つぎのかたどうぞー
学生の時から地味というかその他大勢にまぎれるタイプというか、短大を出て普通の会社に就職して、どっこにでもいる事務職で、彼氏もいなかった。
趣味は、まあありがちなゲーム。友達は若干いたよ。ゲーム友達。
そのあたしよりはちょっと吹っ切れた友達が興奮しながら教えてきたのが『デモニック・クエスト』。ネットで広告見てたんでちょっと興味あったし、早速ダウンロードして始めてみたらさ、これがもうハマったのさ。
ちょうど都合よく週末だったし、もう一日中やって、クエスト終わって始まりの街を出発したのがリアルの夜9時。さっすがにお腹空いたのよ。
次の街では大きなイベントがあって、それがいいから絶対やれすぐやれ今やれというのがその友達の仰せで、こいつはゲーム情報が確かなだけが取り柄なやつだったし、ものすごくワクワクしててすぐにでも進みたかったのもやまやまだったんだけど、昼前に残ってたチクワ食べただけだったので流石に限界だったんだよ。
ダッシュでコンビニに夜食を買いに出て、マッハで帰ろうと横断歩道を半分渡ったところで
トラック。
そんなことを18才の誕生日に思い出した。
そう、トラックの眩しいライトが落ち着いたときに見えたのは白い部屋と女神さま。
異世界に転生させてやるけど希望はあるかと聞かれたのでわたしはゲームの続きをやらせろと言ったような。
多分混乱してたんだと思うよ。さすがに。
「魔石3つとホッパーテイル…はちょっと欠けてるので青銅貨1枚と鉄銭60枚ですね」
勇者が次に訪れる予定の街デウキア。
そこそこの規模の街デウキアには当然ある冒険者ギルド。そこのアイテム換金窓口で、うさんくさい冒険者相手に買取交渉をするハーフエルフ。
いや、たしかに続きだけど!
きのう勇者来たけど!
めちゃかっこよかったけど!
なんでギルドのアイテム換金の店員なのよ!
あたしだってせっかく異世界転生したんだから夢見たいわ! 勇者が地方ギルドのアイテム換金窓口の店員とハッピーエンドとか絶対ないだろ! あたしだったらかなぐり捨てるわそんなクソゲー。
☆☆☆
あたしの名前はラエルメネル。
前世のじゃないよ? 変でしょそれ?
このデモニック・クエストの世界で、ハーフエルフに転生したんだ。
日本人基準で言ったら、めちゃ美人だよ。寿命何百年かあるし、わりと最後の方まで外見このままらしいし、だいたい7年ぐらい戻ってるし、そのへんは贅沢言っちゃいかんと思う。
でもさ、ふつう美少女転生は勝ち組確定でしょ? なんで前と同じく普通に育って普通に店員やってて彼氏もいないの? おまけにここ、序盤の街だから鉄のつるぎも売ってないよ? 換金するアイテムもスライム関係とかバッタ関係とか、次の街行くぐらいから取ったら即捨てアイテムばっかだよ。
もうちょっと夢あってもいいと思うんだけど!?
あたしは前生の記憶を取り戻して秒で悟ったよ。
転生しても雑魚は雑魚。
チッ。
と、少しばかり翳のある、人生を思いつめた感じの表情をして鏡を見てみた。
美人だ。
なにこれあたし!? 決まってるじゃん!
