第六十一話「覚醒の鼓動」

 まずは金太郎が動く。


「俺は〈操術そうじゅつマリオネティック・ゴースト〉のスキルを発動! フィールド上のモンスター1体を選択して、そのモンスターを可能な行動範囲内で操作できる! 俺は響香さんの〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉を選択! そのまま目の前にいる角田の〈ビッグ・タランチュラ〉を捕縛するぜ!」


「なっ……⁉」

 目を丸くして驚きの表情を浮かべる銀子。

 それに反応して、モンスターを捕縛された角田が頭を抱えて喚いた。

「あああァ……! オレ様のモンスターがァアアア⁉」



 金太郎が響香へと、その想いをつなぐ。

「これで響香さんの〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉のスキル発動条件はクリアしたはずだ! 頼んだぜ──響香さん!」


「わ、わかりました……」


 まだ響香は半信半疑だが、その一方でもう後がないという事実が変わるわけでもない。

 響香は覚悟を決めて進化香車〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉のカードを手にした。


「私はモンスターを1体選択して〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉のスキルを発動……強制進化させます! 選択するモンスターは────金太郎さんの〈ゴールド・ドラゴン〉!」



 角田の脳裏には、一年と七ヶ月前のダブルス大会の記憶がよみがえる。

 覚醒した金太郎の前に、なす術もなく敗北したあの時の苦い記憶──

「う……うそだろォオオオ⁉」


 また、銀子も驚いた表情で、その動向を注視している。


 響香の進化香車〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉のスキルが無事に発動したことを確認すると、すかさず金太郎は金将〈ゴールド・ドラゴン〉の駒を手に取って召喚口上を唱え始めた。



欠落けつらくしていたのはたましいへのちかい! 尊厳そんげん内側うちがわにあるおもいのさきに、もとめるものは生死せいしをともにした金色こんじきこえ! ふたたびねがいのまえきばをむき、反逆はんぎゃく狼煙のろしをあげよ──」



 召喚口上を唱える金太郎の様子を、信じられないといった表情で見守る響香。

「え……⁉ う、嘘でしょう……! ま、まさか────本当に……⁉」


 直後──

 金太郎が手にしている金将〈ゴールド・ドラゴン〉の駒が、眩しいほどの光を放ち始めた。


「……いくぜ相棒! 画龍点睛(がりょうてんせい)────〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉!」



 金太郎が召喚口上を終えるとともに、フィールド上にいた金太郎の金将〈ゴールド・ドラゴン〉が龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉へとその姿を変貌させた。


「そ、そんな……! 本当に進化するなんて……」

 響香は口元に手あてて驚いている。


 フィールド上で、悠然と黄金の身体をうねらせて吠える龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉。

 角田と銀子は、完全に言葉を失って龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉の姿を傍観している。


 金太郎が金将〈ゴールド・ドラゴン〉を進化させるのは二度目だが、前回と決定的に違うのは、狙って進化を成功させたことだ。

 前の時は、覚醒による無意識下での行動だったが、今の金太郎にはハッキリと意識がある。


 金太郎の顔に不敵な笑みが浮かんだ──。

「悪いな角田……今回も俺たちの勝ちだ」



 だが──

 その直後、銀子が声を発した。


「……プレイ再開させてもらっていいかしら?」


 現在は銀子のターン──

 銀子の行動に金太郎がカウンターを仕掛けて、そこから響香とのコンボで金将〈ゴールド・ドラゴン〉の進化までつなげたわけだが、それによって銀子の行動が無効化されたわけではないのだ。


 金太郎たちのカウンター処理が終わったあと、再び時間が動き出したかのように、銀子の銀将〈シルバー・ドラゴン〉が目の前にいる響香の王将〈ツクヨミ〉に牙をむく。



 しかし、金太郎も黙って響香の王将をとらせるわけにはいかない。

「そうはさせるか! 俺は銀姉の〈シルバー・ドラゴン〉を選択して〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉のスキルを発動!」


