第五十九話「スパーク・ドラゴン・フンケ」

「く、くそォ……! ターンエンドだァ!」

「ま、正男まさお様! まだ行動権が──」


 初ターンから先手先手で畳みかけようとしていた角田かくたの思惑は、響香きょうかによって見事に阻止された。

 それに動揺した角田は、ターンごとに各プレイヤーに与えられる通常行動権を使うのを忘れて、うっかりターンエンドをしてしまったのだ。


 銀子ぎんこが慌てて指摘しようとしたが、すでにターンは金太郎きんたろう・響香ペア側へ移行した後だった。


 クロスレイドでは、ターンエンドする際にボタンを押すことになっており、それはレイドシステムがプレイヤー権の移行を判断する材料のひとつとなっている。

 もちろん、他にも音声認識を始めとした様々な要素からシステムが判断はしているが、その中でも物理的なボタンなどによる判定は絶対なのである。


 角田はターンエンド宣言と同時にボタンを押してしまった為、銀子のフォローが間に合わなかったのだ。

「ぎ、銀子ォオオオ! もっと早く教えろォオオオ……! この役立たずがァアアアアアア!」

 自分のミスを銀子になすりつけ、怒鳴り散らす角田。


「す、すみません……」

 銀子は何度も角田に頭を下げて謝っている。

 だが、腹の虫がおさまらない様子の角田は、銀子を責め続けている。

「おまえのせいで、オレ様が損しちゃっただろォがァアアア⁉ どうしてくれんだァ! 少しは気の利い────」


「──私のターンです!」


 角田が銀子を罵倒している最中──

 その声をかき消すように、響香が強めの声でターン開始を宣言した。


「…………今ァ、オレ様が銀子を教育している最中っしょオ? なに大声出して邪魔してくれてんすかァ……?」

 明らかにトーンダウンしている様子の角田。その顔は曇っており不機嫌そうだ。


 だが、そんな角田を無視してプレイを続ける響香。

「私は歩兵〈エスケープ・キャット〉のスキルを発動して、〈エスケープ・キャット〉自身をスタンバイゾーンへ移動します!」



 歩兵モンスター〈エスケープ・キャット〉。

 響香が所有するランク1の歩兵モンスターで、進化することでランク3の進化歩兵モンスター〈エスケープ・キャット・サクリファイス〉へと変化する。

 進化前のスキルは、自身をスタンバイゾーンへ移動するという効果で、響香の編成セットにおいてコンボの中枢を担うことが多い重要なモンスターだ。


 

「聞いてんのかァ……⁉ いまオレ様が銀子の教育をしている最中だっつってるデしょオ……!」


 響香の態度が癇に障ったのか、角田の怒りの矛先は銀子から響香へと向けられた。

 だが響香にとって、むしろ角田の暴力から銀子を護るための言動だったことは明白であり、その目的は達成したと言えるだろう。


 さらに角田を無視してコンボを続ける響香。

 「私は〈スパーク・ドラゴン〉で銀子さんの歩兵〈あいのコロボックル〉を捕縛して、そのまま〈スパーク・ドラゴン〉を進化召喚します!」


 響香は、銀子の歩兵〈愛のコロボックル〉がスタンバイゾーンへ移動したのを確認すると、香車〈スパーク・ドラゴン〉の駒を裏向きに持ち替え召喚口上を唱え始めた。



他者たしゃ追従ついじゅうをもゆるさぬ鋼鉄こうてつ女王じょおう! としたなみだ水滴すいてきとなり、疾風しっぷうごとけたゆめあとには、ちりさえものこさぬ永遠えいえん火花ひばな────。見せてあげます、私のドラゴンを……! 超軼絶塵ちょういつぜつじん──っ! 〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉!」



 響香は召喚口上を唱え終えるとともに、振り上げた〈スパーク・ドラゴン〉の駒を、銀子の〈愛のコロボックル〉の駒があったマスを目掛けて振り下ろした。

 プレイヤー盤上へと一気に振り下ろされた駒は、美しい直線を描くように一筋の閃光を残した。

 そして、バチンという甲高い強烈な駒音が空間全体に余韻を残すように響き渡る。


 次の瞬間──

 プレイヤー盤へと配置された駒に合わせて、レイドフィールド上のいた香車〈スパーク・ドラゴン〉の立体映像もシンクロするように移動。

 そして、その姿を進化香車〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉へと変化させた。



 進化香車モンスター〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉。

 響香が所有するランク6のエースモンスター。

 ランク5の香車モンスター〈スパーク・ドラゴン〉が進化した姿だ。


 ボディカラーは進化前の香車〈スパーク・ドラゴン〉と同様に、薄紫と白のツートンカラー。

 だが全体的なデザイン自体はアップグレードしており、進化前とは比べ物にならないほどの圧倒的な威圧感を放っている。

 また時折全身から発している火花のようなエフェクトも、香車〈スパーク・ドラゴン〉の時とは比較にならないほど激しさを増していた。



 角田も驚きの表情を浮かべている。

 単純にドラゴンの存在感に圧倒されているだけということもあるだろうが、それ以上に初ターンでいきなりドラゴンを進化させてきた響香のプレイング──

 そして、進化香車〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉の圧倒的なまでの迫力に気圧されているのだろう。


