第58話 隠し通路へ

 魔法障壁を解除したドンキホーテ達一行は、ザカルが姿を消した床の扉の開け放った。彼らの目の前に現れたのは、地下へと続く階段であった。ちょうど人が二人ほど通れそうな階段で底は暗くて見えない。


「常闇を照らせ、セントエルカの火よ」


 伝説の聖人の名を呟くのはロランだ。船乗りの守護聖人の名を含むこの文句はいわゆる魔法の詠唱という奴で、周囲を照らす照明魔法を発動させるための詩だ。

 そしてそれを証明するかのように周囲は照らされ、日の落ちたせいで、余計に深い暗闇に呑まれた階段の先を照らし、さらに日が落ちた薄暗い部屋の中までも照らした。


「マブいな、おい」

「我慢してくれ」


 ドンキホーテが苦情を言い、ロランはため息をつくように諭した。


「扉か……?」


 レーデンスが階段の先にあるものを見つめ思わず呟く。

 レーデンスの言葉に続き、その場いた全員が階段の先を見つめたそれは木製の扉だ、恐らく何かしらの逃げ道に通ずる入り口だと思ったロランは早速、指示を出す。


「レーデンス、僕ともに先行してくれ、何かの敵意をアビリティで感知したらすぐに皆んなに知らせてほしい。ドンキホーテは最後尾に、真ん中はマリアさんとシャーナさんだ」


「はいよ」と呟き、ドンキホーテはマリアとシャーナの後ろに立つ。

 マリアは体が弱いのか少々、シャーナの肩を片手で掴み、体重を彼女に預けていた。


「マリアさん平気か?」


 ドンキホーテは心配そうに声をかける。しかし、マリアはにこりと微笑み言った。


「平気です! いつものことなので……シャーナいつもごめんなさいね……」


 シャーナは心配ないと言う風に首を横に振る。しかし同時に「むしろ貴女が心配だ」と訴える視線を投げかけた。

 マリアはそれを見ないふりをして、先に階段を降り始めたロランとレーデンスを視認し言った。


「さあ私たちも行きましょう、よろしくお願いしますね、シャーナ。ドンキホーテさん」


 ガチャリと両開きの扉が開き始める。そしてそれと同時に眩い光が開きかけのドアの隙間から暗闇の中に差し込んだ。

 そしてドアが完全に開かれると、ついに暗闇は居場所を失い、部屋が姿を表した。


「ありがとうレーデンス」


 重い扉を開いてくれた、レーデンスに対してロランは感謝の言葉を述べるとともに扉の向こう、眼前に姿を見せた部屋を注意深く観察する。

 おかしい、すぐにロランはこの部屋に違和感を感じた。


「どういうことだ……?」


 ロランの心情を隣でレーデンスが代弁する。続いて、ついてきたドンキホーテがマリアとシャーナの肩越しから「どうした?」と呟きながら部屋を覗く。


「おかしいね……ただの部屋だ」


 ロランはズカズカと部屋の中は進む。「おい、ロラン!」とレーデンスが心配そうにロランを引き止めるも、先に疑問が先行しているこの少年は止まらない。

 ロランは改めて部屋を見る。

 石造で、壁も天井も床も石だ、倉庫として使うために作られたような典型的な地下室、だがその部屋にはドンキホーテ達以外には何も無い。


「なんだ? ただの部屋じゃねえか、通路とかがあると思ったぜ」


 ドンキホーテはその場に誰もが思っていた事を口に出して、眉を顰める。事実ここには、何もないただの地下室のようにしか見えないのだ。


「マリアさん、何か思いつくことはあるかい、仮にもザカルの妻なら何か、彼が思いつきそうな事とか、やりそうな事とか……」


 ロランの問いにマリアは、申し訳なそうに首を横に振った。


「ごめんなさい、私には何も……」


「そうか……」とロランは再び眉間を片手で押さえて考え始める。


「長距離のテレポート……? いやそれはないか? 魔力が用意できるとしても、大掛かりで複雑な魔法陣が必要だし……他に見落としが……? いやそれも……途中で……」


 ガァン! 

