第57話 雪景色
「やめなさいマリア」
ザカルは銃口を向ける自分の妻に対して動揺する気配もなく諭す。
「やめません!」
一方で、マリアは息を切らしながら、拳銃の引き金に指をかける。
「僕を殺すのかい?」
マリアは何も言わずに目線を一瞬落としたあと、自分の夫を睨みつけた。
決意に満ちたその瞳を見たザカルはしかし、一歩も引かない。
「君の力では反動を制御するどころか、そもそも引金さえ引けない、返すんださあ」
「スノウさん!」
ロランが叫ぶ。
「ロラン君! 決着は私が!」
そう叫ぶマリアは以前銃口をザカルに向けたままだ。
銃口を向けられた当の本人は、何も気にすることもなくマリアに向かっていく。
ついにザカルは自ら、銃口が自身の胸に当たるように体を押しつけた。
「この距離なら外しはしない、君の手で終わらせられるならそれでもいい」
マリアは震えながら引金に指かけ、そのまま指先に力を込めた。
「それができるならね」
ザカルはそう落ち着いた声色で言った。弾丸は発射されない。
いやできないと言った方が正しい、マリアは自身が発揮できる、最大限の力を指にこめているのに引金が引けないのだ。
「その銃の引金は君には重すぎる」
「そんな……! どうして……!」
マリアは引金を何度も何度も引こうとした。しかし、どうやっても引金はびくともしない。
ザカルはそっと、手のひらを愛しい自身の妻の手に重ねた後、迅速に銃を奪い取り腰のポケットに入れた。
「マリア、君は優しい……大方このローラン少年の立場に同情したのだろう。だから僕は君を責めたりはしないよ。でもどうやら一旦頭を冷やしてもらう必要があるみたいだね」
ザカルはマリアを見つめながら、数歩下がり、下に敷いてあったカーペットを足で剥がす。
すると、その下には扉があり、彼はその扉を開ける。あけた先には地下へと続く階段があった。
「ザカル! 私は……」
銃を奪い取られたマリアは肩で息をしながら、ザカルを呼び止めるしかし、ザカルは意に返さずに地下へと降りて行った。
「まちやがれ!」
ドンキホーテが叫び、魔法障壁を剣で叩くも、甲高い金属音が響くだけで剣は弾かれてしまった。
ザカルはすでに地下へと消えた。
「クッソ!」
ドンキホーテは悪態をつきながら、剣を魔法障壁に剣を突き立てる。しかし、ヒビすら入らない。
「ドンキホーテ! 落ち着け、私達が焦っても仕方ないまずは魔法障壁を停止させよう!」
レーデンスがドンキホーテを諭す中、ロランは車椅子に力なくだらり座っているスノウの体に近づいていった。
白いベールを頭につけ表情が見えないスノウの素顔を見るべくロランはベール剥ぎ取った。
「そういうことか……スノウさんいや……マリアさんかな?」
ロランはベールの向こうの素顔を見てすべてを理解した。隠されたスノウの素顔は人形であった。
精巧な人に模したしかし、人形の域を越えることはできない、限りなく人に近い見た目をした人形それが今までドンキホーテ達に接してきたスノウの正体だったのだ。
その正体を見た、ドンキホーテとレーデンスは目を丸くし、ベットの上で座り込んだ、マリアはバツの悪そうな顔をしていた。
「これはシャーナさん貴方も知っていたことだね?」
ロランの問いにシャーナは何も答えない。
「まあいい……恐らくこれは僕たちを襲った機械人形と同じ理屈で動いているものだろう。大方、体が弱いからこの人形に意識を憑依させて僕たちを会いにきたってとこだろうね」
ロランの推理はどうやらだいたい当たっていたようで、マリアは何も言い返さない。
「そして、ザカルの実の妻であるということも、最悪バレれば警戒されて信じてもらえないだろうか、偽名を使って僕たちに近づいてきたということか……」
「それは……」
マリアは思わず、ロランに言い返さそうになる、騙すつもりは無かったのだ、としかしその言葉は喉に引っかかり出てこない。
所詮は見苦しい言い訳、マリア自身がそう思ったためである。
「なるほど……その反応を見るにこの推測は当たっているようだ」
マリアは視線を床に落とす。それは罪悪感による行動であった。ザカルの妻であること隠していたこと、黙っていたことがバレたのだ。
本当に信頼しているのなら話すべきだった。しかし一度距離を警戒をされてしまえば、果たしてこの慎重なロラン少年はマリアのことを信じただろうか。
ロランだけではない、敵の身内それも妻ときたものだ、果たしてドンキホーテとレーデンスも偏見なく信じてくれただろうか。
