第六十四話「無限の力」

銀子ぎんこォオオオオオオ……! は、はやくヤツを何とかしろォオオオ……! 無理なら、そっちの女の王将を捕縛してしまえェエエエ!」

 必死の形相で銀子に命令を下す角田かくた

 その表情はどこか焦っているようにも見える。


 だが、いくら角田が喚こうが、まだ響香きょうかのターンは終わっていないのだ。

 響香は王将を行動不能にされてしまっているため、近くにいた金将〈ヨルムンガンド・ディーバ〉を自分の王将〈ツクヨミ〉から遠ざけるように、斜め前方に移動してからスキルを発動した。


「私は〈ツクヨミ〉を選択して〈ヨルムンガンド・ディーバ〉のスキルを発動……! 選択したモンスターと位置を入れ替えます!」


 行動不能に陥った王将〈ツクヨミ〉だったが、金将〈ヨルムンガンド・ディーバ〉のスキルによって、銀子の銀将〈シルバー・ドラゴン〉から2マスほど離れたマスへと転移し、その捕縛範囲から逃れることに成功した。


「……私はこれでターンエンドします」


 なんとか銀将〈シルバー・ドラゴン〉の王手状態からは逃れたものの、まだ響香がピンチであることに変わりがない。

 その険しい表情が、響香の現状を物語っていた。


 そんな響香の様子を、鋭い視線で観察していたのは銀子。

「その程度のことは想定していたわ。わたしのターン────!」


 現在、銀子の銀将〈シルバー・ドラゴン〉の目の前にいるのは、王将〈ツクヨミ〉と入れ替わった金将〈ヨルムンガンド・ディーバ〉。

 そしてその王将〈ツクヨミ〉は、銀将〈シルバー・ドラゴン〉の2マス右側にいる状態だ。


「その〈ヨルムンガンド・ディーバ〉の行動……。もちろん王将を逃がす為なんだろうけど──自らが〈シルバー・ドラゴン〉の捕縛範囲に入ってくることで、わたしの狙いをそっちに向けるっていう狙いもあるんじゃないかしら?」

 銀子の推理によって、響香の表情がより一層険しく変化した。


「残念だけど……そう思い通りには動いてあげないわよ」


 銀子は銀将〈シルバー・ドラゴン〉の駒を手に取ると、目の前にいる金将〈ヨルムンガンド・ディーバ〉を捕縛することはせずに、1マス右側へ移動。


「これで王手────。だけど、それだけじゃ済ませないわ」

銀子の口角がわずかに上がった。

「わたしは〈シルバー・ドラゴン〉を進化する!」



 クロスレイドにおいて、最も一般的な進化方法は〝相手の領域テリトリー〟へと侵入すること。

 だが今回の銀子のように、すでにモンスターが相手の領域内に存在している状態でも、行動先が相手の領域内であれば、進化の条件をクリアしたことになるのだ。



 青ざめる響香。


 銀子は、銀将〈シルバー・ドラゴン〉の駒を持った右手を前へと突き出して、召喚口上を唱え始めた。



たがいが信頼しんらいすべきはひとつの事象じしょう──! 相反あいはんするふたつの言霊ことだまは、反芻はんすうされた銀色ぎんいろ信念しんねんもと融合ゆうごうしてひとつのこたえを構築こうちくする……! 見せてあげるわ、わたしのドラゴン────二律背反にりつはいはん! 〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉!」



 銀子が銀将〈シルバー・ドラゴン〉の駒を移動先のマスへと一気に振り下ろす。


 一閃の残光が示すその先──

 裏返しに指された駒が示すモンスターの名は〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉。


 直後、レイド・フィールド上に存在している銀将〈シルバー・ドラゴン〉が空に向かって激しく咆哮した。

 同時に、銀将〈シルバー・ドラゴン〉の巨体を覆いつくすように竜巻のようなエフェクトが発生する。


「来るか──銀姉」

 金太郎きんたろうは警戒心を示すような言葉を吐きつつも、その表情はどことなく落ち着いている。


 そして、そのエフェクトが消失した先──

 ついに銀子の最強モンスター進化銀将〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉がその姿を現した。


 進化銀将〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉は青い髪をなびかせながら、金太郎と響香を威嚇するように大きな雄叫びを上げている。


「ふふ。私の〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉のスキルには、進化前と同等の効果が付加効果として備わっているの。つまりスキルを発動すれば、次の私のターンまで〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉を対象とした捕縛と、相手モンスターのスキル効果を無効にする効果が発動するわ」


 銀子は冷徹な笑みを浮かべて、言葉を付け加えた。

「あと二回……ほぼ完全耐性になれるのよ。果たして耐えきれるのかしら──?」


 人差し指と中指で挟んだ進化銀将〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉のカードを響香へと向けて、スキルの発動を宣言する銀子。