「さらに──! 私は〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉のスキルを発動します!」


 響香はルビー石をひとつ取り除き、進化香車〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉のカードを角田たちの方に向けながらスキル効果を口頭で伝えていく。


「〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉のスキルは、〈スパーク・ドラゴン〉または〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉が相手モンスターを捕縛した時に、フィールド上のモンスター1体を選択することで発動できます!」


 響香は、レイドフィールド上にいる角田の龍馬〈ダーティ・ハヌマーン・ダスト〉へと視線を向けて続きを口にした。


「選択したモンスターを強制進化、または強制退化させることができます! 私は──角田さんの〈ダーティ・ハヌマーン・ダスト〉を選択! ──強制退化させます!」


「……な、なんだってェエエエ⁉」

 つい間抜けな悲鳴をあげる角田。


 響香の進化香車〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉のスキル効果によって、角田の龍馬〈ダーティ・ハヌマーン・ダスト〉は強制的に退化──

 進化前の角行〈ダーティ・ハヌマーン〉へとその姿を変化させた。


「な……なんてことしやがるんだァ……てめェエエエエエエッ⁉」


 さらに進化香車〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉のスキルによる強制退化には、恐るべき機能が備わっていた。

 それはルビー石が補充されないこと──。


 通常、進化や退化などのアクションが発生した際はルビー石が補充される場合が一般的だが、進化香車〈スパーク・ドラゴン・フンケ〉のスキル効果によって強制的に退化させられた場合、ルビー石が補充されないのだ。

 つまり──

 退化したのにスキルの回数が回復しないということになる。



 響香は、その瞳の奥底に紫色の炎を宿した眼光を、角田へと向けて言葉を口にした。

「あなたのそのモンスターのスキルは危険です。だから悪さを出来ないようにさせてもらいました」


 身体を丸めるようにして、全身から汗を放出している角田。

 その表情には明らかに焦りの色が浮かんでいる。


 そして、その焦りは怒りへと代わり、結局その捌け口はすべて銀子に──。


「銀子ォオオオ……! てめぇはオレ様の相方だろォオオオ⁉ だったら、オレ様のモンスターくらい守れやァアアア!」


 銀子は、いわれのない我儘わがままにも反抗することはなく素直に謝っている。

 だが角田は、何度も頭を下げて謝る銀子の髪を鷲掴みにして、左右に振り回し始めた。


唐変木とうへんぼくのようにオレ様の隣に突っ立ってるだけじゃなくてェ、オレ様のために働くんだよォオオオ……! オレ様のパートナーとして隣に置いてやってんだから、そのくらいのこと自分で考えて行動しろやァアアア! このヴォケがァアアアアアア!」


 先ほどから角田に罵倒され続けてきた銀子には、もはや昔の面影はなく消えるような声で角田に謝罪し続けている。

「す……すみません……」


 角田の洗脳によって、銀子の感情がどういう状態になっているのか誰にもわからないが、対峙する響香の姿を目にした銀子の目にうっすらと涙が浮かんだ。


 すると、ここで角田と銀子の間に割って入るように口を挟んだのは響香。その表情は至って冷静にも見える。



「ああ、そういえば……。ひとつ言い忘れていましたけど──────」


 響香の一言が空間を支配した。

 辺りは一気に静まり返り、角田と銀子、そして金太郎の視線までもが一斉に響香へと集まった。


 響香の声によって訪れた一瞬の静寂は、再び響香の声によって動き出す。



の隣は、永遠に私だけの席です────あなたごときにはあげません!」



 バトル開始直後に角田が語った言葉への返しだろう。

 響香の言葉を聞いた瞬間、洗脳されているはずの銀子の瞳は大きく見開かれ、その目からは涙が溢れ出していた。


 解き放たれた響香の想いが、魂の声となりフィールド全体に響き渡る────。



「う、うッひィイイイ……⁉」

 思わず不細工な声をあげる角田。


 辺り一帯がチリチリと騒めく。

 まるで響香の気持ちに共鳴しているかのようだ。



 響香を見ていた金太郎と銀子が驚きの顔に変わっていく。

 その様子を不思議そうに眺める角田。


 金太郎と銀子の視線の先──

 響香の飴色の瞳の奥から、まるでエフェクトのような紫色の炎が出現しているかのように、ふたりには見えていたのだ。




「これ以上、銀子を傷つけることは…………この私が絶対に許しません!」

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