第六十話「絶体絶命の響香」

◇ ◆ ◇


 響香きょうかの進化香車〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉がフィールド上に降臨してからは、金太郎たち優勢のままゲームが進行していた。


 一時的に響香の声に反応して、我を取り戻したかのように思われた銀子だったが、結局は角田の洗脳に抗うことは出来ず、そのまま角田のパートナーとして金太郎たちと対峙している。



 香車モンスターはその性質上、相手の歩兵モンスターを捕縛した場合、その直後に相手の香車モンスターに捕縛されてしまう状況になりがちである。

 だが響子の進化香車〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉には、スキルを発動してから次の自分のターンまで〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉を対象とする捕縛宣言を無効にする──という付随効果が備わっている。

 その為、どのようなシチュエーションであっても、比較的安心して相手のモンスターを捕縛しに行けるのだ。

 現時点で、まだ響香の進化香車〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉が相手に捕縛されていないのは、この効果における恩恵が強い。


 銀子が絶妙な差し筋で善戦しているのに、角田が足を引っ張っていることも、戦況を変えられないひとつの要因だろう。



 バトルが終局に差し掛かる中、金太郎がターンエンドを宣言しようとした時──


「その前に、わたしのモンスター〈ヘビィ・ザッハーク〉のスキルを発動させてもらうわ!」


 金太郎のターンエンド宣言に被せて、カウンターを発動したのは銀子だ。

「しまった──⁉」

 焦る金太郎を、銀子が襲う。


「……もう遅い! 〈ヘビィ・ザッハーク〉の効果は、フィールド上のモンスター1体を選択して、そのモンスターを自軍の領域テリトリー内の任意のマスへ転移させる効果! わたしは正男まさお様の〈ビッグ・タランチュラ〉を〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉の1マス手前に転移させるわ!」


 金太郎はターンエンドを宣言している為、カウンターでスキルを発動することが出来ない。

 また響香も、銀子の桂馬〈ヘビィ・ザッハーク〉のスキルに対処できるモンスターがいない状態だ。



 この限定されたタイミングでの虚をついたカウンターは、敵ながらさすがと言わざるを得ないだろう。

 金太郎のターンエンドに合わせて、角田のモンスターを進化香車〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉の手前に転移させた銀子のプレイング。

 響香に対応できるスキルがなかったのも運が悪かった。



 なす術もなく、最悪の状態で角田のターンへ突入──

「ひゃはははァ! よくやったぞォ、銀子ォオオオ! これでもう、その女のドラゴンはオレ様のモノだァアアア!」


 すかさず、先ほど銀子が転移させてくれた歩兵〈ビッグ・タランチュラ〉で、響香の進化香車〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉を狙う角田。


 だが、これには金太郎が反応した。

「そうはいくか! 俺は〈くびのワイバーン〉のスキルをカウンターで発動して、おまえの〈ビッグ・タランチュラ〉の捕縛宣言を無効にするぜ!」

「な、なんだとォ……⁉ くっそォオオオ! 悪あがきばかりしやがってェエエエエエエ!」



 進化桂馬モンスター〈三つ首のワイバーン〉。

 金太郎が所有するランク4モンスター。

 ランク3の桂馬モンスター〈双頭そうとうのワイバーン〉が進化した姿である。


 進化前の状態では、桂馬モンスターの捕縛しか無効にできない。

 だが進化することで、桂馬の他に歩兵と香車のモンスターの捕縛も無効にする効果が付加するのだ。



 角田の歩兵〈ビッグ・タランチュラ〉は歩兵モンスターである為、金太郎の桂馬〈双頭のワイバーン〉が進化していなかったら、響香の進化香車〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉は角田に奪われていたかもしれない。