はい、実はいま割としあわせです。
☆☆☆
「次のひとどーぞ」
今日も今日とてアイテム換金窓口で日々の仕事をさばいてるよ。
あたしえらい。
どうせ次の客もFランク魔石かスライムのコアかバッタの足を持ってきて、鉄銭かせいぜい青銅貨もって飲みに行くんだと思うよ。
鉄銭っていうのは10円玉か、もうちょっと高いぐらいかな。一番安いもんだったら外食でも一食鉄銭10枚ぐらいで食べれる。鉄銭100枚で青銅貨1枚。まあこの世界は日本より物価安いからギリ食べれるかな。
そんなことを考えながら次の客を見上げて、
息が止まった。
なんどもしつこいようだけど、あたしかなり美人だよ? このまま日本帰ったら勝ち組確定だよ? 耳長いから変な研究機関とかに連れてかれそうだけど。
ただね、この世界、みんな美人なんだわ。うん、あたし、例によって埋もれてます。
いや、あたしのことはまあおいといて。
音もなく座ったお客さんは見たこともないような美人だった。
あたし、ずっとこの窓口に座ってるし、前はエルフだらけの女子校的なとこに行ってたからただでさえ平均点高いこの世界でもたいてい美人は見慣れてるはずなんだけど。
レベルが違う。
切れ長で伏し目がちな、緑にも金にも見える瞳、
真っ白で淡く光ってるんじゃないかという肌、
これ以上整えようのない唇。
漆黒から深い青のグラデーションで腰まで伸びる髪。
その美人が見た瞬間にわかる、絶対に汁物持って近づきたくない高そうなドレスをまとって目の前にいる。
声かけづらー。
そしたらありがたいことに彼女の方からしゃべり始めたんだけど、
「…」
声が小さすぎて聞こえてこない。でも言ってる内容はなぜか分かる。
何この人怖い。
なにかアイテムを売りたいらしい。もちろん、お仕事なので見せてもらう。
「はい、拝見しますね」
彼女はそれをテーブルに置いた。
気持ち悪っ!
えっと、なんて言ったらいいのかな。あの、セミの抜け殻あるじゃん? あれの生みたいなやつ。それもちょっと潰れてる。中身ちょっと出てる。
あたしは見ないふりをした。
ギルドみたいなお店ではアイテムの鑑定はフェーンアウゲンという魔具を使ってやることになってて、アイテムを専用のお盆に乗せてこれにかざすと光る色で値打ちがわかる。あたしはそのお盆をお客さんとあたしの間にあるテーブルの上に置いたまま固まっていた。
正直触りたくない。仕事だけど。
それなりにこの窓口も長くてたいていいろんなアイテム見てるんだけど、こんなの見たことない。このへんで取れるもんじゃないと思う。
とか思ってると、彼女は何の迷いもなくそれをひょいとつかんでお盆に乗せてくれた。
すご…
本体を触らないように気をつけておそるおそるそれをフェーンアウゲンにかざすと、
真っ白に輝いた。
あたしはハッピを着てベルを振りながら「本日の大当たりー」と言ってるおじさんを妄想した。こんなの見たことない。
☆☆☆
ギルド店員は半分公務員みたいなもんだから案外給料いいんだ。ぶっちゃけ週に銀貨2枚ぐらい。銀貨1枚は青銅貨4枚。あと、部屋がギルドの寮でただなのも大きい。感覚的にはあの中小企業でOLやってるよりいい。
でもね、ゲームないんだよねこの世界。まあ当たり前だけど。剣と魔法の世界でテレビゲームとか変でしょ?テレビないし。
でね、百科事典的なものはあるのよ。これがもうほとんど攻略本。ずっとアイテムの説明。もちろんギルドにも本格的なやつがおいてあって、珍しいアイテムの評価に使ったりする。でももうちょっとくだけた、面白っぽい解説の載ってるやつもある。あたしは個人的にこういうのを購入してけっこう楽しんで読んでる。
はいそこ!
かわいそうなやつ用の目でみない!
あのセミの生抜け殻はその場で評価できなかったので、預り証を発行していったん預かった。こんなの久しぶりだわ。
ギルドの奥の方にあるもっと高級な魔具を使ってうちの上司に判定してもらったんだけどあれは『パンツァーコクーンの蛹』だそうだ。
なんと金貨60枚。金貨1枚は銀貨4枚だから銀貨にすると240枚。あたしの給料2年強。
あ、あれが?
