第44話 ネタバラシ

「さーて、一つ目の化け物をぶっ潰すか!」


 ニヤリと笑うドンキホーテ、それを見てロランはため息を吐く。


「……本当に作戦わかってるの?」

「も、もちろんだぜ!?」

「まあいいけどね、どうせ君のやることは難しくない」




 数刻前、日付が変わる前の頃、ロランは自身の計画をドンキホーテ達に話していた。


「まず、このルーオ・オホースを退散させなくちゃいけない、そうでないと僕達は一生、奴らに監視されたままだ」


「だから」とロランは続ける。


「本に載っていた退散の呪文を試してみようと思う」

「退散の呪文……?」


 レーデンスは首を傾げる。


「そんなものがあったのか」

「そうだよ、一応あの怪物は、召喚された魔物、召喚されたということは、退散させることもできる」

「じゃあよ、早くやっちまおうぜ! サッサっとあの一つ目を退散させちまおう!」


 ドンキホーテは、そう提案した、早くあの化け物の監視から解放されたい、化け物が見えるドンキホーテにとってはすぐにあの化け物が消せてしまえるのであれば、早く消してしまいたいのだ。


「それはできない、ドンキホーテ」


 しかしロランの返答は消極的なものだった。


「なんでだよ?」


 ドンキホーテは、不満を口にする。ロランはため息をついた後言った。


「この退散の呪文には条件がある。場所、時間、魔力、そして贄」

「贄……」


 ドンキホーテはそれを聞き、ゴクリと唾を飲んだ、一体何を要求されるというのか。


「まあ、贄は鶏程度でいいらしいんだけど」

「鶏でいいのかよ!」


 思わずドンキホーテは突っ込んでしまう。


「命に、軽いも重いもないよ、みんな平等に命なんだ、だからこそ鶏の命でも悪魔は……あの化け物は退散してくれる。

 まあ、悪魔にも好みはあるらしいから人間の命が好きだとかいう、偏食な悪魔じゃなくてよかったね」


 ロランはそう言った。しかしここで問題が出てくる、その問題点をレーデンスは指摘した。


「問題は、どうやって監視の目をかいくぐり、退散の呪文を実行するかだ」


 未だこの街は、化け物の監視下にあるのだ。そのような状況でどうやって、移動するのか。


「考えがあると言ったろ? そう言ってロランは席を外す」

「どこ行くんだ?」


 ドンキホーテは聞こうとするが、「そこでまってて」とロランは言い放つ。

 しばらくすると、ロランは中身の入ったワインボトルを何本か持ってきた。おそらくワインセラーにでも行っていたのだろう。


 そしてロランは突如、手を合わせたかと思うと、なにやらぶつぶつと呟き始める。すると、周りに黄金色の光の膜が突如出現し、ドンキホーテ達を包んだ。


「うお!? なんだ!?」

「これは祈りの力、神聖なる魔法の力だよ……ふぅ、これで上のルーオ・オホースは僕達が見えなくなった」


「でも、まだだ」とロランはワインの栓を全て抜き、逆さまにした、下にはワイングラスもなにもない、ただの床だけだというのにである。

 なにを、とレーデンスが驚愕しその気持ちを形にする前にワインは空中で静止、球状の塊になる。


「できた」


 ロランはそう呟くと、その球状のワインの塊の中に残り全てのワインを注ぐ。

 注ぎ終わるとロランは、その宙に浮かぶ酒の塊に両手を突っ込み、まるでその塊を割くかのように手を開いた。

 実際ワインの塊は分裂し、均一の形をした三つのワインの塊が宙に生成される。

 パチリ、ロランは指を鳴らした、すると三つのワインの球はブクブクと泡立ち、量が増えていき、やがて人型になっていた。

 ドンキホーテは「すげー」と口をポカリと開けて、それを見ていた、そんなドンキホーテと打って変わって、レーデンスは驚きながらも分析をしていた。


「水魔法か……?」

「そうだよ、レーデンス、ワインを触媒にした水のデコイだ、人型のね」


 そして人型となったワインの三つの塊は、色がつき始めドンキホーテ、ロラン、レーデンスの三人の姿になった。

 しかも衣服まで完璧に写し取っているものだから、本物と区別がつかない。


「よし、じゃあ、君たちに今から祝福を施す、ちょっとじっとしてて」


 するとロランは本物の方のドンキホーテと、レーデンスに近寄り、それぞれの足に触れた、怪訝そうな顔でロランを見つめる二人。


「神よ、この者達に祝福を……」


 するとドンキホーテとレーデンスの体が淡く光る。


「なんだ? こりゃあ」


 ドンキホーテが、ロランに不思議そうに聞く。


「神の祝福だよ、一応、勇者教の祝福だけど」


 勇者教、かつて二千年前に、魔王を討伐したと言われる勇者を、救世主として信仰する宗教の一つである。勇者は神と同一視され、勇者の祝福はあらゆる魔を遠ざけるという。

