第17話 おじさんの笑顔
耕介と孝也は剣崎のおじさんに会う口実を色々考えてみたが、孝也がわざわざ親戚のおじさんに知人を紹介するというのも不自然だったため、おじさんが良く行く居酒屋に通って偶然の鉢合わせを狙うことにした。
孝也の話では、ほぼ毎週末その居酒屋には顔を出しているという話だったが、もう2週連続で耕介と孝也は店に来ていたが、その日ももう閉店1時間前だというのにおじさんは姿を現わさなかった。
二人は「また来週来てみよう」と言って、その日は諦めて席を立った。
耕介がカウンターで勘定を済ませている後ろで、「あっ、おじさん!」と孝也の声がした。
耕介が振り返ると、剣崎のおじさんがニッコリと笑いながら孝也の肩に手をのせて、一緒に来たと思われるおじさんの友達に嬉しそうに孝也を紹介していた。
耕介が勘定を済ませて駆け寄ると、孝也が耕介をおじさんに紹介してくれた。
「一条と言います。」と耕介が挨拶をすると、「孝也の伯父の剣崎です。いつも孝也がお世話になってます。」と笑顔で返してくれた。
懐かしいその声は、耕介の心の中にしみ込んできた。
頭の中ではそれが自分の記憶ではないと分かっていても、生きているおじさんにまた会えた感動は、とても他人のものとは思えなかった。
耕介は、孝也に「大丈夫ですか?」と言われるまで、自分が泣いていることに気付かなかった。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている耕介に、おじさんは慌ててちり紙を差し出しながら、「一条さんは、ちょっと飲みすぎちゃったかな?」と言ってまた笑った。
耕介も「そうみたいです。」と泣き笑いながら答えた。
居酒屋を出て、耕介は自転車を、孝也はスクーターを押して近くの自動販売機まで歩いた。
夜風の心地良い夜だった。
「剣崎のおじさんは、僕の記憶の中のおじさんと同一人物だったよ。」と耕介は言った。
「そうみたいですね。」と孝也は缶コーヒーを一口飲んで答えた。
「僕にも、剣崎のおじさんを助ける手伝いをさせてくれないかな?」と、耕介も缶コーヒーを一口飲んで言った。
「その提案は嬉しいんですけど、一条さんにメリットがないですよね・・・。」と、孝也は申し訳なさそうに言った。
「メリット云々よりも、助けたいという気持ちが大きいんだ。あと、ここまで君を見てきて、自分の利益のために他人を操るような人間になるとは思えないんだ。おじさんを助けることで、未来の君の考え方が変われば、僕を操るなんてこともなくなるんじゃないかな?これが僕にとってのメリットかな。」
「一条さんは優しいですね。」
「そうと決まれば、死ぬ気で働いてお金ためるぞ!」
「いくら必要なんですかね?」と孝也が聞いて、耕介は考えた。
耕介の記憶ではその額は2億円だが、そんな法外な金額を言って良いものか・・・。
「正確な金額は分からないけど、払えずに治療を諦めたくらいだから、1千万円くらいは必要なんじゃないかな?」と、耕介はかなり控え目な金額を告げたつもりだったが、孝也は「1千万か・・・」と呟いたまま固まってしまった。
収入のない学生に、1千万円なんて金額を言ったのだから無理もない。
「ともかく、僕の記憶ではおじさんが亡くなるのは君が就職してからだから、少なくともあと2年は時間があるはずだ。2年で1千万円だとすると、二人合わせて年間500万円だから・・・、毎月二人で40万円は働いて稼ごう!」と耕介が言うと、孝也は「はいっ!」と大きな声で返事をした。
☆☆☆
次の週から、孝也も耕介と同じ深夜のビル清掃のアルバイトを始めた。
耕介と違って孝也は朝には学校に行かなければならないため、耕介はバイト長に頼んで孝也とペアにしてもらい、粗方清掃が片付くと内緒で孝也を寝かしてやるようにした。
それでも睡眠時間は短いはずだったが、孝也は文句一つ言わずに続けた。
本人曰く、授業中に足りない分の睡眠は取っているとの事だった。