しかしそれはただの言い訳に過ぎないことをマリアは知っていた。どうしても監視の目が途絶えたこの期間を逃したくなく、マリアは嘘をついたのだ、責められても仕方ないと彼女は口をつぐんだ。
するとドンキホーテはおもむろに一歩前に出る。そしてマリアとドンキホーテ達を隔てた、魔法障壁を一殴りつけた。
唐突な行動に、マリアとロラン達はびくりと肩を跳ねさせる。
「硬った!! やっぱダメだなおい!」
手をブンブンと振り手に溜まった痛みを外に逃す。そして、キリリとマリアを見つめ言った。
「スノウさん……いやマリアさん! 気にする必要なんてないぜ! あんたの覚悟的なものはさっきの行動で伝わった! そんなに思い詰めなくていいぜ!」
「な! ロラン!」とドンキホーテはロランの肩をバンと叩く。
「痛いな……でもドンキホーテの言う通りだ。マリアさん別にあなたの事を責めているわけでも今更信頼を失ったわけでもありません」
ロランは真っ直ぐとマリアを見つめながら言った。
「さあ早く、この魔法障壁を解いてしまおう、レーデンス手伝ってくれないかい」
「ふふっ……わかったロラン、何をすれば良い」
「俺も俺も! 何がするぜ!」
ドンキホーテ自身も手を挙げたが、ロランはジトリと見つめた後、
「ドンキホーテ、多分、君には向いてない」
と言い放った。
「んだと!」
イラつくドンキホーテと鼻を鳴らしたロラン、それを諌めるレーデンス、その3人を見てマリアは静かに笑った。
「シャーナ……」
マリアは自身の付き人兼護衛のシャーナに呼びかける。シャーナは思いつめた顔をしながらマリアを見つめる。彼女の目には迷いが現れていた。
『もし、その時が来たら……』
発音ではなく唇の動きでマリアはシャーナにそう伝えた。シャーナはコクリと頷いた後、ざわついた心を鎮めるべく俯く。
「どうか致しましたか? マリアさん、シャーナさん」
いがみ合いながら魔法障壁の解除手段を探しているドンキホーテとロランを尻目に二人の異変に気づいたレーデンスはマリアとシャーナに話しかけた。
マリアはにこりと笑い嘯く。
「いえ、何か手伝えることがあるのではないかと、もしよろしければシャーナも手伝いに加えて頂けませんか? 彼女は探し物が上手なのですよ」
「……そうですかそれはありがたい」
レーデンスはいがみ合っているドンキホーテとロランに向かって話しかけながら、二人の肩を掴みグイと引き寄せた。
大袈裟なレーデンスのボディランゲージに2人は戸惑うも何やら3人で示し合わせをした後、シャーナを交えて4人は魔法障壁の解除方法を探し始めた。
「よしこれで解除できるはずだ」
ロランは額の汗を拭いながら言った。そして透明な魔法障壁に手を這わせると突如としてヒビが入り粉々に砕けた散った。
破片はロランに当たるものの人体に対してダメージが入るような威力はないようでロラン自身も無傷だった。
「やっとかよ、こき使われたぜ」
ドンキホーテはそう悪態をつきながら言う。
「だから言ったろ、地味な作業だから君には向かないって」
ロランはため息をつきながらそう言う。
「まあいいではないか、魔法障壁が解けたのだから」
二人を諌めるレーデンス。それを見てマリアは意を決して言う。
「皆さん……ありがとうございます……」
「どうしたんだい? マリアさん」
ロランは不思議そうに聞く。
「これは私の夫が始めてしまったこと。それに巻き込んだと言うのにあなた達は……」
「いいんだぜ、マリアさん!」
ドンキホーテがマリアの言葉を遮り続ける。
「あんたもその様子じゃ巻き込まれた側なんだろ? だから別に謝る必要なんてねぇさ! あんたの責任なんかじゃねえ!」
「僕も同意見だ」
ロランもドンキホーテの言葉に頷く。
「それに貴女は責任を感じて、事態を収拾しようと努力したその点でザカルと貴女は決定的に違う」
その言葉を聞くと、マリアは何かに許されたかのような安堵と共に柔らかく微笑む。
「ありがとう……そしてもう一つ私の願いを聞いてもらってもいいですか?」
一息、溜めた後、意を決して言った。
「これからザカルを追うのでしょう? 私を……連れて行って欲しいのです」
「マリアさん……しかし……」
レーデンスは心配するも、マリアは心配ないと言う風に首を横に振った。
「私は彼の妻、いざと言うときに盾になります」
「それに」とマリアは続けた。
「言ったでしょう私も見たいのですよ、久しく見れなかった雪景色を」
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