第20話 叫べ―!!

 耕介がコーヒーカップを持ったまま頭の中の暗い迷路を彷徨っていると、玄関から「一条さん、ちょっとドア開けてください!」と孝也の声が聞こえてきた。


 耕介がドアを開けると、孝也が段ボールを両手に抱えて入ってきた。


 孝也は段ボールを玄関に置くと、小脇に抱えていた雑誌を開いて耕介に見せた。




 「まだ一条さんの言ってた値段までは上がってませんが、もうこの手しかないですよね?!」と言って開いたページには、『今週の激熱アイテム!幻のダンプ2.0グリーン!!市場価格25~27万円』と大きく書かれていた。




 「オレ、あの後も県外のショップにも電話掛けて集めて・・・、ほら。」と言って、孝也は段ボールのフタを開けて6足の『エアダンプ2.0グリーン』を見せてくれた。




 耕介は二人で稼いだ金額とその使途を全て把握していたので、孝也がそれらを購入するために自分のなけなしの小遣いを使ったのであろうことは直ぐに理解できた。


 耕介は腹の底から湧き上がってくる感動に震え、込み上げてくる涙をぐっと堪えた。


 「でかした!スゴいぞ!良くやってくれた!」と、耕介は孝也の肩を何度も力いっぱい叩きながら言った。


 孝也は「ありがとうございます!オレも何か力になりたくて!でも、・・・痛いです、一条さん。」と嬉しそうに答えた。




 腕時計の時と同じ要領でダンプ2.0グリーンも手際よくオークションで売却すると、6足で合計103万円の現金化に成功した。


 月曜日の午前中に、その全額を口座に入金した。




 ☆☆☆




 株価は先週の勢いのまま下がり続け、火曜日の午後には292円を割った。


 追加入金していなければゲームオーバーとなっていた株価だ。


 耕介は部屋のパソコンで更新される度に下落して行く株価に生きた心地がせず、部屋の窓を開けたり閉めたり、カーテンを開けたり閉めたり。


 落ち着かない時間を過ごした。




 水曜日から木曜日にかけて株価の下落スピードは落ち、280円~285円近辺で停滞した。


 授業中の孝也も、ずっと携帯で株価の動きを見ていた。


 耕介からは「270円を割らない限り大丈夫」と聞いていたが、株価の停滞中も瞬間的に270円台に下がったりする場面があり、思わず声を上げてクラスメートの注目を集めてしまったりしていた。




 金曜日も280円~285円付近の停滞から始まった。


 瞬間的に下値を試すような場面もあり、その度に孝也は口に手を当てて声を押し殺し、携帯を強く握りしめた。


 耕介は部屋の中をグルグルと歩き回り、両手を合わせて固く握り、「頼む、頼む、頼む・・・」と念仏のように同じ言葉を唱え続けた。




 金曜日の14時半になった頃、15時の市場終了に向けて『手仕舞い』と呼ばれる利益や損失の確定売りが始まり、ソフトストップの株価もじりじりと下がり始めた。




 一人で株価を見ているのに耐えきれなくなった孝也が、耕介に電話をかけてきた時には株価は280円を割って278円になっていた。




 「大丈夫ですよね?!大丈夫ですよね?!」と聞き続ける孝也に、「大丈夫!信じよう!頼む!頼む!」と耕介も言い続けた。




 14時55分、株価はなおもジリジリ下がり、276円まで来た。


 携帯を耕介との通話に使用している孝也には株価の下落が見えていないため、それまで耕介は株価が下がるたびに数字を孝也に告げていたが、ここに来てそれもやめた。




 「孝也、僕たちは全力を尽くした!何も後悔はない!あとはおじさんを助けるために祈って・・・、叫ぼう!! 頼むーっ!!持ちこたえてくれー!!!」と耕介が言って叫び始めると、孝也も周りの目も気にせず電話の向こうで一緒に叫んだ。


 「うおぉー、がんばれー!!!」




 「持ちこたえろー!!!」と耕介。




 「がんばれー!!!」と孝也。




 「あと、2分ー!!!」 耕介。




 「気合だぁー!!!」 孝也。

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