第五十三話「赤髪の救世主」

 けい中島なかじまが走って行った方を見つめながら呆然としている。


「な、中島くん……」

「くくく……。ひとりじゃ続けられないだろ? ギブアップしちまえよ!」



 現在、桂たちが対戦しているレイドスポットは、ダブルスでのバトルを前提に作られている施設だ。

 プレイヤールームの足元にはセンサーが設置してあり、ダブルスでゲームをする場合は、ふたり揃わないとゲームが起動しない仕組みになっている。


 つまり──

 中島の欠如によって、桂側のプレイヤールームで必然的に人数の不足が発生。

 その結果、強制的にレイドシステムが停止。いくら駒を動かしても反応しない状態になってしまったのだ。



「おらぁ! さっさとギブアップ宣言して、てめえの駒ぁ全部よこせや! 俺たちゃ暇じゃねえんだよ!」

「どうせあの弱虫が戻ってこねえとゲームが続けられねぇんだから、もう時間の無駄だろうがよぉ!」

「く……!」


 岡本おかもと田島たじまが大きな声を出して、桂を威嚇する。

 2対1。いや──不良たちの後ろには、対戦をしていない仲間たちも待機している。

 しかも向こうは喧嘩慣れしている不良たちだ。


 桂の足が震える。

 必死に勇気を振り絞り、不良たちに反論して立ち向かう。

「ま、まだ時間はあるんだ! きっと戻ってくるよ!」

「あんなクソ弱虫が戻って来るわけねぇだろうが! さっさと諦めてギブアップしちまえよ!」


 不良たちの罵声を浴びながら、ひたすら耐える桂。

 もはや中島を信じて時間稼ぎするしかない状況なのだ。


 どちらにせよ時間切れになったら、ゲームを中断するきっかけを作った桂側の責任を追及されるのは間違いない。

 さらに無駄な時間を浪費させられたと、不良たちが無茶な要求を仕掛けてくる可能性まである。


(お願い……中島くん。戻って来て──)

 必死に中島の帰還を願う桂。

 否が応でもその緊張感は高まる。



 中島が逃げ出してからすでに数十分──。

 痺れを切らした岡本が、ついに強硬手段に出た。

 後ろで見学していた不良たちに向かって、桂側のプレイヤールームへ乗り込んで、無理やりサレンダーボタンを押してくるように指示を出したのだ。


 指名されたのは、岡本の舎弟と思われる小山こやませきだ。

 ふたりは岡本の命令で立ち上がると、桂のいるプレイヤールームへと小走りで走り始めた。

 その様子を目にした桂の顔が強張っていく。


「な……⁉ ま、まだボクはサレンダーする気はないのに、そんな無理やりなんて…………」

「うるせぇ! 何もしないで何分も待たされている俺らの身にもなれや! 俺らの貴重な時間を潰した責任は取ってもらうからな!」


 桂は必死に訴えるが、岡本は聞き入れる気はない。

 じきに桂側のプレイヤールームへと辿り着いた舎弟のふたり。

 勝手にプレイヤールームへと足を踏み入れ、小山が桂を後ろから羽交い絞めにした。

「な……何を…………⁉」


 そして、関がプレイヤールームの右壁に設置されているサレンダーボタンの方へと向かっていく。


「ふへへ。これで終わりだぁ」

「や……やめて! ボクはまだ────」

「うるせぇ! おい、おまえら! ギブさせたら、そいつの駒ぁ全部奪い取ってこいや!」

「へい! 岡本さぁん!」



 今まで恐怖を飲み込んで、必死に立ち向かっていた桂だったが、常識の通用しない不良たちの前に何もなす術がない。


 桂の目に、ついに涙が溢れ始めた。

 恐怖からか、それとも悔しさからか────。


(ボ……ボクは結局──────)