というわけでうちに帰っておもむろにこの間ちょっと頑張って買った事典を紐解いている。
ぱ、ぱ、ぱ、
あった。
パンツァーコクーン。
キラーモスの繭。
強力な防御力を持ち、
繭の状態で糸を繰り出して戦闘を行う。
やっぱり虫系かー。虫は苦手なので説明は適当にとばして、…レベル30~34と言われる。
さささ、さんじゅう?
あたしがゲームで始まりの街を出た時のレベルが3。リアル…ってややこしいけど、いま、ギルド員としてもいちおう冒険者登録しててレベルが1。
あの人これ倒したの?
いや、きっと誰かにもらったとか。
誰がくれるんだよあんなもん! 金かかった嫌がらせかよ!
☆☆☆
「まいどありー」
今日も今日とてアイテム換金窓口で日々の仕事をさばいてるよ。
今日もえらい。
こないだの人が置いていったパンツァーコクーンの蛹の代金、金貨60枚があたしの席に置いてある。超緊張する。
このぐらいの額になると、銀行からお取り寄せになる。そろそろ取りに来るはずだからときのう銀行から取り寄せた。
これを持って帰ると言うのはあまりに物騒だけど、その場で護衛クエスト貼って
ギルドから信用できる人紹介するっていう手もある。ってか普通はそうするよね。
お昼はクレープチキン。最近はやってる鳥料理だよ。おいしいよ。
けっこう満腹気味でちょっとゲップとか我慢しつつ午後の仕事を始めようと席につく。
目の前に彼女がいた。
美人は3日見たら飽きるという説があるけど、それは3日見たら飽きるレベルの美人の話だと思う。こんなの飽きねえ。てか見慣れねえ。
「あ、こんにちわ。先日の、えーと『パンツァーコクーンの蛹』ですね、こちらに代金が用意してあります」
「…」
やっぱり声が小さいんだけど、言ってることはわかる。ありがとう的なことを言っている。
誰でもわかるか。
「高額取り引きとなりますので、領収書にサインをお願いできますか?」
コクンとうなずくと、きれいな字でサインを始めた。
うん、正直、誰だろうこの人ってちょっと思ったよ。仕事だからそういうこと興味持っちゃいけないんだけどね。でもさ、無理でしょ?こんなの絶対気になっちゃうでしょ?
『ユーフェロア』
あー、美人の名前だわ。
『ユーフェロア・セシル』
あー、名字も美人だわ。
『ユーフェロア・セシル・ディ』
ディ? え、貴族?
『ユーフェロア・セシル・ディ・ノルサンティオレス』
ノルサンティオレスって、おい!ここの領主じゃん! ノルサンティオレス公爵家じゃん!
口からなんかエクトプラズム的なものが出ていった気がする。クレープチキンはなんとか耐えた。
なんで公爵家の姫さまがこんなキモいもんを、え?
「…」
今日も引き取って欲しいものがある?
「あ、はい。拝見します」
ちょっとビビっていると、
空間から何やら取り出した。
ちょ、なんでこんな臓物系が好きなのこの姫さまっ!?
それは青紫に輝く何かの臓物を、透明の輝く球に閉じ込めたようなものだった。
絶対触りたくない。
「…」
猛毒なので空間魔法で封印してます。5日間は大丈夫ですがそれ以上の保管は適切な処置をお願いします。
ってなにその危ないもの!
あたしはものっすごく嫌だなーと思ったけど、仕事なのでしょうがなくフェーンアウゲンのお盆を持った。あからさまに手が震えて、お盆はガタガタと鳴った。
「…」
またお預かりいただければ幸いです。できれば魔導師の方が扱われたほうが良いと思います。
ですよねー。
臓物好きだけど優しい姫さまだ。正確にいうとここは自治都市で、その周りはずっとずーっと、あたしの生まれた村とかも含めて公爵家の領土。たぶん姫さまの右から3本目のまつげより、軽いよあたしの命。
あたしはギルドの魔導師にそのややこしいものの処置を任せて姫さまから預かり書と領収書を受け取った。
「非常に高額になりますので、護衛クエストを発行されますか? 街の中なら相場は銀貨1枚ぐらいで、ギルドから信頼できる護衛を紹介できます」
「…」
え?