「……またカウンター?」

 度重なる金太郎の反撃に、嫌そうな顔を示す銀子。


「選択したモンスターの耐性を無視して、そのモンスターを強制的に捕縛する! その後に〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉を、選択したモンスターがいたマスへと転移させるぜ!」

「────耐性無視のスキルですって……⁉」


 龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉の、その驚異的な効果を耳にして、思わず身構える。

 だがその一方で、なぜか角田が不自然なほどに落ち着いた態度でニヤついていた。


 しばらくの沈黙──。


 少しして異変に気付いた金太郎が口を開いた。

「な…………⁉ これは……どういうことだ?」


 そう、何も起こらないのだ。


 現状では、龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉のスキルが優先される為、普通であれば銀子の銀将〈シルバー・ドラゴン〉がスタンバイゾーンへ移動するはずだ。

 そして、仮に龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉のスキルがなかったとしても、銀将〈シルバー・ドラゴン〉が最初に銀子が宣言したアクションを起こさなければおかしい。


 だが銀将〈シルバー・ドラゴン〉は、スタンバイゾーンへ移動することもなければ、銀子の宣言どおりのアクションを起こすこともない。

 ただ、その場に待機しているだけだ。


 金太郎だけではない。

 銀子と響香も、この不自然な状況に混乱している。


 すると角田が、カードを提示しながら高笑いを始めた。

 角田が手にしているのは、飛車〈ゴーストレイジ・ミラージュ〉のカード。


「ひゃっはァアアア! 何が起こったのかわからないって顔をしてるなァ! 教えてやるよォオオオ!」


 そう言って角田がネタ明かしを始めた。


 まず──

 この状況を作り出した原因は、角田の飛車モンスター〈ゴーストレイジ・ミラージュ〉。

 角田が、このモンスターのスキルを発動したのが原因だ。


 この飛車〈ゴーストレイジ・ミラージュ〉は、龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉対策として、角田が新たに自分のモンスターセットに編成しておいたモンスターらしい。


 ただ──

 そもそも龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉のスキルには、その効果を無効化できないという付加効果が付いているのだ。

 さらに言えば、仮に龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉のスキルを無効化できたとしても、その場合は銀将〈シルバー・ドラゴン〉が当初の銀子の宣言どおりのアクションを起こすはずなのである。



 普通のスキル効果で、この状況を作り出すのは基本的には不可能だ。

 金太郎が警戒心を全開にして角田を睨みつける。

 

「ひゃっはァアアア! 教えてやるよォ……それはなァ! この〈ゴーストレイジ・ミラージュ〉のスキルが『時間の巻き戻し』だからだよォオオオ!」


 角田の言葉に、戦慄を覚える金太郎。

「な……! じ、時間を巻き戻すスキル……だと⁉ そんなスキルがあるのか……」


 だが──

 金太郎が龍神〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉のスキル残数を確認すると、1回分減ったままになっている。


「どういうことだ……? 時間が巻き戻ったのなら、なぜスキル回数が減ったままなんだ」

「ふひィイイイ! いい質問だァ! オレ様の〈ゴーストレイジ・ミラージュ〉のスキル効果は、ターン開始時から〈ゴーストレイジ・ミラージュ〉がスキルを発動したタイミングまでの間に発生したアクション──。つまり行動権やスキルの発動権の消費だけは、んだよォオオオ!」


 角田の説明では、飛車〈ゴーストレイジ・ミラージュ〉の効果は、あくまでモンスターの陣形がターン開始時の形に戻るだけだという。


 確かに、すべてのアクションに消費した権利までが戻ってしまったら、結局はまた同じ行動が可能になる。

 それでは、スキルとしてあまり役にはたたない。

 とはいえ、時間だけ巻き戻して消費した権利はそのままというのは、かなりの脅威である。


「なるほど……。銀姉の〈シルバー・ドラゴン〉さえ動かなかったのは、そういうことか。……ってことは、もう行動権を消費してしまった銀姉は、このターンに響香さんの王将を捕縛することは不可能ってことになるな」


