第四十七話「本当の気持ち」
──さよなら、
金太郎たちの前で顔を覆って泣いていた響香は、さらに強くその肩を震わせ、溜めていたものを吐き出すように大声で泣き始めた。
「うぅ……うっ……! あぁああ──────……」
「響香さん……」
「わ……私が……。私のせいで────!」
金太郎は銀子の手紙を飛鳥に渡してから、我を忘れたように取り乱している響香を必死でなだめる。
「落ち着いて、響香さん! こんな手紙を銀姉が書くわけ──」
「だ、だって……実際に、この手紙が部屋に……! それに……この字は間違いなく銀子さんの字です……」
「べ……別に、だからといって響香さんの責任ってわけじゃないだろ……。そんなに自分を責めないでくれよ……響香さん」
「だけど銀子さんが失踪して、もう三週間……。私、一体どうしたら────」
すすり泣く響香。
金太郎は、しばらく何かを考えるように下を向いて黙り込んでいる。
すると、横で手紙に目を通していた飛鳥が口を挟んできた。
「ねえ──。この〝疲れた〟って……どういうことかしら?」
金太郎と響香が、同時に飛鳥の方へ視線を送る。
飛鳥が指摘したのは、銀子の手紙にあった言葉の意味。
「たしかに……。何に疲れたんだろう? 響香さん、何か思いあたる節とかないの?」
「え? ど、どうなんでしょう……? でも……。最後に私へのお別れが書かれているのを考えれば……少なくとも私へ向けた言葉なのではないかと…………」
結局三人は手紙の考察に行き詰り、しばらく沈黙の時間に身を委ねている。
すると、弱気になっている響香を元気づけるためか、金太郎が少し手紙から外れた話題を持ち出した。
「……でもさ。銀姉いつも言ってたぜ? 『私は響香がいれば他には何にもいらない』──ってさ。うちにいる時なんていっつも『響香、響香』──って四六時中、響香さんのことばっかり考えてる感じだったんだぜ?」
マイナス思考に陥っている響香の心を少しでも安心させようと、金太郎は出来るかぎりの笑顔を作って見せた。
金太郎の話を聞いた響香は、目を丸くしてその言葉の真偽を知りたがっている。
「ほ、本当ですか……⁉ 銀子さんが? 私のことを……そんなふうに?」
「ああ。その銀姉が、響香さんに向かって『疲れた』なんて言うはずないと思うんだけど……」
「そ、そうなんですか……。銀子さんが私のこと──……」
少し嬉しそうな響香。
口元を手で隠してはいるが、明らかにその口角は上がっている。
だが、次の瞬間──
響香の顔が、みるみる青ざめていく。
そして、独り言を呟くように話し始めた。
「も、もしかして……わ、私……。とんでもない思い違いをしていたのでは……?」
響香は焦点の合っていない表情で、小刻みに身体を震わせながら話を続ける。
「私……。前に一度、男の人とお付き合いしたことがあったんです……。その頃、急に銀子さんから『ダブルスのペアを解消しよう』って言われたことがあって……」
「──っ⁉」
「それって……!」
衝撃の事実を聞いて、金太郎と飛鳥が驚きの表情を浮かべた。
響香が続きを話す前に金太郎が口を挟む。
「ちょっと待って、響香さん! 銀姉は……。ごめん──。ちょっと、話しづらいんだけど……俺、前に銀姉が泣いてるところを偶然に見ちゃったことがあって……」
「……え?」
「そのとき言ってたのを……聞いちゃったんだ、俺」
「な……なんて、言っていたんですか……?」
すると金太郎は少し迷うような表情をしたが、覚悟を決めてその時に聞いてしまった銀子の言葉を口にした。
「えっと、たしか──。響香さんに向けて言っていたことばかりだったと思うけど……。自分のなかにどんどん嫌な気持ちが溢れてきて消えてくれないとか……。響香さんの幸せを願っているはずの自分が、嫌なことばかり考えてるとか……。どうして、こんな風になっちゃったんだろうって…………。それから、苦しいよ……って何度も独り言を……」
「う、そ……? い、いつ頃ですか……?」
「ど、どのくらいだろ……? たしか銀姉が高校に入学して、すぐくらいだった気がするから……十五歳とか、十六歳とか……そのくらいじゃないかな?」
金太郎は、響香に新しいパートナーでも出来て、ペア解消の話を持ちかけられた銀子が、その相手に嫉妬しているものだとばかり思っていたというのだ。
だが響香は、血相を変えて反論する。
「ち、違います! 私は……私はっ……! ず、ずっと……銀子さんとクロスレイドをやっていたかったのに──」
「きょ、響香……さん」
響香の目から涙がこぼれた。
「それ……。ちょうど私に彼氏ができた頃の話です……。も、もしかして……あの〝ペア解消の話〟って、わ……私に気を使って──」
「あっ……⁉ き、金ちゃん……! もしかして、銀子さんがパートナー作ろうとしなかったのって──!」