いらないの?
姫さまはお金を空間に優雅に滑り込ませると、わずかに微笑んで立ち上がった。
入り口の方を見てみると、案の定、うさんくさい系の連中が後をついて出る。あー、やっぱり護衛つけたほうがいいよなと、思った瞬間、うさんくさい系のやつらがギルドの入口前を炎に包まれて吹っ飛んでいった。
☆☆☆
『ベノムシェルの肝』
それは姫さまが預けていったものの正体だった。うちの上司も初めて見たと言っていた。
ベノムシェルは水の底に住む大きな貝で、毒性の虫やらカエルやらをバリバリ食べて毒を貯める。と、例の事典に書いてある。
レベルは35~37。パンツァーより上がってるよ。
ちなみにあの空間魔法はフェーゲフォイアーケフィヒという魔法で、ギルドの魔導師が見た瞬間凍りついてた。王宮魔導師が使えるか使えないかみたいな魔法らしい。あの後どう扱うか、だいぶ苦労したと聞いてる。
そのベノムシェルの肝は毒を一番溜め込む部分で、これからすごい毒やら逆に解毒剤やら、さまざまなものに使える。
通常で金貨200枚。この保存状態ならもっと上だと本部で評価中。
すごいなこれ、ものすごいいろんな薬作れる。それにあの姫さま、もしかしてこれ自分で取ってきてない? だって、あのうさんくさいやつら、普通にレベル10ぐらいあるはずだけど、一撃で3人ふっとばしたよ? それに全員生きてたってことはあれ、手加減してるよね? こういう知識はギルド店員の必須知識だから間違いない。
これを取ってくるということは姫さまのレベルは少なくても30。もしソロだったら40以上。
こえー。姫こえー。超絶美女で超絶強い。しかも姫。公爵家。勝ち組ってレベルじゃない。
とか思いながら、あたし持ってるゴシップ系事典のベノムシェルの肝で作れる薬一覧をながめていると、『古代魔法Rex venenumの発動触媒ともなる』と書いてある。
ん?
これ最近見た。
どこでだろ?
気になったので調べてみた。
Rex venenum
古代魔法の一つ。
供物を捧げて発動させると、
呪いが一帯を覆い、
その範囲にある人々は苦しみながら異形と化し、互いを殺し喰らい合う。
最後に生き残ったものを取り込めば強力な毒術が会得できる。
物騒だな。なんでこんなもん見たんだろ? あたしはだいたい食べ物系とかきれいなもの系中心で事典を漁ってるのでこの手はあんまり見ない。
発動に必要な供物はある程度知られている。
人に変化を促すための『パンツァーコクーンの蛹』より抽出する変態ホルモン、
毒を蓄積するための『ベノムシェルの肝』の主成分、
攻撃性を持続させるための『ハデスアピスの針』と言われる。
あ、気を失ってた気がする。
いやいやいやいや、なんかこれ、関わっていいやつ? あたしあの時間にたまたまあそこに座ってただけだよ? 2時間後だったらケビーに交代してたよ?
なんかあたし、今回も短命な気がしてきた。
☆☆☆
そうだよ。パンツァーコクーンの説明にもあったよRexなんとか。
公爵家の姫様がなんで? 魔物に取り憑かれてるとか? そもそも公爵家が人間じゃない一族? あー、自治都市が目ざわりでとか?
