第五十八話「私の銀子」

 ◇ ◆ ◇


 金太郎きんたろう響香きょうか角田かくた銀子ぎんこ

 それぞれのペアが巨大なレイドフィールドを挟んで対峙している。


 角田がスイッチを入れると、レイドフィールドおよび各ペアのプレイヤー盤に青白い光が走り、轟音とともに装置が起動した。

 そしてレイドフィールド上の各マスの中に、それぞれのモンスターたちが次々と出現し始める。



「まずは俺からいくぜ!」

 先行をとったのは金太郎。

「俺は歩兵〈殺人さつじんシマウマ〉を1マス前進させてターンエンドだ!」


「相変わらず、ショボいっすねェ……。御堂せんぱァい」

「何とでも言えよ。ほら、そっちの番だぜ?」


 角田ペアのターン──

 角田も銀子も、微動だにせずに黙っている。


 銀子は洗脳されている為、ある意味で角田の命令がなければ勝手に自分から行動することはないかもしれない。

 だが、角田まで沈黙を決め込んでいる。


「どうした? やらないのか……?」

 金太郎が怪訝な顔をして角田に訊ねると、角田の顔にいつもの下衆な笑みが浮かんだ。

 そして、聞いてもいない銀子洗脳の経緯を語り始めた。


「いやァ、その前にィ……。そこの銀子のパートナーの人に、銀子がオレ様のパートナーとなった経緯を教えておいてやろうと思ってねェ」

「な──っ⁉」


 響香を動揺させて、ミスを誘う作戦だろう。

 角田の計画通りに、響香の顔がわずかに苦悶の色を示した。

 響香の表情の変化を確認すると、銀子の肩を抱きながら続きを語り始める角田。

 その顔には、いつもの不気味な笑みが浮かんでいる。


飛鳥あすかは簡単に洗脳出来たんすけどォ……銀子はマジで骨が折れたんすよォ! …………どうしてだと思いますゥウウウ?」

「……なぜですか?」

「この女ァ、なぜかパートナーを作ることを頑なに拒んでやがってェ、なかなか思うようにいかなかったんすよねェ……」


 角田が何か言葉を発するごとに、響香の顔が険しく変わっていく。


「いつも『私の隣の席は絶対に誰にも渡さない』──とか言ってやがったんすよねェ。だからァ……そこに弱点があるのかと思ったんすよォ。それでェ、そこを重点的に責めてやったんすけどォ……そしたらァ、数週間くらいで急に堕ちやがったァアアア! ひゃはははァ!」

「銀子さん……」


 この角田の言葉に、金太郎が一瞬反応した。

 だが、すぐに言い返すことはせず、何かを考え込んでいる様子だ。


 響香も、何か思うところがあるようだった。

 これまで同様に苦痛の表情を浮かべながらも、どこか遠くの一点を見つめている。

 その視点の先に何があるのか──それは本人すらわかっていないのかもしれない。 


 ふたりの様子を交互に確認すると、恍惚とした表情を浮かべて話を再開する角田。

「まァ──こういう女は一度堕ちちまえば、あとはズルズルと依存を求めてくるだけだから、逆に楽っすけどねェエエエ! ひゃっはァアアア! きっと昔のパートナー──つまりアンタのことが忘れられなくて、他の人間とペア組みたくなかっただけっしょオ? ……健気っすよねェ?」


 角田が響香の心を攻撃しているのは間違いない。

 だが、先ほどまで動揺して泣きわめいていた響香が、大人しく角田の話を聞いている──

 そこに違和感を感じつつも、角田は最後の一言を口にした。


「まァ、結局ゥ──銀子の隣の席ってのはァ、もうオレ様のモンになっちゃったけどねェエエエ! ひやッはァアアアアアア!」

 角田は、まるで武勇伝でも語り終えたかのような満足気な表情をしている。

 だが、その顔は非常に間抜けでもある。


「──りですか?」

「はァ? なんてェ?」

「話は……終わりですか?」


 響香の言葉に反応して、ふと角田が響香に視線を送った瞬間──

 響香を見た角田の顔が、一瞬にして凍りついた。


 さらに、その角田の様子に反応した金太郎も響香の方へと視線を送る。

「きょ……響香さん……?」

 金太郎の目に映った響香は、動揺するどころか目に見えるほどの殺気を纏っていた。


「え……? ちょ……じょ、冗談じゃないっすかァ……⁉ 何をそんなアツくなっちゃってんのォ……アンタぁ?」

「冗談……?」


 先ほどまでとは別人のような響香に、慌てふためく角田。

「じょ……冗談っていうかァ。ぎ、銀子が……勝手にオレ様に惚れただけ──」

「もう話は終わりです。さっさとターンを消化してください」


 落ち着き払った響香の視線に、汗を垂らして一歩退く角田。

 相手より有利な立場にいなければ気が済まない角田にとって、この状況は屈辱以外の何者でもないのだ。

 本意ではない展開に角田の顔が醜く歪む。


 ほんの数秒の沈黙を経て、開き直った角田がようやくゲームを再開させた。

「く、くッそォオオオ……! オレ様のターンだァアアア!」


 角田は、早々に金将〈ドライ・モロク〉のスキルを発動した。



 金将モンスター〈ドライ・モロク〉。

 角田所有のランク5モンスター。


 コストとして除外するモンスター1体と、スキルの対象モンスター1体を選択して発動するスキルを持つ。

 その効果はかなり特殊で、コストとして除外したモンスターのランクによって、スキル効果の対象として選択したモンスターが受ける効果が変化する。



「オレ様は、コストとして除外するモンスターに銀子の金将〈蒼氷そうひのグローツラング〉、そしてスキル効果の対象とするモンスターにオレ様の飛車〈ダーティ・ハヌマーン〉を選択するゥウウウ!」



