返事がない。屍だもの。

始発。終電。無理。タクシー。


『ブラック企業 チェックリスト』でググってみて下さい。そこに載ってるのを全部あてはめたのがうちの会社です。


腰やら肩やら、もう、痛くないとこなんてないです。息も苦しかったり、なんか内臓とかあちこち痛いです。寒気とか手足の痺れとか。


もう…死にたいです。


そんなことを思いながら、深夜のコンビニでぎりぎり晩ごはんと言えなくもないお弁当を買ってぼーっと横断歩道を渡っていると、トラックのヘッドライトが見えました。


あー、もういいかなと。


なんか衝撃があったような。ほら、朽木はぽろっと折れるとか言うじゃないですか。痛みとかはないですね。


目を閉じていると、なにか声が聞こえて来ました。


「…なので、あなたは異世界に転生することができます」


いや、もうほっといてください。

とても、疲れました。

せっかく死んだので。

死なせといてください。


☆☆☆


って、言いました。言ったか思ったか、よくわかりませんけど確かに。


なんだか、寒さのようなものを感じました。真っ暗な野原の真ん中で倒れてる死体。切り傷だらけで矢とか刺さってます。頭にぐさっと。まわりにもおんなじような死体がたくさん。


これは、戦場ですね。


いろんな記憶が駆け巡ります。まあ、混乱する時間は十分あります。死後硬直しながら至った結論は、ここはゲームによくある異世界、ぼくは戦死した兵隊。なぜか兵隊として暮らした記憶があります。でも、もう一つ、前生の記憶もあるんです。最後に、死なせといてくださいと言った記憶も。


でも、死体に転生って。


そういう意味じゃ…


死んでるのに意識があります。もちろん動けないしなんもできません。でも、なんとなく安心感というか、


なんもしなくていい、


なんもしなくても、誰にも何も言われない。


転がってるだけでいい。


ちょっとずつ鳥とか虫とかに食べられてるみたいですけど。妙な安らぎというかなんか。


打ち付ける雨が心地良いです。感覚とかないんですけどね。ちょっとずつなんか気持ち悪い感じになってる気がしますけど。でもそんな日々もやすらぎです。死体に転生という癒やしもあるんですね。


☆☆☆


ぱちぱち。


久しぶりにまばたきしました。そういえば、いままで目は開きっぱなしだったので、だんだん乾燥してぽろぽろ崩れてきてました。視野が欠けるのは気持ち悪いですよ。久しぶりにクリアな空が見えました。


「とっとと起きなさい!」


子供かアニメの声優か、なんかそんな感じの声がしました。起きろと言われても半分腐ってますし、あっちこっち鳥とか虫とかに食われてますし無理言われても困るんですけどね。とか思いながらなんとなく声のする方を見ると、


あれ? 体が動きます。


半身を起こして、声のする方に視線を送ってみました。久しぶりの感覚ですね。


青い空をバックに、小さな黒い影。どうみてもサイズのあってないローブを着た、

その人はそこに、不敵な笑みを浮かべて立っていました。


いわゆるボンデージ? 細い革の紐みたいな服というか水着というか。でかい帽子と仮面で顔を覆い隠してる割には、体はほとんど見えてます。どうにも服としてバランスがおかしいです。


せめてグラマラスな美女ならそれはそれでそういうバランスもありかなと思いますけど、どうにも体型が、その、これ、エロと思ったらロリコン認定されちゃいます。


「立ち上がれ001ゼロゼロワン!」


えーっと、ぼくのことでしょうか? 他全部死体ですし。 いや、ぼくも死体なんですけどね。


小さな影はのしのしと近づいてきて、杖をぼくの胸に突きつけました。近くで見るとすごい恥ずかしいかっこですやっぱり。


「はやく!とっとと!立ち上がりなさい!」


「え、えと」


「お仕置きが必要ね」


誰でしょうか子供にこんなこと教えたの?


魂縛こんばく


!!!


純粋な苦しみ。


どこが痛いとか、息が苦しいとかじゃなくて。ただ苦しいという感覚。それが永遠に続くように感じました。


次に気づいたときは全身汗ぐっしょり…ということはなく、死体ってよくわかりません。でも、ある意味生きてることを実感しました。死んでますけどね。


「わかったらとっとと立ちなさい」


えと、むしろこの子が全身汗ぐっしょりなんですけど、杖に寄りかかってるし、だいじょうぶなんでしょうか?