なんにしてもやんごとない人の考えなんてわかんないしそんなこともあるのかもしれない。
あたしはあれから悶々と過ごしている。いま、あたしの横には金貨250枚の入った袋が置かれている。はっきり言って重いよー。いろんな意味で。
もし姫さまがハデスアピスの針を持って現れたらもう間違いない。姫さまが魔物に取り憑かれてるのか、そもそも姫さまが魔物なのか、それとも見かけによらず政治的な理由でデウキアを疎ましく思っているのか。そんなのわかんないけど、
姫さまはこの街を滅ぼしたい。
とてもそんなふうに…いや、正直よくわかんないんだけど、あたしにはそんな悪い人には見えない。
きのう、上司には相談したさ。それ自体、けっこうやばい話だと思うんだけど、そしたら上司は公爵家の令嬢にそんな疑いかけるんだったら、俺はデウキアごと滅びるよと言われた。
うーん、わからなくもない。
でも。
やりたいこととかあるじゃん?
明日も今日みたいに楽しみたいじゃん?
急に無しってつらすぎるよ。
姫さまは今日もそのきれいな顔に微かだけど温かい笑みを浮かべてわたしの前の席に座っている。
「まいどありがとうございます。先日お預かりした『ベノムシェルの肝』の代金が届いております」
「…」
「高額取り引きとなりますので、領収書にサインをお願いできますか?」
姫さまはコクンとうなずくと、きれいな字でサインを始めた。
カリカリと時が流れる。
あたしには見守るしかない。
「…」
「非常に高額になりますので、護衛クエストを発行されますか? 街の中なら相場は銀貨1枚ぐらいで、ギルドから信頼できる護衛を紹介できます」
ちょっとあせって言ったと思う。次の言葉を聞きたくなくて。
「…」
でも、姫さまは空間から取り出したものをテーブルに置いて
「…」
もう、調べたから知ってる。これは『ハデスアピスの針』。
ハデスアピスの針を細かく砕き、パンツァーコクーンの蛹から抽出した変態ホルモンとベノムシェルの肝を混ぜて、風の魔法に乗せて街に振り撒く。
きっかけの魔法を与えると人々は異形となって殺し合い、最後に生き残ったものを取り込めば強力な毒術を得る。
きっかけの魔法や取り込みの方法はわたしの持ってる事典には記載がない。
あっても困るけどそんなの。
ぐだぐだと想いをめぐらすけど、結局雑魚キャラにできることなんてない。
あたしはハデスアピスの針の預り証を切りながらボソリと言っていた。
「力があれば何でも手に入る。それは…しかたないんですよね」
姫さまの目が急に見開いた。くりっとした目だと少し幼く見えて、また別の魅力がある。
ずるい。
姫さまはその顔のまま立ち上がり、金貨の袋をわしづかみでぶら下げたまま出ていった。うさんくさいやつらがこないだの倍ぐらいついていったけど、一瞬あとにはまとめて吹き飛んでいた。
☆☆☆
すべての供物はそろった。イベントはいつ始まってもおかしくない。これが例のおすすめイベントだったら、あのやろ一生呪ってやる。
あの一生もう終わってるけどっ!
とりあえずケビーには負けたくないな。あたしが食ってやる。そういえばケビーちょっと美味しそうだな。ぷくぷくしてて。
そんなことを考えてるあたしはやっぱり雑魚だなと思って過ごしてるけど、特にイベントは発生しない。
街は平穏そのもので、ハデスアピスの針の代金の支払日が近づいていた。
金貨600枚。もう一袋だと持てないというか袋が持たないので3袋に分けられている。
あたしの給料20何年分。
考えてみれば供物がそろったんだから、もうこの金貨取りに来ないよね? とか思ってたんだけど、
ふと顔を上げると姫さまはあたしの前に座っていた。いちおう金貨はもらっていく感じなのかな? だとすると、いよいよってことかも。
「まいどありがとうございます。先日お預かりした『ハデスアピスの針』の代金が届いております」
「…」
「かさばりますので袋が3つになっております。運搬と護衛のクエストを発行することをお勧めしております。信頼できる者をご紹介することもできます」
空間収納持ちでレベル40の蜂をぶっ殺すことのできる姫さまにあたしは何を勧めとるんだろとか思ったよ。
「高額取り引きとなりますので、領収書にサインをお願いできますか?」
コクン。
姫さまはうなずくと、サインを始めた。伏し目がちなその顔はどっちかというと天使か女神だね。とてもこの街を滅ぼすようには見えない。あたしの勘違いであってほしい。すると、姫さまは意外なことをつぶやいた。
「…」
ありがとうございます。
そこまではいい。
あなたのおかげで気づきました。
な、ななななに? あたしなんかやらかした?
