきます」」
海斗は白いご飯、セナはパンで朝食を摂った。しょうゆと塩コショウというシンプルな味付けのだし巻き卵に、ただお湯で茹でただけのパリパリウィンナー。海斗にとっては食べ慣れた味でもセナは美味しそうに食べていた。
「美味そうに食べるよな」
「だって美味しいですもの。そうだ、今日友達を連れて来ていいですか?」
「大学のか?」
「はい。試験が近いので勉強会をしようと話し合ってたんです。何度かやったことあるのですが、皆さん都の方の家がほとんどなので騒音とかで集中できなかったんです」
「それで最後の砦としてここか。良いぞ」
「ありがとうございます」
海斗の家は都から少し離れた田舎とも都会とも言えない静かな場所にある。と言っても車は普通に走ったり、周りにはたくさんの家が並んでいるためゴーストタウンではない。
「セナって何学部だっけ?」
「文学部です。歴史や日本文化や異文化と色々学んでます」
「色々あるんだな。俺は高卒だからさっぱりだ」
半社会人半フリーターの海斗と違ってセナは立派な大学生。毎日が忙しい。それに比べて海斗は上司に呼ばれた時しか仕事が来ない。まさに雲泥の差である。
「そろそろ時間だ。遅刻するぞ」
「あ、本当だ。じゃあ行ってきますね」
「気をつけてな」
セナは手早く食器を片付け、着替え、鞄を持って大学に向かった。海斗はそれを見送ると自分の食器も片付け、一息ついた。
ーーセナの授業が終わるのが十二半。昼食はあっちで摂ってくるだろうからそれも考慮した上でバスでの移動時間を考えると……来るのは十四時くらいか。気長に待つか。
海斗は昨夜寝落ちして途中で読み終えてしまった本にしおりを挿して自室の本棚に戻した。そして裏庭に行き、DIYで始めた棚の組み立てを開始した。図面作成と材料調達と仕事も込みで作成開始から二週間が経過しており大詰めに入っていた。今の仕事がダメになればいずれDIYで作ったものを商売に使おうと考えていた。
ーーあ。釘足りなくなった。
海斗はネジが足りないことに気づき、すぐに外出用の服に着替えて外出した。海斗の服装はハッキリ言って。良いものとは言えず黒ずくめだった。上に黒いコートを着ているのでなお怪しい。海斗自身も怪しいと失笑しているが黒以外の服を着ようとは思っていなかった。
足りないものを買い終えた海斗は帰宅して棚を完成させた。
ーーなんか色塗った方がいいんだよなぁ……黒?は流石になし。環に聞くか。
海斗は仕事仲間の環(たまき)にアドバイスをもらうことにした。仕事仲間といっても海斗は職場では一番下の後輩であるが社内では全員平等の立場であるため敬語を使っている者はいない。
「環。ちょっと話がある」
ーー何?今潜入任務で忙しいんだけど。
携帯の向こうから冷たい声が聞こえて来た。海斗が会社に入った時は見た目の雰囲気と声がベストマッチしたせいで近寄り難いと思っていたが今は多少改善されたがまだほんの少し時間が必要な様だ。
「じゃあかけ直す」
ーーちょ、やばっ、あーもう!あなたのせいで見つかって死んだじゃない!
海斗は確信した。こいつも暇なんだなと。
「ご愁傷様。話を戻すが……」
ーー待ちなさい。人の任務の邪魔しておいて話を戻さないでくれる?……要件は何?
「棚に色を塗りたいんだが色々迷ってさ。お前なら何色にしたいんだ?血の色以外で」
海斗には環の性格や現在の気分から分析して次に何を言うかを大体予想して先に選択肢を一つ潰した。
ーー申し訳ないけどあなたの血一択よ。っていうかわざわざ電話してくるほどじゃないでしょ?
「わかった。今度から気をつける。お前もゲーム中に何かあったらポーズするといい」
ーー潜入任務にポーズなんてものはないのよ!潜入任務は遊びでやるものじゃないのよ!