 進化銀将モンスター〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉。

 銀子が所有するランク6のモンスター。

 銀将モンスター〈シルバー・ドラゴン〉が進化した姿だ。


 進化銀将〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉の行動範囲内に存在するモンスターの中から1体を選択して、そのモンスターをゲームから除外することで、進化銀将〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉に特別行動権を1回分付加する効果のスキルを持つ。

 さらに、スキルを発動した際の付随効果として、次の自分のターンまで進化銀将〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉を対象とした捕縛と、相手モンスターのスキル効果を無効にする効果が発動する。



「……わたしが選択するモンスターは、あなたの金将モンスター〈ヨルムンガンド・ディーバ〉!」

 銀子の鋭い視線が響香を捉えて言った。


 消えそうな声で、銀子の名を口にする響香。

「うぅ……。ぎ、銀子──────」 


 この時、すでに響香は目を閉じて負けを覚悟していた。


 だが──

 銀子がその異常を察知したのは、数秒が経過してからのことだった。

 まるで時が止まったかのように静まり返るレイドフィールド。


 銀子が戸惑いの声を上げる。

「な、なに……? どうして〈ヨルムンガンド・ディーバ〉がゲームから除外されないの⁉ わたしの〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉のスキルは発動したはずよ……!」


 少し遅れて気付いた響香も、予想していなかった状況に困惑しているようだ。

「え……? た、助かった……?」


 響香の金将〈ヨルムンガンド・ディーバ〉にばかり目がいっていた銀子が、さらなる異変に気が付いたのはその後だった。

「……えっ⁉ い、いない⁉ わたしの〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉が…………どこにもいない──⁉」


 響香の金将〈ヨルムンガンド・ディーバ〉をゲームから除外したはずが、どういうわけか金将〈ヨルムンガンド・ディーバ〉は除外されず、それどころか自分の進化銀将〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉がゲームから消え去っているという状況に、焦りの表情を垣間見せる銀子。

 何が起こったのか理解が出来ずに、慌てふためいている。



 その時、響香の隣で静かに佇んでいた金太郎が、ゆっくり口を開いた。

「悪いな、銀姉。俺が〈ゴールドドラゴン・リオール・インフィニティ〉の効果を発動させてもらった」


 瞬間的に響香から金太郎の方へ視線を移し、睨みつける銀子。

「な…………⁉ そ、そのドラゴンの効果……? い、いったい何をした⁉」

 今まで体験したことがない未知の状況を前に、銀子が眉間にしわを寄せて声を荒げた。



 憎悪をむき出しにしたような表情を向ける銀子に、金太郎が落ち着いた様子で答える。


「フィールド上のモンスターがスキルを発動した時に発動できるスキル──。対象モンスターのスキル発動自体を無効にした上で、耐性を無視してゲームから除外する。そして──────」

 金太郎が神王〈ゴールドドラゴン・リオール・インフィニティ〉のカードを前へと突き出して言葉を付け足した。

「────この効果を無効化することはできない」


 焦燥を隠せない銀子の瞳が、これ以上ないほど大きく見開かれていく。



 これが神王〈ゴールドドラゴン・リオール・インフィニティ〉のスキル効果──


 その驚異的な効果に、完全に沈黙する角田と銀子。

 さらには響香までもが言葉を失って傍観している。



 しばらくして、ぽつりぽつりとそれぞれの心境を口にし始めた三人。


 まずは銀子。

「う、うそでしょ……? わたしの〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉が…………」


 続いて響香。

「耐性無視…………⁉ これが……神王…………」


 そして最後に角田。

「い、イカサマだろォ……それェエエエ! 汚ねェぞォ、てめえェエエエエエエ⁉」


 角田の発言に対して、ツッコミを返す金太郎。

「汚いも何も……おまえの所持しているレイド・フィールドだろ」


 そう──

 レイド・フィールドは、搭載されたそのレイドシステムの監視によって偽造品の駒やカードを瞬時に見抜き、ファール判定するように作られているのだ。



 もはや余裕のない角田が、冷や汗をかきながら自分に言い聞かせるように言葉を口にした。

「つ、強いっつってもォ、どうせスキルの発動可能回数は2回だろォオオオ……⁉ 残数は、あと1回ィ……それさえ凌げばァ────」


 基本的にクロスレイドでは、初期のスキル発動可能回数は2回のモンスターが多い。

 もちろん進化や退化、さらには捕縛からの召喚など、リロードされたタイミングでスキル回数は回復するが、ゲーム開始時に初期設定されている回数というのは2回のモンスターが多いのだ。


 だが──

 角田の切実な希望を打ち砕く一言を金太郎が口にした。


「残念だったな。俺の〈ゴールドドラゴン・リオール・インリオール・インフィニティフィニティ〉が持つ初期のスキル発動可能回数は──────」


 言葉の先──

 最悪の可能性を想定して顔面蒼白になる角田。


 だが現実は、その角田の想定を遥かに超えたものだった。




「──────だ」

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