第55話 邂逅

 一方その頃、ドンキホーテの撒いたマジックサンドの目印を辿る一台の馬車がいた。

 その馬車は疾風のように街道を駆ける。御者台に座るのは、漆黒の服を纏った女性、スノウの従者シャーナだ。

 そして、馬車の車内には四方の小窓から御者台と前方の進路を見つめているロランと、武器の手入れをしているレーデンス。

 そして、馬車内にある空いたスペースに固定された車椅子に座っているスノウがいた。


「シャーナさんそのまま、速度を維持して!」


 ロランはそう馬車内から叫ぶ。




 少し前、フェルン邸にて、ザカルを逃走したことを察し、取り残されたロランたちは応接室から勢いよく出た。

 その様子を見た執事は驚き訳を尋ねる。


「ど、どうなされましたか、皆様? ちょうどお邪魔でなければお茶でもお待ちしようとーー」


 それどころではない、そう思いつつロランはしかし焦らぬよう努めて冷静に執事に説明する。


「申し訳ありません、それどころではないのです、ザカル様から伝言を預かりました、私たちは行かなければなりません」


 その言葉を聞いて一緒に出てきたレーデンスは察した。

 ロランはさらに説明を続ける。


「今、屋敷でなんらかの動きはありませんでしたか?」


 ロランの言葉に、執事は動揺する。


「動きでごさいますか……そう言われましても……」


 ちょうどその時だ、廊下を走る音が聞こえる。ロラン達の側に近寄ってくるその足音の主は息を切らしながら姿を表した。


「セバスチャン様、旦那様が突然、奥様を馬車に乗せて外に!!」


 息を切らしながらその者は伝える。どうやらこの屋敷の使用人のようだ、セバスチャンとはこの執事のことらしい。

 使用人の言葉にセバスチャンは動揺し、目を皿の様に丸くする。


「し、しかし先ほどまで、ザカル様はこの部屋の中に……!」

「セバスチャン様、これが「伝言」なのです!」


 ロランは混乱している執事に追い討ちをかけるように説明を挟む。これはもう何らかの作戦なのだと、執事に誤解させるために。

 すると執事は、ハッとした顔で使用人に檄を飛ばした。


「この方達にも早く、馬車を! これでよろしいですかロラン様!」

「……! ご理解いただきありがとうございます!」


 内心ロランはほくそ笑んだ。


(全く、誤解がこうもうまく行くとはな)


 その様子を側から見ていたレーデンスは心の中で苦笑を浮かべつつ感心する。決して褒められるものではない気がするとは言えばするのだが。

 ともかくこうしてロランたちは足の速い馬と馬車を難なく手に入れる事ができたのだった。




「こちらです!」


 使用人の案内によりロランたちは馬車のある倉庫へと案内された。すでに馬車の準備は整っているようだ。

 馬はすでに繋がれておりいつでも走り出せるように準備ができている。


「ありがとうございます……あとは我々にお任せください!」


 ロランは白々しく使用人にそういうと早速、御者台に自らが乗り込もうとした。レーデンスもそれに続く。

 するとスノウがロラン達を言葉で引き止める。


「お待ちください、私たちも参ります」


 シャーナに車椅子を押されながら、スノウはそう言った。


「スノウさん……しかし……正直に言ってもう戦いは避けられないと私は思っている。本格的に戦いが始まればいくら私とドンキホーテと言えども守り切ることはできないかもしれません」


