第六十五話「抗う銀色の魂」

 「む……無限、だとォ……⁉ そんなバカな話があってたまるかァアアア!」

 角田かくたが顔を真っ赤にして抗議した。


「ああ、悪い。言い方が悪かった。俺がいま使った〈ゴールドドラゴン・リオール・インフィニティ〉のカウンタースキルはパッシブスキルだ。」 


「ぱ……パッシブ……スキルゥ?」

 アホのような顔で首を傾げる角田。



 つまり──

 先ほど銀子ぎんこの進化銀将〈シルバー・ドラゴン・アルジェンテ〉のスキル発動を無効化して、ゲームから除外した金太郎きんたろうの神王〈ゴールドドラゴン・リオール・インフィニティ〉のスキルは、アクティブスキルではなくパッシブスキルだったということだ。


 普段から一般的に使用されている各モンスターのスキルは、基本的にアクティブスキルと呼ばれている。

 通常、アクティブスキルには使用回数が設定されており、一回や三回、さらにはもっと多くの回数が設定されているモンスターも存在するが、それらは特殊な事例であって実際には二回までというモンスターがほとんどだ。



「ちなみに俺の〈ゴールドドラゴン・リオール・インフィニティ〉にも、ルビー石を取り除くことで発動可能なアクティブスキルが備わっているが、それはさっき使ったパッシブスキルとは別物だ」


「な……なんだってェ……⁉ さっきのチートみたいな効果が無限に使えるパッシブスキルで、その他に普通のスキルもあるだとォオオオ……⁉ ふざけンなァアアア!」

 金太郎は発狂する角田を見て、小さなため息を吐いた。


 そしてその視線を銀子へと移して、サレンダーすることを提案する。

 だが当然、銀子は角田の許可なしにサレンダーなど出来ない。


「わたしはターンエンドよ……」



 フィールド上に金太郎の神王〈ゴールドドラゴン・リオール・インフィニティ〉が存在している時点で、何かスキルを発動しようものならそのスキルを無効にされた上に、スキルを発動したモンスターをゲームから除外されてしまう。

 実質スキルを封じられたまま戦わなければならなくなった角田と銀子になす術はなく、そのままゲームは一方的に金太郎たちのペースで進められていく。


 このままいけば、金太郎たちの勝ちは揺るがない──



 だが、その時だった。

 銀子を敵に回して長時間のバトルを繰り広げた疲労からか、響香きょうかの一手に凡ミスが生じた。

 明らかに銀子の進化飛車──つまり竜王〈バレット・フェアリー・ストラーダ〉の行動範囲内に、自らの王将〈ツクヨミ〉を配置した状態のままターンを終えてしまったのだ。


 ターンを終了してから気づく響香。

「あ…………!」


 響香の顔がみるみる青ざめていく。

 相手に悟られないようにと、うっかり出してしまった声も最小限に止めて平静を装うとしているが、明らかに顔に出ている。


 だが、仮に響香がどれほど完璧な芝居をしたところで、どちらにしても銀子が気づかないわけがないのだ。

 響香のミスに気づいた銀子の口角が不気味に吊り上がる。


 それからやや遅れて気づいた角田が、銀子に命令を下した。

 そもそも角田が響香のミスに気づけた理由は、銀子の反応があったからだ。

 実際には命令する必要がないことを角田自身も理解しているが、あくまで自分の手柄として処理したいのが角田なのだ。


「ぶッひィイイイ! やったァ……! やりやがったぞォ、あの女ァアアア! ……ミスしやがったァ! おい、銀子ォ! おまえのターンだろォオオオ! あの女の王将を捕縛してしまえェエエエエエエ!」


 普通は「余計なお世話だ」と言ってブチ切れるところだが、銀子は洗脳されているため、角田へ歯向かうこと自体が皆無なのである。


「わかりました、正男まさお様。私のターン──」


 銀子は素直に返事をしてから、無表情で龍王〈バレット・フェアリー・ストラーダ〉を手にした。

「これであなたは終わりね──響香。そして……あなたさえいなくなれば二対一。いくら神王〈ゴールドドラゴン・リオール・インフィその忌まわしいドラゴンニティ〉が凄まじい効果のスキルを持っているのだとしても、正男様とわたし──ふたりがかりでなら何とか倒せるはず」