 金太郎は、記憶をたどり警戒心を高めた。

 一方、角田はカードに書かれたスキル効果の文面を参考にしながら、その効果を金太郎たちに伝えていく。


「このモンスターのスキルは、コストとして除外する自軍モンスターのランクによって効果が変化するゥ! 銀子の〈蒼氷のグローツラング〉のランクは5ォ! ランク5のモンスターを除外した場合の効果は『選択したモンスターを強制進化させる』──という効果だァアアア!」



 金将〈ドライ・モロク〉。

 金太郎は、このモンスターを知っている。

 なぜならこのモンスターは、一年七か月前の大会で金太郎と対峙したときの飛鳥が使っていたからである。


 その当時、飛鳥の編成セットのすべては、角田の手中にあった。

 そして、その代わり飛鳥に使わせていたのが角田の編成セットだった。


 だが──

 今回、角田は銀子と編成セットの交換をしていない。


 そのことについて金太郎が問いかけると、角田は銀子のポテンシャルを最大限に利用するためだと答えた。

 つまり、この前のダブルス大会のときは、飛鳥と編成セットを交換したことが敗因だったと言いたいのだ。


 そして、相変わらず余計な一言を口にする角田。

「まァ──また飛鳥をオレ様のパートナーとしたあかつきには、〈シルバー・ドラゴン〉くらいは貰ってやってもいいっすけどねェエエエ!」



 すると、しばらく無言で傍観していた響香が口を開いた。

「なるほど……。噂どおりの下衆で安心しました。これで何の躊躇いもなくあなたを葬れます」


「ふひひィ……。そんな怖い顔したって無駄っすよォ……? 銀子の〈蒼氷のグローツラング〉を除外したことによって、オレ様の〈ダーティ・ハヌマーン〉が強制進化するゥ! 現れろォオオオ──進化召喚! 〈ダーティ・ハヌマーン・ダスト〉ゥ!」



 龍馬〈ダーティ・ハヌマーン・ダスト〉。

 角田の所有するランク3の角行〈ダーティ・ハヌマーン〉が進化したモンスターだ。

 進化によりランクが5まで昇格する。


 フィールド上の相手モンスター1体を選択して、そのモンスターを自軍の領域テリトリー以外の任意のマスへ強制転移させることができるという効果のスキルを持つ。


「ひゃっはァアアア! オレ様は〈ダーティ・ハヌマーン・ダスト〉のスキルを発動するゥウウウ!」

「くっ……⁉」


 バトル開始間もない角田の猛攻。

 焦る金太郎。


 だが、その角田の猛攻を阻止したのは響香だった。

「──そうはさせません。私はカウンターでスキルを発動します!」

「な、なんだとォオオオ……⁉」


 響香が手に取ったのは角行モンスターのカード。

 そのカードを角田の方へ向けながら、スキルの効果を口にした。


「あなたが発動したスキルを無効にします!」

「な、なんだってェエエエ⁉」



 角行〈スピリット・ワイバーン〉。

 響香が所有するランク5の角行モンスター。


 完全なカウンター専用のスキルを持つモンスターで、フィールド上のモンスターがスキルを発動した時にしか、そのスキルを発動できない。

 その効果は、発動した対象のスキル効果を無効にするというものだ。



 角田は、肩を震わせて落胆している。


 角行〈ダーティ・ハヌマーン・ダスト〉のスキル効果は非常に強力であり、実際に角田は切り札的な扱いをしていた。

 それが無効化されたのだ。無理もない。


 だが──

 そんな角田に向けて言葉をかけたのは響香だった。


「……角田さん。〝〟をそんな風にしておいて、ただで済むとは思っていませんよね?」


「へ……⁉」


 とてつもなく冷たい視線──。

 その奥底には怒りが垣間見える。


 まるで嵐の前の静けさのような────

 殺人的な視線。



(う、嘘だろ……これが響香さん? なんて威圧感だよ……⁉)


 普段の響香からは考えられないあまりのギャップに、金太郎も驚きの色を隠せずにいる。




「覚悟してください。角田さん────」




 金太郎の目に映る響香の全身からは、紫の色をした火花が放たれているようだった。

 想像を絶する響香の怒りが、まるで具現化したかのような激しい火花──。


「きょ……響香さん?」

 金太郎が驚いた表情で響香を見ている。


 角田には見えていないのか。ふたりの様子を怪訝な顔で見ていた。



 そして──




 響香の瞳の奥に小さく紫色の光が灯る────




「──私の銀子に手を出したこと、一生後悔させてあげます」

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