第38話 目

 バタリと倒れた暗殺者。ガシャンと音を立ててバラバラになった機関銃が地面に落ちる。

 ドンキホーテは、暗殺者の男に急いで駆け寄り、怪我のある部分に右手を当てて呟く。


「くっそ、死んでくれるなよ!」


 人殺しにはなりたくない、ドンキホーテはその一心でなにやら、呪文を呟き始めた。レーデンスは脇腹を抑えながら、ドンキホーテに近づく。


「ドンキホーテ、なにを……」

「回復魔法だ! 応急手当てしねえと死にそうだからな!」


 回復魔法が使えるのか、その疑問を問いかける前にドンキホーテの、手が光りだす。するとその光から光の粒子が解き放たれ傷の中に吸い込まれていく。

 傷は光輝き、どうやら癒されてるようだ。

 おお、ちゃんとできている。レーデンスがそう関心した瞬間、暗殺者の男の目がカッと見開く。


 レーデンスが、警戒して剣に手をかける。何か仕掛けるつもりかと。しかし、男は大きく口をかっぴらき、


「ぎゃああああ!!」


 と叫び始めた。それも、ものすごい形相でだ。ジタバタと暴れ始める暗殺者の男に、レーデンスは何事かと、固まってしまう。


「ああ、クッソ! 動くんじゃねぇや!」


 ドンキホーテはそう言って左ストレートを男の顎に直撃させた。男は再び、気を失う。レーデンスは恐る恐る聞く。


「な、なあ、ドンキホーテ、そのお前の回復魔法は……」

「ああ、教会に療養してた時、教えてもらったんだ、修道士のお姉さんにな」

「……今まで人に使ったことはあるのか?」

「ああ、教えてくれたお姉さんのささくれを直したことがある、そのお姉さん曰くクッソ痛いらしい、俺の回復魔法はな。

 だから、言われたぜ、人に向けちゃいけないって」


 回復魔法を人に向けるなとは、本末転倒だ。レーデンスは苦笑する。そして何より本当にその魔法は傷を癒せているのだろうか、不安に感じた。

 いや、だが出血は収まっている、どうやら少なくとも応急手当てにはなっているようだ。


「ふーとりあえず、これでいいかな!」


 ドンキホーテは、額の汗を拭い、腰を落とした。ちょうどその時だ、上の階層からバタバタと複数の人が降りてくる音がした。

 そして上方から声がする。


「おおい! 大丈夫かぁ!! 冒険者!」


 上を見上げると武装した、数人の男達が螺旋階段の手すり越しにこちらを見下ろしていた。どうやら冒険者からなる自警団と衛兵のようだ。

 ドンキホーテは「ああ!」と返事をする。


「衛兵と、自警団……誰が呼んでくれたんだ?」


 ドンキホーテは不思議そうに、言った。するとレーデンスが言う。


「ロランだ、私の応急処置をした後、すぐに助けを呼びに行ってくれたんだ」

「あいつが……なんにせよ助かったぜ身体中痛くて、もう動きたくねぇ……」


「それにしても」そう言ってドンキホーテは続けた。


「ありがとな、レーデンス、お前がいなかったら、「不変」のアビリティも発動できなかったし、この暗殺者も倒せなかった」

「ふっ、お安い御用だ」


 レーデンスはドンキホーテに手を差し出す、ドンキホーテはその手を掴み、立ち上がった。





 暗殺者達は気を失ったまま自警団と、衛兵に連れていかれた、おそらく牢屋行きだろう。

 ドンキホーテ達は事情を衛兵からしばらく聞かれた後、とりあえず傷の手当てをしたいと言う名目で、早々に開放してもらい、図書館の外に出た。

 図書館の外ではロランが図書館の壁を背にして待ち構えていた。


「無事だったんだ、まあ、そうでないと困るけど」

「へっ、可愛くねぇ奴、心配してたぐらい言えねぇのかよ」


 ドンキホーテは生意気な態度をとるロランに対してそう言う。ロランは皮肉げにこう返す。


「心配してたさ、でもまあ最悪無事じゃなくても、時間はそれこそ無限にあるから大丈夫だと思ってたよ」


「はあ」とドンキホーテはため息をつく、この少年は根本的に時間の流れが違うのだなと。


「しかし、これではっきりしたな」


 レーデンスは言う。


「何がだ、レーデンス?」


 ドンキホーテは、訊ねる


「いや、これで確信できたのだ、その花クジラとやらの話が本当だと言うことに」

「信じてなかったのかよレーデンス!」

「しょうがあるまい、半信半疑になってしまうのは、しかし今はこの全身に回る痛みのお陰で信じざるを得ない」


 ロランは、背中に壁を預けるのをやめ、二本足で立つと言う。


「信じてもらえて嬉しいよ、でもこれからなんだ、敵はすぐさま次の刺客を送ってくるはず、でも今度はすぐさまは来ないだろうね

 次に攻めてくるのは、多分今までの経験から言って一日後だ、じっくり僕たちに対する対策を練ってからくるだろうね」


 ドンキホーテはそれを聴くと、気が遠くなりそうになる。


「まじかよ、だいたい敵はどうやって俺たちの居場所を知ったんだ? レーデンスのアビリティも虫で対策してたし、どこで知ったんだよ」


 ドンキホーテの疑問にロランは答える。


「さあ?」

「さあ、って……」


 ドンキホーテは、肩を落とした。


「全くよ、全てを見通すなんてどうやるんだよ、神様の力でも借りねぇと無理じゃ……」


 ドンキホーテはそこまで、呟きかけて口を止めた、空を見る。いや予感がした。しかし空は出っ張った図書館の屋根で覆い隠されている。


「ドンキホーテ、どうかしたか?」


 レーデンスが聞いた。


「もし、召喚されたのが花クジラだけじゃないとしたら……」

「なに?」


 ドンキホーテは屋根が作る日陰から外に飛び出す。


「ドンキホーテ? どこに行くんだい?」


 ロランの言葉を振り切り、外に飛び出したドンキホーテは日の下に晒される。

 汗が垂れるのは、日が暑いからか、それとも別の理由か。

 ドンキホーテは闘気を集中させる、「不変」を発動させる。そして空を見上げた。


 なぜ空を見上げたのかそれはドンキホーテにもわからない、ただの直感であったと言うほかない。

 しかしその直感は正しかった。


「なんだ……あれ……」


 目に入ってきたのものをドンキホーテは信じることができない。


 それはあまりにも巨大だった、あまりにも巨大で存在し得ないもの。


 それは目だった


 巨大な一つ目が空を覆い隠しドンキホーテ達を見下ろしていた。

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