第60話 誓い
「なんで、あいつがここに……」
ドンキホーテは窓の外、雪のように白い空間の中を泳ぐ、花クジラを見つめたままそれ以上の言葉を発することができなかった。
「……さあわからない、ただ1つ言えることがあるなら、僕たちがいるのは少なくともエポロではない。それだけだ」
ごくりと生唾を、飲み込むドンキホーテ。
「こ、ここは安全なのか? あいつは……花クジラは俺たちのことどう思ってんだ? もし気づかれたらあいつは俺たちを襲うのかな……?」
「その心配はないドンキホーテ……」
ドンキホーテは背後から聞こえるレーデンスの声に気づく、振り向くと右手で頭を押さえながらレーデンスが上体を起こしていた。
「大丈夫ですか? レーデンスさん」
「ええ……平気ですマリアさん……どうもありがとうございます、そしてシャーナさんも」
心配をしてくれたマリア、そして酷いテレポート酔いを治療をしてくれたシャーナに対してレーデンスは礼を述べた。
「どう言うことだいレーデンス?」
ロランの問いに未だに青ざめた顔をしながらレーデンスは言った。
「今、感知を……してみた……恐らくだが巨大な生物がいるな……それがドンキホーテの言う「あいつ」とは……恐らくこのクジラのような生物のことだろう?」
レーデンスは「感知」のアビリティをとっくに発動し花クジラの存在を認識していたのだ。そのままレーデンスは呻きながら話を続けた。
「そいつは……敵意がない、怒りといった感情も感じられない、また飢餓の感情も感じられないんだ。そして私が感知できると言う事は奴は恐らく生物。本能によって合理的な判断を下しているはず、下手な刺激さえしなければ平気だ……多分な」
「ぐう……」とレーデンスは苦しそうに喉から音を絞り出し、俯いた。
「そ、そうか、たしかにあいつはのんびり泳いでいるだけだもんな、なんか凶暴な感じには見えないぜ……」
レーデンスの言葉に若干の安堵を得たドンキホーテは、花クジラを恐る恐る見ながらそう言った。ロランはそんなドンキホーテに釘を刺す。
「しかし、奴は間違いなく、花クジラだ。時間の牢獄を作った元凶だよ。そしてもうすぐ1週間経つ以上、あいつは再び時間を巻き戻す。なんとかしないといけないのは間違いない」
「しかしよぉ」とドンキホーテが割り込む。
「あいつをどうやって倒すんだ? 正直に言うが俺はあんな大物倒したことないぜ」
「私も……同感だ……このレベルの魔物を殺すほどの力量は残念だが私たちには……」
ドンキホーテとレーデンスの言葉は正しかった。彼らはリヴァイアサン事件を得て、かなり成長した。
しかし、かと言って流石にクジラクラスの巨体を誇る魔物を殺せるほどの技を持っているかと言われれば首を傾げざるを得ない。
そして何よりも、あの慎重なザカルのことだ、あの花クジラに何かしらの自衛の魔法か何かをかけている可能性がある。
そもそも花クジラ自体が未知の存在であり時を巻き戻せるほどの魔物なのだ。とてつもなく強い力を持っていないとは言い切れない
ドンキホーテ達が持っている花クジラに対する情報は明らかに少ない。そんな状況の中で奴に戦いを仕掛けるのは明らかに不利だ。
しかしそんな事は百も承知だ、ロランは言う。
「ああ、わかっているさ、だからこそここでザカルを叩く。花クジラには不確定要素が多すぎる、だがザカルはどうだろう? 彼は銃に頼っていた。それがどう言う意味を持つのか」
「どう言う意味なんだ?」
ドンキホーテは理解できずロランに食い気味に質問する。
「彼は、戦闘が得意じゃない、銃に頼るぐらいにはね。ザカルの持っていた銃は身を覚えがある。
対魔物用自衛拳銃、通常の銃よりも口径が高くて威力が高い、それは言い換えれば彼は銃に依存しているんだ。そうじゃなきゃ戦えないのさ」
そこまで説明を聞いた後、マリアは頷き言った。
「たしかに、その通りです。彼は剣術や護身術を嗜んでいますが恐らく実践経験の豊富なドンキホーテさん達の方が強いでしょう」
「へぇ、フェルン家の当主なのにステゴロは強くねぇのか、意外だな! 戦争とか起こったらどうすんだ?」
それを聞きロランはため息をついた。
「はぁ……いいかい、たしかに貴族というのは……僕もそうだが、有事の際には前線に立つ義務がある。でも逆に言えばそんな大変な時代にでもならなければ、前線に立つ機会は少ない。
近年の政治に関わる貴族は机仕事が多いんだ、いくらフェルン家といえどもそれは同じさ、精々凶暴な魔物退治を主導で行うぐらいはするけど、それも最近はやってない、ギルドが優秀で対処できるからね
だからやっぱり実践を積んでる冒険者なんかと比べると実力は見劣りするのさ」
「なるほどなぁ」と呑気にいうドンキホーテに対し、ロランはさらに釘を刺した。
「いいかい? だからといって彼が弱いってわけじゃあない、彼は自分の弱点を知っているからそれを補う銃を使っているんだ。彼が刺客を雇うのも同じ理由さ、そういう奴はかなり注意しなきゃあいけない、わかったね!」
「わ、わかってるって油断……えーと油断大敵ってやつね! おぅけぃ!」
「何がOKだ」とロランはドンキホーテに詰め寄るが、レーデンスのわざとらしい咳に、気付く。
「さて、ではザカルを探しに行かなくてはな……」
レーデンスの言葉にロランもこ「コホン」と襟を正す。
「そうだね、行こうか……時間がたっぷりあるというわけではないからね……マリアさん、シャーナさんいけるかい?」
