第五十七話「想いを力に変えて」
「ゆ、許さない……! あなただけは────絶対に許さないっ!」
放したら
「落ち着いてって…………響香さん⁉」
「は、放してっ……金太郎さん!」
響香は角田を睨みつけ、言い放った。
「〝代わり〟ってなんなんですか⁉
「ダメだって! 気持ちはわかるけど、今は落ち着いてくれ!」
金太郎が必死に響香を説得して止めてはいるが、今にも飛びかかってきそうな響香の迫力に怖気づいて角田が一歩退いた。
「な、なんすかァ……? あんたァ、銀子の
「そ────それ、は……」
角田に痛いところを突かれて、反論できずに意気消沈してしまう響香。
だが、そんな響香の代わりに、金太郎が前へ出て声を上げた。
「相変わらず、へ理屈ばかり言いやがって……。いかにも正論のように言ってるけど、おまえがやっていることの方が筋違いだろ! 自分のことは棚に上げて他人への指摘ばかりしてると、いつか痛い目みるぜ」
角田を睨みつける金太郎。
響香は自分の代わりに反論してくれた金太郎を、驚いたような表情で見ている。
さらに金太郎は、角田を否定するように言葉を続けた。
「それに──響香さんが銀姉を束縛しているかどうかなんて、そんなのは本人たちが決めることだぜ! おまえが横からゴチャゴチャ言うな」
「金太郎さん……」
響香は、この金太郎の行動と言葉が嬉しかったのだ。
それは響香にとって、銀子に対する想いは誰よりも強いのだと自負しており、これまでも銀子のことを最優先に考えて行動してきたつもりだからだ。
それだけは、誰かに認めて欲しかったのだろう。
響香の脳裏に、ある想いが巡る。
もう何年も銀子との信頼関係に、わずかな溝が出来てしまっていたことについてだ。
決して仲違いしていたわけではない。
ただ──
お互いがお互いを想うがあまり発生してしまった、ほんのわずかなすれ違いだったのだ。
そして、その関係を改善する努力を怠ってきたこと。
現状に満足していたわけではなかったが、関係の悪化を恐れて改善を諦めてしまっていた。
その消えない過去の過ちが、響香にとっての負い目となり、結果的に角田の言葉を正面から否定できない原因となっていたのだ。
響香の目からは、とめどなく涙が溢れ出ている。
そんな響香を、無表情で眺めている銀子。
一方、角田は金太郎の態度が気に入らないらしく、不機嫌そうな顔をしていた。
辺りは重たい空気に包まれている。
金太郎は話題を変える為、気になっていたことについて角田に訊ねた。
それは、なぜこんな場所にレイドフィールドがあるのか──ということだ。
角田は返答は次のようなものだった。
まず、このレイドフィールドの建設を計画したのは角田。
洗脳した銀子に命令して、クロスレイド協会に建設させたらしい。
クロスレイド協会の幹部にも顔が利く銀子を利用して、無理やり協会の資金を強奪したという。
自分は一銭も使わずに他人に寄生して贅沢をする──
まさに角田らしいやり方だ。
まだ他人の金銭で最低限の生活をしている程度なら可愛いものだが、他人の金銭で人並み以上の生活を要求すること自体が、もはや人として終わっているとも言える。
さらに角田の計画では、このレイドフィールドの所有者を角田にするように銀子を通して協会に申請してあるらしいのだ。
現段階ではレイドフィールドのみの簡素な造りだが、いずれ周囲の森林を伐採して巨大なスタジアムにすることも考えているようだ。
だが、それでも自分の資産はビタ一文払わないというスタイル。
いくら銀子の口添えがあったとはいえ、なぜ角田の無茶な要求が通ったのかというと、レイドフィールドの建設設計に携わっている企業の方で、ちょうど新型のレイドフィールドの試作的な建設をする場所を探していたそうなのだ。
そこで、銀子と協会の信頼関係を利用して、この場所に建てるように誘導したという。
のちにスタジアム化して儲かれば全て角田の手柄。
万が一、儲からなくても不都合なことは全て銀子に押し付け、自分は美味しいところだけを持っていくという考えらしい。
角田の話の途中、金太郎の我慢が限界に達した。
頭に血管を浮かべて、角田を睨みつける。
「おまえ、銀姉を何だと思ってんだ……!」
だが金太郎の反応を無視して、さらに神経を逆撫でする言葉を口にする角田。
「まァ……? 完成するまでは、こうして銀子とのラブラブ生活でも満喫してればいいかなァ……ってねェ!」
さらには、フィールド自体ほとんど完成している為、銀子を使って立体映像バトルも好き放題堪能していたようだ。
ひと通り答え終わると、今度は角田の方から質問を投げかけた。
「それより……あんたらマジで何しに来たんすかァ?」
角田は面白くなさそうな顔をしている。
銀子との時間を邪魔されたのもあるのだろう。
「俺たちが来た理由くらいわかってるんだろ?」
「まァ……予想はついてますけどォ……」
