第51話 花は過去に

 君に愛を告げた、あの日、僕と君の関係は変わった。

 君は知りもしないだろう。

 君と共に過ごした時は、枯れていくだけの僕の人生に再び花を咲かせてくれたのだ。

 それも美しく、尊い、花を……

 僕は誓おう、決してこの花を枯れさせぬと。

 幸せという名のこの花を……






「ここがレンガ広場か」


 ドンキホーテはそう言って周りを見渡す。ある地点を境に、地面も、花壇も、石畳ではなく全て赤いレンガで構成される様になっていた。

 レンガの地帯はちょうど円形の広場を形作っている。ここがいわゆるレンガ広場というやつだ。

 よくもまあここまでレンガを集めたものだと、ドンキホーテは感心する。

 するとレーデンスが、緊張をほぐすためか喋り始める。

 レーデンスの話によるとなんでも、その昔、王都エポロでは、レンガの製造が盛んだった時があるという。

 今は、そのレンガ産業も、錬金術が作り出した安価で丈夫な石材にお株を奪われてしまっているのだが。昔のレンガ産業の勢いは凄かったらしい。

 このレンガ広場は、レンガ産業が盛んな頃に作られた、いわばレンガの良さを宣伝するために作られた様な広場なのである。


 ――私たちのレンガはこんなにすごい、素晴らしい、美しい!


 広場を形作っているレンガはそのように語っている様に思えた。しかし悲しいかな、時代は変わっていくものだ。

 レンガ広場が放つ渾身のメッセージは今やもう時代遅れだ、ロランは言う。


「なるほど、つまりは過去の栄光ってことだね、全く、なんというか、無駄なものじゃないか、錬金術製の石材の方が優れているのに」


「お前なぁ」とドンキホーテは、肩を落とす、全く、言い方というものがあるだろう、せっかく少し感傷に浸っていたのに、彼は口を尖らせた。

 それに対して「本当のことじゃないか」とロランは言う。


「たく、友達、出来ねぇぞお前」

「ふん、今は友達より未来が欲しいね」


 ああいえば、こういう。ドンキホーテの咎めに、ロランは耳を貸さなかった。

 レーデンスはその二人の様子を苦笑いしながら見定め、「そうだ」と口を開いた。


「で、そういえばどうする、ロラン? お前は早めに来てこのエクリ区の街並みを見て作戦を練りたいと言っていたが、何か思いついたか?」


 レーデンスの問いにロランは頷く。ロランの出した答えは――


「午後の一の刻まで待機だ」


 意外なものだった。


「おいおい、いいのかよ!」


 ドンキホーテは焦り出す。


 ――何、呑気言ってんだこいつはぁ!


 内心で、思いのたけが爆発した。


「言いたいことはわかるよ、ドンキホーテ。でも君も見たろ? あの城壁の上の衛兵、あの監視状態じゃ、僕たちも変なことはできない」


「だから、少しの間、休憩ね」ロランはそう締め括る。


「し、しかしよぉ!!」


 ドンキホーテは、食い下がる、何かやっていないといけないんじゃないか? そんな、焦燥感に彼は襲われる。

 そんなことを見越してか、レーデンスはポンとドンキホーテの肩を叩いた。


「まあ、いいじゃないか、ドンキホーテ、最近は気を張り詰めていた、あの事件の後もあまり休めていないのだろ?

