第61話 殺意

 ドンキホーテ達は透明な階段を登っていく。この先が果たしてどうなっているのかはわからない、なにせ目に映る景色はさまざまな、建造物の残骸が……いや残骸というにはあまりにも綺麗すぎる。

 言い換えるなら"切り取られた"と言った方がしっくりくるような形を保ったしかし、まるで引っこ抜かれた草木のように、地面に足の付いていない、建物が宙を舞っていた。

 特にドンキホーテ達が向かう先には大小様々な建造物が浮かび、霧かと見間違えるほどの密度で視界を邪魔している。


「いつまで続くんだ? この階段!? なげぇーよ!」


 ドンキホーテはついに愚痴を言い始める。


「だいたいこの先にザカルがいんのか?」


 疑い始めた彼に対してレーデンスは、「まあまあ」と諫め辺りを見回しながら言う。


「まあ、そう焦るな。とは言いつつも、確かに長いな。未だに人の気配も感知できん」

「まったく、ザカルの奴もここにくるたびにこんなクソ長い階段登ってんのか? たくよぉ、いい運動になるぜ」


 そう言って歩をすすめようとするドンキホーテはふと、前にいるロランが立ち止まり口に手を当てて思案しているのに気が付き立ち止まる。


「ロラン君? どうしたんですか?」


 シャーナに支えられながらマリアはロランに声をかけた。そこでロランは自分が仲間に気に掛けられていると言う事に気が付き「いやなに」と続けた。


「ここは、マナがすごいなと思ってね」

「マナ?」


 首を傾げるドンキホーテにロランはため息をつく。


「君……お高いテレポートのルーン石使ってるんでしょ? それくらいわかってると思ったんだけど?」

「いや、しらねぇな」


 ロランは歩き出し、そのまま話し始める。


「マナっていうのは自然界に存在する魔力の事だよ、植物とか大地が作り出すものなんだ、君のルーン石もマナで動いている。自動的にマナを充填して発動するんだ。

 このマジックアイテムが多い現代ではマナで動くものが多い。だからこそ、どの国もマナの取り合いで必死なんだ」


「そして」と、ロランは続ける。


「そのせいでどこの国も、慢性的なマナ不足。まあ個人が使う分のマナはあるけど、短距離テレポートの魔法とか、とにかくこんなにマナがあるところなんて、かなり珍しいんだ」

「ほぇー」


 アホみたいなドンキホーテの相槌にロランは気が抜けそうになる。

 それに比べ「ふむ」とレーデンスは頷き、辺りを見回した。


「それにしては妙だな、ここには緑も大地もないぞ」

「そうそこなんだよ」


 ロランは、レーデンスの言葉に共感しつつ歩き続けながら言う。


「いったいこのマナはどこからーー」


「知りたいか? ローラン君」


 言葉を発するまもなく、ロランは首を掴まれ宙に吊り上げられる。


「ぐっ! なっ?! ザ……カル……!」

「まあ君は知る必要はないし、知ることはできない、ここで死ぬのだから」


 いったいどこから、いつのまにかロランのいるところは景色が変わっていた、階段では無い、円形の巨大な広場のような場所にいたのだ。


 テレポートの魔法か? なぜザカルは自分をここに? みんなはどこに? 