 レーデンスは自身なさげにスノウに告げる。しかしスノウは食い下がる。


「いざとなれば、私は役に立ちます、誰よりも「彼ら」のことを知っている自負が私にはありますから!」


 使用人がいる手前、ザカルの名前を直に出すこともできないためなどとぼかして言ってはいるが、ザカルのことなのだろう。

 たしかにスノウがいることによって、当初の作戦通りザカル本人を油断させることもできるかもしれない。

「だが……」と戸惑うレーデンスの代わりに、ロランは言った。


「わかった一緒に来てからスノウさん、申し訳ありません、車椅子の方が乗れる馬車をーー」

「心配はご無用です、フェルン家の馬車は全部、車椅子や寝たきりの者でも運搬できるようになっています」


 そういうと、スノウはシャーナに自身ごと車椅子を持ち運ばさせる、シャーナは軽々と車椅子を運び、馬車内にあった空いたスペースに車椅子を固定させた。

 どうやら最初から専用の器具が馬車に常備してあったようだ。

 スノウを馬車に乗せたあとシャーナは御者台に移動し乗り込む。

 一方ロランはスノウの一言が引っ掛かっていた。なぜフェルン家の馬車の設備に詳しいのか疑問だったのだ。


「……なぜそんな事をしっているんだい? スノウさん?」


 ロランは馬車に乗ったスノウに聞く、その目はほんの少し疑いの色が混じっていた。


「今はそんな事を疑っている場合無いはずです。ロラン君」


 はぐらかそうとするスノウにロランは一層疑念を強めた。


「ロラン……! 今はそんな時では……! 急がねばドンキホーテが危険になるかもしれん!」


 しかし、レーデンスの一言によりロランは考えを切り替えた。いや切り替えざるを得なかった。時間は有限なのだ。


「……もっともだ、でもいずれ貴女の素性も聞かせてもらう」

「……ありがとうございます」


 スノウは感謝の言葉をロランに述べる。

 色々と気になることはあるものの、ロランはザカルの追跡を優先しなければならない。

 そうしてロランたちは馬車を走らせる。

 衛兵たちや、門の番兵に急スピードで駆け抜けていく不審な馬車の情報を書き出しロランたちはドンキホーテのマジックサンド目印にまで辿り着いた。

 そして今に至る。


「あーあー聞こえるかな? ドンキホーテ聞こえるなら返事を……駄目だ、返事がない……会話貝の言葉が届かないところにいるか、それかこの貝のことを忘れているか、かな」


 ロランは貝を片手にため息をついた。

 会話貝、一見ただ、二枚貝の片割れの貝殻に見えるそれは、相手が元の同じ二枚貝の片割れの貝殻を持っていれば、何と離れたところでも会話ができるという優れものである。

 本来ならば、この会話貝の片方をドンキホーテに持たせ逐一連絡をよこす様に言ったはずなのだが、返事が来ない。


「会話貝など、あまり使い勝手が良いものではないからな、まあ私もあまり触ったことはないが、おそらく前者だろう……前者であって欲しいものだ」


 レーデンスは心配そうに言った。


「はあ、だといいけどね、ドンキホーテは結構間抜けだし」


 ロランの再びため息をついた。その様子を見てスノウはいう。


「随分と仲がよろしいのですね?」


 フフ、と笑みをこぼすスノウ。ロランは冗談じゃない、と反論する。


「どこを見て……ただの利害の一致で付き合ってるだけだよ」


 そう言ってロランはそっぽを向く。


「あら、友達を作る時は素直になる事が一番だと私は思いますよ?」

「余計なお世話だよ……」


 スノウの一言にロランは拗ねて、レーデンスは苦笑する。

 それを見てロランは好ましく思わなかったのか無理矢理話題を変えた。


「そんなことよりザカルだよ! ザカル! あいつはなんで奥さんと一緒に逃げたんだ? スノウさん何か知ってるかい?」


 ロランはスノウに聞く。


「……わかりません、貴方もご存知かと思いますが、フェルン家の今の妻は表舞台に殆ど出ていませんから……」


 スノウ言葉にレーデンスも頷く。


「たしかに私もフェルン家の奥方の話は聞いた事がない結婚しているらしいと、風の噂で聞いた程度だ、どんな人物かさえ聞いた事がないぞ」


 実の所を言うとロランの認識も冒険者であるレーデンスと代わりはなかった。貴族であるロランでさえもザカルの妻を見た事がないのだ。