その問いに対してマリアは頷き言う。
「ええ準備はとうにできています」
ロランはその言葉を聞いた後、ドンキホーテとレーデンスに向き直り言った。
「よし、じゃあドンキホーテ、レーデンス、この部屋の外を見てきてくれるかな?」
「うん? 窓の外ならさっき見たぞ?」
「違うよバカ! この部屋に扉があるでしょそこから外を見てきて欲しいんだ!」
「あーはいはい、そっちね、そっちの外ね! わかってたけどね! 択だと思ってたけどね! 後! バカじゃあねぇからな!」
ドンキホーテとロランの喧嘩が始まりそうなところを、レーデンスは「行くぞ」と苦笑いをしながらドンキホーテを引っ張り、扉へと向かった。
「まったく!」とロランは、ため息をつきながら再びシャーナとマリアの方に向き直った。
「まあ少しはしゃべれるかな……」
そう呟き、じっとマリアを見つめるロラン。
マリアはその視線にやがてたじろぎ、沈黙に耐えきれず尋ねた。
「な、なんです? ロラン君?」
するとロランは少しばかり思案する仕草を見せた後、考えても仕方ないと感じたのか、マリアの目を真っ直ぐ見つめながら口を開いた。
「マリアさんこの際、正直にいうね。もしかしたらザカルを……君の夫を殺す選択肢も出でくるかもしれないって僕は思ってる。
その時がもし、万が一、来たらーー」
ロランの言いたいことを理解したのか、マリアの顔から血の気が引くように表情が消えた。
「割り切ってほしいというのでしょう?」
その声色は氷のように冷たかった。マリアのその発言に、ロランはただ「すまない」と言い、言葉を詰まらせる。
「気にする必要はありません」
ロランを気遣ってか、マリアはそう言うがロランはそれでも引っ掛かる部分があるのか再びマリアに向き直った。
「貴女はテレポートに飛び込む時……自分がまず最初に行けば、ザカルは転移してくる自分を……妻を攻撃できないと踏んでいったんでしょ……?
それは、裏を返せば、貴女はザカルのことを未だに信頼して……いや愛しているんじゃないのかい?」
「そうですよ」
きっぱりと言った、マリアにロランは驚き「やっぱり」と呟く。だがマリアは「しかし」と続けた。
「ロラン君……貴方も理解しているでしょう? 有事の際には貴族は矢面にたつ。それは貴族の生まれながらの当然の義務です。なにせ私たちが普段、特別な扱いをされているのは、民の代表として仕事をする者達だから……
少なくとも私はそう考えています。
私は夫を……ザカルを愛している……しかし、彼は貴族の出でありながらその責務を放棄し、自分の為に民を輪廻の中に閉じ込めた。それはあっては行けないことです。
長い間、行動できなかった私が言うのも説得力がないかもしれない、でも……。
でも……私は、いえ……だからこそ、妻である私が決着をつけなくては行けないと思っています」
「それに」とマリアは、後に続く言葉を紡ごうとした時、よろめく、シャーナは急いで彼女を支え、ロランは「マリアさん!」と心配そうに近寄る。
しかし当の本人は、「大丈夫」と言い、さらに続けた。
「それにね、ロラン君、本音を言うとね、私は……もう飽きちゃったんですよ……同じ景色、同じ空、同じ人が続くこの世界に……また、見たいんです、葉の紅葉を、薄くなっていく雲を、白くなる息を、そしてーー」
マリアはロランに寂しそうに微笑みながら言った。
「白銀の雪景色を」
その答えを聞いたロランもまたぎこちなく口を綻ばせる。
「そうか、僕も……似たような理由だ……僕も未来が見たいんだ……」
ーー下手だね……嘘が……
ロランの心の中にそんな声がこだました。
そしてロランはマリアとシャーナ2人には顔を向けず、ドアの方に向き直り、背中を晒したまま言った。
「裏切りを疑っていたわけじゃないんだ、マリアさん。
僕は貴女の覚悟を疑ってしまった……覚悟が足りなかったのは僕の方だ……僕は僕たちの選択が貴女を傷つけるじゃないかって……ごめんなさい……僕は心配するフリをして自分自身の罪悪感を消そうとしていただけだった。
貴女の覚悟を……想いを疑い、泥を塗るような真似は2度としない……! そして貴女の高潔な選択に僕は敬意を表する。
ザベリン家の名にかけて、必ず貴女に未来の景色を約束する!!」
「ロランだけじゃないぜぇ!!」
バタン! と扉が開き、タイミングを見計らっていたかのようにドンキホーテが登場する。
「この俺、エヴァンソ・ドンキホーテも、ドンキホーテの家名にかけて! マリアさんの夢!! 叶えてみせるぜ!!」
唐突なドンキホーテの宣言にロランは頭を押さえる。
「はは……すまない、マリアさん、ロラン……聞こえてしまった」
申し訳なさそうに言うレーデンス。
ロランは青筋を浮かべつつ自身の心の中の怒りが自然と喉をとうして出でくるのを感じた。
「へぇ……ずいぶんと余裕だねぇ……ていうか見回りが終わったなら言ってよ! なんか随分時間かかってるなって思ったら!」
ロランの怒気にドンキホーテは「まあまあいいじゃねぇか」と言いつつ、マリアとシャーナのそばまで歩み寄る。
そして……そのままひざまづき、頭を下げた。
マリアの目にはそのひざまづいた背の高い少年がが、高名な騎士ように映った。
「マリアさん、さっき言った事は嘘じゃねぇぜ。このエヴァンソ・ドンキホーテ、約束は必ず守る。俺はまだ騎士の見習いにもなってねぇ男だが、騎士の誓いにかけて俺達は全力でアンタを守りそして、ザカルを全力で止める!