「ああ……! まさか、こんなところから話がつながるなんて……! 銀姉がダブルスのパートナーを作ろうとしなかった理由が、なんとなくわかったぜ……!」
金太郎たちが、以前からずっと気になっていた〝銀子がダブルスのパートナーを探さなかった理由〟の一部始終について、その真実がここにある──。
ふたりは、真剣に響香の声に耳を傾けている。
すると響香は涙を拭ってから、この件にまつわる昔話を語り始めた。
まだ響香が高校生だった頃──
生まれて初めて男性に告白されたという。
断ることが出来ない性格だったため、何となく流されて付き合うことになってしまったらしい。
男性と付き合うということ自体が苦手だったこともあるが、その男の束縛体質に嫌気がさしていたことも事実で、さらには結果的に銀子のことを
そういった理由が重なり、何とか謝ってその男に別れてもらったという。
ただ──
そんな話をわざわざ銀子にすれば、嫌味を言っているように思われて、嫌われてしまうかもしれない。そう思って話さなかったらしいのだ。
もし銀子が、金太郎の話した通りに響香のことを想っていたのだとすれば、響香の判断が逆に銀子を苦しめていたのかもしれない──と。
きっと銀子は、今でも響香がその男と交際していると思っているに違いないのだと──。
ここまで話してから、響香は両手を目に当てて頭を抱えるようにしながら、取り乱したように後悔の念を口にした。
「ああっ……! もし今、私たちが話していることが事実なのだとしらっ……! 私はっ……! 私は、一体どれだけ銀子さんのことを傷つけて────」
もう響香の心が限界だと感じた金太郎たちが、響香に声をかけた。
「もういいよ、響香さん! とりあえず一度、落ち着こう……!」
「そうよ。響香さんだって銀子さんを大切に思っていたから──」
「だけど、私っ……! 私が────っ……」
飛鳥が響香の隣に移動して、泣き崩れる響香を優しく抱きしめた。
金太郎も立ち上がって、響香を安心させるように必死に声をかけている。
「大丈夫……。銀姉は大丈夫だよ──響香さん!」
◇ ◆ ◇
数分後。
ようやく少し落ち着いた響香とともに、金太郎たちは先ほどの手紙についての手がかりを議論し始めていた。
「結局この手紙が銀姉によるものだとしても、そうでないにしても……。いま銀姉が行方知れずになっているってことは事実なんだよな?」
「ええ……。家にも戻って来ませんし、連絡しようにもスマホが解約されてしまっているみたいで……」
「スマホが解約されているのは気になるわね……。金ちゃんにも連絡がないのもおかしいし……」
すると手紙に目をやりながら、飛鳥がひとつの提案を口にした。
「もう、この……〝あの人〟っていうのが誰なのか、調べるしかないんじゃないかしら?」
「確かに、それしかなさそうだなぁ……。俺たちの知ってるヤツなのか、それとも全く知らないヤツなのか……」
「私も、まったく見当がつきません……」
銀子とずっと一緒にいた響香ですら、手紙にある〝あの人〟が誰なのか一切見当が付かないという。
これ以上考えても埒が明かないと判断した響香は、これから自分が警察に捜索の依頼を提出しに行くということを金太郎に伝えた。
そして同時に、金太郎に銀子のことを両親に上手く伝えてもらえるようにお願いをしていた。
二人に深々とお辞儀をしてから、ファミレスを出る準備に取りかかる響香。
「響香さん。俺たちは俺たちで、少し銀姉の周辺を調べておくよ。何かあったら連絡するから。響香さんも、また遠慮しないで連絡してよ」
「元気出してくださいね。響香さん」
「ありがとうございます。金太郎さん。飛鳥さん。今日は銀子さんの本心を知れただけで、お二人に相談してよかったと思っています。それでは、今日のところはこの辺で──」
そう言って響香はバッグを手にとったが、すぐに何かを思い出したように言葉を口にした。
「そういえば、もうひとつ──。銀子さんの部屋にこんなものが落ちていたんですけど……」
そう言って響香がバッグの中から取り出したものを見て、金太郎と飛鳥の顔から血の気が引いていく。
「ご……〈ゴブリン・キング〉の駒……⁉ ま、まさか……銀姉の手紙にある〝あの人〟って────」
飛鳥は、両手で口元を隠すような仕草をして驚いている。
目には少し涙を浮かべ、怯えている様子だ。
一年と七か月前のことを考えれば無理もない。
響香は、金太郎と飛鳥が想定外の反応を示したことに少し困惑している様子だ。
解散直前に不意に訪れた不穏な静寂──
沈黙を破るように金太郎が言葉を絞り出した。
「──
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