 ひとまず、結果的に響香の敗北は避けることが出来たわけだが──

 現状で角田のもとに厄介なモンスターがいることには変わらない。


 角田が金太郎たちを煽る。

「ふへへへェ……。わかるだろォ御堂? オレ様はもう一度そのドラゴンの効果をなかったことに出来るんだよォ! 果たして逃げ切れるのかなァ……その人の王将ォ?」


「くっそ……! 厄介なモンスターに入れ替えやがって……!」



 行動権がなくなった銀子はターンを終了──

 金太郎のターンになった。


(……このターンでヤツの〈ゴーストレイジ・ミラージュ〉に対して〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉のスキルを発動するか……? いや、だが──)


 金太郎の脳内には、色々な考えが巡っている。


 龍王〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉のスキルに搭載されている効果は、相手のモンスターの持つ耐性を無効にするものであって、スキルの発動そのものを無効にできるわけではない。

 仮に角田の飛車〈ゴーストレイジ・ミラージュ〉に対して龍王〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉のスキルを発動したとしても、カウンターでスキルを発動されれば、結局は時間が巻き戻されて飛車〈ゴーストレイジ・ミラージュ〉の捕縛もなかったことになってしまう。

 何より、龍王〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉のスキル残数がなくなってしまうのも問題だ。

 そうなれば、次のターンで響香を護れなくなる。


 金太郎の額に、汗が滲む。

(この状況────どうする……⁉)


「早くやれよォ……御堂ォオオオ!」

 悩んでいる金太郎を、角田が急かす。


 だが、なかなか判断がつかない金太郎。

 一歩間違えれば、次のターンで響香の王将が捕縛されてしまう危険性。

 ダブルスである以上、そうなれば金太郎自身も不利になることは目に見えているのだ。


(ひとまず、ここは〈ゴールド・ドラゴン・リオール〉のスキルを温存するのが吉か……? 次の角田のターンを何とか凌いで、その次ターンで響香さんが自力で王将を逃がすことが出来れば────)


 金太郎が、そんなことを考えていた時──



「──さん! 金太郎さん!」

「……は⁉ き、響香さん……? な、なに?」


 金太郎は作戦を考えているあいだ、響香が何度か呼びかけていたことに気付かなかったようだ。

 夢中になりすぎていたのだろうか──


「どうしたんですか? 急にぼーっとして……」

「ごめん、ごめん……」

「もう……。しっかりしてくださ────あれ……?」


 そんな会話をしていた最中──

 急に鳩が豆鉄砲を食らったような表情に変わった響香。


「……ん? どうしたの……響香さん?」

「……金太郎さんって、瞳……──でしたっけ……?」


「……え?」



 その時だった────




 ドクン──────




「え……? き、金太郎さん……?」


 金太郎が、急にビクンと身体を痙攣させて動かなくなったのだ。

 驚いた響香が金太郎に声をかけるが、金太郎は響香の声にまったく反応しない。


 角田の野次も次第にエスカレートしていく。

「おォい、御堂ォ! そういうのもういいから、さっさとターンエンドしろよォオオオ!」


 いろいろな状況に板挟みになっている響香が、あたふたして声をかける。

「金太郎さん……⁉ えぇ……? ちょっと、一体どうしちゃっ──」

「……聞こえているよ。響香さん」


 慌てる響香に向かって返事をした金太郎は、どことなく大人びて見えた。


「……金太郎さん……ですよね?」

「ああ。今回は意識もハッキリしている」

「え……? は……?」


 明らかに今までと様子が違う金太郎。

 妙に落ち着いていて──

 すべてを見透かしたような目をしている。


「響香さん。ひとつ頼んでいいかな?」

「え……? な、なにを……?」

 すると金太郎は、響香に耳打ちするように何かを囁いた。


 次の瞬間──

 響香の顔色が変わる。


「し、正気ですか……⁉」

「ああ。たった今……相棒の声が聞こえた」

「相棒の……声?」



 金太郎は、黄金の光を宿した瞳を響香へと向けて言った。


「任せてくれ。成功すれば──必ず勝てる!」

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