幻想英雄譚編

第97話 遠征隊の馬車の中で

「知ってるか?」


「何が?」


「何がって四肢狩りのことだよ!」


 馬車に敷き詰められた冒険者の群の中、二人の男が会話話している。

 専らそれは四肢狩りという、とある英雄のことだ。


「今回の遠征隊にさ! 四肢狩りも混ざってるんじゃないかって噂!」


「え、まじかよ! どこの情報だよ」


 話をしている二人の男達以外の冒険者達は誰も顔を伏せている、疲れているし、長旅に飽きているからだ。

 だがおしゃべりなこの男二人は気にせず話し続ける。


「いやな、だってよ自明じゃねぇか? 四肢狩りは例の殺人犯に天誅を与えた、だったらよ、次にやるならやっぱり……」


「「灰色のホウキ」の殲滅ってことか?」


「そうだよ!」


「なんだつまり、本当に推測なんじゃねえか!」


「でもよ! いる可能性は高くねぇか? この中の誰かが四肢狩りかもしれねぇんだぜ!? 浪漫あるよな」


 男達のいう四肢狩りとはとある事件を解決した英雄だ。

 それは精神交換事件という王都エポロで起こった史上最悪なものだった。

 その事件の名の通り犯人は自身と被害者の精神を交換し、被害者の肉体をまず手に入れ、そのまま殺人を犯すというものだった。

 それは用意周到に準備された犯行であり、精神を交換された被害者は、犯人の体で、あらかじめ服薬した麻痺の薬により拘束され、動けず。被害者の体に入った犯人は健康な体のまま殺人を繰り返すというもの悪質。極まりないものだ。

 そもそもなぜ史上最悪と言われたか、それは今回の事件は数ヶ月に渡って被害者がいたのにも関わらず、法執行機関や、国家憲兵たる第二騎士団すら真相に気づかなかったのである。

 その結果、被害は拡大に拡大を重ね、ついには放火による火災、ドラゴンの群れの王都侵入といった事態を犯人は引き起こしたのだ。

 だが犯人はある日あっさりと捕まった。四肢狩りという英雄によって。

 四肢狩りは犯人をその名の通り四肢を切断して、騎士団に犯人を突き出した。名すら名乗らずに。

 故に、四肢狩りは伝説となった。名の名乗らない顔なしの英雄は人々の都合のいい偶像となり、瞬く間に広まった。

 そう民衆は四肢狩りの姿形すら見ていなかった。四肢狩りがいるであろうという思い込みは、死刑当日の犯人の四肢のない姿から誰かが残虐な犯人に罰を与えたのだという推測から生まれたものだからだ。

 だがそれでも、民衆はそれを英雄と褒め称える。そして、これからもそうだと言い続けるだろう。

 この二人の男が言うように、四肢狩りと呼ばれるべき男は今、青いマントを纏いこの馬車の中にいるのだから。

 そしてその二人の男の未だ続く会話を聞きながら四肢狩りは、エヴァンソ・ドンキホーテはあくびをした。

 伝説は続くだろう、本人が望むか望まないかに関わらず。

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