「ひょっとすると夫婦で共犯なのかも……まぁいい、どちらにせよ、やることに変わりはないからね」


 ロランがそういうと同時に、馬車は緩くカーブを描く。それにより遠心力がかかったため、不審に思ったロランは外を見た。


「街道を外れた……?」


 この先は森しかないはずだがと、馬車の進路方向を見て思った。だがたしかにマジックサンドの目印はたしかに続いている。


「いったいどういうーー」


 ロランがそう呟きかけた時だ。会話貝から声が響く。


「あーあー聞こえるかー?」

「ドンキホーテ!」


 その声にいち早く反応したのはレーデンスだった、遅れてロランも気付き、会話貝を取り出す。


「聞こえてるよドンキホーテ、僕だ」

「お、繋がったか! やっとだぜ全くよぉ!」


 この調子なら大丈夫そうだ、少なくとも危機的状況ではない。そう思ったロランは無意識に安堵の息を吐く。

 安心したロランは貝に向かって喋りかける。


「どうやら大丈夫みたいだね、僕たちはこれから……あー……お化け木の森かな? に入る。そっちの様子はどう?」

「目の前にザカルがいると思う一軒家がある、奴の別荘かな……? あ、いま家に光が灯った」



 ドンキホーテはそういうとそのまま話し続けた。


「とにかくこっちはまだザカルに動きはない。

 それとそうだ、森に入ったらマジックサンドをそのまま辿ってくれ、途中行き止まりに合うと思うけどそのまま突き抜けていくんだ」

「ん、それはどういう意味?」


 ロランはドンキホーテに聞き返す。


「その先、断崖絶壁があるんだけどよその絶壁、通り抜けられるから、通り抜けたらすぐザカルの家があるからな! あ……ザカルが出できやがった……!」


「それじゃ」その言葉を最後にドンキホーテとの会話は途切れてしまった。


「ドンキホーテ!? ああ、切れた……大丈夫かな……」


 ロランは肩を落とした。


「声のトーンからしてあまり緊張感がなかったから大丈夫だと思うが……それにしてもしかし、通り抜けるとはいったいどう言う意味なのだ?」


 レーデンスは首を傾げながら言った。それはこっちが聞きたいと、ロランは頭を抱える。そんな時だ。突如馬車が減速を始めた。


「どうしたんだいシャーナさん?」


 頭を抱える事をやめ、ロランは御者台に座るシャーナに話しかけた。だがーー


「ああ、そう言うことか」


 聞くまでもなかった、馬車の進路上には壁に見える。断崖絶壁だ。それが馬車の行手を防いでいるのだ。


「マジックサンドは……」


 ロランは呟きながら地面を見る。目印のマジックサンドたしかに続いている。だがそれは、断崖絶壁の壁にまで続きそれ以降途切れていた。


「どういうことだ。行き止まりだぞ」


 レーデンスが首を傾げた。困惑しているのはスノウも同じだ。するとロランは言う。


「……なるほどね……みんな馬車を降りて」


 誰よりも早く馬車を降りるロランは、断崖絶壁に近づく。

 そして、マジックサンドが撒かれた絶壁の前に来ると、恐る恐る手を壁に沿わせた。

 するとズブリと、ロランの手が壁に飲まれる。


「わかったよ、ここだ、みんなここからは馬車を降りて行こう」





 ロラン達は土の壁を潜り抜けぬけ、ザカルの家へと続くトンネルへ辿り着いた。


「まさかこんな仕掛けがあるとはな」


 レーデンスがトンネルを見渡しながら呟く。


「よし、みんな入ったね、この通り抜けの魔法どうやら、時限制みたいだ」


 ロランの言葉にレーデンスは肝を冷やす。


「と言う事は、一定以上の時間が過ぎればこの壁は通り抜けられなかったのか?」

「そう言うことになるね、まぁ僕たちは運が良かった、それにこの魔法、内側からなら、また発動できるようになるみたいだし」


「ラッキーだね」そう言ってロランは歩き出す。目指すは先に見えるトンネルの出口だ。

 歩く途中またロランは喋り出す。


「そういえばどうして、こんなものがザカルに作れたんだろうね? 何か知ってるかいスノウさん」


 無口なシャーナに車椅子を押されるまま「私の知る限りですが」とスノウは答える。


「フェルン家は一度、この森を開発しようと着手した事があるのです、といっても途中で頓挫したのですが……ザカルの代になってから再びお化け木の森の開発を再開したと言う噂も聞きましたがそれも、途中で中止したと聞いたことがあります」