「あ、あぶねぇ……! 〈三つ首のワイバーン〉に進化しておいてよかったぜ……」

 金太郎が冷や汗をかきながら呟いた。

 その隣で、響香もホッとしている。


 せっかく銀子が作ったチャンスを無駄にしてしまった角田。

 自分の思い通りにならない展開に、苛立ちを覚えているようだ。

「ぐぐぐゥ……! オレ様はターンエンドだァ……」



 そして響香のターン。


 響香が口を開くや否や──

 ほんのわずかな唇の動きに反応して、先に言葉を口にしたのは銀子だった。

「──わたしは王将〈ブリュンヒルデ〉のスキルをカウンターで発動!」


 響香は、目を大きく開いて驚いている。

 それもそのはずだろう。まだ響香はほとんど何も言っていないのだ。


 だが銀子は、まるで響香の言動を預言したかのように言い当てた。

「あなたの〈ヨルムンガンド・ディーバ〉のスキルの発動を無効にして、ゲームから除外する!」


「え……? ど、どうして……私の行動が…………?」

 動揺する響香。


 厳密には予言したわけではない。

 ほんのわずかな唇の動きと、一瞬だけ響香の口から発せられた言葉の先端のみから、その輪郭をイメージして構築──その答えに辿り着いたのだ。

 また、かつてのパートナーとして響香のことを知り尽くしている銀子だからこそ、その行動パターンを瞬時に先回りして予測できたのだろう。


「どうしてかしら……? あなたの行動は手に取るようにわかるような気がするわ……」

「銀子さん…………」


 響香が思わず銀子の方へと手を伸ばそうとした、その時──


「……戦いの最中に、惚けるなんて余裕なのね」

「なっ……ぎ、銀子さん…………⁉」


 銀子が攻撃的な視線を響香に向ける。

「あなたが動かないなら、わたしから先にスキルを発動させてもらうわ!」


 銀子は、進化銀将〈アイシクル・ユニコーン・フォルテ〉のカードを手に取って、そのスキル効果を口にした。

「わたしは〈アイシクル・ユニコーン・フォルテ〉のスキルを発動! 自軍モンスターのうち銀将・桂馬・香車・歩兵モンスターの中から1体を選択して、そのモンスターを相手領域内の任意のマスへ転移する!」