海斗は静かに電話をきって静かに思った。
ーーもっとまともな奴に聞けばよかった。
結局色が決まらないまま昼になった。昼食はすでに決定済みでビーフンだった。余計なものは入れないのが海斗の料理。味付けもなるべく美味しくなるための最小限の調味料を使う。材料はキャベツ、にんじん、豚肉、玉ねぎのみ。しかしここで予想外の出来事が起こる。
「ただいま帰りました」
海斗がビーフンを啜っていると帰ってくるには早すぎるセナの声が聞こえた。そのせいでビーフンがあらぬ方向に行ってしまいむせた。
「ゲホッゲホッ!セナ……!早くないか!?」
「二講時目が休止になってしまったので早く帰ってきちゃいました……あの、大丈夫ですか?」
「すぐに落ち着く……はぁ……で、友達は?まさか幻想的友達(イマジナリーフレンズ)じゃないよな?」
「し、失礼ですね!ちゃんと現実の人間です!今外にいます」
「そうか。まぁ適当にやってて構わないぞ。俺は二階の自分の部屋にいるから」
「一階にいても良いのですよ?」
「集中したい環境が欲しいんだろ?だったら俺は二階で大人しくしていよう。何かあったら教えてくれ」
「わかりました。じゃあ中に入れますね」
セナが玄関に向かうのと同時に海斗もビーフンを持って二階の自室に移動した。革製に回転椅子に座り机の目の前にある窓から外を見下ろした。裏にはに先程組み立てた棚がチーッスと言わんばかりにぽつんと仁王立ちしていた。
数十分経過
ぼーっと天井を見上げていると扉をノックする音が聞こえた。
「海斗さん。今いいですか?」
「何だ?」
セナが少し申し訳なさそうに入ってきた。
「えーっとその……海斗さん昔海外によく行かれてましたよね?」
「あぁ」
「その……何か資料になりそうなものをお貸しできませんか?」
「レポートか。俺の資料が役に立つとは思えないんだが……」
「そんなことありません!身近な人から聞くのも十分資料になります!」
海斗は少し心配しながらも渡すことにした。
「どこの国だ?」
「ドイツです」
「ドイツか。とりあえずこれだけあればいいだろう」
海斗は五冊ほど本を渡した。
「これだけあればいいだろう。他にいるものがあったらいつでも言ってくれ」
「ありがとうございます。他にどんな国があるのですか?」
「ドイツの他に中国、韓国、アメリカ、ブラジル、オーストラリア、イギリス、フランス、イタリア、インド、タイ色々だ」
「全部行ったことあるのですか?」
「あぁ。ここにあるものは全部仕事で行ったところだ。そうだ、晩御飯何がいい?」
「そうですね……タイ料理とかって出来ますか?」
「タイ料理ね。ガパオライスがいいな」
「どんなものですか?」
「見た目はビビンバに近いがちょっと違うものだな」
ガパオライスとビビンバの違ったものを一つ挙げるとすればスパイスの有無である。
「ぜひ食べてみたいです!」
「じゃあ決まりだな。だがパプリカが無いから買い出しに行ってくる」
「わかりました。いってらっしゃいませ」
海斗は再びコートを着て一階に向かった。
「お疲れーっす」
一階を通るついでにセナの友人に軽く挨拶してもう一階下にあるガレージに置いてある愛車に乗りこんで車で五分のデパートに向かった。海斗は十分で買い物を済ませて車に戻った。
「誰だ!」
車に乗り込んでエンジンをかけようとした瞬間後部座席の気配に気づいたが一手遅く口元にハンカチを当てられた。すると海斗の意識が遠く薄らいでいった。
そして現在
「俺をどうするつもりだ?約三千文字の回想を挟んだんだからお前らの目的はさぞ素晴らしいものなんだろうな?」
麻袋を被らされた海斗が思いもよらない発言をした。
「こいつ頭おかしくなったのか?」
「恐らく薬の副作用でしょう」
薬の副作用で済むことでは無いと思う。椅子に縛り付けられた海斗の八時から四時の方向と十二時の方向に並んで囲んでいた。十二時の男は椅子に座って面接の様な雰囲気になっている。
「外してやれ」
十二時が命令すると六時が勢いよく海斗の麻袋を取った。
「眩しっ」
「ふむ。思ったより似てないな」
海斗がいる空間はコンクリートでできた取調室の様な空間で光は天井の豆電球だけの空間だ。そして主に話しているのは十二時。
「君に飲ませたのは人を一瞬で眠らせるちょっとした薬でね。ここに連れて来させるために少々手荒な真似をさせてもらったよ」
「そうかい十二時さん。要件を早く言ってくれ」
「十二時さん?」
「あんた陰でそう呼ばれてるぜw名前考えるのめんどくさくてどう言えばいいかわからないからそう言われてるんだとよw」
「ふむ、やはり似てないな」
「おい!似たセリフを二回言うんじゃねぇよ!二度言うことは無駄だって知らないのか!?」
薬のせいで色々おかしくなったと思われる海斗を無視して十二時は本題に入った。
「天道翔一郎。この名前に聞き覚えはないか?」
先程の雰囲気とは違って海斗の目は仕事をする時の鋭い目になった。
「あぁ。俺のクソ親父の名前だ。友達か?」
「親父さんの恩人だ。俺の部下を五十人も殺したな」
「親父があんたの部下を五十人も?悪いが人違いなんじゃねぇのか?俺の親父は小さい時に母を捨てて一人どっかでのたれ死んだ最低のクソッタレだ。そんな野郎がお前の部下を五十人も……言い方を変えよう。甚大な被害をもたらせるとは思えないんだがな」
「決して人違いでは無い。君を天道翔一郎の息子天道海斗と知ってここに連れてきた。ある実験の被験者になってもらうために」
続く
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