第100話 損益計算書

ゴールデンウィーク明けには、酒井の停学も解除されていた。

本当は、まだ停学期間中のはずだったのだが、祐香や山野が校長に口利きしたのだ。

校長も、許す口実を探していたところだったようで、二つ返事で許可してくれた。



だから、教室の最前列には、酒井と上原が隣り合って座っていた。

上原は相変わらずの俯き加減で、酒井は横を向いて上原を見ている。

その斜め後ろに、陽菜と友紀。

友紀の真後ろに莉央。

3人は、とりとめもないことを話している。

そして少し離れて、岡崎と森本が座っている。

こっちの2人は、おのおの好きな本を読んでいる。

どうやら、これが彼らの定位置らしかった。



授業開始のチャイムが鳴ると、7人は嘘のように姿勢を正して前を向いた。

直後に、莉央の号令で、頭を下げる。

軍隊のように統率された態度を見て、彼らが本気になったことを山野は悟った。



「前回は貸借対照表。そこで今回は損益計算書の説明をする。貸借対照表は、ある日の資産の状況を表したものだったが、こっちはある日ではなく、ある期間の収支の状況を表す。収支の状況とは、金銭の出入りのことだ。」


山野は、そう言うと、黒板の上の方に売上げと大きく書いた。



「それで今回は、分かりやすく近い将来、北山あたりで開店する岡崎の店を例に取り上げる。」

「えっ、岡崎くん、北山に店持つの?」


陽菜が振り返りって、岡崎に聞く。


「いや、まだそんな、何も決まってない。」

「そうなんか?京都で最初に店を持とうと思ったら、北山あたりがリーズナブルで、良くないか?それとも、最初から四条辺りを狙ってるのか?」


驚いた岡崎が否定すると、山野は笑いながら自分の空想を押し付ける。


「いや、どこに店を出すかは、まだ全然考えてないです。」

「じゃ、ま、今回は、どっかに出す岡崎の店を例に考えよう。で、岡崎。」

「はい。」


急に山野は真面目な口調に変わった。



「店の売上げは、どれくらいを見込んでるんだ?」

「そうですね。1日30万円くらいあればいいかなぁっと。」

「30万円か、週に1日休むとして、営業日は年間313日、年間売上げはどれくらいだ?」

「9,390万円です。」


山野が冗談っぽく言うと、友紀が即答した。



「湊、早いな。」

「友紀は、ソロバン4段だからね。暗算は得意なんだよね。」


山野が言うと、なぜか陽菜が横から代わりに答えた。



「じゃ、ザクッと、売上高は年間1億円とする。次に、食材だが、幾らくらいかけるつもりだ?外食では、おおよそ3割と言われているが、どうする?」

「たった3割なんですか?」


またまた陽菜が横から言う。


「そうだ。手の込んだ料理と言えない回転寿司でも5割くらいだな。」

「じゃ、僕は4割で。」

「4割だと、年間4千万円くらいだな。店はどうする?」

「どうしましょうか?」


山野が問うと、岡崎は問い返して来た。

さすがに、店のことまでは山野のように妄想していなかったようだ。



「じゃ、先に客単価は幾らくらいと考えてるんだ?」

「客単価ですか?」

「客、一人当たりに遣って貰いたい金のことだよ。客単価が高ければ客数は少なくて済むが、低ければ客数を稼がないとならないからな。」

「じゃ、1万円で・・・・、高いですが?」


岡崎は、山野の顔色を見ながら言う。

正直、こんなことまでも考えていなかったからだ。



「さぁ、高いかどうかは、お前が値段に合った料理を提供できるかどうかにかかってる。ま、今は1万円で考えよう。1万円だと1日当たり30人の客数が要る。何回転させる?」

「回転ですか?」

「1日当たり、1席に何人座らせるかだよ。6時から8時、9時から11時みたいな具合なら2回転になる。」

「じゃ、それは1回転でお願いします。ゆっくりくつろげるレストランを考えているんで・・・。」

「そうなると、席数は最低でも40席だな。」

「どうして増えるんですか?」


またまた、横から陽菜が口を挟む。


「神崎は、ゆっくりくつろげる店で、相席させるつもりか?毎日、満席になるように都合良く客が来てくる訳が無いだろう。」

「あっ、そっか。」


そう言われて、陽菜はそんなことにも気づけない自分の浅はかさを自嘲するかのように、笑った。

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