第12話 脳波送信

 「一条リーダー、ちょっと気になる報告が・・・」と、高山が電話の向こうで申し訳なさそうに言った。


 高山は、耕介が会議中だと知っていて電話をかけてきたので、少し緊急度の高い内容であるのだろうと想像はできた。


 「この会議が終わったら直ぐにかけなおすから、簡単に内容をメールしてくれるか?」と耕介は、小声で言って電話を切った。




 隣の席に座っていた徳永が心配して、「大丈夫か?」と小声で話しかけてくれた。


 徳永は、耕介がこの会社に入社して最初に配属された研究グループの先輩で、現在は同部署の別の研究グループのリーダーをやっていた。


 今では、耕介も研究グループのリーダーとして肩を並べてはいるが、何かあると未だに耕介は、徳永に先輩として助言を求めていた。




 各研究グループのリーダーを集めた会議が終わり、耕介が高山からのメールをチェックすると、『IT室からの連絡です。先月中旬から、うちのグループサーバーにT研から複数回の未確認アクセスがあるようで、研究室間で整合できているのか至急確認して欲しいとの事です。』とあった。


 内輪では、部署内の各研究グループをリーダーのイニシャルを付けて呼んでいた。


 T研とは徳永の研究グループの事だった。




 耕介は、隣で会議からの帰り支度をしていた徳永に「徳永さん、最近うちの研究員とそちらの研究員で、データの受け渡しがあるんですかね?」と言って徳永にパソコンの画面を見せた。


 徳永は「いやぁ、そんな話は聞いてないが・・・」と言ったところで、何か思い当たったのか動きが止まった。


 「すまん、一条。この件、俺に預けてくれないか?」と徳永は言った。


 耕介が不思議に思いながらも分かったと伝えると、徳永は「すまんな。」と再度謝罪して、そそくさと退室していった。




 実は徳永は、ある疑惑を追っていた。


 会社の接待でよく使う小料理屋の大将が、「徳永さんのグループの研究員が、水口准教授と会っているのを見たよ。」と言ってきたのは2か月前の話だった。


 その日大将は知り合いの料亭に勉強会に行っており、その料亭で2人が酒を酌み交わしているのを見たというのだ。




 水口准教授は、ヨミザキセンタン大学の岩波教授の研究室の一員で、その研究室では、離れた場所にいる人に直接脳波を送って物事を伝えるという研究が行われていた。


 岩波教授はその道の第一人者で、徳永の研究グループは共同研究を提案したことがあるが、丁重に断られた経緯があった。


 その研究室の准教授と自身の部下が直接会っていたとなれば、金銭で研究内容の取引をしている可能性もある。




 大将には、「見間違いだと思いますよ。変な誤解を生んでも良くないので、ここだけの話にしましょう。」と笑ってごまかした徳永だったが、その日からその研究員の尾行を始めた。


 はじめは半信半疑で尾行をしていた徳永だったが、ある日、その研究員を尾行している最中に見失ってしまい、諦めて「ちょっと休んで帰ろう」と入ったコーヒーショップで水口准教授に出会ったのだ。




 徳永の姿を見た水口は、明らかに慌てた様子で「偶然通りかかっただけで、この辺りには初めて来た」と、聞いてもいないことをペラペラと喋った。


 水口は「急ぎますので」と告げると、コーヒーも注文せずに店から出て行った。


 店を出た水口は、徳永の様子をチラチラと伺いながら、慌ててどこかに電話をかけていた。


 徳永の場所からは電話の内容までは分からなかったが、大事そうに小脇に抱えたA4サイズの封筒に、『INNOCENT』と鮮やかなブルーでプリントされたロゴが良く見えた。




 徳永が、自身の研究室のゴミ箱に『INNOCENT』とブルーのロゴの入った封筒が捨てられているのを発見したのは、ほんの数日前のことだった。


 徳永の中で、研究員と水口准教授のつながりは確実だろうと思っていたところに、耕介からの話である。


 徳永はサーバーへの未確認アクセスの件も、同じ研究員の関与を疑った。




 ☆☆☆




 研究室で高山とデータの確認をしていた耕介の電話が鳴ったのは、午後7時を過ぎた頃だった。


 「たまには飲みに行かないか?」と、電話の向こうで徳永が言った。


 耕介があと30分くらいで手が空くと伝えると、「じゃあ、先に行って飲みながら待ってるよ。」と言って、徳永は店の場所を告げて電話を切った。




 耕介が店に着くと、徳永は焼き鳥をつまみにビールを飲んでいた。


 「おーい、こっちだ」と耕介を手招きすると、徳永は店員に耕介のビールを注文した。


 「どうしたんですか?徳永さんから飲みの誘いなんて珍しいですね。」と耕介は上着を脱ぎながら徳永に聞いた。


 「結婚してからは、あまり飲みに行かなくなっちゃったからなぁ」と徳永が話していると、店員が耕介のビールを持ってきたので早速乾杯した。




 2杯目のビールを飲み終える頃に、徳永が「例の未確認アクセスの件な、もうちょっと時間くれないか?」と言った。


 「大丈夫ですよ。IT室には徳永リーダーと一緒に調査中って伝えて、ちゃんと巻き添えにしておきましたから。」と耕介が笑って言うと、「ありがとう」と徳永は礼を言った。




 「ところで一条の研究って、確か消し忘れて出かけた部屋の電気を、過去に戻って消してくるなんていう、怪しげな魔法みたいなやつだったよな?進捗はどうだい?」と徳永は笑いながら言った。


 「ひどい言い方ですね。でも簡単に言ってしまうとそんな研究ですね。進捗はまあまあです。」と言って耕介も笑った。


 「なあ、岩波教授の研究内容って知ってるか?」と徳永はちょっと真顔に戻って聞いた。


 「徳永さんのところで共同研究を持ち掛けたやつですよね?見事にフラれたって聞きましたけど、脳波送信でしたっけ?」と耕介は答えた。


 「ああ。あれと一条の研究って、共通点とかあると思うか?」


 「さあ、どうかな・・・。僕のところでやっているのは、元々ON・OFFみたいな簡単な回路が設定されている装置にプログラムを侵入させて、OFF状態だったものを『あたかもONしていたかのような結果』を再現させるものなので、脳波を送ったりするのとは共通点はなさそうですけどね。」


 「そうだよな・・・。」と言って徳永は頬杖をついた。




 耕介は徳永のそんな様子を見て「疲れてるみたいですが、大丈夫ですか?」と聞いた。


 徳永は、「ちょっと研究に行き詰っててね。でも、一条の研究に比べれば、まだましだって分かって、少し気が晴れたよ。」と言って笑った。


 耕介も「ひどいなぁ。」と言って一緒に笑った。




 耕介と別れた徳永は、帰りのタクシーの中で「過去の事象に影響を与えるプログラムと、脳波を直接誰かに送る研究かぁ・・・」と呟いた。

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