第五十二話「カレントドラゴン・シュトローム」
リーダー格と思われる
「はぁあ⁉ 寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞ? 失敗したのはそこの馬鹿だろうがあっ……!」
中島は委縮して怯えている。
指を指されたことで、まるで標的になったかのような気分になったのだろう。
また凄んでいる田島の顔や、その怒声が中島に恐怖を与えているのだ。
「へっへ……。おいおい。あまり怖がらせんなよ……可哀想だろぉ? それよりさっさとゲームを進めろや、田島ぁ」
「あ。へぇい! すいませぇん、
田島も口では謝っているが、もはやただの馴れ合いというか、じゃれ合いにしか見えない
岡本としては懐の大きいところを見せたつもりなのだろうが、客観的に見た場合これほど滑稽な見世物が他にあっただろうか?
結局は無駄に中島が怯えさせられ、不良たちが自分たちを褒め合って気分良くなっているだけの茶番劇が終わり、ようやくゲームが再開する。
田島のターン。
「ひゃはは! そこのマヌケに足を引っ張られて大変だなぁ……かわい子ちゃんよぉ⁉」
田島が調子こいているのには理由があった。
先ほど岡本の銀将モンスターを捕縛せずに、わざわざ見当違いのところにいた歩兵モンスターを捕縛したと思われている中島の飛車モンスター〈レッド・バード〉。
実はその飛車〈レッド・バード〉が、田島の角行モンスターの行動範囲内に自ら入ってきた形になっていたのだ。
「俺は角行〈キラー・シャーク〉で、岡本さんの
だが──
この捕縛宣言に合わせて桂が口を開いた。
「──そうはさせない! その前にボクは〈レジェンダリー・ネクロマンサー〉のカウンタースキルを発動する!」
「な、なんだとぉ……⁉」
金将モンスター〈レジェンダリー・ネクロマンサー〉。
カウンター専用のスキルを持つランク5の激レアモンスターだ。
相手のモンスターが捕縛宣言を行ったとき、フィールド上の自軍モンスター2体を選択してスキルを発動できる。
その効果は、捕縛宣言をしたモンスターの行動を無効にして、選択した自軍モンスター2体の位置を入れ替えるというものだ。
「ボクが選択する自軍モンスターは、中島くんの飛車〈レッド・バード〉……! そして──」
桂の鋭い視線が不良たちを捉える。
同時に、その場にいる全員の視線が桂に集まった。
桂の全身から凄まじいほどの闘気が溢れ出している。
「──ボクの持つ桂馬モンスター〈カレント・ドラゴン〉だ!」
桂の金将〈レジェンダリー・ネクロマンサー〉のスキル効果により、田島の角行〈キラー・シャーク〉の行動が無効化。
そして桂の桂馬〈カレント・ドラゴン〉と、中島の飛車〈レッド・バード〉の位置が入れ替わる──
「ば────────馬鹿なぁああああああっ……⁉」
顔を真っ青にして、思わず叫んだのは田島。
ついさっきまで、不良たちが馬鹿にしていた中島の行動。
それが今、脅威となって不良たちに襲いかかったのだ。
さっきは、まるで要人たちの忖度のような茶番劇を演じていた岡本だったが、今度は田島を頭ごなしに怒鳴りつけた。
「な、何やってんだぁ……田島ぁ! てめぇのせいでピンチになっちまったじゃねえか! どう落とし前つけてくれんだ……あぁん⁉」
「す、すいません……岡本さん」
本気で怒った岡本を前に、さすがの田島もふざけた返事は出来ず、冷や汗をかきながら真剣に謝っている。
余裕があるときは器があるように見せかけようと茶番劇を仕掛け、余裕がなくなると途端に他人に当たり散らす度量の狭さを見せつける岡本。
まるでコントをしているかのような不良たちを前に、桂が覇気を宿した眼光を向けながら言った。
「だから言ったんだよ────」
これまでの桂からは想像できないほどの威圧感。
隣にいる中島までもが、目を見開いて驚いている。
不良たちも言葉を失って、ただ桂の姿を見つめていた。
桂の左目の奥──
この場にいる誰もが見えてはいなかったが、確かにほんの一瞬だけわずかに真紅の光が宿ったように見えた。
「──中途半端な覚悟のくせに他人を見下しているから、そういうことになるんだって」
完全に桂に気圧されている不良たち。
確かに桂のカウンターによって不覚を食らいはしたが、それだけではない。桂の全身から溢れる闘気に対して、無意識に拒絶反応が起こっているのだ。
「な、何だかよくわからねぇが……このメスガキ──何か、やべぇぞ……」
思わず口にしたのは岡本だ。
桂のあまりの迫力にゲームが止まっていたが、しばらくして我に返った田島がターンエンドを宣言した。
桂はターンを開始する前に、まず中島にアイコンタクトを送った。
中島が桂の視線に気づくと、桂はその視線を中島の金将モンスター〈グランド・アリゲーター〉へと持っていく。
すると、中島の視線が桂の目線を追って〈グランド・アリゲーター〉を捉えた。
それを確認してから桂が動き出した。
(頼んだよ──中島くん)
桂の鋭い眼光が、再び不良たちへと向けられる。
「ボクのターン!」
桂は桂馬〈カレント・ドラゴン〉で、金将〈ドワーフの
「くっそ……や、やろう……⁉ 王将の真横まで切り込んできやがった……!」
この場にいる全員が一斉に桂に注目する。
桂は桂馬〈カレント・ドラゴン〉の駒を手にとって、召喚口上を唱え始めた。
「
召喚口上を唱え終えた桂が〈カレント・ドラゴン〉の駒を移動先のマスへと裏向きに配置する。