いくらほしくても力で手に入れたのでは意味がないものもあると。
何のことだろう?
「…」
もうこれもいらないので引き取ってくれ? って、なにこれ?
それは、半透明な絹織物という感じの不思議な卵型のもので、上に口がついている。中にはクリーム色の液体が入っていて真珠が一粒沈んでいる。
ギルドのこ汚いテーブルに乗ってるのが不釣り合いな幻想的なアイテムだ。
「こ、これなんですか?」
ギルドの店員がそんなこと聞いちゃいけない。ほら、コケンに関わるとかそういう。
「…」
媚薬です。
姫さまはぽそりと言った。
び、びびびびび媚薬っー!?
剣と魔法の世界にはいろいろと不思議なものがある。あたしも一般女子なので、食べ物以外にも色恋ものは事典をそれなりに読み込んでるのさ。確か血を一滴たらして飲ませるんだ。
媚薬って国が一個傾くぐらいの価値があるんだよ? だって、隣の国の王様に飲ましたらそういうことでしょ?
その時、ここ数日事典を読み込みまくってたあたしの頭になんか閃いた。
媚薬の作り方はよくわかってないけど、材料はわかってる。
『パンツァーコクーンの繭』
『ベノムシェルの真珠』
『ハデスアピスのロイヤルゼリー』
あ、そゆこと?
姫さまは媚薬が作りたくて材料を集めて、いらない方を売ってただけ?
そりゃそうだよね。いる方売らないよね。
あ、安心したら力が抜けた。ちょっとちびったかもしれない。
おい!
言うなよ!
絶対だよ!
泣くよ!
「例えばこれを勇者さまに飲ませたらあたしの虜にしたりできるやつですよね」
何を口走ってるんだあたしは。クビになるよ割とまじで。
と、姫さまは急に目を見開いて媚薬の蓋を開け、両手を添えてコクコクと飲み干した。
あ、目が大っきいとちょっと幼くなってまたかわいいな。二度お得だな姫さま。
…前にもこれ思ったな。あん時はなんでだっけ?
「…」
あなたには何度も気付かされます。ありがとうございます。
うーん。話の展開がわかんないな偉い人は。
「…」
邪なものがこれを使って勇者様を虜にすることに気づけということですね。
いや、特に深い意味はなくて最近みたイケメンが勇者というか、せっかく異世界転生なんだから勇者にからみたいとかそういうミーハーな意味しか…。
「…」
私は私自身の魅力で勇者様を虜にしてみせます。そのために、勇者様とともに旅立ちます。
へ?
「…」
大切なことに気づかせていただいて、そして、勇気をありがとうございます。あなたには感謝しかありません。
へ??
「…」
☆☆☆
「つぎのかたー」
今日もあたしはアイテムを買い取るお仕事をしている。主にスライム関係とバッタ関係。
ユーフェロアはまじで勇者について行き、世界を救う旅にいる。
最後に彼女はこういった。
あなたとはお友達でいたいです。お手紙を送りたいので送り先を教えていただけますか?
それからけっこうな付き合いになる。彼女は律儀な性格なので旅の先から手紙をちょこちょこくれて、たまになんかよくわからないものを一緒に送ってくる。
それを例の事典で調べては、ユーフェロアと勇者の旅を妄想するのが最近の楽しみだ。
あたしのデモニック・クエストは、ちょっと変わった形で続いている。
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