第41話 心配だから

「はぁ……」


 冒険者の宿の看板娘ジェーンは自室のベッドの上でため息をついた。

 なぜついたのかといえば、理由は単純である。最近同い年の冒険者ドンキホーテが、勉強に勤しみ、あまり話せていない為だ。

 彼女はそう、あまりにわかりやすく恋に落ちている。ドンキホーテという少年に最初にあったのは二年前、まだ年端もいかないドンキホーテはこの宿に来た。

 数少ない路銀を握りしめ、いつか英雄になって出世払いをするから泊めてくれ、そうジェーンの父であるアルベルトに頼み込んだ。

 最初は変なやつが来たものだと、ジェーンは思ったが、次第にドンキホーテの夢に向かって突き進む姿勢や、彼の底抜けの明るさに惹かれていった。

 今では、ドンキホーテを見かけると自然と目が追うようになっている。

 そんなジェーンは、今日も彼のことを思い、ため息をこぼしていた。それもこれも全ては、ドンキホーテが悪いと言い訳をして、彼女は起き上がる。

 そして、ロビーにいる父に何か手伝いう事はないか聞きにいった。こういう時は家業の手伝いでもして気を紛らわせよう。そうジェーンは思ったのである。

 ロビーに足を踏み入れたジェーンは、父アルベルトに問いかける。


「お父さん、何かやること――」


 そうジェーンが言いかけた時、ガチャリと冒険者の宿の扉が開き、


「ただいま〜」


 と呑気な声を出しながらドンキホーテとレーデンスそして、見知らぬ男の子が帰ってきた。


「おうよ、お帰り」


 アルベルトが挨拶を返す。


「ドンキホーテ!」


 一方ジェーンは、愛しの彼の名を挨拶よりも先に言ってしまう。

 彼女は自身の頬が緩むのを自覚し、必死に口角を下に下げるように努力する。毅然とした振る舞いを意識し、ドンキホーテに言う。


「あ、あら、今日は早かったのね」


 いつもは夜遅くまで冒険者ギルドの方で勉強をしていると言うのに、ジェーンは不思議に思いそう聞いた。


「ああ、いやぁなんて言うかな、そう! ちょっとした、依頼を頼まれてな、その準備をするために早く帰ってきたのさ!」


 怪しい、ジェーンはそう感じた、どうもドンキホーテはなにかを隠しているような、はぐらかしているような気がしたのだ。


「レーデンスさん、これって本当なの」

「え、私か? ……ああ、本当だ」


 まさか話を振られると思っていなかったのだろう。少々の動揺がレーデンスに走る。


「ふーん……」


 レーデンスの動揺からさらに疑いを強めるジェーン。


「な、なんだよぉ〜。ジェーン何でそんなに疑うんだ?」


 ドンキホーテは苦笑いを浮かべながらそう言った。なぜ、ここまで疑われるのか理由が思い当たらないまま、ジトリとジェーンは見つめる。


「だって一か月前に、簡単な遺跡調査の依頼だ、って言って出かけて、大怪我して帰ってきたじゃない」

「そ、それは」


 ジェーンの言葉にドンキホーテはたじろぐ、いやしかしあの時はしょうがないのだ、なにせただの遺跡調査が、王都を巻き込む事件に発展するとは誰も思うまい。

 ドンキホーテはたじろぎながらも、言い返す。


「大丈夫だよ、今回の依頼はそんな、危険じゃねぇって!」

「……本当?」

「ああ、本当だ! な、レーデンス!」


 うむ、とレーデンスは頷く。

 我ながら清々しいまでの嘘だ、ジェーンは納得してくれるかどうか、そう思っていた時に助け舟が出た。


「まあ、いいじゃねえかジェーン」

「お父さん!」

「ドンキホーテが心配なのはわかるがな、どうしても冒険者っつーのは危険がつきものだ! 多少無理してでもやらなきゃきゃいけねえ時がある。

 それが冒険者の仕事っつーものだぜ」

「でも……」

「ジェーン、わかってやれ、いつかドンキホーテだって、そういう仕事を引き受けることも多くなる、その度に俺たちが止めるわけにもいかんだろう?」


 ジェーンは、俯いてしまう。すると静観していた、見知らぬ男の子が、ジェーンに年相応な喋り方で話す。


「お姉さん、大丈夫だよ! 今回の依頼は泊まり込みでの祝賀会会場の護衛だから!」

「そういえば、貴方は……」

「僕、ロラン! ドンキホーテとレーデンスお兄ちゃんの友達!」


