第96話 シシ狩り

 昔のことだ、と言っても十数年前ぐらいの出来事なのだが、とあるところに、とある少年がいた。その少年はみすぼらしく、下民の子で、優しくそして、弱かった。

 その子は他の子供達と同じく、下流の民も中流の民も通う学校に通っていた。

 そこで学び、そして大人になっていくのだと、下民の子はそう思っていた。

 ある日、下民の子の父が断頭された。

 罪状は殺人、大した取り調べもなかった。

 その日からその子は殺人者の子になった。

 学校ではいじめられ、蔑まれた。人殺しの血が流れている卑しい男だと、その言葉は剣のようにその子の心を貫いた。

 やがて、下民の子の母が首を吊った後、下民の子の居場所はどこにもなかった。

 そんな時ある人が、その子に対して言った。


「坊主、いく場所がねぇのか?」


 その人は、ただの殺し屋だった、金さえもらえれば誰でも殺す殺し屋、殺し屋は、その子を引き取ったあと道具として育てた。

 愛などなかった。

 いつか、使えるようになればいいと殺し屋は思った。

 そしていつの日か下民の子は本当に人を殺せるようになった。

 自分の手で自分の意思で。

 そして悟ってしまったのだ。救われている自分がいることに。

 わかったのだ人を殺した時、復讐を遂げている感覚を覚えているということに。

 自分を不幸に追いやったこの都に対する、復讐を殺人を通して遂げているような気がした。

 やがてその子は、大人となり、殺し屋からある提案を受けた。


「お前は、筋がいい。だからお前に頼むんだぜ?」


 そんな都合のいいことを言われ、無理やりその子はある魔法を覚えさせられ、悪魔をその身に宿らされた。

 精神交換の魔法と、盗みの悪魔だった。


「とある筋から、受け取った最高の武器だ! お前なら使えこなせるだろ?」


 その子は、わかっていた、殺し屋はただ自分のリスクを負いたくだけなんだと、未知の魔法は、特に精神を入れ替えるなんていう魔法は、どんな副作用があるかはわからない。

 昔からそうなのだこの殺し屋は。

 だが、これは好都合だそう思ったその子は。

 殺し屋を殺した。


 そして思ったのだ。


 ── 始めるんだここから、俺の復讐が、わからせてやろう、知らしめよう、俺の思いを。


 この押しつけられた魔法を、その子は復讐に使うことにした。計画自体は既に考えがついていた。なにせ悪魔が最善手を教えてくれるのだ。すぐに実行に移す事ができた。

 まずは自分の体を縛る。会えて自力で抜け出せるように、近くに刃物を用意しておく。そして目隠しをし、薬を飲んだ。

 この薬は個人差はあるが1時間ほど体が麻痺する薬だ、これを服用することにより、精神を交換したとしても、安全に殺人を犯す事ができた。

 最高だった。無抵抗な人間を殺せるのは。

 しかもその罪を誰かになすりつける事が出るのだから尚更愉快だった。

 実際、この方法を使って殺人を犯していても誰も体の自由を取り戻せていないようだった。

 それもそのはずだ、薬の効果は体に効く、心にではない。

 愉快、愉快だ、誰も止められない殺人の繰り返し、でも誰も背後に自分がいることに気がつかない。

 そして無罪を主張しながら、精神を交換された人物は犯罪者として断頭されていく。

 それがたまらなく快感だった。この非道な行いは、他者から見れば残虐な行いなのだろが、その子にとっては至極真っ当な行いであり、正義による裁きに思えた。

 なにせ自分の不幸に追いやった都が、人々が苦しんで死んでいく。

 これは天罰で、神様が自分に与えてくれたチャンスなのだ。

 その子はそう思った。

 あの少年が来るまでは。



 ──────────────



「会いたかったぜ、クソ野郎」


 無理やり開かれた扉、そこにいたのはドンキホーテだった。目には憎悪の炎をたぎらせて、少年はいう。


「やっぱりいたか、見た記憶通りだぜ」


 ドンキホーテは手に持ったランタンを足下に置きそのまま扉を閉めた。ランタンに照らされた男の部屋はそれでも薄暗い。


 だがこれでもう邪魔は入らない、ドンキホーテと奴の2人だけだ。


「これで終わりだぜ、デリメロ、デリメロ・カッサーナ」


 縮れた白髪、傷だらけなの肌そして、痩せほった体の奴、デリメロはただ、慄いた。

 終わりが見えてしまったからだ、自分が断頭台に処させる光景が目に見えてしまったからだ。

 だからその事実といえる、その想像に思わずデリメロは叫ぶ。


「ヴァルファーレ!! ヴァルファーレぇぇ!!!」


「無駄だぜ」


 そう無駄だ、ドンキホーテにはわかっていた、それもあの時、心がまじあった瞬間にデリメロが一番理解していた瞬間だった。


「悪魔は契約が果たせなかった場合、その契約が履行されるか、契約を破棄されるまで元には戻らない、お前の悪魔は俺の魂の交換する契約を履行出来なかった。だから元に戻ってない。だろ?」


