第18話 実は、本当の治療費は・・・

 孝也が調べた時点で、エアダンプ2は既に発売開始から4ヶ月が経過していた。


 それどころか改良版の2.1も先月末に流通開始されていたため、耕介と孝也は急遽アルバイトを1日休んで、孝也が回れるだけのシューズショップをスクーターで回って、耕介は電話帳に載っている県内のシューズショップに問い合わせてダンプ2.0グリーンを探した。




 突然二人同時にアルバイトを休んだ事でバイト長にはどんぶりいっぱい嫌味を言われたが、お陰で3足のダンプ2.0グリーンを入手することができた。


 「大量購入して、大儲けを期待してたのになぁ。」と孝也は言ったものの、上手く行けばこの3足だけで100万円以上稼げると思うと満足感は大きいようだった。




 「じゃあ、この3足に関してはレア度がピークになるポイントを逃さないように、情報収集は孝也に任せるぞ。」と耕介が言うと、孝也は敬礼をして「了解です。」と言った。




 そんな孝也の楽しそうな様子とは裏腹に、耕介は2億円に向けた大勝負の方で壁にぶち当たっていた。


 かれこれ数か月、記憶を辿りながら会社四季報とにらめっこを続けているが、耕介の探している会社名が見つからないのである。




 耕介の記憶には、二つのニュースが浮かんでいた。


 一つ目は、ある証券会社が『60万円で1株売り』とするはずの注文を、『1円で60万株の売り』注文を出してしまったことでその会社の株価が一時ストップ安まで落ち、十数分後に今度はストップ高まで上がったというもので、これに乗じて何億も稼いだという人が続出して、後々テレビや雑誌で特集されていたニュースだ。


 しかし、この銘柄を狙うためには、いつ起こるか分からない証券会社のミスのタイミングを逃さないように、四六時中株価の動きをチェックしていなければならないし、株式投資初心者の耕介がその瞬間に上手く株の売り買いが出来るかも疑問だったため、本命として狙うつもりはなかった。


 本命が成功したあとのオプションという扱いである。




 耕介の本命はもう一つのニュースの方だった。


 これは『ファンド』と呼ばれる投資のプロ集団が仕掛けた空売りによって、全財産の半分を失ったある個人投資家のリベンジから始まった騒動で、その個人投資家が集めた情報から、ある雑魚銘柄を指定してネットで有志を集め、ファンドの空売りに対抗してやっつけようというものだった。


 この雑魚銘柄は株価が5倍程度になったところで、『風説の流布』ではないのか?と各メディアに取り上げられて有名になり、そこから集まった個人投資家により更に株価は上がり、踏み上げられたファンドが撤退したとニュース報道された時には、株価は実に30倍を超えていたというものだった。




 耕介がこの銘柄を狙う理由は、上昇期間が長いため初心者の耕介でもエントリーが簡単そうだったのと、30倍まで上がるというのが分かっているため、売り逃げるタイミングも比較的失敗しなさそうだったためだ。




 耕介は会社名を見れば直ぐにピンと来るという自信があったので、まだ株価が上昇する前に株を買っておこうと目論んでいたが、どれだけ会社四季報を見てもその会社は見つけられなかった。




 ジョギングの最中に、あいうえお順に思いつく会社名をブツブツ言いながら走ってみたり、アルバイト先の仲間に思いつく限りの2流・3流の会社名を言ってもらったりしたが、「これだ!」という会社名が出てくることはなかった。




 そんなある日、孝也が「嬉しいニュースと、心配なニュースがあります。」と言ってきた。


 嬉しいニュースは、レアウォッチ専門雑誌でニルソンの市場価格が45万円と掲載されていたことだった。


 45万円は耕介の記憶の中では、ほぼピークと言える金額である。




 「心配なニュースの方は?」と聞くと、孝也は少し俯いて「剣崎のおじさんが通院している事が分かりました。」と言った。


 「先月あたりから体がダルくて何度か病院に行ってるらしくて、病院では疲労の蓄積だろうって言われて栄養剤みたいなものが処方されてるようですが・・・」


 「孝也、もし病気が始まったんだとしても、僕の記憶ではおじさんが亡くなるのはもっと先だ。僕らが落ち込んでも病気を治すことはできない。僕らは僕らにできることを一生懸命やろう!」と耕介が言うと、孝也も「そうですね!」と顔を上げて言った。




 ☆☆☆




 次の日から、ネットオークションでニルソンの売却を始めた。


 毎日入れていたアルバイトは、二人とも週に3日ずつに減らした。


 耕介がネット上で出品して買い手とのやり取りを行い、孝也が梱包して宛名を付けたらスクーターで郵便局まで発送に行った。




 オークションは時間短縮を狙って、全て『最長3日間のゼロ円スタート』としたが、出品するとすぐに値段は希望売却金額に到達し、たったの2週間で全ての腕時計を売り捌けた。


 売却金額の合計は、手数料を差し引いても840万7千円となった。




 耕介がそれまでに稼いだ金額と、孝也と二人でアルバイトしてコツコツ貯めた貯金を合わせると、1千3百万円を超えた。


 耕介は、包み隠さずその金額を孝也に伝えた。


 孝也は「もう目標額の1千万円に到達したんですね。でも、そのほとんどは一条さんが稼いだのにオレの親戚のために使ってもらうなんて、なんか申し訳ないです・・・。」と言った。


 「それは全く問題ない。おじさんを助けたい気持ちは僕も一緒だから。でも、実は孝也に謝らないといけないことがあるんだ。」と耕介は言った。


 「改まってどうしたんですか?」と孝也が心配そうに言った。


 「僕が言った1千万円って、・・・嘘なんだ。1千万円は本当の金額を稼ぐために最低限必要な額なんだ。」と耕介が申し訳なさそうに言うと、「実は、そんな気がしてました。」と孝也が言った。




 耕介が驚いて孝也を見ると、孝也は「だって、一条さんすごくしっかりしてるのに、一番大事な治療費に限っては、『大体1千万円くらいじゃないかな?』って何かおかしいなって。」と笑いながら言った。


 「もう驚かないんで、いくらか教えてください。オレも頑張りますから!」




 耕介は孝也が急に成長したような感じがして、驚きと嬉しさの混ざった微妙な表情で言った。


 「多分、2億円以上・・・。」孝也の驚いた顔を見ながら耕介は続けた。


 「僕は1千万円を元手にして、その2億円を株で稼ごうと思っている。」




 孝也は口をパクパクして何か言おうとしている様子だったが、声は出てこなかった。


 「狙う銘柄は決まってるんだ。値動きも大体把握している。でも、その会社名だけがどうしても思い出せずに困ってる・・・。」と耕介は言った。




 頑張りますと宣言した孝也だったが、耕介の口から出て来た単語の意味すら分からない状態では、「全然理解できないけど、全部一条さんに従います!」と言うのがやっとだった。




 それから二人は時間があれば株の勉強をし、開設したネット口座で試しに少額の取引を何度か繰り返して株の売り買いを練習した。


 会社四季報には全ての銘柄が掲載されているわけではないということも分かったし、株の取引には『現物取引と信用取引』というものが存在して、『現物取引』の範疇であれば、会社が倒産しない限り資産がゼロになることはないが、『信用取引』では手持ち資金の何倍もの株を持てるため、大きな利益を得る可能性がある反面、ほぼ全資産を失う危険性もあると知った。




 耕介の狙う銘柄は継続して探していたが、未だ見つけられずにいた。

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