すると、中央レイドフィールド上にいた〈カレント・ドラゴン〉が、岡本の金将〈ドワーフの竜騎士〉へと飛び掛かり攻撃をしかけた。
直後──
ガラスが砕けるように消滅したのは、岡本の金将〈ドワーフの竜騎士〉の立体映像。
そして、そのまま〈カレント・ドラゴン〉が相手の領域内に降り立った。
その場で、空に向かって大きく咆哮を放つ〈カレント・ドラゴン〉。
同時に〈カレント・ドラゴン〉から、まるで血のような真っ赤な色をした光の柱が天へと向けて伸びていった。
その光の中から現れたのは、進化桂馬モンスター〈カレントドラゴン・シュトローム〉。
さらに〈カレントドラゴン・シュトローム〉は、不良たちに向かって大きく咆哮した。
その圧はレイドフィールドを離れ、空気を伝播し、不良たちへと襲いかかる。
「ぐ……⁉ な、なんてモンスターを持ってやがるんだ……」
進化桂馬〈カレントドラゴン・シュトローム〉の迫力に、恐れおののく不良たち。
さらに桂は、進化桂馬〈カレントドラゴン・シュトローム〉のカードを手に取って宣言した。
「ボクは〈カレントドラゴン・シュトローム〉のスキルを発動する!」
進化桂馬モンスター〈カレントドラゴン・シュトローム〉。
全方位3マス圏内に存在するモンスターのルビー石をすべて取り除くというスキルを持つが、その性質ゆえにデメリットも併せ持っている。
そのデメリットとは、圏内にいる自軍モンスターたちもスキルの対象になってしまうということ。
また、このスキルを使ったターン〈カレントドラゴン・シュトローム〉は行動できないという制限を受ける。
この進化桂馬〈カレントドラゴン・シュトローム〉の効果により、スキル圏内にいた不良たちのモンスターのルビー石が根こそぎ排除された。
また、進化桂馬〈カレントドラゴン・シュトローム〉がスキルを発動したのが相手領域の最深部だった為、桂たちのモンスターは一切被害はない。
さらに桂は角行〈テンペスティック・マンティコア〉で、岡本の歩兵〈
そして最後に、中島とアイコンタクトを取ってからターンエンドを宣言した。
だが、ここに来て岡本の顔が不気味な笑みで歪んだ
「ふ、ふへへ……馬鹿めぇ! いくらルビー石を取り除いたところで、こんなところまで入り込んでりゃ、次のターンで俺の王将に取られて終わりだろうがぁ!」
「なるほど……。さ、さすが岡本さん……頭が切れますぜ!」
田島は、岡本へのゴマすりは忘れない。
次は岡本のターンだ。
「ひゃははは! 俺は王将でメスガキのドラゴンを捕縛──」
「そうはいかないよ! さあ、中島くん!」
「は、はい……! ぼ、僕は金将〈グランド・アリゲーター〉のスキルを発動して、桂さんの〈カレントドラゴン・シュトローム〉を1マス右へ──」
中島の言葉を聞いた途端、岡本の表情が変わった。
慌てて大声を出してゲームを止めたのだ。
「ま、待て! ちょっと待て! ……なるほど、そういうことか。……な、なるほどな」
ようやく岡本は、桂たちの作戦を把握したのだ。
このまま中島の〈グランド・アリゲーター〉のスキルをカウンターで発動されれば、桂の〈カレントドラゴン・シュトローム〉が1マス王将から離れることになる。
その時点で、岡本の王将は桂の〈カレントドラゴン・シュトローム〉を捕縛出来なくなってしまう。
それどころか、桂の角行〈テンペスティック・マンティコア〉と進化歩兵〈マスカレード・キャット〉、さらには桂馬〈ベビー・カーバンクル〉までが邪魔をしており、どちらに転んでも岡本の王将は桂の〈カレントドラゴン・シュトローム〉がいる方向へ移動するしかないのだ。
この状態で進化桂馬〈カレントドラゴン・シュトローム〉に1マス逃げられてしまった場合、次のターンで王将を捕縛されてしまう可能性が極めて高くなる──。
岡本の額には、大量の脂汗が浮かんでいる。
「……何? カウンタースキルでも発動するの?」
「へへ……。いや、ほら。あれだ……!」
桂の質問に、しどろもどろな返事をする岡本。
半笑いしながら、無様な醜態を晒している。
だが──
しばらくして、急に岡本の視線が中島へと向けられた。
「おい……中島ぁあああっ! そのスキルを使ったら、あとでどうなるか……わかってんだろうなぁ⁉」
「ひぃ……⁉」
あろうことか、岡本は強い言葉で中島を脅し始めたのだ。
負けそうになって、岡本がとっさにゲームを止めた理由──
そもそも、これは最初から不良たちが最終手段として考えていた手だった。
中島さえ機能しなくなれば、負けることはない。
万が一の場合は、中島をコントロールすればいいだけ──。
「な……⁉ 卑怯だぞ! 正々堂々と戦えないのか⁉」
桂は必死に抗うが、不良たちが素直に言うことを聞いてくれるわけがない。さらには、中島もすでに恐怖で我を失っている。
「何が正々堂々だ……! 勝てばいいんだよ、勝てば……! 中島ぁあああ! わかってんだろうな? 今そのスキルを使わなけりゃ、あとでボコるのだけは勘弁してやる!」
「うぅうう……」
中島は顔面に滝のような汗をかいて、全身を震わせて怯えている。
そして、絶望したような表情を桂に向けて言った。
「ご……ごめんなさい…………桂さん」
中島はそう言い残して、ひとり走って逃げてしまった。
「……え⁉ ちょっと待ってよ、中島くん!」
「ひゃはは! あいつ逃げちまいやがったぜぇ! さあ……どうすんのぉ? かわい子ちゃあん!」
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