「ほら、行くわよ001」


「はあ」


「ところで、あなたはどなたでしょう? なんでそんな奇抜な衣装を?」


あ。睨んでますね。


「魂縛」



だから、気軽にやらないでください! 死にます。死んでますけど。


このパターンもいいかげん飽きてきましたね。


「あたしのことはマスターと呼びなさい」


「…喫茶店の?」


「こ」


「超美少女のマスターさまっ!本日も見目麗しく!」


マスクで顔見えないんですけどね。今日初めてあったんですけどね。


この普通の人から見ると変態的な衣装を着た少女とか幼女とかぎりぎりみたいな人の話をまとめると、


「わたしの名前はピニャコラーダ。世界最強の死霊術師よ!」


死霊術師。別の言い方だとネクロマンサー。つまりは、魔術とかそういうので死体を動かして手下にする人ですね。で、ぼくはそういうので動かされてる死体。わかりやすく言うと、ゾンビです。


「ぴにゃこさんですか」


ピキ。


って聞こえました。


「ぴにゃこ言うなっ!魂縛っ!」


☆☆☆


「少しは…立場が…わかったっ!? 001っ!?」


マスターさんは肩で息をしながら勝ち誇ってます。


「お前はあたしが仮初の魂を与えた、わが死霊軍団の栄えある戦士第一号」


「え? ぼくだけですか?」


「なにが?」


「軍団ってぼくだけですか?」


「こ、これから増やすのよっ」


「死体だったらそのへんにいっぱい転がってるみたいですけど」


「いろいろ都合があるのっ!」


マスターさんはちょっとふらつきながら森の方へと歩いていきます。ぼくもなんのあてもないので後をついていくことにしました。


☆☆☆


「こおらっこのやろー」


農夫ってだいたい力が強い方が多いですよね。殴られたらかなりやばそうな気がします。


「はーっはっはっは! 世界最強の死霊術師ピニャコラーダ様参上!」


「マスター、よそ見するとまたコケますよ」


ぼくたち今、畑から野菜を盗んで絶賛逃走中です。


「待ちやがれ!」


スコーン。


頭になんか当たりました。たぶん、農夫さんが投げつけたんでしょう。


「ふっふっふ。今日も大量ね」


野菜は全部ぼくが抱えてます。マスターはネギっぽいのを一本だけ持ってて、

それで農夫さんを指して煽ったり、速く走れとぼくを叩いたりしてます。


森の入り口に差し掛かると、農夫さんは追跡をあきらめました。あまりうちばっかりかまってると他の泥棒とかイノシシとかに畑荒らされちゃいますからね。それにこの森は魔物が出るとか呪われてるとかいう言い伝えがあって、あまり普通の人は入りたがらないようです。


ぼくも入りたくないんですけど…


「呪いが怖くて死霊術師はやれないわよ!」


ぼく、ゾンビですけど呪いとか怖いです。


「しっかりしなさい001」


マスターがネギでぼくの頭を叩いた瞬間、なんか視野がずれました。


「ちょっとしゃがんで」


言われたとおりしゃがみます。


「頭にナタ刺さってるじゃない」


ズッと頭が軽くなる感触、とともに視野が片方だけくるっと回転して、


どさっ


「あーもう、また修理代かかるじゃないのっ」


頭が半分落っこちたみたいです。


「あとで直してあげるから、とりあえずたきぎ拾って来て!」


「あのー、これ歩きにくいんですけど。勝手にだんだん曲がるっていうか」


「もう、しょうがないわね」


マスターは取れた頭の半分から目玉を外すと、自分のヘアピンを抜いてぼくの頭にそれを固定しました。ちなみにマスターは長めのツインテールです。


小さく呪文を唱えると、あ、見えますね。


「応急処置よ。目玉落とさないようにね」


「はい、では行ってきます」


前の会社でももうちょっと待遇ましだったような気がします。気のせいでしょうか?