 そんな祝福をロランは、神父や牧師でもないのにやってのけたのである。


「ロラン、いつのまにこんな……」

「僕がただ三十年間、対策も何もしないでやってきたとでも?」


 ドンキホーテの問いに、ロランはそう皮肉げに返した、おそらくこの祝福の儀式も花クジラと対抗する為に学んだ技術なのだろう。

 そしてロランは自身にも勇者教の祝福を施すと再びパチンと指を鳴らした、すると金の光の膜が消える。


 残されたのは祝福されたドンキホーテ達と、祝福を受けていないワインを血肉とした水の分身達が残った。


 ロランはふぅと息を吐き言った。


「これで、僕達の姿はルーオ・オホースには見えなくなった、奴は神聖なるものは見通せないからね」

「じゃあよ、つまりこれで……」


 ドンキホーテが答える前にロランが食い気味に答える。


「僕達は、これでしばらくの間、時間は稼げるルーオ・オホースを消せるぐらいの時間はね、さあ皆んな寝るとしよう、デコイは適当に僕が支持を出してまるで本物かのように見せておくから」


 ロランはそう言った。




 こうしてドンキホーテ達は、敵の目をまんまと掻い潜り、あの豪邸からこっそりと抜け出したというわけだ。

 しかしのんびりはしていられない、この勇者教の祝福は、永遠ではないことをドンキホーテ達はロランから説明を受け知っていた。

 神の祝福とは、そう何回もかけられるほど簡単なものではないのだ、一度受けた祝福は、時間を置かなければ再度かけることができない。

 しかも、ロランがやった祝福は簡易なものであり、祝福の効果を更新しようとしても、効果が弾かれてしまうえに効果時間も長くはないのである。

 故にドンキホーテ達は急ぎで目的地へと急いでいた。そして街の通りを進み、ロランは呟く。


「着いたね」


 ドンキホーテ達の目の前に現れたのは、王都エポロの、住民達の憩いの場である、エポロ公園と名付けられた、巨大な森林公園である。

 ドンキホーテは、頷き、言った。


「ついにだな、ロラン」


 ロランは「そうだね」とだけいうと公園の中に入っていった。それにレーデンスとドンキホーテも決意を固め、公園の敷地内へ入っていく。

 そして、ちょうど木々がなく円形の広場となっている公園の中央にたどり着いた。幸いにも平日のためか人気はない。

 そして、広場の中央に立ち、ロランはいう。


「レーデンス、鶏を出してくれ」

「わかった」


 レーデンスは背中に背負っていた、袋から数匹の鶏を出す。生きた鶏だ。逃げないように紐をくくりつけてある。

 あらかじめここに来る途中の、市場で生贄用の鶏を買っていたのだ。

 紐を持ち、レーデンスは鶏をロランのもとに近づける。


「ロラン、いいぞ」


 レーデンスはそう言った。


「わかった……ごめんね……」


 そうロランは呟くと、手のひらをかざす、するとロランの手のひらから真空の刃が数発放たれた、風の魔法である。

 風の刃は鶏達の頭を全て吹き飛ばし、地面に血のたまりを作った。

 そしてその血のたまりに手を触れて、ロランは、レーデンスとドンキホーテに向かって、


「これから呪文を唱える、レーデンス、ドンキホーテ、あたりの警戒を頼むよ」

「任せな!」


 ドンキホーテはサムズアップをロランに見せつけ、腰に差している剣に手をかける。レーデンスも「感知」のアビリティを発動し、あたりを警戒していた。


 ロランは目を瞑り、呪文の詠唱に専念する。


「全てを見通す目を持つの者よ、我、地に伏せる者なり。

 地に伏せる者から、全てを見通す目を持つ者へ、贄を捧げる。

 そして、地に縛られし我の願いを叶えたまえ」


 すると血のたまりの血液は、ひとりでに動き始め、やがてロランを中心に五芒星を描いた。順調だ、ロランがそう思ったときだ。


 キラリと木々の間に何か煌めくものがあった。


 ハッとロランはそれに気づき、光が輝いた方向を見た。次の瞬間、ドンと、何かが火を吹き、鉛の弾がロランに向かって射出された。

 しまった、銃だ、そう気付いた時には、すでに遅かった、ロランは回避することすらできない。このまま凶弾の餌食になるかと思われたその時、


「あぶねぇ!」


 ドンキホーテが、ロランの前に立ち塞がり、銃弾を剣で弾く。


「レーデンス!」

「わかっている!」


 レーデンスも剣を引き抜き、臨戦態勢とる。


「チッ! 敵にバレてやがった!」


 ドンキホーテは忌々しそうにそう叫んだ。

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