 今がチャンスだ、少し羽を伸ばそう」


 レーデンスの提案に、ドンキホーテは、いいのだろうか、と悩みつつも、しかし自分の頭では、午後一の刻までの時間で何ができるかも思いつかない。

 そのことを知っている彼は、ため息をついた後、「そうだな」と言い、諦めた。


「んで、待機ってどうするんだ? ここに立ってるわけにもいかねぇだろ」

「近くにレストランがあるそこで、暇を潰そう」


 ロランが指を指した先には、寂れたレストランがあった。レンガ広場に面したそのレストランはおそらく古くからあるのだろう。

 このレンガ広場が老いた夫だとするなら、このレストランは恐らく妻なのだ、とそう感じた。

「わかった」ドンキホーテはそう言い、先に歩き出したロランとレーデンスの後に続いた。





 レストランに早速入った、ドンキホーテ達は適当な席に座り、適当に注文する。人の良さそうな老主人はドンキホーテ達の注文を聞く。

 そんな真面目な、主人にドンキホーテは、


「とても年季が入ってて言い所っすね、ここのお店って長いんすか?」


 と興味本位で聞いてみた、すると主人は


「そうなんですよ、料理の方も、同じく昔から変わってなくてね」


 レストランの主人はそう和やか言った。

 しばらくして運ばれてきた料理をドンキホーテは口に運ぶ。彼は語彙があまりなかった為、


「美味しいっすよ、ご主人!!」


 と率直な感想しか言えなかったが、昔から変わらぬというその麺料理は、そんな語彙では言い表せないほど美味かった。

 デザートも同じく昔ながらの懐かしいものらしい。日持ちのしそうな甘い柔らかいパンの菓子、それをすぐにドンキホーテは平らげる。


「全く、ゆっくり食べるのだぞ」


 レーデンスは茶を啜りながらいうも、ドンキホーテは聞く耳を持たない。

 ロランそんなガツガツと食う、彼とは対照的に貴族の息子らしく、上品に静かに食事を楽しんでいた。


 そして、しばらく、そのレストランで時間を潰した後、エクリ区の散策を、三人は始めた。

 料理を食べ終わった頃には街も段々と活気づき始める。露店が並ぶ様になった。

 露店の店主はいう。


「伝統のアクセサリーいかがだい昔ながらのいい品だよ! そこのお兄ちゃん方、一つどうだい!」


 ドンキホーテは釣られそうになるが、ロランに革鎧の具足の上から足を踏まれる。


「行こう」

「なんでだよ! ちょっと見るだけだって!」

「無駄な買い物はしたくない、さっきのレストランで結構お金使っちゃったからね、君、買わされそうだし」


「そんなことをねぇって!」と、ドンキホーテは言いつつ、店主に謝りながら、その宣伝を無視して歩みを進めた。

 そうして、時間を潰し、時は午後一の刻に迫りつつあった。




「そろそろか」


 レンガ広場のベンチに座るロランは冷静に言った。

 ドンキホーテ達らレンガ広場に戻っていた、人通りが段々と多くなってきており、広場には遊ぶ子供達がいる。


「まじ? そろそろかよ」


 ロランの隣に座るドンキホーテは、両手を後頭部を回しながら呑気にいう。


「ふふ、羽を伸ばしすぎたな」


 ドンキホーテの隣に座る、レーデンスは笑いながら茶化した。

 すると鐘が鳴り響く、午後一の刻の合図だ。僅かに緊張がドンキホーテ達に走る。さあ、どこから差出人は来るのだろうか。


 三人が当たりを見回していると、


「あの……」


 と、ベンチの後ろから声をかけられた。


「手紙は受け取っていただけた様ですね」


 肉声のはずなのに、妙だ。三人は同じことを感じた、何か違和感があるその声の主の姿を確認すべく、それぞれ立ち上がり振り返った。


 そこにいたのは、車椅子を押す黒ずくめの服の女性と、その車椅子に乗る白いベールで顔を隠された、恐らく女性と思われる人物がいた。

鐘の音のせいか、音がなかった。


「あんたは……!」


 ドンキホーテはそう言い、警戒しつつ、相対する。ロランも、じっとその二人の女を見つめ、探る様に観察していた。

 一方、レーデンスは、息を吐き、自身の頭の中にある、驚きをため息と共に吐き出しながら、努めて冷静に尋ねた。


「あなたは、差出人の……」


 すると、白いベールの女性が答える。


「そうです、冬景色を待つものとは、私のこと」


 黒い女性は、付き人なのだろう、何も喋らない。すると、白い女性は「ああ」と、言い紹介した。


「私の車椅子を押してくれるのは、私の友人です、手紙を届けてくれた張本人のシャーナと言います」


 ぺこりと、黒ずくめの女性、シャーナは頭を下げる。


「……あなたの名前は」


 レーデンスの言葉に白い女性は答える。


「そうですね……スノウとでもいっておきましょう」

「偽名だね……」


 ロランはそう水を差した、スノウはロランの方を向き


「ごめんなさい、でも正体を知られるわけにはいかないのです」


 とだけ答えた。「まあいいか」とロランは警戒を緩め、喋り出す。


