第六十三話「ゴールドドラゴン・リオール・インフィニティ」
結局、
必要最低限の行動だけ行ってターンを終了した。
そして
響香は、金太郎が耳打ちした作戦どおりの行動を試みる。
「私は桂馬〈ビート・スパイダー〉を右2マス前方へ移動……進化せずにスキルを発動します!」
桂馬モンスター〈ビート・スパイダー〉。
響香が所有するランク3のモンスターだ。
進化することで、ランク4の進化桂馬モンスター〈ビート・スパイダ―・ブリッツ〉へと変化する。
進化前は、モンスターを1体選択して桂馬〈ビート・スパイダー〉と位置を入れ替える、という効果のスキルを持つ。
先ほどの通常行動権による移動によって、響香の桂馬〈ビート・スパイダー〉は相手の
また、桂馬〈ビート・スパイダー〉が移動した先のマスは、どの相手モンスターの捕縛範囲からも外れている絶妙な位置関係になっていた。
響香が桂馬〈ビート・スパイダー〉のカードを提示しながら、その効果を口頭で伝える。
「モンスターを1体選択して、そのモンスターと〈ビート・スパイダー〉の位置を入れ替えます! 選択するモンスターは────」
角田と
この時点でふたりの脳内には、響香が選択しようとしているモンスターが思い浮かんでいたのだ。
ふたりの表情には、間違いなく動揺が見え隠れしているのがわかる。
「ま、まさか…………!」
銀子が声を漏らした瞬間──
響香が、そのモンスター名を口にした。
「────〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉!」
角田と銀子の表情が凍りつく。
本来、進化することが出来ないはずの金将モンスターが進化した姿──龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉。
その特殊性は、どのモンスターよりも圧倒的に高く、否が応でも警戒せずにはいられない。
予想できない行動に焦りを感じた角田が、脂汗を浮かべながら奇声をあげた。
「なにを企んでやがるゥウウウ……⁉ 御堂ォオオオオオオゥウウウ!」
一方で、金太郎の表情には余裕が伺える。
カウンターが可能な歩兵〈ドレッド・ジャガー〉のスキルを発動して、さらに響香へとつなぐ金太郎。
この歩兵〈ドレッド・ジャガー〉のスキルは、響香がもう一度スキルを使えるようにする為のもので、戦略的に発動したものではない。
スキルの発動において、同処理中に同一人物がスキルを複数回発動することは可能ではあるが、同じ人物が2回続けて発動することは基本的に禁止されている。
敵味方問わず、他プレイヤーのスキルが挟まることで、再びスキルを発動することが可能になるのだ。
今回の場合、角田と銀子がスキルを使わなかった為、金太郎が適当なカウンタースキル持ちモンスターのスキルを発動して、響香が二つめのスキルを発動できるようにしたということ。
「頼んだぜ。響香さん」
響香自身、本当に金太郎の言葉が実現可能なのか、正直なところまだ疑問は持っている。
だが現状では、金太郎を信じるしか手がないのだ。
どちらにしても、このままでは負ける──
覚悟を決めた響香が、進化香車〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉のカードを手に取って、スキルを発動するべくカードを持つ手を前方へと突きだした。
その瞬間、ふいに角田と銀子の視線が向いた先は、龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉。
そして、その予感は的中した──
「私は……〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉のスキルを発動して──金太郎さんの〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉を
金太郎はニヤリと笑みを浮かべると龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉の駒を手に取って、そっと目を閉じた。
すると龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉の駒が、金太郎の手の中でこれまでにないほどの光を放ち、黄金色に輝き始めたのだ。
あり得ない金太郎たちの行動に、唖然として固まる角田と銀子。
本来、すでに進化済みの龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉を、強制進化の対象に選ぶこと自体が不可能なのだ。