金太郎の答えを聞くと、いつもの不気味な笑みを浮かべて銀子の肩を抱き寄せてみせる角田。
言葉にしてはいないが、金太郎たちが銀子を取り返しに来たことを角田も察している。
だから、わざわざ銀子を抱き寄せて見せつけているのだ。
そして角田が金太郎たちの目的に気付いていることに、金太郎たちも気づいている。
お互いにクロスレイドでの勝負になることを予感している──そんな空気が辺りを包んでいた。
会話での取り決めは省略され、クロスレイドで勝負すること前提で角田は金太郎に条件の提示を求めた。
「────で。そっちは何を賭けてくれるんですゥ?」
「話が早いな。だったら俺の〈ゴールド・ドラゴン〉でどうだ?」
すると角田は、響香をジロジロと眺めながら答えた。
「そうっすねェ……。御堂先輩の〈ゴールド・ドラゴン〉も確かに欲しいんすけどォ……。それより、その人ォ……響香さん──でいいんすよねェ? その人ォ……賭けて欲しいなァ……」
「なん、だと……?」
まさかの角田の要求に、動揺する金太郎。
だが角田は、さらに響香を舐めまわすように見ながら答えた。
「だってェ……こっちが銀子を賭けるんだからァ、そっちはその人を賭けるべきっしょオ?」
「おまえ……銀姉や響香さんを物みたいに言いやがって……! そんな要求、受け入れるわけ────」
金太郎が角田の提案を却下しようとした時、会話に割って入ったのは響香だった。
「────別に構いません! ……それでいいです」
響香の答えを聞いて、角田が舌なめずりをした。
その口元には笑みが浮かび、不気味に歪んでいる。
慌てて響香を止めようとする金太郎。
「ちょっと響香さん⁉ 冷静に──」
だが響香の表情を見て、金太郎は言葉を止めた。
なぜなら響香の瞳に強い意志を感じたからだ。
もう響香は取り乱してなどいないと金太郎は判断して、響香の決断を尊重することにしたのだ。
響香はそっと目を閉じ、自らの中にある意思を確認するかのように呟く。
「勝てばいいんです。勝って、私が──────……」
少しの沈黙のあと、言葉をためて深呼吸する響香。
そして、そっと目を開いてから、力強く言葉を口にした。
「銀子さんは…………私が奪い返します!」
その瞳には覚悟と信念、そして鋼のような意思が感じられる。
鬼気迫る響香の迫力に、金太郎は言葉を失って傍観していた。
「響香さん……」
響香が角田を睨む。
そしてレイドフィールドの方へ視線を向けて、角田に問いかけた。
「あれ──。使えるんですよね?」
「もちろんっすよォ」
「シングルスはないんですか?」
現状、そこにあるのは巨大なダブルス用のレイドフィールド。
響香としては、不要に銀子と戦いたくないという想いがあった為、できれば角田とシングルスでタイマンの勝負を望んでいたのだ。
「ああ。さっきも話したっすけどォ……。あれ試作段階のレイドフィールドなんすよォ。ワンプッシュで両端のフィールドの一部が収納されて、シングルス用に切り替わるようにはなってるんすけど……ねェ?」
「……けど?」
「でも……シングルスは駄目っすねェ!」
角田の答えに、響香が怪訝な顔をして理由を聞き返した。
「……なぜですか?」
その理由のひとつは、まさに響香の心を見透かしたようなものだった。
響香は銀子に手出しは出来ない──。
つまり銀子がいれば、角田が負けるリスクが激減するという理屈だ。
だからダブルス一択だと、角田は考えていたのだ。
もうひとつの理由として、まだ切り替えの調整が完全じゃないということらしい。
こっちの理由については、角田の言葉の時点でどこまで本当かわかったものではないが、一応そういうことらしいのだ。
もし起動して壊れたら、協会に修理代の請求をしに行くことになるのは銀子──。
まるで脅しのようなフレーズを口にする角田。
「オレ様は優しいからァ、銀子に余計な負担をかけさせたくねぇんすよねェエエエ!」
いったいどの口が言っているのか──
そう、響香は思っていることだろう。
だが同時に、今は無駄に不毛な争いをしている場合ではないとも考えている。
一刻も早く銀子を取り戻したい──
その想いが響香を突き動かしているのだ。
角田の言葉に不満を感じながらも、ダブルスでの勝負を受け入れる響香。
「だったらダブルスでいいです。……金太郎さん。ペア、お願いしていいですか?」
「あ、ああ……。もちろんだぜ、響香さん!」
角田は、さらに醜い笑みを浮かべて言った。
「交渉成立っすねェ! ぶひひィ……! ぜえェェんぶゥ、俺様のモノだァアアア! 前回の借り返してやるよォオオ……御堂ォオオオオオオ!」
響香は目を閉じて、祈るように独り言を呟いた。
「銀子さん……。必ず、私が──────」
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