 関がサレンダーボタンを押そうと指を伸ばした。

 その時──


 目を閉じて覚悟を決めた桂が感じた違和感。

 サレンダーのサイレンが鳴らない。



 不思議に思って目を開いた桂の瞳に飛び込んできた光景──

「え──⁉」


 ボタンを押そうとしていた関の指が、寸前で止まっている。

 その腕を何者かが握って、ボタンを押すのを阻止したためだ。


 桂の目が大きく見開かれた。



 その特徴的な赤髪。

 なびいた髪の隙間から覗く、見覚えのある十字架のピアス。

 凄まじいほどの殺気を放つイエローの瞳。


「ま────まさ、か……ど⁉」


 桂を羽交い絞めにしている小山へナイフのような視線を向けていた将角まさかどだったが、桂の方に目を向けると柔らかい笑顔に変わって一言だけ口にした。


「待たせたな。桂」

「将角……どうして、ここに?」


 すると将角は、親指を背後へと向けて言った。

「あいつから聞いた」


 将角の親指が示している方向──

 そこにいたのは、あの中島だった。

 プレイヤールームの出入り口付近で、涙を浮かべながら壁に寄り添って座りこんでいる。

「な、中島くん⁉」


 経緯については将角が説明した。

 将角が北側地域の調査を終えて、桂のいる西側地域へと足を運んだところ、途中で青い顔をして必死で走ってくる中島と遭遇したという。


 将角は西側地域に向かう前に桂に電話をしていたが、連絡が付かなかったのだ。

 そこへ尋常ではない様子の中島が現れたことで、将角の勘が何かを感じとって尋問した結果、この状況を知ることが出来たということだ。



 壁にもたれかかるようにして座っていた中島だったが、その身を起こして桂に向かって土下座した。

「に、逃げてしまって……ごめんなさい……。桂さん……」

「こうして戻って来てくれたんだし、もう気にしないでよ」

「だ、だけど……見ず知らずの僕を助けてくれた桂さんを置き去りにして、僕は……」


「まあ──そのおかげで俺がここに来れたわけだし、今回は結果オーライだと思っとけよ」

 将角としても複雑な気分ではあるが、中島の気持ちがわからないわけではない。

 ただ、中島の行動が決して褒められるべきものではないことも確かだ。


 どことなく気まずい空気感に沈黙が訪れ、少し重い空気に包まれる。

 その時── 


「い、痛てぇだろうがぁ……放せや!」

 声を上げたのは、将角に腕を掴まれていた不良のひとり──関だ。


 桂と将角、そして中島の三人で話をしているあいだ、ずっと将角に腕をねじ上げられており必死に耐えていたのだ。

 振りほどこうと藻掻もがいていたのだが、将角の力が強すぎてビクともしなかったようだ。


「は、放せっつってんだろうがぁ! ……このクソヤロウ!」

「……あ? 何だ、てめぇ。うるせぇな」


 大声でわめく関のことが気に障ったのか、将角は掴んでいた腕を、さらに捻るように回して背中側で締め上げた。


 関はつま先立ちになって痛がっている。


「痛ってぇ……⁉ は、放せ……ボケぇえええ!」

「放して欲しけりゃ、まずは桂を放せ」

「わ……わかった! お、おい! そいつを放してやれって……!」

「お……おう!」


 関が音を上げたことで、小山が桂を解放しようとしたが──


「ダメだ! そのメスガキは放すな! 人質だ!」


 向かいのプレイヤールームから大声で怒鳴りつけたのは岡本。

 まるで関たちの安否など、どうでもいいかのような発言だ。


「え……? そ、そんなぁ……。ちょっと岡本さん……! そりゃないっすよ……!」

 関が不満を口にした。


 すると将角は、無言のまま関の腕を徐々に持ち上げていく。

「い、痛てぇ……⁉ ちょ……! お、おれっ……折れちゃう……って⁉」


 あまりの痛さに、関は仲間たちに助けを懇願するが、小山は岡本が怖いのか動こうとしない。

 向かいのプレイヤールームにいる他の不良たちも、誰ひとり声を上げない。

 もちろん岡本は、無言で眺めている。


 そして、数秒後──