 そう、ドンキホーテは全てをわかっていた。


「お前は、契約の破棄の仕方を知らない。失敗するなんて思わなかったからだ。ツメが甘かったな、それにヴァルファーレは、お前のところには来ないぜ」


 そこまで言ったところで気がついた。ドンキホーテの心に僅かな変化があることを。デリメロは気がついた。


「あ、あ!! なんで!!」


「アレン先生は気が付かなかったみたいだがな……」


 ドンキホーテの精神の中にヴァルファーレの気配がするのだ。取り込まれていた完全にドンキホーテの中に悪魔が抑え込まれていたのだ。


「そんな! ヴァルファーレ! 戻ってこい! うそだ!!」


 デリメロが叫ぶ。だがヴァルファーレの反応はない届いていないのか。ただ男の叫びだけが、虚しく部屋に響く。


「来ないぜ、ヴァルファーレは。完全に抑え込んでるってわかるだろ」


 それでもデリメロは諦めきれなかった。そうしてさらに口を滑らせる。


「俺を裁くつもりか!」


「そうだテメェには、断頭台で死んでもらうぜ」


「証拠なんてねぇだろうが!」


「あ?」


 デリメロは喋り続ける。


「俺が本当に犯人だと思うのか! ええ?! い、今までの殺人の犯人が本当に俺だとでも思うのかよ! お前は思っても! さ、裁判官はどうだろな! 証拠不充分だと! 判断するはずだ! そうだ! 俺は無実だ!」


 それはみっともない嘘だった、見窄らしく誰が見ても、聞いても嘘だとわかるような。なぜならそこらにある魔法陣に、ルーン文字は立派な証拠である。

 魔女アレンのような魔法使いが見れば一瞬で看破されるような嘘だ。

 それは裁判時の十全な証拠になりうる。逃れることなどできない事実であった。

 それでもデリメロは嘘をつき続ける。

 いや本人は嘘だと思っていないのだ、本当に言い逃れが可能だと勘違いをしているだけに過ぎない。

 そんなこと普段のドンキホーテなら気がついただろう、しかし、憎しみに駆られた少年にその言い訳じみた言葉はあまりにも危険すぎた。


「無実か」


「……っ! そうだ俺は、絶対に生き残ってやる! テメェの喉に食らいつくまでな!」


 フゥ、とドンキホーテが息を吐いた。そして、ゆらりとデリメロに近づいていく。


「あ、な、なにを──」


 ぐしゃり、デリメロの右の人差し指が飛んだ。


「ぎゃあああああああ!!!!」


 斬り飛ばした張本人であるドンキホーテは囁くように言う。


「言えよ」


「あ、あ、なに! 何をだよ!」


 デリメロは混乱していた、そして尻餅をつきながら、指を抑える。


「くっそいてえええ!!!!!」


 ちが、血が止まらない、そのことにデリメロは恐怖しながら必死に抑えているとドンキホーテはかがみデリメロの傷口に手を当てた。


「治してやるよ」


 ドンキホーテは治癒魔法を施す、神経に直接作用し激痛が走るヘタクソな治癒魔法を。


「あああああああ!!!!」


 デリメロは叫ぶ、痛い痛い痛い。


「言えよ!」


 そして傷が塞がって次の瞬間だ。


 ぐしゃり


「ぐがぁぁぃぁぁぁ!!」


 今度は右の薬指と中指が持っていかれたデリメロはさらに叫んだ。


「ああ!! ああ、いてぇぇ!! 許してく──許してくれ!!」


 何が目的なのか、一切わからないそれ故になぜ指を刻まれているのかわからない、デリメロはドンキホーテに許しを請うだがそれすらドンキホーテの怒りに油を注いだ。


「罪を認めろ」


 そして、ドンキホーテはついにデリメロの肘から下の腕を切り落とした。


「ぎゃぁぁぁぁ!!!」


 ただデリメロは叫ぶことしか出来なかった恐怖で口が回らない、そしてそれを沈黙ととったドンキホーテの拷問は苛烈になっていった。


 治して、切って、治して、切って。

 ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり。


 そんな音が部屋に響き渡っていた。



 ─────────────



「こっちですロンさん!!」


「わかった!」


 レーデンスの感知のアビリティを使い、ロンとレーデンスはドンキホーテの気配を辿っていた。

 隠し扉の先は地下につながっており複雑な迷路のような構造の廃棄された地下水路につながっていた。

 その水路を酒場にあったランタンに火をつけレーデンスたちは走っていく。

 どこまでいっても同じような道で、同じような風景だが、間違いなくわかるレーデンスはドンキホーテにたどり着く道筋を理解していた。

 レーデンスの感知のアビリティは応用が効きづらい、最悪、探索範囲を広げれば広がるほど、小動物などの命の鼓動までも拾ってしまう。

 そのためある程度近づかなければ、まともな探索など出来はしない。

 だが、それは、あくまでも他人や不特定多数のものを探す時の場合だ。ドンキホーテのような長い付き合いの友人ならば魂の違いまでレーデンスは認知できる。


「近いです! ロンさん!」


「わかった戦闘準備をしておけ! レーデンス!」


「はい!」


 そしてついに目の前に扉が現れる。簡素な作りの扉でノブが壊されていた。

 間違えないドンキホーテが入っていったのだ。

 レーデンスとロンはアイコンタクトをした後ドアを蹴破る。

 そして目にしてしまった。

 異常な光景を。


「……レーデンスか」


 ドンキホーテはゆっくりとレーデンスの方に振り向くと血まみれの剣をカランと落とした。


「おれ、やったよ、レーデンス、おれみんなを守れたんだ!」


「何を……」


 ランタンの明かりが届くドンキホーテの足元を場所をレーデンスは見た。

 テラテラと輝く、血の赤が床を染めていた。そしてその赤の中心に男はいた。痩せ細った白髪の男はただ呟いていた。


「ごめんなさい……俺が……やりました……」


 その男に四肢がなかった。



 ─────────────



 とある昼、ある男が断頭に処された。その男は連続殺人犯であった。後の世に精神交換殺人事件と恐れられたその事件は、その手口の恐ろしさだけでなく、つかまえられた時の犯人の状態も語り草になった。

 その犯人は四肢がなかった。素人目にもわかるほど雑に切断されたのだ。

 なぜそうなったのかはわからない、だが民衆は噂した。犯人に罰を与えた英雄がいるのだと。

 その英雄を民衆はこう呼んだ。


 四肢狩りと。

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