 空気の読めない轟音が、ロランの耳に飛び込んだ。


「ここじゃないか?」


 その音を鳴らしている張本人はそう言って首を傾げた後、「じゃあここだ!」と言って壁を鞘で殴りつけた。


「ドンキホーテ……何してるんだい?」


 顔をひくつかせながら、ロランは壁を叩いているドンキホーテに質問する。

 レーデンス達も突如として起こったドンキホーテの奇行に驚き固まっている。

 そんな当惑をよそに当の本人は、何言ってんだ当たり前だろ、と言いたげな顔をしてーー


「隠し通路に通じる、スイッチを探してるんだよ」


 と言い放った。ロランは再び、深い深いため息をつく。


「あのねぇ、ドンキホーテ、小説じゃないんだからそんな都合のいい仕掛けなんてあるわけないじゃないか」

「そんなのわかんないだろ! なんかこう、カラクリとか魔法の仕掛けがあるんじゃねえの?」


 ドンキホーテは反論するも、ロランは肩をすくめ言い返す。


「いいかい此処は地下で、そんなカラクリを作るのはありえない、感じないかい? この地下室の湿気ぽさ、スイッチで起動するような精巧な作りのカラクリがあるとして、こんなところに作ったらすぐに、結露ならなんなりでダメになる可能性が高い、あの慎重そうなザカルがそんなものに頼るとは思えない。

 魔法に関しては残留の魔力が感じらないからその線は薄いね」


 その言葉を聞いた、ドンキホーテはがっかりした顔をして言った。


「なんだ……ねぇのか……隠し通路……」

「あくまで、精密なカラクリを使った隠し通路はないかもってだけさ、スイッチを使うようなね。隠し通路自体はあり得ると思うよ? ただ、この部屋はダミーのような気がする、あまりにも痕跡らしい痕跡がないからね」


 そう言ってロランは再び頭を,悩ませ始めた。


「どうするロラン? 私は先程通ってきた階段を改めて調べ直そうと思うのだが」


 レーデンスの提案に、ロランは頷く。


「そうだね、僕もそう思ったところだ。一緒に探すよレーデンス」

「あの私もーー」


 マリアも参加しようとするも、ロランは掌を突き出し、待ったのポーズをかける。


「大丈夫だよ、マリアさん。貴女は結構疲れてるでしょ、もともと病弱みたいだし。マリアさんは来るべき時に備えてシャーナさんと休んでくれ、通路探しは僕とレーデンスそして……」


 ちらりとドンキホーテの方をロランは見つめ、


「あの、馬鹿と探してくるから」

「あんだとぉ?!」


 ロランの言葉にイラついた、ドンキホーテは青筋を浮かべながら憤慨する。


「そういうわけで行こうか、ドンキホーテ。壁を殴ったりしないでね」

「もう殴らねえよ! うるせえな」


 ロランとドンキホーテの口喧嘩に、レーデンスは苦笑いを浮かべながら、歩き出したロランの後についていく。


「置いてくよ、ドンキホーテ」

「あ、おい待てーーってぇぇぇぇ!」


 ドンキホーテもまた慌てた走り出そうとした、その時だ、ぐらりと彼の体勢が崩れる。

 石畳が若干隆起し、段差になっていたのを気づかなかったのだ。


「おわぁ!!!」


 そのままドンキホーテは石畳とキスをした。


「何してんの……」

「だ、大丈夫か?」


 ロランは呆れて、レーデンスは心配し、マリア「まぁ……」と口を押さえた。


「痛い……が大丈夫だーー」


 ドンキホーテは意気消沈しながらも床に手を置きそのまま力を込めて体を起き上がらせようとした時ーー


 ガコン


 と変な音がした。


「ーーぜ……は……?」


 何故か、ドンキホーテの手を置いた石畳が窪んでいた、まるで何かのスイッチのように。


 すると部屋の中心石畳の隙間からから粘性のある緑色の液体が染み出し、まるで意思があるかのように、自らの形を円錐形に形成していった。


「レーデンス!!」

「わかっている!」


 ロランの言葉にすぐさまレーデンスは反応して剣を引き抜き、マリアの正面に庇うようにして立った。


「これは……?」


 戸惑うマリアにレーデンスが呼びかける。


「気をつけて! これは魔物だ! 意思を感知した!」


 レーデンスの言葉に、眉を顰めたシャーナはマリアを抱き抱えすぐさま部屋の入り口の近くまで移動した。


「なんだこりゃあ!! 魔物って、スライムか!?」

「そうみたいだね全くやってくれたよ君は! トラップを起動させるなんて!」


 ロランの批判に、ドンキホーテは「しょうがねぇだろう?!」と言いながら剣を腰から抜き放った。

 緊張が部屋の中を走る。

 ドンキホーテとロランはそれぞれいつ敵であるこの緑色のスライムが襲ってきてもいいように気を張り詰めた。

 だが、しかしこちらから仕掛けてはいけない相手はスライムとはいえザカルが用意したもの迂闊に攻撃すれば手痛い反撃があるに違いない、そう考えた二人はスライムの出方を伺っていた。