☆☆☆


マスターは森に沈んでしまった廃村の、墓地の横にある小屋に住んでいます。


薪拾いに小屋の修理、掃除・洗濯・墓地から研究用資材の収集と、仕事は果てしなく続きます。ゾンビは寝ないので24時間です。


太陽が傾いて今日も一日終わりかなという時刻、薪を拾って帰ると、マスターが料理を作っています。


ボンデージに可愛らしいエプロンという、一部の人には多分たまらないかっこでです。家では仮面と帽子は外してます。けっこう美少女です。さすが異世界ですね。


そして意外なことに、マスターは料理が上手です。いえ、たぶん上手です。見た目はきれいですし、柔らかさもちょうどいい感じです。


「でも味がわかりません」


「ゾンビが味わかるわけないじゃない」


「そういうものですか」


「あのね、感覚って一個ずつ繋がないといけないのよ? 運動神経とかはつないでるけど、戦士に味覚いらないでしょ?」


なるほど。でも、


「せっかくのマスターの料理、味がわからないのはもったいないです」


「そっ、そうね。絶品だからね。わたしの料理」


マスターはこう見えて働き者で、人間なのでさすがに夜は寝ますが朝から晩までいろんなことをしています。


生活の細々したこと、魔術の研究、街へ出て悪事。


「すべて、野望のためよ」


マスターの野望はゾンビ軍団を作って魔王様の幹部になることだそうです。


「魔王様が世界征服したら世界中の墓地を領地にして、ハーレムを作るの!」


「ハーレムですか?」


「そうよ!ゾンビ・ハーレムよ!」


「えと、ぼくが言うのもなんですが、気持ち悪くないですか?それ?」


「なんで?」


「だってゾンビですよ?」


「ゾンビよ?」


さすが異世界は価値観が違うなーと言うか、ふと、ある可能性に思い当たりました。


「もしかして、お父様はゾンビとか?」


「違うわよ! かあさまがゾンビ」


「あの、ゾンビって子供とかできるんですか?」


「できるわよ。元は人間だもの」


異世界転生にはハーレムがつきものですが、こんなんでしたっけ?


☆☆☆


「くおらー、待ちやがれ!」


今日は、森をはさんでこないだと反対側の村に野菜泥棒に来ています。こちらの農夫さんも力が強そうです。


悪事はこまめに繰り返すことが大事というのがマスターの哲学だそうです。


「はーはっはっは! お前のトリはこの世界最強の死霊術師、ピニャコラーダ様が美味しく頂いてあげるわ!」


野菜と、あと今日はトリを盗みました。農夫の人の怒りようもこないだよりすごい気がします。


実は研究の成果というか、ぼくの身体能力はだいぶ強化されてて、けっこう速く走れるようになってたりします。森のだいぶ手前で、農夫さんを引き離すことができました。


マスターはぼくが背負った箱の上に座って、今日はゴボウのような野菜を振って農夫さんを煽っています。


「上出来よ!001。今日はトリステーキだわ!」


「はい、マスター」


鳥とか久しぶりですね。味わかりませんけど。


「あ、ちょっと待ちなさい」


「はい」


しゃがめと言ってるようなのでしゃがみました。すると、


いきなり口に手を突っ込まれました。そのままグリグリと開きながら奥の方に、


<<スプラッタにつき自粛中>>


<<スプラッタにつき自粛中>>


<<スプラッタにつき自粛中>>


えと、ゾンビは痛みもないし死にませんが、ちょっとエグくないですか?


極めて客観的に表現すると、口を開いて脳を露出させ、神経の接続を変更した。とのことです。


「これ食べてみなさい」


干した果物を渡されました。


「あ、おいしいです」


「おっけ。味覚がつながったわね」


「ありがとうございます!」


そんなことできるんですね。味って久しぶりです。この世界で楽しみが一つ増えました。


「せっかくトリ食べるんだから、美味しく食べないとね」


「マスター…」


じんと来ました。


「べっ別にそんなんじゃないんだから」


ツンデレ発言までサービスしてくれます。


「じゃあ、トリをさばいて頂戴」


「え?」


「トリをさばいて。料理するから」


ボンデージファッションの上に不釣り合いな可愛らしいエプロンを付けながらマスターは言いました。


「ぼくがでありますか?」


「そうよ」


「むむむ、無理であります」


「なんでよ?」


「血なまぐさいのとか苦手で」


ちなみに注射してることも見れない。


「なに言ってんのよ! 悪のゾンビ軍団の001がそれじゃだめでしょ?」


「マスターやってくださいよ!」


「い、いやよ!」


「いつもスプラッタしてるじゃないですか」


「あれは死霊術、死んでるものを生かす方。殺すのは専門外だわ!」


「ぼくだって専門外ですよ!」


「あたしに逆らうのね」


この後、さんざん魂縛された。


☆☆☆


「こけーこっこっこ」


雲が通り過ぎていきます。


最近少し夏らしくなってきました。暑さは感じないんですけどね。


「ファヴニル!こっち来なさい」


結局二人とも絞めれなかったトリは、一緒に暮らすことになりました。裏の墓地に作った小さな畑の害虫を食べたり、研究に必要な試料を見つけてきたりとけっこう役に立ってます。


