第56話 生きたドライフラワー

「銃を下げてくれませんか? ザカル様」


 ロランは毅然とした態度でそう要望した。

 しかしザカルが構えた大口径のリボルバーの照準は以前と変わらずとロランの頭を捉えている。


「断る」


 ザカルはそうきっぱりと断った。お前を信頼してはいない、言葉にせずともロランにザカルの意図が伝わる。

 ロランはため息をつき「ならばそのままで構いません」と話を続けた。


「僕の素性もどうやらお分かりのようですね。どうやってお知りになったのかは分かりませんが。まあ想像はつきます。一部の貴族にも協力者がいらっしゃるご様子で……」

「否定はしないよ、ローラン君」


 まったく警戒を解く気がないザカルはそう言いながら、真っ直ぐとロランの方を見つめたままロランから見て3歩右に銃を構えながら移動する。


「それで交渉というのは何かな? まさか君もやっとこの永遠を受け入れる気になったのかね?」


 冗談のようなザカルの話にロランは、フッ、と鼻から息を漏らし答えた。


「ご冗談を僕の願いは逆ですよ……この永遠に繰り返す一週間をやめてもらいたい、僕を時の牢獄から解き放って欲しいそれだけです。

 これは、そちらにいるスノウさんの願いでもあるのですよ?」


 ザカルは視線だけスノウに移す、以前銃口はロランに向けたままだ。


「マリア……」


 ザカルはスノウをそう呼んだ。


「なぜ君が、そんな事を……同情でもしたのかい? この少年に……」


 怒りでもなく、失望でもなく、ただ、慈しむような声色で、ザカルはスノウに、いやマリアにそう話しかける。


「……ザカル……私は気づいてしまったのです、この時の牢獄がいかに様々な人々の未来を奪っているのかを。その意味では貴方の言う通りです。

 私はロランのような未来ある子供達の可能性を摘みながら生きていたくはありません……」


 マリアは哀愁を漂わせながら、そう言葉を紡ぐ。

 しかしーー


「そうか、マリア……君は一時の気の迷いでこの永遠を手放そうというのだね? それはいけない……いけないことだ……」


 ザカルには届かない。


「この世ものは、すべからく失われていく。どんなに愛している物だとしても、だ……そうだ、どんなに愛情をこめても……どんなに枯れないで欲しいと願っていても花は枯れる。

 それはとてもーー」


 そして一呼吸を置いて一言、男は溢れ落とすように言った。


「理不尽だ」

「でも、それが自然の摂理だ」


 ザカルの発した一言は、思いは、ロランによって否定にされた。

 ロランは若干イラつきを抑えられず話し続けた。


「そんなしょうもない考えで貴方は僕をこの時の牢獄に閉じ込めたのですか? 全く幼稚にもほどがある、どんな者でもいずれ無くなっていくなんて、子供でも理解していますよ」

「君がいうと説得力があるな。ローラン君」


 嘲笑うように返しすザカルに対し、ロランは怒気の籠った視線を送る。ザカルは気にする様子など一切見せずに、マリアに話しかける。


「マリア、いいかい君は自分のことだけを考えていればいいんだ、己の幸福だけを追求すればいい、そうする権利が君にはある」

「でも、ザカル! 私は!」

「君を!!」


 マリアの言葉をザカルは遮り、そして話し続けた。


「君を……失いたくはない」


 マリアはその言葉を言われた瞬間に口を思わずつぐんでしまう。

 その様子を見ていたロランは顔をしかめた後、吐き捨てるように言う。


「もういい……! 交渉なんてしようが無いんだ!」

「ああ……私もそう思っていたよ」


 それ以上の言葉の代わりにザカルは引き金を引いた。すると突如、ロランの眼前に青白い光が迸る。光の中から一人のオークと一人の背の高い少年が現れる。

 オークは放たれた弾丸を交差した両腕で受け止め。

 少年は床を蹴り破り、ザカルに向かって突進していく。

 第二射が放たれるその前に、少年はザカルに向かって肉薄する。

 少年は腰に備えた剣を抜こうともしない、どうやら、ザカルを素手で取り押さえるつもりのようだ。

 そして、その腕がザカルに辿り着くかと思ったその時ーー


 少年はザカルの手前で突如甲高い金属音とともに静止した。


「がぁ!」


 少年のうめき声が部屋に響いた。

 その様子を安堵した表情で見た後、冷や汗を垂らしながらザカルは呟く。


「間一髪か、発動したな」

「ドンキホーテ!」


 オークが叫んだ。するとヨロヨロと立ち上がりながら、ドンキホーテと呼ばれた少年は立ち上がる。


「平気だぜ……! レーデンス!!」


 側から見れば平気では無さそうだが、そう言いながらドンキホーテは立ち上がったあと、ザカルを睨みつけ、彼に対して拳を振るう。


「おらぁ!」


 掛け声と共に放たれたドンキホーテの拳は、ザカルの一方手前で静止するとともに、金属音のような甲高い音が鳴り響いた。


「魔法障壁か……!」


 ロランは忌々しそうに言い、ザカルを射抜くように睨む。


「全く、殺すつもりで剣を抜いてくれば届いたものを」


 当の本人であるザカルはドンキホーテから離れつつ、見下すようにそう言った。


「てめえを殺したら、繰り返しを解く方法がわからねぇだろうが!」


 ドンキホーテは青筋を浮かべつつがなり立てる。

 しかしそんなドンキホーテの怒りの叫びを、ザカルは無視し、拳銃をズボンのポケットに入れつつ、ベットに横たわる女性の方へと向かった。


「ザカル……!」


 マリアの悲痛な呼びかけは彼の耳に入るだけで、引き留められるものでは無かった。なぜならーー


「マリア、僕はこの楽園を手放すつもりはない」


 それがザカルの答えだったからだ。


「なら!」


 そう叫んだマリアは急に全身を脱力させる。四肢の力は抜け、頭はだらりと垂れ下がった。


「スノウさん!」


 マリアの変化にロランは驚きを隠せなかった、それは付き人のシャーナも同じだったようで、目を見開き「奥様……!」と焦りの籠った言葉を口から発する。


 しかし、シャーナの視線は目の前の車椅子に注がれてはいなかった。


 シャーナが見据える先、それはザカルの近くにいる、ベットに横たわった女性だ。

 すると先程まで横たわった女性は突如、目を見開き、近くまで来ていたザカルのポケットから拳銃を、抜き取った。

 拳銃を抜き取られたザカルは驚きのあまり半歩下がる。


 拳銃を抜き取った女性は、息を切らしながら上半身を起き上がらせ、銃口をザカルに向ける。


「マリア……やめなさい……」


 ザカルはそう言った。


「やめません!」


 女性は息がさらに荒くなる。


「ここで貴方を止めることが……私の……! 貴方の妻としてやるべきことです!!」

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