第14話 孝也との、・・・再会?
ネットオークションでは、腕時計の値段が上がり始めていた。
耕介が望む金額まではまだまだ遠い値段だったが、ビル清掃の帰りにコンビニで立ち読みしたファッション雑誌の1ページでは、『レアウォッチ』として紹介されていた。
耕介の記憶では、このあとレアウォッチ専門の雑誌が発売されて、うなぎ上りに値段が急騰していくはずだった。
「値段がピークまで行くのに、どのくらいかかるのかな・・・。」耕介はコーヒーを飲みながら、腕時計の山を眺めた。
耕介がキャンパスノートに書き出した計算では、目の前に並んだ腕時計を全て売却すれば、マルーン2で稼いだ金額を足して、最後の計画には十分な金額を充てられると考えていた。
あとはタイミングを逃さないように、注意を怠らないことを肝に銘じていた。
そのタイミングが来るまでは、ビル清掃のアルバイトを粛々と続けるしかない。
孝也への仕送りを考慮するとやはり贅沢はできなかったので、コーヒーとジョギングでぐっと堪えるしかない。
耕介のビル清掃のアルバイト代は、月に17万5千円だった。
そこからアパート代、電気水道、プロバイダー契約料等の必要経費を引くと、11万円が手元に残った。
そこから3万円を食費として引くと、残る金額は8万円。
耕介は毎月その8万円を孝也へ送金していた。
ある日、耕介が送金を済ませ、いつもと同じメッセージを孝也へ送ると、初めて返信があった。
耕介の所持していた携帯電話には、当初『剣崎孝也』という名前は登録されていなかったため、耕介は頭に浮かんできた孝也のメールアドレスにメッセージを送信していた。
これまで孝也から返信がなかったのは、耕介が記憶していたメールアドレスが間違っているか、既にアドレスが変更されていてメッセージが届いていないのだと思っていた。
孝也からのメールには、『一度会って話せませんか?』と書いてあった。
耕介も剣崎のおじさんの状態を知っておきたかったので、さっそく週末に会う約束をした。
耕介はメールで、食事でもしながらと誘ったが、孝也は午後から部活があるため、できれば午前中に学校にきて欲しいと返信してきた。
耕介は学校の住所を聞いて驚いた。孝也はヤマトク高専の学生なのである。
ヤマトク高専は、耕介の出身校のはずである。
孝也との年齢差から考えると、在学時期がラップすることがないことは理解できたが、親戚が同じ学校に行ったのであれば、何らかの情報が入って来ているはずである。
いくら考えても、耕介にその部分の記憶を呼び起すことはできなかった。
おかしな点は、他にもあった。
孝也との間に起こった出来事の記憶が、全くと言っていいほど思い出せないのである。
思い出せるのは、耕介の運動会や参観日に、剣崎のおじさんに連れられて孝也が来ていたという事だけだった。
学生時代に何度も往復した『高専坂』と呼ばれる長い登り坂を歩き、懐かしい正門を抜けて談話室と書かれた休憩ルームに入り、自動販売機でカップのコーヒーを買ってイスに腰かけたのは、孝也との約束の20分前だった。
部外者の耕介が、誰にも呼び止められずに校内に入ってコーヒーを飲める時代への驚きや、学生時代を過ごした懐かしいグランドや教室への感慨ももちろんあったが、この瞬間はあと数分後に会うであろう孝也に対する緊張感の方が勝っていた。
談話室の大きな窓から、グランドを走り回るサッカー部の様子を見ていた耕介は、「一条さんですか?」と声をかけられて振り返った。
嫌な予感は的中した・・・。
耕介には、おそらく孝也であろうその青年に見覚えがなく、青年も「初めまして。剣崎孝也です。」と挨拶してくれた。
耕介は何と挨拶して良いか分からず、「一条です。」とだけ言ってイスを勧めた。
耕介は「何か飲むかい?」と言ったが、孝也は首を振って、早速話を始めた。
「すみませんが、先ずあなたが誰で、なぜお金を振り込んでくれるのか教えてもらえますか?」と孝也は言った。
耕介は短く諦めたような溜息をついたあと、「変な話だけど、聞いてくれるかい?」と前置きして話を始めた。
「実は僕は記憶に問題があって、ある日より前の記憶が曖昧なんだ。でも、君のお父さんに色々助けてもらったことだけははっきりと覚えていて、その時の恩返しをしたいと思っている。今は少しずつだけど、借りたお金を返しているつもりなんだ。」
孝也は少し考えてから、「その金額は合計いくらで、いつまで振り込みを続けるつもりですか?」と言った。
耕介がどう答えたものかと思案していると、「もしかすると、大金を振り込もうとしていませんか?」と不安そうに孝也が言った。
明らかに驚いた表情の耕介を見て、孝也はゴソゴソとポケットから紙を取り出し、それを耕介に見せて、「これと関係があるんですか?」と聞いた。
グシャグシャの紙にはこう書かれていた。
『過去と通信』
『使いの者が口座に入金』
『金は必要になるまで保管』
『大金が必要』
『誰にも言うな』
『・・・未来の自分?』
孝也の話では、ある日妙にリアルな夢を見たのでその内容を書き取ったのだという。
その後バカバカしくなって一度メモは捨てたのだが、間もなく耕介からの入金が始まったので、慌ててゴミ箱からメモを拾い出して、大事に持っていたらしい。
どんどん増えていく入金額に怖くなり、身内に相談しようかとも思ったが、メモの『誰にも言うな』という言葉が気になり相談できなかったそうだ。
入金してくる本人に聞けば何か分かるかと思い、勇気を出して耕介と直接面会することにしたが、もしものことを考えて、待ち合わせ場所を安全な学校にしたのだという。
孝也から受け取ったそのメモを見ていた耕介は、徐々に平行感覚を失い、もしも座っていなければ床に倒れ込んでいただろう。
耕介は目まいと闘いながら、疑問を一つずつ整理することにした。
「僕の記憶では、君とは親戚なんだけど、君は僕の顔に見覚えがあるかい?」と耕介は聞いた。
「ありません。それとなく身内にも確認しましたが、一条さんと同じ苗字の親戚もいませんでした。」と孝也は答えた。
「じゃあ、剣崎のおじさん、・・・つまり君のお父さんは元気かい?」と耕介は、混乱した頭で聞いたが、孝也の回答は、両親は孝也が小さい時に亡くなったというものだった。
では一体、自分の記憶はどこからやってきたものなのか・・・。
耕介は訳が分からなくなり、一旦落ち着こうとカップに残った冷めたコーヒーを一口飲んだが、ここから一体どこに向かえば良いのか不安だけが広がった。
耕介は「聞いてもらってもいいかな?」ともう一度断ってから、剣崎のおじさんに関する自分の記憶を全て孝也に話した。
耕介は一生懸命、真剣に話した。
そして耕介は話終わった時、自分の体が猛烈に熱くなっているのを感じた。
額に手を当てると、汗びっしょりになっていた。
耕介はイスの背もたれに寄り掛かったつもりだったが、実際には耕介の体は後方ではなく横に大きく傾き、イスから転倒して意識を失った。
意識を失う前、孝也が慌てた顔で耕介の方に駆け寄って来るのが見えた。
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