孝也は高専の寮で食堂のおばちゃんに「夜食にするから」と頼み込んでタッパーを渡し、塩おにぎりとその日の残飯を詰めてもらった。
それを耕介が夕食とすることで食費を削った。
ある日アルバイトの前に孝也が耕介の部屋に立ち寄った時、孝也が部屋の隅に置いてある段ボールを見ながら、「いつも気になってたんですが、あれは何が入ってるんですか?」と聞いてきた。
中身を見せてやると、一つひとつきれいに梱包された大量の腕時計にまず驚いたが、その梱包をひとつ解いて見せると、「これって、ニルソンじゃないですか!まさかこの段ボールの中身全部そうなんですか?!」とさらに驚いた。
孝也は、雑誌でニルソンを知ったようだが、その雑誌では一つ18万円という予想価格がつけられていたと言う。
「一つ買わせてください!できれば定価で。」と孝也は言ったあと「ハッ」と気付いたように、「まさかこれも、例のお告げで先行購入したんですか?」と聞いた。
耕介が孝也の様子にクスクス笑いながら頷くと、孝也は呆れたという顔をして、「なるほど・・・、色々やってくれてるんですね。」と言った。
「他にも何かやってることがあるんですか?」と聞いてきたので、耕介はマルーン2で稼いだ話をした。(あえて、山根先輩の名前を出すのはやめておいた。)
それから、ヒット曲で稼ごうとして失敗した話をすると、孝也は腹を抱えて笑った。
「ひどいな、これでも一生懸命やったんだぞ。」と耕介が言うと、孝也は笑い涙を指で拭きながら、「すいません。一条さんでもそんな失敗するんだなと思って。」と言ったあと、「その腕時計見て思ったんですが、もしかしたらレアシューズとか、レアジーンズなんかもいけるんじゃないですか?」と続けた。
耕介はそう言われて考えてみると、レアシューズには一つ心当たりがあることに気付いて、「スウッシュの『エアダンプシリーズ』はもう発売されてる?」と孝也に聞いた。
孝也は「確か発売されてますけど、あれってシリーズになるんですか?」と言った。
「・・・ってことは、きっと初代だけが出てるってことだな。もしそうなら『ダンプ2.0グリーン』が手に入るかも知れないな。」と耕介は言った。
孝也は「それってスゴイやつなんですか?」と目を輝かせて聞いた。
「エアダンプ2は発売されて間もなく、購入者からソールの色が変色しやすいという苦情が多数出て、その苦情を受けたメーカーがすぐに改良版をエアダンプ2.1として発売したんだ。2.0と2.1は見た目が同じなんだけど、2.1になった時にメローグリーンって色だけが廃盤になったんだ。廃盤になったのは人気がなくて在庫がはけないって理由だったみたいだけど、後からその希少性が魅力になって、幻のダンプ2.0グリーンって呼ばれて、新品未使用なら50万円以上で取引されるようになったんだ。」と耕介は説明した。
「すごいじゃないですかっ!!在庫がはけないようなものなら買えますよね?!」と孝也が興奮して言った。
「可能性は高いね。お金は孝也に送金したものが戻ってきたから、それを使えるかな・・・、ちょっと計算してみるか。じゃあ、孝也は雑誌とインターネットで、エアダンプ2がいつ発売されたか確認してくれる?」と耕介が言うと、孝也は両手の親指を立てて「了解です!」と嬉しそうに言った。
耕介は、頭の中でそのシューズを購入するのにいくら使えるかを考えていた。
というのも、耕介は孝也に貯金目標額を1千万円くらいと伝えていたが、本当に必要な額は2億円であるため、孝也と進めているコツコツ貯金作戦とは別に、大勝負をかける資金を手元に残しておかなければならなかったからだ。
そんな耕介の心配をよそに、孝也は早速耕介のパソコンで楽しそうにエアダンプを検索していた。
耕介はそんな孝也の様子を見て、元気が戻って本当に良かったと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます