第四十八話「将角との再会」
「
手に〈ゴブリン・キング〉の駒を持ったまま、響香が尋ねた。
険しい表情の
二人の様子に、
「一昨年──。俺からすべてを奪い、飛鳥の心を弄んで恐怖のどん底に突き落とした人物……!」
「え……? そ、それって……怖い人、なんですか……?」
「いや……怖いっていう感じじゃないんだけど……。一昨年のクロスレイド・ダブルス大会で、俺たちはコイツのせいで散々な目にあったんだ。素性はわからないけど……とにかく得体のしれないヤツだよ」
「き、金ちゃん……。あたし、怖い──」
飛鳥は青ざめた顔で、身体を小刻みに震わせている。
金太郎は飛鳥の手をぎゅっと握って、響香に現状で想定できる最悪の可能性について話した。
もしかしたら
さらに金太郎は、なぜ角田を連想したのかを響香に話した。
二年以上前。
初めて角田に遭遇したあの日から何があったのか。
銀子の部屋にあったという〈ゴブリン・キング〉の駒。
その駒は、金太郎にとって不吉のアイテムに他ならない。
そもそも、あの日に〈ゴブリン・キング〉を引き当ててしまったことがすべての始まりだったと、今でも金太郎は思っている。
その後に飛鳥が豹変するトリガーともなり、角田がもたらす災いの前触れのようなタイミングで、常に金太郎の前に現れた。
そして──
推測の域を出ないが、これまでの出来事から考えて金太郎たちが辿り着いた角田の謎のひとつ。
──洗脳。
一昨年、角田に従っていた飛鳥の様子は、まさに洗脳そのものだった。
まるで別人のように成り果て、金太郎たちの前に立ちはだかったのだ。
角田から解放されてからは元の飛鳥に戻ったことなど、明らかに記憶というよりは意識を弄られていたと思われる痕跡もあった。
当時、
最悪、記憶の改ざんなどが行われていた可能性もあると将角が口にしていた。
「せ……せん……のう?」
「まだハッキリとはしないけど、少なくとも角田には人を操るような能力があることは間違いないと思う」
仮に、角田が人を洗脳する能力を保持していることが事実だとして──
その能力が、いったいどういう機序で成立しているのか。
正直な話、まだわからないことだらけなのだということを響香に伝える金太郎。
響香の表情は戸惑いと不安が同居したような色を浮かべている。
突然のことに、思考が追い付かないのだろう。
映画の話というならともかく、これが現実の話と言われれば混乱するのも無理はない。
なかなか状況の整理が出来ないのか、呆然として動かない響香。
だが、間もなく急に電源が入ったかのように動き出した。
「たっ……大変! 銀子さんが……!」
慌ててバッグを肩にかけ直し、テーブルを離れようとする響香を金太郎が止める。
「落ち着いて、響香さん! 今ここを出て行ったからって、どうにもならないって……!」
「だ、だって……! 早くしないと銀子さんが────!」
うろたえる響香の腕を掴み、必死で引きとめる金太郎。
手を離したら、今にもファミレスから飛び出して行ってしまいそうな勢いだ。
何とか金太郎が、響香の説得を試みる。
「俺たちだって響香さんと同じ気持ちだよ! だけど、角田がどこにいるのかさえわからないんだ。そもそも、本当に角田の仕業かどうかさえ……」
「そうですけど……もし、その角田さんって人が銀子さんのことを──」
響香の視線は宙を彷徨っており、その表情からは不安や動揺の色がはっきりと感じ取れる。
一方、角田が絡んでいるかもしれないという可能性が浮上した今、金太郎の頭の中には自分がとるべき行動がひとつ明確に浮かんでいた。
「……少し当てがある」
「当て……?」
その金太郎の言葉に、いったん落ち着きを取り戻す響香。
金太郎は響香を椅子に座らせてから、その内容について話した。
「響香さん。俺は今から将角のところに行ってみるよ」
「将角さんのところ……?」
響香は怪訝な顔で聞き返す。
将角は響香にとっても知らない間柄ではなかったが、なぜ急に金太郎が将角に会いに行くと言ったのか──
角田事件に関与していなかった響香からしたら、その理由がわからなかったのだ。
金太郎が順を追って説明していく。
「あいつさ。一昨年の角田との一件がひと段落したあと、しばらくヤツの周辺を調べ回っていたみたいなんだよ」
「え? そ、そうなんですか……?」
「ああ。そしたら、すぐに角田が病院から姿を消しちゃったんだ」
例の事件後からの経緯。
響香にとっては、すべて始めて耳にする出来事だ。
角田の出現からダブルス大会までの話の時点で、恐怖を感じずにはいられなかった響香だったが、そこからさらに将角が調べ回っていたという事実が、よりその深刻さを現実的な危機感として響香に実感させていた。
角田失踪後も将角は調査を続けており、金太郎も定期的に将角のところを訪れて角田についての議論をしていたが──
何事も起きないまま月日だけが過ぎていき、いつの間にか金太郎は将角とその話をしなくなっていったということだ。
時間の経過とともに訪れる危機感の薄れ──
まだ角田がこの世に存在している可能性がある以上、その危機が消えたわけではない。
だが人は、いつ来るのか先の見えない危機感を前に、長期的な緊張感を保つのは非常に難しいのだ。
いずれ何かを言い訳にし、自分に都合のいいように解釈して、楽な方に身を委ねるようになる。
金太郎も、なぜ自分にとっても脅威だとわかっていたものに対して、何の根拠もなく『もう大丈夫』と思い込んでしまっていたのか。
後悔の気持ちが、金太郎の胸をよぎっていた。
将角が頼りになるやつでよかった──
心からそう感じる金太郎。
そして真剣な目を響香に向けて言った。
「……あいつなら、何かを知っているかもしれない」
これは響香にとっても非常に有益な情報と言える。
身を乗り出して声を荒げる響香。
「居場所とか、わかるでしょうか⁉」
「将角がどこまで調べていたのかもわからないから、何とも言えないけど……。現時点で一番期待できるのは、あいつの情報だと思う……」
金太郎は、知りうる角田関連の情報をすべて響香に話し、自身にも気をつけるように念を押した。
響香はというと、予想を遥かに超えた情報量をすべて受け入れきれず、少し疲弊しているようだった。
だが同時に、将角の情報に期待を寄せているようでもあった。
角田に関する情報のすべてを響香と共有してから、三人はファミレスをあとにした。
響香は警察へ向かい、金太郎は将角のもとへ──。
今回、角田が関わっている可能性がある以上、飛鳥に無理をさせることは出来ないと判断した金太郎は、まず飛鳥を家に送り届けた。
そして、その足で将角の経営する自動車整備工場へと向かうのだった。
◇ ◆ ◇
──すめらぎガレージ。
「おーい、将角ーっ! いるかー⁉」
金太郎は勝手にガレージ内に足を踏み入れて、うろうろしながら将角を探している。
すると背後から聞き覚えのある声とともに足跡が近づいてきた。
「よぉ。久しぶりだな、金太郎。元気だったか?」
「将角──! おまえこそ!」
仕事を初めてすっかり丸くなった将角。
昔の尖った将角からは考えられないほど、柔らかな笑顔で金太郎に手を差し出してきた。
金太郎は将角から差し出された手をがっちりと握って、お互いの友情を確かめ合う。
将角は相変わらずの赤髪だ。
その瞳の奥底にギラギラとした昔の面影を潜ませてはいるが、表面上はもう完全に立派な社会人となっていた。
「おまえ。すっかり落ち着いちゃったな」
「──言ってろ。俺だって、いつまでもヤンチャしているわけにはいかねぇんだよ。そういうおまえは、もうプロ棋士にでもなったのか?」
「ああ。いま五段だよ。早くタイトルとって、飛鳥とダブルスでクロスレイドの大会に出場したいぜ……」
お互い笑顔で少し世間話をすると、急に将角が神妙な面持ちに変わり話題をすり替えた。
「おまえ──。何か、あっただろ?」
丸くなったとはいえ、さすがに鋭い眼光だ。
心を読み取られたかのような反応に、やや動揺する金太郎。
「ああ……よくわかったな。おまえ相変わらず、そういうところ鋭いよな」
「おまえとの付き合いも、そこそこ長いからな。……で、いったい何があった?」
金太郎は少しの沈黙したあと、響香の来訪から先ほどのファミレスでの話まですべて話した。
もちろん、角田による犯行の可能性という推測も含めて────。
「……角田。またあいつか。……で、確証は?」
「ない。だけど、銀姉が豹変した上に失踪したこと。それに〈ゴブリン・キング〉の駒。完全に飛鳥のときと一緒だ」
「それで姉貴を家に送り返してから、ここに来たってことか」
「ああ。おまえなら、もしかしたら何かの手がかりを知ってるんじゃないかと思って……」
「まあ──。結局、あのあと角田が何かをやらかしたわけでもねぇし、俺もそこまで深く調べてねぇが…………」
そう言って金太郎へ、意味深な視線を向ける将角。
そして、将角の口から飛び出した衝撃の事実。
「お、おまえ……! そんなところまで調べていたのか⁉」
「まぁな。だが今回の件──仮に本当に角田の仕業だったとして、どこまで俺の情報が役立つかは正直わからねぇ……」
詳細は事務所で話すつもりで、将角は大雑把に要点を述べたただけった。
だがその予想外の内容が、金太郎を動揺させたのだ。
「さて。それじゃ続きは事務所で話してやるから来いよ」
こうして金太郎は、将角の先導で事務所へ向かうことになった。
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