「なるほどね」とロランは歩きながら話を続けた。


「そういえばそんな話もあったな、関係ないと思って、あまり記憶に留めなかったけど、大方その時にここは作らせたって感じかな?」


 そんな話をしているうちにロラン達はトンネルの出口に辿り着く。すると辿り着いた瞬間隣から声が聞こてくる。


「おいお前ら……!! こっちこっち……!」


 声のする方にロラン達は顔を向けとそこには草むらに隠れているドンキホーテの姿があった。


「ドンキホーテ……! 無事だったか……!」


 レーデンスは開口一番にそう言う。そして、そそくさと草むらに近づき同じように姿を隠した。ロランとスノウ、シャーナも後に続く。


「まあな、結構隠れるところが多いからよ、全然ザカルは気付いてないぜ。それでどうする? かちこむ?」


 ドンキホーテは剣に手をかけ、何も考えずにそう言った。その提案にロランは頭痛が起きそうになり、ため息を吐きながら諭した。


「何を言ってるんだ……相手はザカルだよ? 今まで何重にも策を弄して、僕を追い込んできた人物だ。あの家にも何かあるに違いない。

 現に、見てくれこの地面。うっすらだけど、魔法陣の線だ、これは恐らく魔物を遠ざけるための結界を構築している。

 明らかに魔法建築学の心得があるって事だ、あの家の中にも、様々な魔術的なトラップがあるに違いない」


 ロランはそう言って、警戒を緩めない。だがいつまでも時間を浪費するのも悪手であるそのことも彼はわかっていた。

 時間を与えるという事は相手にとって有利な状況を整えられる猶予を与えている過ぎない。

 もしかしたら、あの暗殺者達をここに呼ばれる可能性だってあるのだ。


「しかしではどうするのだ、ロラン?」


 レーデンスもあまり時間がない事に気付き、焦りの表情を見せる。

 しかしそうは分かっていても簡単に結論が出るわけではない。

 結論の出ないままロランが頭を悩ませている時、スノウが沈黙を破った。


「もしよろしければ、なのですが。私にお任せいただけませんか?」






「ーーああ、とにかく急いで来てくれ、恐らくだが内通者がいる可能性が高い」


 火の付いていない暖炉の前、ソファに座りながら、男は紫色に仄かに輝くちょうど手のひらの大きさの水晶に喋りかける。

 その水晶から「わかった、すぐに行く」と声が響くと、水晶は光るのをやめた。

 男はため息を吐くと、窓際にあるベットに目を向ける。

 そこには長い白い髪と整った顔を持つ女性が寝巻きを羽織り眠っていた。


「早く帰ってきてくれ……君がいないと私は……」


 男はそう呟く。

 ちょうどその時、呼び鈴が鳴った。男は扉のほうにまるで警戒している草食動物のような速さで振り返る。


(何者だ?)


 警戒を緩める事なく、ソファの下の隙間から、回転式弾倉の……俗にリボルバーと呼ばれる拳銃を取り出した。

 それも一般的なものではない。貴族が使う、大型の獣にも効果のある大口径の狩猟用の銃だ。

 それを両手に持ち、玄関扉の前に男は陣取る。

 そして男が蹴破ろうとした時、扉の向こうから声が響く。


「私よ、ザカル」


 その声は、男が最も信頼している女の声だった。

 男……ザカルは勢いよく扉を開け放った。

 扉の先にいたのは、見知った顔だ。車椅子に座る女性とそれを押してきたであろう黒ずくめの女性だ。


「マリア……!」


 ザカルはリボルバーをズボンの側面にある深いポケットにしまい、車椅子に座った女性を抱擁する。


「どうしてここが……ああ、そうかシャーナか、いち速く駆けつけてくれたのだね。さあ早く上がってくれ」


 ザカルはなんの警戒する様子もなく、二人を招き入れる。


「ザカルごめんなさい、どうやら一大事の時に、私、外出をしてしまって」


 マリアと呼ばれる女性はそう言いながら、シャーナに車椅子を押されながら家に入っていく。

 それを聞いた、ザカルは首を横にふる。


「いいんだ、これはこの出来事が予測できなかった私のせいなのだからね。さあ疲れただろう……今、食事を……君も食べる準備をしていてくれ」


 そう言ってザカルは厨房の方へと歩き出した。だがマリアは「待って」と引き留める。


「貴方に、紹介したい人がいるの……」

「……誰だい?」


 ザカルは立ち止まりマリアの方を向く。

 するとマリアは、玄関のほうへと視線を移し一言、発した。


「入ってきて」


 ギイ……と音を立てながら扉は開かれ、外からザカルの見知ったしかし決して直接会いたくなかった者が入ってくる。


「君は……!」


 ザカルはその人物を見た瞬間、ポケットから再びリボルバーを取り出し、その者に銃口を向ける。

 するとその者は両手をあげた。所謂戦う意思がない事を示すポーズだ。

 銃口を向けられたその人物は「はあ」とため息をついた後、喋り始めた。


「落ち着いてください、ザカル様、僕は貴方と交渉しに来たんですよ?」

「信じられると思うかね? ローラン・オウス・ザベリン」


 この時をもって、ついに二人は邂逅した。

 輪廻を作り出した者と、それを壊そうとするの者が。

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