第四十六話「銀子の手紙」→ここから下、改稿

「きょ……響香きょうかさん。そんなに血相を変えて、一体どうしたんだよ?」


 響香は愛用のVmaxブイマックスにまたがったまま、額には汗を浮かべて、ただ事ではない表情を金太郎きんたろうに向けている。


銀姉ぎんねえに会いに来た──って、わけじゃなさそうだけど……」

「ぎ、銀子ぎんこさんが……」

「銀姉が……どうかしたの?」


 不安帯びた響香の表情に共鳴するように、金太郎の顔も徐々に緊迫したものに変わっていく。


 「少し……お時間を頂けないでしょうか────?」


 響香は、何やら金太郎に相談があるというのだ。

 その切羽詰まった様子の響香を見捨てるわけにもいかない。

 何より、相談の中心には銀子が関係しているようで、金太郎にとっても他人事ではない。


「ちょっと待ってて……響香さん」


 金太郎は、飛鳥に電話をして事情を説明する。

 飛鳥にとっても響香は知った仲であり、困っていることがあるのなら力になりたいという想いは一緒だった。


 結局、飛鳥と一緒に行く予定だったファミレスで相談に乗ろうという話に落ちつき、金太郎は電話を切った。


「実は今から飛鳥とファミレス行く予定だったから、ちょっと予定をキャンセルしてもらおうと思ったんだけど──」

「あ……。き、急に押しかけて、すみません──」

「なんで響香さんが謝るのさ? それより、事情を話したら飛鳥も相談に乗りたいんだってさ。だから三人で、そこのファミレス行こうぜ」


 金太郎の家から飛鳥の家までは、それほど距離はないのだが、響香がバイクということもあり、ひとまず金太郎を後部座席に乗せて飛鳥の家へと向かう。

 そして飛鳥の家からは、金太郎と飛鳥が徒歩。響香がバイクという移動手段で、予定のファミレスへと向かうことになった。


◇ ◆ ◇


 金太郎たちの家から最寄りのファミリーレストラン『どっきりドンキー』。


 日曜の早朝。

 ファミレス内は人がまばらで、落ち着いた雰囲気を醸し出している。


 このどっきりドンキーは、金太郎や飛鳥の家から非常に近い場所にあり、ふたりは頻繁に利用している馴染みの店なのだ。



 金太郎たちは隅の四人用テーブルに腰かけていた。

 壁側に金太郎と飛鳥あすかが並んで座っており、その向かいに響香。響香は飛鳥の対面に座っている。


 金太郎の前にはコーラとともに山盛りの『ゴリラニク百パーセントハンバーグもりもり黒カレー超大盛』が置いてあり、金太郎はそれをばくばくと食べていた。


「金ちゃん……。よく朝っぱらからそんなに食べれるわね……」

「ああ。朝、何にも……もぐもぐ……食べてなかったから……くちゃくちゃ……」


 アイスカフェオレを片手に、ストローを口に入れたまま呆れ顔で金太郎を見ている飛鳥。

 響香の前には小さめのコーヒーカップが上品に置かれている。


 テーブルの真ん中には、ブルートマトとスクランブルエッグのサンドウィッチ。それから、かなり大きめの器に入った白ニンジンと黒カブのシーザーサラダが堂々とその存在感を示していた。


