第六十二話「世界変容」

「早くしろよォ、御堂みどうォオオオ! どうせもうオマエのドラゴンは、何の役に立たねぇんだからよォオオオオオオ!」


 痺れを切らした角田かくたが、金太郎きんたろうを煽っている。

 響香きょうかに何かをヒソヒソと耳打ちしていたことも気に入らないようだ。


「……ああ。悪かったな。俺は〈ブラッド・スライム・キング〉のスキルを発動するぜ」

 やけにあっさりした金太郎の反応に、拍子抜けする角田。

 その金太郎のつかみどころのない表情は、まるで菩薩を彷彿とさせるようでもある。


「〈ブラッド・スライム・キング〉のスキル対象は、響香きょうかさんの〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉だ。……対象モンスターにルビー石を1個追加する」


「くそォ……! そっちのドラゴンも、スキルを使われると面倒くせぇんだよなァアアア……!」

 愚痴ぐちる角田。


 金太郎の龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉にばかり目がいきがちだが、響香の進化香車〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉もかなり厄介なスキル効果を持ったモンスターなのだ。


 だが、結果論だけで不満を口にしている角田とは対照的に、その行動そのものに対して疑問を口にする銀子ぎんこ


「今の動き……どこかおかしい」


 ルビー石を1つ追加するスキル──

 つまり、選択したモンスターのスキル回数を1回分だけ回復する効果だ。


 それなら龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉にも使えたはずなのだ。

 だが、金太郎は響香の進化香車〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉を選んだ。


 確かに進化香車〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉のスキルも強力だが、この状況下では龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉のスキルの方が圧倒的に脅威になることは火を見るより明らかだ。

 銀子は怪訝な顔で盤面を眺めている。


 すると角田が、隣から銀子を激しく叱りつけた。

「銀子ォオオオ! おまえは深く考えすぎなんだよォオオオ! そんな面倒くさいこと考えずに、おまえは本能のままにヤツらをどうやって仕留めるかだけ考えてりゃいいんだァアアアアアア!」