「さて、早速で申し訳ないが、君たちの手紙にあった通り教えてくれるんだよね、この事件の首謀者を」


 無駄な時間はいらないと、言わんばかりにロランは結果を急いだ。しかしスノウは、ふと黙りこくった後、いう。


「その前に、たしか……ロラン君でしたか……あなたはこの世界をどう思いますか? 」

「こちらを勘繰る様な真似はよしてもらいたい、スノウさん? まずは先に君たちから情報を出すべきだ」


 まだ信用は完全にはしていないと、ロランはスノウを睨み付ける。


「困りましたね、私は貴方に敵意はありません」

「嘘をつくなよ、名乗る前から僕の名前を知っていたと言うことは、僕のことをよく知る人間でないと有り得ない。

 僕の名前も、顔を知っているのはこの街では、ここにいる二人か、僕の家族、使用人か、それか……ずっと僕を監視してきた敵か、その関係者かだ」

「おいおい顔と名前、知ってるのは家族、使用人だけじゃねえんじゃねえか? 友達を忘れてるぞ、ロラン」


 余計なことに気づくドンキホーテに、「うるさい……」とロランは言う。その怒気のこもった、言い方にドンキホーテは思わず謝る。


「あ、ごめん、その、本当に友達いねぇとは思ってなかったからさ……」

「だからうるさいなぁ!! 今、関係ないでしょうが!」

「いや、ごめん! だって、友達の中だって疑うべき奴はいるかもしれねぇんじゃん! いたらの話だったけど! だから教えてやったんじゃねえか」

「悪かったね、どうせ生まれてから勉強しかしてきてないよ!!」


 怒るロランにたじろぐドンキホーテ、「藪の蛇をつついたな」とレーデンスは頭を抱える。

 するとスノウは笑い出した、弱々しくクスクスと。それをみてロランはスノウまでも睨み付ける


「ご、ごめんなさい、つい貴方達の掛け合いが面白くて」


 スノウは笑い堪えた、その様子をみてドンキホーテはロランに言う。


「なあ、ロラン、この人、敵じゃねえだろ」


 ロランはドンキホーテに視線を突き刺す「お、怒んなよ……」とドンキホーテはたじろいだ。


「怒ってないよ……ドンキホーテ……! すぐに警戒を解きすぎだまだ僕達はこの女の素性すらわからないんだぞ!」

「でもよ、なんかわかんねぇけど、なんつうかなこの人から敵意を感じねぇんだよな、なんていうか。とにかく聞くだけ聞いてみようぜ」


「賛成だ」とレーデンスが言う。ロランはレーデンスをみて「君まで!」と驚きを口にした。


「ロラン、私たちは確かに、敵を何も知らないスノウと、シャーナが敵だと言うこともわからない、だが彼女は歩み寄った、こんなひらけたレンガ広場と言う奇襲も何もできない場所で。

 私たちも歩みよるべきではないか?」


 レーデンスの言葉にロランはしばらく考え込んだ後、「君が言うなら」と言い。スノウに振り返る。


「わかったよ、スノウさん、疑って悪かった、でなんだったっけ、質問は」

「ありがとうございます、ロラン君、私の質問はただ一つです、この繰り返す世界をどう思いますか?」


「は!」とロランは笑う。


「変化のないくだらない世界だ、クソみたいな世界だね! 見てくれ! この広場を!」


 ロランは言う。


「この、広場は時が止まっている、いやこの広場だけじゃない、この区もここに住んでいる人も過去の栄光に縋っている。

 昔ながらの味、伝統の商品、過去ばかりを見つめて変化を恐れている!

 過去を慈しむのはいい事だ、伝統を重んじるのはいい事だ、だが変化がないのはいただけない! 

 僕は未来が見たいんだ!」


 そう熱弁したロランにスノウは「そうですか」と言い、次はドンキホーテとレーデンスの方に目を向けた。


「貴方達はどうですか? お二人はどう思うのです?」


「決まってるぜ」とドンキホーテは言う。


「俺は夢を叶えてぇ! だから今の世界はダメだね!」


「ふふ」とレーデンスは微笑み「同じくだ」と同調した。


「ありがとうございます、貴方達はやはり目的意識が高い様ですね、少なくとも買収される事はない様で安心しました」

「買収? 誰に?」


 ロランは疑問を口にした。するとスノウは言う。


「この事件の首謀者にです」

「ふん、僕たちは金には屈しないと思うけど」


 するとスノウは「いえ」と言い、続けた。


「買収と言う言葉が悪かったですね、正確にはお金で飼い慣らすのではないのです」

「……どいうこと?」


 ロランの頭に疑問符が浮かんだ後、ハッと何かに気がついた。


「まさか……」

「そうです、お金ではありません、提示するのは、永遠の時間、つまりこの繰り返す時の中で記憶を保持する能力を報酬に相手を飼い慣らすのです。彼は……」


「いえ」とスノウは呟き言った。


「ザカル・オウス・フェルンは」

「その名は!!」


 レーデンスが驚く、ドンキホーテも同じであり、口を縺らさせながら言った


「フェ、フェルンって、あの軍事を司るあの大貴族の!?」

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