第四十九話「真実の行方」

◇ ◆ ◇


 すめらぎ自動車整備工場。事務所──


金太郎きんたろう。コーヒーでいいか?」

「ああ」


 事務所中央に配置されたテーブルとソファー。

 町の自動車整備工場の事務所というには、なかなかのスケールである。


「……さすが早乙女さおとめ財団だよなぁ」

 辺りを見渡しながら、金太郎が呟いた。


「ああ。桂には感謝しても感謝しきれないくらいだ」

 

 このガレージを開業するにあたっての費用は、全て早乙女財団が負担している。

 当初、将角まさかどけいが社長になるべきだと言っていたのだが、桂自身が将角の下で働きたいという意向を示していた為、結果的に将角が社長になったのだ。


 早乙女財団は返金不要と言っているそうだが、将角は毎月の収入から少しずつ自主的に返済しているようだ。

 そういう将角の義理堅いところが、早乙女財団からの評価にもつながっているのだろう。


 将角が二人分のコーヒーを入れていると、買い出しに行っていた桂が大きな買い物袋をげて帰ってきた。


「ただいま、将角!」

「ああ。おかえり、桂。ごくろうさん」


 桂は買い物袋をテーブルの上に置くと、金太郎の存在に気づいて笑顔で挨拶を交わす。

 角田かくた事件の直後は、金太郎が将角と議論を交わすために、定期的にこの事務所を訪れていたのだが、ここしばらくは金太郎の足が遠のいていた為、必然的に桂とも疎遠になっていた。


 久しぶりに顔を合わせたことで、話が弾む金太郎と桂。

 ふたりが他愛無い雑談をしていると、二杯のコーヒーを手に持った将角が会話に乱入してきた。


「ほらよ、金太郎」

「サンキュ」

「桂もブラックでいいか?」

「あ。ボク自分で入れるから、将角は金太郎くんと話をしていてよ!」


 将角は入れてきたコーヒーを金太郎と桂に渡して、もう一回自分の分を入れに行くつもりでいたのだが、状況を察した桂が率先してコーヒーメーカーのある方へと歩いて行った。

 将角は頭を掻きながら桂の背中を見送ると、金太郎の前に座って一口コーヒーをすする。

 そして、先ほどの話の続きを始めた。


「……で。さっきの俺の話を聞いて、おまえはどう思った?」

飛鳥あすかの件もそうだけど……角田の独断による犯行というよりは────」

 戸惑いの表情を浮かべ、言葉に迷う金太郎。

 コーヒーをひと口飲んで、気持ちを落ち着けてから答えた。

「──角田自身が何者かに操られている、ような…………」

 

 将角は金太郎の見解を聞くと、先ほど事務所に入る前に大雑把に語った情報の輪郭を鮮明にするかのように、今度は丁寧に語っていく。



 将角が話した情報は、次のようなものだった。


 角田が金太郎や飛鳥にちょっかいを出していたのと同じくらいの時期に、世界各国で次々と発生していた不審な事件の数々──。


 一見、角田とは関係なさそうな事例も多かったのだが、将角が調べたことで浮き彫りとなった意外な共通点。

 それは〝犯人の多くが将棋を志すものだった〟ということだ。


 角田事件のように証拠や真偽の証明が難しい事例とは異なり、一般的によく認知されているような強盗や窃盗、暴力など明らかに犯罪として成立する事件の数々。

 そういった事例件数が例年と比べて異常に増加していたというのだ。


 将角が調べていく過程で、犯行を犯した者たちの中にはプロアマ問わず将棋の棋士を始め、将棋のファンや愛好家など、将棋を趣味として嗜んでいる者たちが不自然なほど多く紛れ込んでいるということに気が付いたらしい。


 そして、そういった犯行に及んでしまった将棋棋士関連の者たちの関係者による証言では〝突如として人が変わってしまった〟と口を揃えて嘆いていたようだ。

 中には殺人にまで手を染めてしまった者までおり、一瞬にして家族の人生を狂わせてしまった者も多数いるという。



「少なくとも俺が調べていたところまでは、こういった類の事例が年々増加傾向にあったのは間違いねぇ。恐らく今も増え続けているんじゃねぇか?」

「なんか話が非現実的というか、少し普通じゃない展開になってきたな……。将棋界に何かが起ころうとしている──のか?」

「そこまではわからねぇけど……不気味であることには変わりねぇな」



 将角の隣でふたりの話を聞いていた桂が、ふと疑問を口にした。

「でも……どうして今更その話?」


 桂は金太郎がここを訪ねてきた理由を聞いていない為、状況をはっきりと把握していないのだ。

 桂はまだ響香きょうかとの面識がないため響香の紹介もした上で、銀子ぎんこの失踪と銀子が残した手紙、そして銀子の部屋に残されていたという〈ゴブリン・キング〉の駒の存在を改めて話す金太郎。