 銀子が龍王〈バレット・フェアリー・ストラーダ〉で、響香の王将〈ツクヨミ〉を捕縛しようとした、その瞬間──


「うひょォオオオ! 一瞬もう駄目かと思っていたのにィ、勝機が見えてきたァアアア! あとは御堂さえ何とかすれば、あの女もこのオレ様のモノォオオオオオオ!」

 まるで勝利宣言かのような雄叫びを上げる角田。

 その表情は低俗な笑みで満たされていた。


 だが──

 その角田の声を聞いたことによって、銀子の手は響香の王将〈ツクヨミ〉に触れる寸前のところで制止したのだ。


「……ン? おいィ……銀子ォオオオ! さっさと盗っちまえよォ!」

「……せ……なイ」

「おォん? なんてェ?」

「……シが……キョ……カ……せナい」


 銀子の身体が、小刻みに震え始めた。


「おいィ……⁉ どうした銀子ォオオオ!」

「ワた……し、が! キョウ……カ、を……! か、かナシ……ませ、ナい……!」


 銀子は涎を垂らしながら、その身体をガクガクと大きく痙攣させている。

 そして大きく開かれた銀子の右目からは、赤い血の涙が頬を伝って流れていた。


「わタ、し……ガ! ワタシ…………が、キョウカを……! マ、まも……ル────! わたシが……! ワタ………シ、ガぁあアあ…………!」

 まるで角田の洗脳に抗うように、命令に逆おうとしている銀子。


 そんな銀子の姿を前に、響香は両手で口元を隠しながら目に涙を浮かべている。

「ぎ、銀子さん…………」


 まるで金縛りにあっている身体を、無理やり動かそうとしているような銀子の挙動──

 大きく身体を痙攣させながら、ついには耳や鼻の穴からも血が噴き出し始めた。


「わ……わタ──ワタ、し…………! ワ、タシがァあアあ……あぁ……ア…………⁉」

「ぎ、銀子さん……! もう辞めてっ────銀子!」



 そして、次の瞬間────



 ブツンと何かが切れるような音と同時に、銀子がビクンと一回だけ大きく痙攣して、気を失うようにその場に崩れ落ちてしまった。


「いや……いやぁああああああ! 銀子―—————っ!」


 思わずプレイヤールームを飛び出して、一目散に銀子のもとへと駆け寄り、その身体を抱きあげる響香。

 銀子は完全に意識を消失しており、目や鼻の穴、そして耳からも血が流れ出していた。


 響香が銀子の身体を抱きかかえて涙を流しているその隣で、額に脂汗を浮かべて半笑いしながら勝利宣言をする角田。

「へ、へへへェ…………! アンタが持ち場を離れたってことはァ、オレ様たちの勝ちってことでいいんだよなァアアアアアア……?」

 そう響香へと言葉をかける角田の表情は、安堵と動揺の感情が同居しているかのようだった。


 対戦中に自分のプレイヤールームを離れて、相手のプレイヤールームへと足を踏み入れた響香。

 これは反則行為である。


 もちろん角田側が申告しなければ、プレイ続行は可能だ。

 だが角田が金太郎ペアの反則負けを申告すれば、ルール上では角田ぺアの勝利となるのだ。


 たったひとり、離れたプレイヤールームに佇んでいる金太郎。

 落ち着いた表情で三人の様子を静観していた金太郎が、角田に向かって言葉を投げかけた。

「角田──おまえ。そんな勝ち方で満足なのか?」


 そう──

 間違いなく角田は動揺している。

 隣で意識を失っている銀子の血まみれの姿が、自分の行いによってもたらされた結果だと、心の内側では理解しているのだ。

 そこに罪悪感があるのかどうか……それは角田本人にしかわからないことだが──。


 そして、響香に反則負けを突きつければ、自分の勝利が確定するという状況を捨て去ることが出来ずにいる自分に戸惑っているようにも見える。


「わ、悪りィかよォ……御堂ォオオオ! オ……オレ様は勝ちたいんだァアアアアアア!」

 角田は、まるで余裕のない表情で声を荒げた。

 そんな角田の様子を、響香が唖然とした表情で見上げている。


「おまえ──いま罪悪感を感じてるだろ?」

 金太郎の言葉に、目を丸くして驚いたような表情を見せる角田。



 明らかに角田の様子がおかしい。

 これまでの角田からは一切感じられなかった人間味が見え隠れしているのだ。


 金太郎は、少し考えるような仕草をしてから角田に質問をした。

「角田、おまえ……何か隠してないか?」


「な……何が…………」


 角田の反応を見て、何かを感じ取った金太郎。


 これまで散々な目に合わさせてきた。

 それは事実だ。


 だが──

 本当に、それだけが真実なのか?

 確実に角田だけが諸悪の根源で、角田さえ断罪すればすべてが解決するのだと……本当に言い切れるのだろうか?



 少しのあいだ、沈黙が場を支配した。

 そして金太郎の口が開く──


「俺は……おまえのことは許すことは出来ない──」


 金太郎の言葉に、下を向いて黙り込む角田。

 どこか余裕のない角田を真っすぐに見つめながら、金太郎が続けた言葉は思いがけないものだった。

 

「──だけど、俺はおまえの力になりたい」


 この金太郎の言葉に、角田の目が大きく見開かれた。

 響香も金太郎の発言に驚きを隠せずにいる。



 覚醒した金太郎の直感が、これまでの思い込みを覆したのだ。



「角田────ぜんぶ……話してくれないか?」

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