それがアンタの覚悟と、決断に対する最大限の敬意だ!」
「だからさ」とドンキホーテは続ける。
「王都エポロの雪景色を見ようぜ! 俺とレーデンスとロラン、シャーナさんとーー」
にこりと笑いウインクをしながらドンキホーテマリアを見つめーー
「あと……アンタの愛する夫も一緒にさ」
そう締めくくった。
その言葉を聞いてロランは目を丸くする。
「そんな無責任だよ、ドンキホーテ!」
しかしドンキホーテは言い返す。
「もちろん絶対とは言えねぇさ……でもよぉ、もし、可能性があるなら俺はザカルを殺さない選択肢を選びたいぜ、きっとさ……ザカルにも理由があるんだロラン的には許せねぇかもしれねぇが、でも俺はなるべく殺したくねぇ、誰かの悲しい思いで結末を締めくくりたくはねぇんだ」
ドンキホーテの脳裏に、かつて大蛇を王都に差し向けた、学者の顔が浮かぶ。
「ダメか? ロラン」
聞き慣れたため息と共に、ロランは言う。
「ザベリン家の名にかけたんだ……そうだね……最善を尽くす……そうとしか言えないが……だがマリアさん、僕も悔しいがこのバカと同意見だ……」
「へへ」とロランの答えを聞いたドンキホーテはロラン少年の頭を撫でた。「子供扱いするなよ! バカ!」とロランは叫ぶがそれでもドンキホーテはやめなかった。
ドンキホーテとロランが言い争う中、レーデンスはマリアに向けて言った。
「ふふ、いい奴らでしょう?」
笑いながら言うレーデンスの言葉を聞いてマリアは震える声を抑え毅然な態度をとりながら、言った。
「ええ、とっても……本当に……」
「それで、見回りは終わったんだよね?」
そういえばと言わんばかりにロランはレーデンスに聞く。
「ああ、もちろんだ、ドンキホーテが扉を開けた時は私の体で見えなかっただろうが……まあ、説明するより見たほうが早いだろう」
そう言ってレーデンスは、ドアノブを掴みそのまま捻った。ギィとドアが軋みながら、扉が再び開かれる。部屋の中と外の明るさの差で外の光景がより眩しく感じられ、ロランは目を閉じかける。
しかしそれも徐々にだが慣れ、目を開けるとーー
白い石畳と、その先にある巨大な透明な板、それが階段上に連なっているという異様な光景だった。
「これは……」
思わずロランは驚きの声を漏らす。
「大丈夫だ、外には魔物などいなかった」
レーデンスに促されるままに外に出た、ロラン達は、家の外に出る。
外に出るとさらに外の異様さが理解できた。
まずロラン達のいた部屋は、本当に小さい小屋のようなものだったと言う事、そしてその周りに白い大理石のような材質でできた石の庭ともよぶべき空間が広がっている事、さらにその石の庭と小屋はどうやら白い空間の中で浮遊しているということ。
そしてその白い空間には他にもまるでケーキのように切り取られた、住居やどこかの白などの建造物が漂っているということ。
さらに先程部屋の中からわずかに見えた透明の階段は、石の庭に隣接し天高く続いていること。
「まったく、とんでもねぇ現象を引き起こしている魔物があるなんて知らなきゃよぉ、観光でもできたかもな」
花クジラを見ながらドンキホーテはそう呟く。その呟きをよそにロランは階段の先を見つめた。
「この先に……いるのかーー」
拳を握りしめ、ロランは言った。
「ーーザカル……!」
「きたか……」
ザカルは悠々と泳ぐ花クジラを眺めながら、感じ取った気配に対して警戒する。
この時の牢獄である白い空間にいるのは彼と宿敵であるロランだけ、ついに追い詰められたといっても過言ではないのにーー
ザカルは笑った。
「決着をつけよう……永遠の花の為に」
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