「す、すみません……」

 角田に怒鳴られて謝る銀子。


 金太郎と響香は、その様子を複雑な心境で見つめている。

 本来ターンを終了する際には、ターンエンドの宣言をするのがマナーなのだが、金太郎は状況から判断して無言でターンエンドボタンを押すだけにとどまった。


 すると、高いブザー音とともに、点灯していた金太郎のターン表示ランプが消灯。代わりに、角田のターン表示ランプが点灯した。


「おォん……? なんだァ……? オレ様のターンになったのかァ?」


 ターン移行を示すブザー音によって、自分のターンになったことに気付く角田。同時に、銀子に対する八つ当たりも止まった。

 そのタイミングで、ようやく金太郎がターン終了の宣言をした。


 それに対して馬鹿にしたような口ぶりで煽る角田。

「ひやッはァアアア! 宣言遅すぎィイイイ! っていうかァ……オマエ行動権を使い忘れてンの気づいてるゥウウウ⁉ このマヌケめェエエエエエエ!」


 だが、金太郎は落ち着いた様子でそれを返した。

「別に──何もすることがなかったから行動しなかっただけだ。それより早くターンをまわして欲しかったんだろ、おまえ? ……だったら、さっさとプレイしたらどうだ?」


 角田は、やたらと他人との序列を意識する癖があり、常に自分がマウントを取っていないと気が済まない厄介な性格をしている。

 その為、金太郎のすました態度が気に入らなかったのだろう。 


 怒りをあらわにして怒鳴り散らす角田。

「なんだァ……その態度はァアアア! だったら、このターンで響香パートナーかドラゴン────どっちを取るか選ばせてやるよォ……御堂ォオオウ!」



 角田がターン開始の宣言と同時に手にしたのは、進化銀将〈リッチ・イリュージョン〉のカード。

 そのカードを掲げながら、高らかにスキルの発動を宣言した。



 進化銀将モンスター〈リッチ・イリュージョン〉。

 角田の所有するランク5モンスターで、ランク3の銀将モンスター〈リッチの幻影げんえい〉が進化した姿だ。


 フィールド上のモンスター1体を選択して、そのモンスターを次のターンまで行動不能にする──という効果のスキルを持つ。



 角田は口もとに不気味な笑みが浮かべながら宣言した。

「オレ様が選択するモンスターは…………王将〈ツクヨミ〉だァアアア!」


「えっ……⁉」

 困惑気味の声を発したのは響香。


 なぜならクロスレイドのルール上、王将モンスターに相手のスキルは利かないはずなのだ。



 王将モンスターの捕縛は、即敗北を意味する──。


 その為、スキルを駆使した回避不能な王将捕縛が出来ないように、王将モンスターにのみ特殊な耐性がデフォルトで備わっているのだ。

 それはパッシブスキルとも呼ばれ、すべての王将モンスターが保有している。


 また『スキルを発動したターンに王将モンスターを捕縛することは出来ない』という効果も、王将モンスター特有のパッシブスキルのひとつである。

 こうした特殊なパッシブスキルを設定することで、スキルの乱用による理不尽な王将モンスターの捕縛が発生しないようにしているのだ。



 通常はこういった制限下でバトルが行われている為、普段はあまり体験しない状況に、響香がつい慌てて声をあげた。

「ちょ……ちょっと待ってください! こちらの王将モンスターに、あなたのモンスターのスキルが利くわけ────」


 本来であれば、レイド・システムにより自動的に効果が無効化されるので、反論する意味もないのだが──


 次の瞬間、響香どころか誰もが予想だにしない事態が発生した。

 それは響香の王将〈ツクヨミ〉に、角田の進化銀将〈リッチ・イリュージョン〉のスキル効果が適用されたのだ。

 次のターンまで行動不能に陥る王将〈ツクヨミ〉。


「え……? そ、そんな⁉ どうして…………」


 放心状態の響香。

 その視線は、混乱気味に宙を彷徨っている。


 一方の角田は、響香の反応を見て歓喜の声をあげた。

「ひィやッはァアアア! 実はオレ様の〈リッチ・イリュージョン〉には超激レアなスキル効果があるんだよォオオオオオオ!」


「超激レアな、スキル効果……?」

 もはやあとがなくなった響香が、蚊の鳴くような小さな声で聞き返した。


 角田の進化銀将〈リッチ・イリュージョン〉のスキルが、響香の王将〈ツクヨミ〉に適用された理由──

 それは、至ってシンプルなものだった。


「どうしてオレ様のスキルが、アンタの王将に適用されたのかァ⁉ それはオレ様の〈リッチ・イリュージョン〉に『相手の王将モンスターにも適用可能』っていう付加効果がついてるからだよォオオオオオオ!」


 そのあまりに理不尽な効果に絶望する響香。

「な……。あ、相手の王将モンスターに適応可能なスキル……⁉ そんな反則まがいな特殊効果が存在するなんて…………」



 一方で、冷静に状況を分析していたのは金太郎だ。

 余裕のない響香を見て、安心させる為に自身が考える角田の進化銀将〈リッチ・イジュージョン〉に対する評価を口にした。


「確かに、俺も初めて見た強力な特殊効果だ。だけど────」

 金太郎的の見解では、そこまで脅威ではないと考えているようだ。


 本来は相手のスキル効果が及ぶことがないように備わっている王将モンスターのパッシブスキル。

 その効果を無視して、相手の王将にスキル効果を適用してしまう特殊効果──

 一見、非常に凶悪に感じる。


 だが少なくとも今回の場合、相手の王将に適用できるスキルは、進化銀将〈リッチ・イジュージョン〉のスキル効果のみである。

 他のモンスターの効果もすべて適用されるわけではないという点において、それは必ずしも脅威にはならないという見解だ。


「そのスキルの発動や効果をカウンタースキルで無効化することも出来るし、自軍モンスターのスキルは自軍の王将モンスターにも適用可能だから、自軍モンスターのスキルで防衛することは可能だ」


 さらに金太郎が、独自の見解を示す。

 それは、進化銀将〈リッチ・イジューション〉のスキル──『選択モンスターを次のターンまで行動不能にする』という効果によって、仮に王将モンスターが行動不能にされたとしても、他の自軍モンスターは行動可能な為、余程の計画性でもない限りはそこまで恐れる必要はないというのだ。


 金太郎の話を聞いて、少し安心した表情に変わる響香。

 心に余裕がない時というのは、得てしてマイナス思考になりがちなのだ。


 金太郎までもが慌てふためくことを期待していた角田にとっては、面白くない展開である。

 何としてもマウントをとりたい角田は、無理やり金太郎を煽りにいく。

「ヘェ……。そこまでわかってんのなら、カウンタースキルで無効にしないのはなぜだァ……? どうせ都合のいいスキルがなかったんだろォオオオ……御堂ォオオオ!」


 だが金太郎は角田の予想を裏切って、落ち着き払った態度で言葉を返した。

「……別に。ただ────カウンターで止める必要がなかったから止めなかっただけだ」

 この金太郎の言葉が、角田の態度を一変させた。


「テンメェエエエ……! さっきからオレ様を馬鹿にしたような態度ばかり取りやがってェ…………!」

 少し前までの余裕が嘘のように、顔を真っ赤にして激怒する角田。




 形勢の変動によって、場の空気が変化していく──


 そして世界は──密かに変容する。

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