 進化銀将モンスター〈アイシクル・ユニコーン・フォルテ〉。

 ランク4の銀将モンスター〈アイシクル・ユニコーン〉が進化したランク5のモンスター。

 カウンタースキル持ちのモンスターだが、カウンター可能なスキルとしては珍しいスキル効果を持っているのが特徴だ。



「わたしは〈シルバー・ドラゴン〉を選択────転移先は……ここよ!」

 銀子が銀将〈シルバー・ドラゴン〉を転移させたのは、響香の王将〈ツクヨミ〉の目の前──


「し、しまった……⁉」

 響香の顔に焦りの色が浮かぶ。


 だが銀子は止まらない。

「さらに私は〈シルバー・ドラゴン〉のスキルを発動!」


「い、いけないっ……⁉ 私は通常行動権で〈ツクヨミ〉を──」

 響香の顔が、みるみる青ざめていく。

 銀子の思惑に気付いたからだ。


 響香は慌てて王将〈ツクヨミ〉を逃がそうとするが、銀子がそれを許さなかった。

「──逃がさない! 私は〈銀翼ぎんよくのニュー・ペガサス〉のスキルを発動! 相手の行動宣言を無効にして、強制的にターンを終了させる!」


「そ、そんな…………」


 一瞬にして危機的状況に陥ってしまった響香。


 序盤から圧倒的に優位な状況が続いており、もはや勝ちは揺るぎないと安心しきっていた。

 角田の存在が気の緩みにつながっていたことも原因のひとつだろう。


 だが──

 銀子の行動によって形勢をひっくり返されたに等しい状況になってしまったのだ。


 もうゲームは終盤を迎えている。

 金太郎と響香は、予想外の展開に焦りの色を隠せない。



 銀子の龍馬〈銀翼のニュー・ペガサス〉のスキルにより、響香のターンは強制終了。


 そして銀子のターンとなった。



 先ほど響香のターンで発動していた銀子の銀将〈シルバー・ドラゴン〉のスキル。

 それは、次の銀子のターンまで銀将〈シルバー・ドラゴン〉を対象とする捕縛とスキル効果を無効にする効果がある。


 つまり──

 ほぼ無敵と化した銀子の銀将〈シルバー・ドラゴン〉が、響香の王将〈ツクヨミ〉の目の前にいるという状態だ。



 クロスレイドには、スキルを発動したターンに相手の王将モンスターを捕縛することは出来ない──というルールが存在している。

 これはスキルという強力な概念が、理不尽な結果を及ぼす可能性があるためだ。


 だが──

 銀子が銀将〈シルバー・ドラゴン〉のスキルを発動したのは響香のターンだ。つまり、このターン銀子はスキルを使ってないことになっている。


 今の銀子は、堂々と通常の行動権で王将が捕縛できる状態だ。


 そして銀子の銀将〈シルバー・ドラゴン〉は、響香の王将〈ツクヨミ〉の目の前にいる。

 さらに銀将〈シルバー・ドラゴン〉はスキルの効果によって、このターンまでスキルが利かないのだ。それは銀将〈シルバー・ドラゴン〉による王将捕縛を、スキルで阻止できないことを意味している。



 結論から言えば、無敵と化した今の銀将〈シルバー・ドラゴン〉の行動を阻止する術は──────ない。



 絶望という名の感情が響香を襲う。


「ご、ごめんなさい……金太郎さん。私のせいで…………」

 誰のせいというわけではないのだが、結果的に自分が戦線離脱しそうになっていることに責任を感じて謝る響香。


 すると、金太郎から予想外の言葉が飛び出した。

「ねぇ、響香さん。まだ〈スパーク・ドラゴン〉の強制進化スキル……1回分は残っているよね?」

「え……? ええ……残ってますけど?」

「それ──俺の〈ゴールド・ドラゴン〉に使ってくれないか?」


 響香は金太郎の言葉に困惑している。

 当然だが、クロスレイドにおいて金将モンスターは進化できない。将棋でも金将は成れない。


 そういう決まりだ。


 その金将モンスターに、貴重な強制進化のスキルを使えと言うのだ。

 困惑するのも当然だろう。

 反論というわけでもないが、さすがに質問で返す響香。

 

「〈ゴールド・ドラゴン〉って金将モンスターなのでは……?」

「ああ。だけど俺を信じてくれ!」

「で、ですが……。金将が進化なんて……そんなこと出来るわけが──」


 戸惑う響香に、金太郎が一年と七ヶ月前の大会で起きた出来事を話す。

 確かに金将〈ゴールド・ドラゴン〉を進化させた時の記憶──。


「ほ、本当にそんなことが……?」

「イメージはある! 必ず成功させるから……!」


 金太郎の話を聞いても、まだ半信半疑の響香。

 さらには別の問題もあった。

「そ、それでも……私の〈スパーク・ドラゴン〉のスキル発動条件が…………」

「それは俺のモンスターのスキルでカバーするから……!」


 金太郎が言っていることは、響香にとって雲を掴むような話に等しいのだ。もはや博打というレベルの話ではない。

 それでも、必死で響香にお願いする金太郎。


「もう後がないんだ……! 頼むよ──響香さん!」



 すると、ふたりの話を聞いていた銀子が、痺れを切らしてゲームを再開させた。

「悪いけど……そろそろ終わらせてもらうわ。わたしのターン──」


 切迫した表情で金太郎が叫ぶ。

「……響香さん!」

「わ、わかりました……! もうどうにでもしてください!」

 半ば自棄やけになって返事をする響香。


 そして銀子が、銀将〈シルバードラゴン〉で響香の王将〈ツクヨミ〉を捕縛しようとした、その瞬間──

  金太郎の顔に不敵な笑みが浮かんだ。



「──銀姉っ! 悪いけど、その前に俺たちのカウンターコンボを発動させてもらうぜ!」

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