「銀子さんが……失踪?」

「ああ。それで俺のところに響香さんが来たんだ」


 続けて、将角が口を開く。

「銀子さんの手紙の内容から考えて、何者かのもとへ行ったことは間違いねぇだろう。そして……このタイミングで部屋に残されていたっていう〈ゴブリン・キング〉の駒────」


 将角の言葉に、改めて危機感を実感する金太郎。

 桂も動揺を隠せないでいる。


 事務所内に緊張が走る中、将角が続きを口にした。

「まあ──断言は出来ねぇが、状況からして十中八九ヤツが関わっていると考えるのが自然だろうな」



 災いは身勝手にやってくる。

 こちらの事情などお構いなしに────。


 その災いに飲まれるか、それとも逃れられるか。

 それは、如何に冷静に対処できるかにもよるだろう。


 金太郎が選択したのは、銀子の居所を突き止めることではなく、角田を追うこと。

 それは、角田のもとに銀子がいると考えたからだ。


 角田を追えば、おのずと銀子のもとへ辿り着ける──。

 その為に必要なのが角田の情報。

 そして金太郎は、角田の情報を持っている可能性が高い将角のもとを訪れた。


 その選択が吉と出るか凶と出るか。

 それは神のみぞ知る──



「だが──少なくとも、おまえの判断は間違えてなかったと思うぜ?」

 将角が金太郎に言った。


 それは闇雲に銀子の行方を捜すよりも、まずは将角の情報を頼りに角田を追うという選択をした金太郎の判断力を評価しての言葉だった。


 将角の調べていた角田の情報に関して、将棋棋士関連の人間が関わった不審な犯罪事件の多発という現象も、角田の謎を追うためには必要な情報ではあったが、特に今回の件で必要だった情報──

 それは、角田の目撃情報およびその所在についての証言などを将角が集めていたことだった。



「それにしても、本当に将角を頼って良かったぜ。まさか、ここまで調べていたとはな」

「最初にも言ったが確証はねぇぞ」

「それでも最初に当たるべき場所の目処は立ったんだ。感謝するぜ」


 将角のおかげで多少なりとも道が見え始めたことに少し安堵の表情を浮かべた金太郎だったが、すぐに真剣な顔つきになって別の話題に触れた。


「だけど……今回の目的とは違う情報の方も少し気になるな……」

「将棋をやってるヤツらが豹変しているっていう話か?」

「ああ。おまえの話が事実なら……場合によっては角田すら被害者だってことも──」

「確かにその通りだが、今はそんなことを考えてる余裕はねぇはずだ」

「……そうだな。まずは、おまえが怪しいと睨んでいた周辺を調べてみるよ」


 金太郎は将角に礼を言ってから、残ったコーヒーを飲み干してソファーから腰を上げた。

 だが、帰ろうとした金太郎を止めたのは桂だった。

 身を乗りだして、ある提案を口にしたのだ。


「それだったらボクらも協力するよ! ね、いいでしょ将角?」


 将角が怪しいと睨んでいたのは大きく分けて三カ所。

 桂が言うには、それなら三人で手分けして調べれば早いのではないか、と──。


「でも……さすがに悪いよ」

 桂の提案は金太郎にとってもありがたいことだったが、いくら何でも先の見えない捜索に付き合えなどとは言えない。


 だが──

 将角の言葉が状況を変えた。


「いや。桂の言うとおりだ。俺らだって無関係じゃねぇんだ。何かあったらお互いすぐに知らせる。いいな?」

「すまねぇ……恩に着るぜ。将角……桂……」


 素直に将角たちの力を借りることを承諾した金太郎。

 将角が、今から行う角田捜索においての各分担地域を決めて指示を出した。


 将角が北側の地域。桂が西側の地域。金太郎が南側の地域。

 それぞれの地域で、まずは将角が目星を付けていたマンションやアパートを中心に調査。そして近隣住民への聞き込みと、さらにその周辺の調査──。

 何かあれば、お互いに真っ先に知らせること。

 そして何事もなければ、夕方の十八時にここに集合するということになった。


 最後に将角が、ふたりの気を引き締める。

「あまり深追いはするなよ?」


「ああ!」

「うん! 任せといて」


 将角の存在は心強く、それは金太郎の中にあった不安をいつの間にか消していた。


 こうして角田の調査に向かうことになった三人。

 銀子救出という想いをひとつにして、それぞれが分担した地域へ向けて出発したのだった。

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