 ロランはそう胸を張った。そこからロランの巧妙な嘘が続いた。

 なんでも、自分はある大商人の息子であり、自分の誕生日会が近日行われるため、その祝賀会の準備期間中に警護役として両親がドンキホーテ達に依頼を頼んだと。

 そして自分はその依頼を申し込む際にドンキホーテ達と仲良くなり冒険者の仕事の見学という名目でここまで付いてきたと説明した。

 ドンキホーテは良くもまあ、こんな嘘をペラペラ喋れるものだと感心した。しかしこれで助かる、ロランの嘘はどうも真実味があったしこれでジェーンも信じてくれると思ったのだ。


「そうなの……わかったわ」


 ジェーンは説明をひとしきり聞いた後そう言った。

 おお、わかってくれたか、ドンキホーテは内心ホッとする。


「じゃあドンキホーテ、行こう」


 ジェーンはそう言った。ドンキホーテは目を丸くさせる。


「え、どこに?」

「貴方の部屋! 荷造り手伝うわ、だってロランくんの話じゃ、ずっと泊りがけで数日は警護するんでしょ? その色々な高価な装飾品とかを飾り付けする間、盗まれないために」

「ああ、でも一人でできるぜ?」

「いいから!」


 そう言ってジェーンに手を引っ張れドンキホーテは階段を登っていく。

 

「おいおい! ジェーン引っ張んなって! ああ! レーデンス、ロランまた後でな!」


 なされるがままドンキホーテは、自室に連行されていく。レーデンスは「わかった」と苦笑いをしながら、ドンキホーテを見送った。


 バタリ、ドアがドンキホーテの部屋のドアが開きズカズカとジェーンが入り、手を引かれたままのドンキホーテも入ってくる。


「じゃあ始めるわよ、ドンキホーテこのカバンに服詰めるわね」

「お、おう」


 ジェーンはそう言って、ベットの上に座り、服や下着をカバンに詰め始める。

 ドンキホーテは「俺がやるよ」と参加しようとするが「いいの!」とジェーンに遮られてしまう。


「おいおい、じゃあ俺やることねぇじゃねぇか」

「寝ててもいいわよ、私やっとくから」

「はいはい……」


 そう言って、ジェーンのとなりにドンキホーテは腰をかけた。何気なく初めてドンキホーテの部屋に入ったジェーンは、胸が高鳴っていた。

 それを必死に隠すために、ジェーンは無心で服を革製のカバンの中に詰めていく。

 しかしこうして、ドンキホーテと二人きりになったのは、服を詰めるためだけではない。ジェーンは聞きたいことがあったのだ。

 その問いをジェーンは問いかける。


「ねぇ、ドンキホーテ、本当に危険なことじゃないのよね」

「……大丈夫だよ」

「ううん、別に危険なことでもいいの、無事に帰ってきてくれさえすれば……」


 ドンキホーテは黙り込む、そしてジェーンの顔をちらりと見た。ジェーンの頬には雫が伝っていた。


「ジェーン……!」

「私……ごめんなさい、不安で、ドンキホーテがあの遺跡の調査に行って大怪我した時、私、こんなことが何回も貴方に襲いかかるんじゃないかって思って!」


 ジェーンは涙目になりながら、ドンキホーテを見た。彼女は不安なのだ。またドンキホーテが何かに巻き込まれるのではないかと。


「祝賀会の件だって、本当は嘘なんでしょ……」


 ドンキホーテはなにも言わない。


「いえ、嘘じゃないとしても何か隠してる! 危険なこと!」

「なあ、ジェーン……」

「なに……?」


 ドンキホーテはまっすぐジェーンの瞳を見つめる。


「俺は必ず、生きて帰ってくる、安心しろよな!」


 そう言ってドンキホーテはウインクした。それを見たジェーンは我慢ができなくなりドンキホーテに抱きつく。

 そして絞り出すように言った


「……約束、約束だからね……!」


 涙はジェーンの目から溢れ落ちドンキホーテの肩に落ちる。ドンキホーテはジェーンを抱きかえし、頭を撫でた。


「へへ、大丈夫だよ、約束は結構守れる男なんだぜ、俺って」


 そのまましばらくの間、ジェーンは泣きじゃくり、ドンキホーテは黙って彼女を慰め受け止めていた。

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