 様々な思考がロランの中に駆け巡るが、今はそれよりもどうにか、この首をへし折ろうとする手を解かなければ。

 しかしそんな時間をザカルは与えない、万力を込めザカルはロランの首をへし折ろうとする。


「ロラァン!!!」


 風を巻き起こしながら、突進してくるのは青い閃光、迸る敵意を瞳に宿して、その男はザカルの手めがけて斬撃を繰り出した。

 しかし、剣は空を裂く。


 ザカルは咄嗟に首から手を離し、ひっこめたのだ。半ば中に放り出されたロランは逞しい腕の中に受け止められた。


「ドンキホーテ……ゲホ……レーデンス……」


 息を乱しながら、ロランはザカルから自身を救ってくれたドンキホーテと自身を受けて止めてくれたレーデンスに対し、感謝の言葉の代わり彼らの名を呼ぶ。


「大丈夫か、ロラン!? 無理しなくていいからな!」


 ドンキホーテの言葉に咳をしながらロランは頷く。


「レーデンス!!」

「わかっている!」


 ドンキホーテの一言でレーデンスはロランを連れ、離れる。レーデンスが走り出した先にはシャーナと地面にへたり込んでいるマリアがいた。


「シャーナに回復をさせる気か?」


 ザカルはそう呟き足に力を入れる。しかし地面を蹴り出そうとした瞬間、顔面に痛みと衝撃を感じた。


「ぐっ!」


 ザカルは体勢を崩され、引きずられるようにして、衝撃により後ずさった。

 殴った張本人のドンキホーテは剣を構え直し切先と、敵意に満ちるギラついた瞳を眼前のザカルに向ける。

 ザカルはドンキホーテの数歩先にいた。この距離なら充分だ、ドンキホーテは声を張り上げる。


「動くんじゃあねぇ!! 俺は俺を中心に、半径50メートルをテレポートできる!! 何言ってるかわかるかぁ!?

 お前は俺のレンジに入ってる! いつだってテメェの頭と胴体をおさらばできんだぜ!」


 そうこれは脅しだ、少なくとも先程の一撃を避ける動作でドンキホーテは勘づいていた、先程の一撃はドンキホーテは剣の平つまり刃の無い部分で攻撃していた。

 その分、空気抵抗は上がりいつもよりは斬撃の速度は落ちる、それだと言うのに奴は、ザカルはドンキホーテの剣を避けるのにやっとだった。


 ーーつまりこいつは……ロランやマリアさんの言う通り! 現役の冒険者に比べて弱い!!


 捕縛できる、無傷でドンキホーテは、警戒を強めつつザカルを睨み続けていた。


「なぁ君」


 おもむろに、ザカルが口を開く。


「誰が口を動かして良いつった! 動くなっていってんだ!」


 ドンキホーテは剣の切先をザカルに向けたまま、怒鳴り散らす。しかし怒鳴られた本人は全く萎縮している気配はない。

 何か隠し手があるのか、いやまて、とドンキホーテは考えをやめる


 ーー落ち着け、シャーナさんがロランの容体を見て異常がなければすぐにレーデンスが戻ってくる! それまで俺がやるべきことはこいつをここにーー


「いいじゃないか、喋るくらい」

「いいから黙ーー」

「なんで私を殺さなかった?」


 そのザカルの言葉にドンキホーテは言葉を詰まらせる。


「絶好の機会だったはずだ。なのに何故か君は僕の腕を狙いに行った、何故だ?」

「前も言ったはずだぜ、テメェを殺せば時の牢獄から出る手段がわからなくなるだろうが!」


 するとニタリとザカルは嫌な笑みを浮かべさらに問うた。


「では何故、二発目の攻撃は殴ったんだね? しかも、かなり威力が弱かった、まるで気絶を狙うかのように。そもそも剣で脚の腱なり 腕を傷つければよかったんじゃないかな?」

「それは……」


 ザカルは笑いながら言う。


「君はどうやら判断力に優れた子のようだいざとなれば剣を抜ける。実に優秀なセンスを持つ冒険者だ。だが……ひとつだけ致命的に欠けているものがある」

「へぇ……なんだって言うんだよ」


 ドンキホーテは剣を握る力を強める。何か嫌な予感がしたからだ。


「人を殺す覚悟」


 無機質なザカルは声と共に、上空から低くく聞いたことない異音降りかかってきた。ドンキホーテは思わず上を見る。


「やっときたか……」

「な!?」


 花クジラだ、異音の正体は花クジラ鳴き声だったのだ。全く気が付かなかった、それもそのはず真上にいると言うのに影がない、おそらくこの白き空間のせいだろどこから光源があるのかわからないが、影が気づかぬぐらいに薄いのだ。