そもそも、歩兵だろうが香車だろうが、進化しているモンスターがさらに進化すること自体があり得ない。それは将棋の成りでも同様だ。
すると急に角田が大声を出して言った。
「は……はははァ……! ば、馬鹿めェエエエ! 龍神だか何だか知らないが、進化済みのモンスターを強制進化対象に選ぶとかァ……あまり調子に乗るんじゃねェぞォオオオオオオ!」
だが──
レイドシステムは、反則を示そうとはしない。
「そ……そんなバカ、なこと……。い。いったい何をするつもり────」
銀子がわなわなと肩を震わせながら、まるで夢でも見ているかのような表情で無意識に独り言を呟き始めた。
時間にして、ほんの数秒──
しばらく精神統一をしているような素振りを見せていた金太郎の目が、わずかに開いた。
次の瞬間──
銀子と響香、そして角田までもが異常な空気の変化を察知して、一瞬ぶるりと身体を震わせる。
まるで無我の境地に到達したのではないかとも思える金太郎の表情。
そこには恐怖や不安などは一切感じられない。
三人の注目が集まる中、金太郎が新たな召喚口上を唱え始めた。
「
「し、召喚口上ですって…………⁉ 本当でやる気なの……?」
銀子が思わず声を漏らした。
「うそだろォオオオ……⁉ うそだうそだうそだうそだァアアアアアア!」
角田の脳裏には、前大会の時の情景がトラウマのように蘇る。
覚醒した金太郎が金将〈ゴールド・ドラゴン〉を進化させ、完膚なきまでに打ちのめされた記憶────。
両手で頭を抱え込んで、発狂するように大声をあげる角田。
「た、ただでさえ……金将モンスターが進化しているだけで異常なのに…………進化済みモンスターをさらに進化させるなんて、そんなこと…………出来るわけが……!」
大きく見開かれた銀子の瞳が、動揺で小刻みに震えている。
龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉を強制進化先に選んだ響香ですら、驚いた表情でその一部始終を静観していた。
ひと呼吸おいた金太郎の瞳から、黄金の色をした炎のエフェクトのようなものが放出される。
そして、召喚口上の続きを口にした。
「────
金太郎は召喚口上の終了とともに、黄金の光を放つ〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉の駒を裏向き──つまり本来であれば表向きだった面を再び上に向けて、プレイヤー盤の盤面めがけて一気に振り下ろした。
バチンっという力強い駒音が辺り一面に響き渡る。
次の瞬間──
龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉が存在しているレイド・フィールド上のマスから、黄金に輝く光の柱が上空に向かって放たれた。
とてつもない熱量の光が収まり、そこに現れたのは龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉が進化したと思われるモンスターの姿──。
「こ、これが…………超進化……?」
響香が目を大きく見開いて呟いた。
「し──
銀子は一度ごくりと喉を鳴らし、目の前で起こった非現実を前に動揺している。
自分の想像できる範囲の外側のことが起こった時、人は思考が追い付かなくなるのだ。
神王〈ゴールドドラゴン・リオール・インフィニティ〉。
金太郎が所有するエースモンスター金将〈ゴールド・ドラゴン〉の最終形態。
超進化によって神の領域に限りなく近づいた、ランク7のドラゴン種モンスター。
レイドフィールド上に出現した神王〈ゴールドドラゴン・リオール・インフィニティ〉が、上空に向かって凄まじいほどの雄叫びで咆哮した。
そのあまりの迫力に尻もちをつく角田。
そして唖然とした表情で、神王〈ゴールドドラゴン・リオール・インフィニティ〉を見上げていた。
本来、進化することが出来ないはずの金将モンスター。
金太郎は、その『金将』を『龍神』へと進化させ、さらに『龍神』から『神王』へ────。
この奇跡的な進化は、金太郎の覚醒がもたらした産物に他ならない。
魂の覚醒が不可能を可能にし、奇跡を呼び起こす──
そして魂が真の覚醒を果たした時、初めて超進化へと続く道に足を踏み入れることが出来るのだ。
金太郎の身体が、ゆらりと揺れる。
同時に──金太郎の瞳からあふれ出す黄金の炎。
「これで終わりだ────────角田」
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