 このシーザーサラダは、三人で分け合って食べるために飛鳥が注文したものだ。

 そのため三人の前にはサラダを取り分けるお皿も置いてあり、テーブルの上は予想以上の食材と食器類で埋め尽くされていた。


 少ししてからサラダを注文した張本人として、飛鳥が三人分の小皿にバランスよくサラダを移し始める。


「はい。どうぞ、響香さん」

「ありがとう、ございます……」

「はい。金ちゃん!」

「ひゃんきゅ……もぐもぐ!」


 飛鳥は二人にサラダを取り分けて渡したあと、自分の分も小皿に移して、一口食べてからテーブルの上に置いた。


 響香は目の前にサラダが提供されても口をつける気配はなく、ずっと無言で下を向いている。

 その様子を心配そうな目で見ているのは飛鳥。

 金太郎はというと、相変わらず大盛の黒カレーをもりもりと頬張りながら、取り分けてもらったサラダも同時に口の中に放り込んでいた。


 飛鳥は少しドン引きした目で金太郎を見ながら、サンドウィッチをひとつ手に取り、ぱくりと口に入れる。

 そのあと響香が深いため息をひとつ吐いてから、コーヒーカップを手に取って少しだけ口をつけた。


 なかなか響香が話そうとしないため本題に入ることができず、しばらくのあいだ沈黙が続いている。

 金太郎たちとしても、響香が自分から話そうとするまでは、出来るだけ余計な口出しはしないでおこうと決めていたのだ。



 長めの沈黙を破って、ようやく響香の口が開いた。

「すみません……。今日デートの予定だったとは……」


 だが響香が最初に口にしたのは相談でも何でもなく、まさかの金太郎たちのデートを邪魔してしまったという謝罪だった。


 その響香のセリフを聞いた瞬間、金太郎がコーラを噴き出し、飛鳥は手をわさわさ動かしながら慌てて弁明する。

「ち、違います! で、デートなんて……そんなのじゃ……!」


 飛鳥は顔を赤らめてチラッと金太郎の方をみると、金太郎は店内に置かれていた紙ナプキンで顔を拭きながら、何とも言えない顔で響香を見ていた。

 単純に予想外の言葉が飛んできたからなのか。それとも恥ずかしがっているのか。

 飛鳥は金太郎の感情を読み取ることが出来ずにいた。


「どちらにしても、せっかくの休日にお二人の時間を邪魔してしまって──」


 響香が申し訳なさそうにしていると、ようやく真面目な顔になって響香に本題を投げかけたのは金太郎だった。


「そんなこと気にするなって、響香さん。それより銀姉のこと……詳しく聞かせてくれないか?」

「ええ。実は…………少し前から様子がおかしいとは思っていたのですが、最近になって明らかに変になってしまって────」


 響香は元気のない様子で、うつむいたまま何度もため息を吐いていた。

 飛鳥も気を使いながらも、その続きを聞き出そうと試みる。


「変って……どんな風に?」

「何というか…………。少し前からぼうっとしてることが多くなってはいたのですが、ここ最近は特に怒りやすくなっていて、ちょっとしたことで怒鳴ったりとか……」


 響香は消えてしまいようなくらい沈んだ様子で、言葉を絞り出しているようだった。

 響香の訴えを聞いて、最初に違和感を口にしたのは金太郎。


「たしかに銀姉が自分の都合で怒鳴るとこなんて、あまり見たことないな」

「ええ。それで私…………。少し前ついカチンときてしまって、ちょっと強めに言い返しちゃったんです。そしたら銀子さん────」


 そこまで話して、響香は両手で顔を覆って肩を震わせ始めた。

 手で顔が見えないが、声が震えていて泣いていることが容易に想像できる。


「響香さん……」

 飛鳥は何と声をかけていいのかわからなくなり、困った顔で響香を見ている。

 金太郎は困惑している飛鳥を見て、自分が何とかしなければ──と感じたのだろう。率先して響香から事情を聴きだす役目を買って出た。


「…………それで響香さん。そのあと銀姉はどうしたんだ?」

「うっうっ…………。銀、子さん……。次の日……部屋に、こんな手紙、残……して、消えちゃった、んです…………」


 響香は泣きながら言葉を絞り出している。

 そしてバッグから手紙を取り出すため、響香が顔から両手が離したことで、響香の目から頬を伝って流れていた涙の跡が確認できた。


 金太郎と飛鳥の胸がチクリと痛む。

 金太郎たちに手紙を手渡そうとする響香の手が大きく震えていた。

 少し戸惑いながら手紙を受け取る金太郎。

 そして弱っている響香に代わり、その内容を口に出して読んだ。


「もう……疲れた。私は──のもとへ…………行く?」


 怪訝な顔をして向き合う金太郎と飛鳥。

 手紙の内容を聞いた響香は、再びうつむいて顔を両手で覆ってしまった。


 少しのあいだ沈黙が空間を支配したのち、金太郎が手紙の続きをゆっくり読み始めた。


「私を……必要としてくれるのもとへ────。もう……探さないで……」


 金太郎は、ここでも一度言葉を止めた。

 額に汗を浮かべ、信じられないといったような表情をしている。


 隣で飛鳥が心配そうな顔で金太郎の言葉を聞いていた。

 そして金太郎は喉を一度ごくりと鳴らしてから、覚悟を決めたように最後の一文を口にした。




「さよなら────────……響香」

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