なにより、


「どうしてトリがファヴニルでぼくは001なんですか?」


すいぶん名前がかっこよくないですか? ぼく、001なのに。


「ナンバリングにはこだわりがあるのよ」


「だいたい一人しかいないんだったら一号とかでも」


「いずれ増やすと言ったでしょう? 三桁ぐらいは行く予定なの!」


しばらくたったけど002が現れる気配はありません。どうもマスターの魔力だと、一体が限界なんじゃないかと最近勘ぐってます。


「いまなんか失礼なこと考えたでしょ?」


「いえ、ちっとも」


「言いなさい。正直に」


「誤解です。気のせいです」


最近、魂縛もちょっと慣れてきて、気持ちいいと言うと変態みたいですけど、

はい、ちょっと気持ちいいです。


その時、


不意に衝撃が走りました。


景色が横にずれ、また衝撃。


「うわー」


なんか、真っ白な鎧を着て、背も高くて顔も整った、いわゆるイケメンですね。そういう感じの人がちょっと申し訳無さそうな顔をしてこっちを見ています。


「きみ、だいじょうぶ?」


「こら、ホーク。なにゾンビの心配してるんだ」


「だって、いきなりあれはなんかほら、さすがに気の毒っていうか」


どうやら、壁にぶつかったみたいです。ちょっと潰れてる感じしますね。声のする方を見ると、黄色い服の、きつそうな美人が足をこちらに上げてます。


あ、思い出しました。この人、知ってます。


まだ元気いっぱいだった学生時代にやったゲームの登場人物です。名前は忘れました。勇者のパーティの格闘家です。やっぱり異世界転生ってゲームの世界とかなんですね。


その人に蹴られたということでしょうか。マスターに強化されたぼくをあそこから壁まで蹴り飛ばして、しかも半分潰すと言うのは、相当なパワーと言うことだと思います。


「001!」


「こけーっ」


マスターとトリがこっちを見てます。ちょっとだけ心配してくれてるんでしょうか?


「お前が野菜泥棒の、ぴにゃこだなっ」


黄色い服の格闘家の人が言いました。


「ぴ、ぴにゃこ言うな! 世界最強の死霊術師のピニャコラーダ様だ!」


マスター、その人かなり強いしかなり凶暴です。名乗ってる場合じゃないと思います。


「えーと、村の人に頼まれちゃってね。野菜泥棒捕まえてくれって」


と、勇者ホークが言いました。あー、そういうことですね。マスター、いちいち名乗るから。


「でもみたら子供じゃないか。反省して謝ったら許してもらうように言ってやるよ。教会に引き取ってもらって普通に暮らしたらどうだ?」


「ふ、ふざけるな! 1000のゾンビ軍団を操る、魔王軍幹部ピニャコラーダ様の力、思い知らせてやる!」


あ、今それ言うのまずくないですか? だいたい嘘だし。誇大広告だし。


「てめえっ!魔王軍か」


「それ聞いちゃったらほっとけないかな」


勇者ホークが剣を抜きました。これ、たぶん話の展開的には勇者様御一行の細かいクエストですよね? さすがに魔王軍名乗ったらまずいですよね?


マスターどうす…なんか震えてます。完全にビビってます。もう、勢いだけなんですから。


ほんと。


どさっ。


壁にめり込んでたのを無理に剥がしたら、反対側に倒れました。あちこち動いてない気がします。痛いとかないのでなんとか動けます。腰にあった剣を抜いてかまえました。


こんなですけど。


前の会社よりブラックでしたけど。


楽しかったですよ。


ずっと。


マスターにファブニルを投げ渡して「逃げて」と叫びます。せめて時間を稼ごうと剣を振り回しながら勇者に突っ込んでみます。


一瞬で剣が一閃して真っ二つ。いままでじっと黙って立っていた長いドレスの女の人、確かユーフェロア、なんでこっちの人は名前覚えてるんでしょうね? ユーフェロアさんが杖を振るのが見えました。とたんに地面に落ちた上半身が炎に包まれます。熱いとかはないです。


まあ、これで最初の予定通り。今度こそゆっくり眠れます。


マスター逃げれたかな。


ちょっとだけさびしいかも。


最後に、炎の向こうにトリを抱えて走るマスターの後ろ姿がちらっと見えました。


☆☆☆


「とっとと起きなさい!001!」


青い空。


「こけーこっこっこ」


トリの声。


「マスター?」


「もう、あいつら研究資料全部燃やすし」


「あ、生きてる」


いや、死んでるけど動いてる。


「当たり前でしょ! あたしがいる限りのんびり死なせたりしないんだからっ!」


山芋でビシッと指された。


「だいたい無駄に燃やされるから修理に魔法材とか全部使っちゃったじゃない」


マスターは腕を組んでイライラとこっちを見てる。なんか鼻が赤い。


「復讐するわよ!」


もしかして泣いてくれました?


「家も燃やされちゃったわ。あいつらを追って復讐の旅に出るのよ!」


えー、やめたほうがいいんじゃ。


「ほら、早く起きて。これ背負ってついてきなさい!」


生活用品一式、わずかな本と魔法道具。それらがまとめられた畑泥棒用の背負子が立っている。


「そうよ!冒険よ!冒険の旅!」


軽快に山芋を振りながら黒いボンデージ姿の少女が先頭を行進する。


晴れ渡った空に森の中をどこまでも続く道。これが、死霊術師ピニャコラーダのチーレム物語の始まり


とか無責任なナレーションが流れそうな光景。どこまで続くか知れない、少女とゾンビとトリの旅は始まった。

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