第15話 記憶の所在
耕介が目を覚ますと、医務室の先生と思われる白衣を着た年配の女性が耕介をのぞき込んでいた。
「目が覚めました?貧血みたいですね。今、剣崎君呼びますね。」と言って、耕介に机の上のお茶をすすめてくれた。
「ありがとうございます。僕はどのくらい寝てたんでしょうか?」と聞くと、孝也に肩を担がれて医務室に運び込まれたのが、およそ30分くらい前だと教えてくれた。
孝也は、耕介の体が熱いが大丈夫かと訪ねてくれたそうだが、体温を計ると平熱で、寝息を立てていたのでそのままベッドで寝かせてくれたそうだ。
しばらくすると孝也が来て、「大丈夫ですか?」と耕介の顔をのぞき込んで言った。
耕介は申し訳なさそうに、「大丈夫。迷惑かけて悪かったね。」と詫びた。
孝也が「さっきの、一条さんが倒れる前の話なんですが、今続きをしても大丈夫ですか?」と聞き、耕介が構わないと答えると、医務室の先生は気を使って部屋を出て行った。
孝也は医務室のドアが閉まるのを確認して、「一条さんが言っていた『剣崎のおじさん』の話は、オレの親戚のおじさんの話そのままなんです。」と言った。
耕介は驚いて「・・・どういう事?詳しく教えてくれるかな?」と尋ねた。
「オレの両親は、オレがまだ小学生の頃に死んだんです。交通事故でした。それからオレはじいちゃんとばあちゃんに育ててもらいました。剣崎のおじさんは、オレの親父の兄弟で隣町に住んでます。おじさんはオレの運動会や参観日には必ず来てくれました。高専に入学する時の入学金も負担してくれました。・・・オレ、最近バイトを始めたんで、少しずつ金を返したいっておじさんに話したんです。」と孝也は言った後、一度耕介を見た。そして続けた。
「そしたら、おじさん・・・、金がある時は、じいちゃんとばあちゃんに会いに行って、一緒に旨いものでも食ってやってくれって言ったんです。」
耕介は言葉を失って、ただじっと孝也を見つめた。
「これって、さっき一条さんが教えてくれた記憶と全く同じですよね?どういう事なんですか?オレの経験してることが、一条さんの記憶と一致するなんて事あるんですか?」と、孝也は訳が分からないといった表情で耕介に尋ねた。
耕介は頭の中で整理しきれないまま言った。
「・・・その話と関係があるのかは分からないけど、僕には記憶と現実がつながっていない事があるんだ。僕が調べた限り、僕はサイキョウ大学をこの春卒業してるんだけど、なぜかこのヤマトク高専に在学していた記憶があるんだ・・・。」と言ったところで耕介は「ハッ」と思い立って、孝也に「さっきのメモを、もう一回見せてくれないかな?」と言った。
耕介は、孝也から受け取ったメモをもう一度読み返して、『過去と通信』、『使いの者・・・』という言葉に目が留まった。
「もしかすると、僕が自分の記憶だと思っている事のいくつかは他の誰かの記憶で、その記憶は未来から直接僕に送られてきたのかも知れない。」と耕介は呟いた。
一緒にメモをのぞき込んでいた孝也は、「じゃあ、一条さんはこのメモの『使いの者』って事ですか?でも一体誰がそんなことを・・・」と言ったところで、メモの最後にある『未来の自分?』という言葉を見て一瞬言葉を失った後、「・・・もしかして、未来のオレが送ったんですか?!・・・何のために?」と言った。
耕介は「それは分からない」と答えたが、実は思い当たることがあった。
それは孝也の話には出てこなかったが、耕介の記憶にはしっかりと刻まれている剣崎のおじさんの病死の事だったが、今の孝也にそんな残酷な話をすることはできなかった。
「未来のオレは、自分が金持ちになるために赤の他人を利用してんのかな・・・。それじゃあ、クズだ。もし本当なら、一条さんには謝らないといけませんね・・・。」と孝也は自虐的に、力なく笑って言った。
耕介は「まだ、そうと決まったわけじゃないよ。」と言ったが、耕介自身のショックもかなり大きく、落ち込む孝也にかけてやる言葉はそれ以上浮かんでこなかった。
☆☆☆
孝也とは、その後定期的に連絡を取ることとなった。
1度目は、孝也がどうしても、今まで耕介が送金した金額を返済したいと言うので金を受け取った。
2度目以降は、お互いの情報交換を目的として、時間の合う時に一緒に食事をした。
色々と話をする中で、やはり耕介の記憶は未来の孝也が送っきたもので、その記憶(情報)を元に耕介にお金を準備させ、孝也に送金するよう仕向けられている事は、二人の間でほぼ確定的だと結論づけられた。
孝也は、未来の自分の行動に失望し、会うたびに元気がなくっていた。部活も辞めたと聞いた。
そんな孝也を見て、その日耕介は意を決してこう話した。
「君は将来の自分の行動に幻滅してるかも知れないけど、僕はそうは思ってないんだ。」と耕介が言うと、「でも一条さんは何も関係ないのに、未来のオレに操られてるかも知れないんですよ?恨んだりしないんですか?!」と孝也が聞いた。
「もちろん、それは少しある。でも、僕の記憶が未来の君から送られてきたもので、その記憶から生まれてきた感情も未来の君と同じだとするのなら、理解できなくもないんだ。」
「どういうことですか?」と孝也は不思議そうな顔をして耕介に尋ねた。
耕介は軽く呼吸を整えてから言った。
「僕の記憶が正しいのなら、剣崎のおじさんは、君が就職して間もなく病気で亡くなるのかも知れない。そしてその病気は、お金が払えれば治せるかも知れないんだ。だから未来の君が、僕を使ってやろうとしている事は単なる金儲けじゃなくて、おじさんを助けるためだと思うんだ。」
「・・・でも、たとえそうだとしても、一条さんには関係のないことで、一条さんの人生を台無しにしていいわけじゃないでしょ?!」と孝也は言った。
耕介は、それを否定も肯定もしなかった。
そして少し経ってから「僕を、剣崎のおじさんに会わせてくれないかな?」と言った。
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