 将角が関の肩に手を添えて少し力を入れると、バキっという鈍い音とともに関の悲鳴がレイドスポット内に響いた。


「ぐぁあああああああっ⁉ お、おれ……おれっ……! 折れちゃ……った……⁉ 俺の腕ぇえええ……⁉」


「騒ぐな。肩の関節を外しただけだ」

 そう言って将角は関節を外した方の腕を放して、代わりに逆の腕を背中に捻り上げた。


「うぎゃあぁあああ……⁉」

「だから大げさに騒ぐなって。こっちの肩も外されたくなけりゃ、早く桂を放せ」

「い……⁉ いぃいいいっ……いやぁあああ⁉ お、おおおお……岡本さぁん!」

 関は汗と涎を垂れ流して岡本に助けを懇願するが、相変わらず岡本は諦めろと言わんばかりの表情で睨んでいるだけだ。


 このふたり──

 特に関は、明らかに捨て駒にされていると将角も気づいている。

 だが将角は、あえて脅しを強めた。

「うるせえな……。それともなんだ? ──外すんじゃなくて折って欲しいのか?」

「──ひっ⁉」


 小山は仲間が惨たらしい仕打ちにあっているのを見ていられず、無意識に桂を放してしまった。

「や、やめろ……! ほら……放したぞ……!」


「てめえ……小山ぁ! 誰が放していいっつったよ⁉」

 今度は勝手に桂を放した小山が、岡本が責められている。


 将角は、怒鳴っている岡本の方を見つめながら関を解放した。

「お、おい……。大丈夫か、関……?」

「す、すまねぇ……小山……」


 関を心配して駆け寄る小山。

 すると向こう側のプレイヤールームから、ふたりへ向けられた岡本の怒声が聞こえてきた。

「てめえら! あとで罰を与えるからな!」


 だが関は何も答えずに、岡本の方を睨んでいる。

 しばらく沈黙が続いて、小山が眉間にしわを寄せて岡本に言った。


「お、俺ら……。もうアンタにはついていけねぇ……。すんませんけど、帰らせてもらいますわ……」

 関を担いで、レイドスポットをあとにする小山。


「お、おい! なに勝手に帰ろうとしてんだよ……てめえら! あとで見つけてぶっ殺すぞ⁉」

 だが岡本の言葉はふたりに届かず、虚しく響いていた。


 さらに、その様子を見ていた他の不良たちのひとりが、立ち上がって言った。

「あ、あの……俺もちょっと用事思い出しちゃって……」

「お、おい……⁉ 待てって…………」


 その不良のひとりは岡本の言葉も聞かずに、その場から逃げるように立ち去ると、それを皮切りに次々とレイドスポットから逃げるように立ち去る下っ端の不良たち。

 気づくと不良たちは岡本と田島だけになっていた。



 その傍らで、いつの間にかプレイヤー盤の前に立っていたのは将角。

 これまで中島がプレイしていた場所に立って、準備運動を始めている。


 それに気づいた岡本が、将角に因縁を付けた。

「てめぇ……何者だよ⁉」


「──俺か? 俺はこいつのパートナーだ」

 将角はそう答えてから、後ろで座り込んでいる中島を指して言葉を付け加えた。

中島そこのやつの代わりに、今から俺が相手してやる」

「俺が相手してやる……じゃねぇんだよ! 途中で選手交代なんて許されると思ってんのか? あぁん⁉」

「あ? 知るか。関係ねぇよ……んなもん。特に……てめえらみてぇなの相手に、こっちだけ律義にルール守るような立派な人間に見えるか──この俺が?」


 岡本の額には汗が滲んでいる。

 得体の知れない将角の存在に、焦りを感じているのだ。

 

 さらに将角が言葉を続ける。

「ま──どっちにしろ、てめえらはもう手遅れだ。俺の相棒にちょっかい出した落とし前は、しっかりとつけてもらうからな」



 将角がフィールド上のモンスターの並びを確認している。

 中島が使っていたモンスターのカードにも目を通して、スキルなどを簡単に確認すると、ニヤリと笑みを浮かべた。


「2ターンもあれば十分だな。桂──いけるか?」

 すると桂は目を輝かせて答えた。

「も、もちろんだよ!」


 桂の返事を聞いて、将角が駒を手に取った。

「いくぜ────俺のターンだ!」

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