 いつ襲いかかってくるかわからない、焦燥感に似た感情をドンキホーテとロランが感じる中、レーデンスは剣を鞘に収めた。


「レーデンス!?」

「何やってんだ! 危ねぇぞ!」


 ロランは疑問を口にし、ドンキホーテは剣をしまったレーデンスを庇うように彼の目の前に移動し、スライムと対峙した。

 しかし、驚く二人とは対照的に、レーデンスは落ち着いた口調で言った。


「いや、大丈夫だ、このスライムは私たちを襲うことはしない、敵意が全く感じられないんだ」


 レーデンスの言葉は、ドンキホーテには疑問に思えた。


「マジかよ……こんな、いかにも、僕は敵です! って感じのヌメヌメだぞ……」

「感知のアビリティでわかる、人型の知性の魔物ならともかくスライムが自分の感情、意思を偽れるとは思わん」


 たしかに、レーデンスのアビリティの力は絶対だ、今までの経験からドンキホーテは確信している。レーデンスの考えは正しいと。

 しかし、相手は用心深いザカルの用意した魔物だ。

 ドンキホーテは以前、警戒を緩めなかった。


「たしかに、スライムは単純な生き物だ、菌類の仲間なんて仮説もあるこいつらの行動原理は単純……お腹が減ったら食べ、そしてそれでエネルギーを使って増える。そう至極単純なんだーー」


 ロランはスライムを見つめながら話し続ける。


「だからこそ、こんな魔物は調教しやすい、何かの"芸"が仕込まれてるかも、油断は禁物ーーっ!」


 ロランの話が終わる前に現れた粘液の歪な柱が突如として形が崩れる。

 そのまま、まるでなんの変哲もないような液体のようにサラサラと床に広がる。緑の歪な円形の水溜りは部屋を中心から侵食して行った。


「くっ!」


 ロランは警戒し、スライムの拡がる体に触れないように、後ずさるドンキホーテとレーデンスも同じく警戒し、そのスライムに足がつからないように半歩下がる。

「おいどうする?! 確かスライムって核を壊せば殺せるよな!」


 ドンキホーテは剣を構え、スライムに向かって切先を向けた。しかしレーデンスは手でドンキホーテを遮る。


「な! 何すんだレーデンス! 危ねぇだろ!」

「待ってくれ、なにか……おかしいんだ」

「見りゃわかるぜ! こいつ部屋をどんどんーー」


 そうドンキホーテがレーデンスの言葉を振り返る言いかけた時だった。


「ひ、広がるのをやめた……?」


 ドンキホーテは訝しんだ。

 スライムの水溜りは広がらない。通常の液体ならば、自然に、なすがままに、広がっていく筈だが、この液体はスライムの肉体。

 一見すると自然の法則を無視したそれは、歪な円形のままある程度広がった状態を維持しそれ以上広がろうとはしなかった。

 それはつまりスライムが自身をコントロールし、これ以上広がる必要はないと自らの意思で水溜りを広げることをやめたのだ。

 レーデンスはスライムをじっと見つめ自らのアビリティで、意思や、感情を感知しようとする。

 しかし、感じるものはただ一つ。


「凪いでいる……」

「どういう事だい? レーデンス」


 レーデンスの言葉にロランは疑問符を浮かべた、「ああ、すまない」とレーデンスは口にし、具体的に言葉を紡ぐ、この不可思議なスライムの心情を。


「このスライムから感じる感情はただ一つだ、安心、言い換えれば平常心を保っている。感情や意思を海に例えるなら凪いでいるといったところだろうな。

普通、何かしら私たちに危害を加えるつもりなら、例えば敵対心や飢餓による焦燥など、様々な感情がある筈だ。

 それがないんだ、全く言っていいほど。私たちに気付いてすらいないのかもしれない」


 すると離れていたマリアが何か気づいたのか、「あっ!」と声をあげて言った。


「みなさん! スライムが!」


 それは不思議な光景だった突如として液体のスライムが凝固を始めた。

 水溜りが変わっていく、液体から個体へ。

 ただ一つ変わっていたのはそれはただの液体が個体へ変化するという、単純な現象ではなかった事だ。

 スライムは自らの体を凝固させ、模様を作っていた。自身の体をいくつもの棒状に凝固させ、複雑な幾何学的な模様を形成していったのだ。

 ロランだけが気づいた、この模様はまさしく、ドンキホーテ達が探していたものだった。


「テレポートの魔法陣……!!」

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