 しかし、今は花クジラに気を取られている場合ではないドンキホーテは、ザカルに視線を瞬時に戻す。


「おい、テメェが呼んだのか! 何もさせんじゃねぇぞ!」

「もう遅いよ」


 上空の花クジラが淡く発光し、いくつもの光の線が弧を描きながらクジラの体から放たれる。

 攻撃か、速度が速い、避けられないと踏んだドンキホーテは左手の盾をきたる衝撃に備える。しかし光の雨はザカルに降り注いだ。


「なんーー」


 光はザカルを包むと、瞬時にきえる。まるで何もなかったかのように。

 ドンキホーテがあっけに取られ、ザカルを見つめていると、当の本人は確かめるように手を握りしめたり、脱力させたりを繰り返した後、息を吐きながら言った。


「ふう、まあこれくらいで妥当か……」


 するとドンキホーテの警告を後も容易く破り、一歩また一歩とザカルはドンキホーテに向かって歩みを進めた。


「テメェ! 戦闘の意思があると見なすぜ!」


 ドンキホーテは左手の籠手に仕込んであるテレポートのルーン石を発動させる。

 青白い閃光がドンキホーテの体の周りに迸ってのみこむ。

 そしてそれと同時にザカルの背後にも青い閃光が瞬き、光はドンキホーテを吐き出す。

 この人が瞬きをするよりも速く起こった一瞬のテレポートにより完全にドンキホーテはザカルの背面を取ることに成功した。


 ーー取った!!


 狙うは頭だ、気絶を狙うべく剣の刃の無い平の部分をザカルに向けてドンキホーテは剣を振るう。


「やはりいい判断力を持っているね、君は」


 次の瞬間ドンキホーテの体は激しい衝撃と共に吹き飛ばされた。


「が!?」


 何をされたのか全く理解できないままドンキホーテ、白き地面に背中から着地、しかしそれでも勢いは止まらず、子供に蹴られた石ころのように受け身取れぬまま、転がっていく。

 なんとか大勢を立て直し、顔を上げる。


「何が、起こった……?」


 ドンキホーテはそう呟いた。ザカルとの距離はおおよそ20メートルだろうか、たったの一撃でまさかここまで飛ばされたと言うのか。

 ドンキホーテは驚愕とともに再び剣を構え直した。ザカルにこんな力があったとは思えない。


 見つめる先にいるザカルは不敵に笑う。その表情に言い表せない殺気のようなものを感じたドンキホーテは、さらに警戒を強めザカルを睨みつける。


 ーー畜生! 何をされた?! 


 何もわからないがしかし、ザカルの攻撃だと言うことだけははっきりしている。


 ーーまずは距離を取って、奴の次の手をーー


 ドンキホーテがそう考えついた瞬間、ザカルの姿が消えた。

 目を見開くドンキホーテ、次の瞬間、背後に気配を感じた。


「遅いな君は」

「っ!」


 剣をザカルに向かって薙ぎ払う。だが剣がザカルに届く前にーー


「がっ?!」


 ドンキホーテの胸にザカルの拳が突き刺さった。


「まあ、でも君ならこの程度か」


 ザカルは無機質に、そう呟くとそのまま拳を引き戻し反対の拳を叩き込む。それを連続で繰り返す。


 流星群のような拳はドンキホーテの全身を打ちつけた。拳は当たるたびに、ドンキホーテの体の中に爆発のような衝撃を与えた体の内側と外側にダメージを与え続ける。そしてーー


「ぐ……あ……」


 連続の拳打により意識を失う寸前のドンキホーテの顔面に対し、最後の一撃が叩き込まれた。


 白き地面に衝撃が走り、稲妻の如く轟音が鳴り響く。


 地面に叩きつけられたドンキホーテに対してザカルは吐き捨てるように言った。


「殺す覚悟もないのに剣を握るからだ」


 彼の目には殺意と軽蔑の色が籠っていた。

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