第98話 かっぱ寿司

『カッパ寿司』は、投資家界隈では有名なチェーン店だ。

2000年代前半は、回転寿司の第一人者として独走していたが、デフレの波への対応に失敗し、後半から人気離散となってしまった。

そこを、7616コロワイドに買収され、現在は立て直しに邁進している。

食べ放題などを企画しているのも、その一環という訳だ。



ドンキの南隣に、カッパ寿司がある。

その店の前行くと、石碑と立札が立っていた。


「ほら、読んでみ!」


樋野がそう言うので、友紀はふと黙読した。


- 坂本龍馬、中岡慎太郎落命の地 -


石碑には、そう彫られている。



「えっ、坂本龍馬って、ここで死んだんですか?」


友紀は驚きながら言う。


「そうだ。河原町通りを挟んだ向かい側が、土佐藩邸だったんだ。」


樋野は向かいのビルを指差しながらそう言った。


「土佐藩邸ですか!?」

「当時の京都は、尊王派だの、攘夷派だのが闊歩かっぽしていて、かなり物騒な状況だったんだ。当然、坂本龍馬も狙われていた。だから、安全確保のために土佐藩邸に居たかったんだけど、坂本龍馬は土佐藩を脱藩していたから、入れない。だから、直ぐ向かいの近江屋を隠れ家にしてたんだ。」

「どうしてそんなことになっていたんですか!?」

「まぁ、いくら元社員でも、退職者を会社の中には入れられないだろ!?でも、元部下や友だちは、その会社にいる。だから、会社のそばにいるのが、一番安全だということだ。」

「なるほど。」

「でも、あたしはてっきり、寺田屋で暗殺されたんだと思ってました。」


頷く友紀の後ろで、華が言う。


「寺田屋は伏見だ。」

「ええ。」

「あそこでも龍馬は襲われたから、勘違いしている人も多い。お龍が裸で風呂から飛び出て教えたって話は、あそこだ。」

「そっかぁ〜。」

「こんなとこで長話は邪魔だから、さっさと入るぞ!」


華が納得しているところを、山野は更に後ろから急かした。



今日の参加者は、生徒7人、引率者4人の計11人。

山野が入口で人数を入力すると、暫く待たされてから席に案内された。

昼時で満席だったが、客の回転は早く待つ時間も長くなく、それほど苦になるものでは無かった。

が、この後、山野は自分が計算違いをしていたことを思い知らされる。

11人がそれぞれ10皿食べても110皿。

消費税込みで1万2千円程度だ。

そのくらいなら株主優待ポイントはあると、山野は高を括っていたのだ。



が、奢りと聞いて、胃袋底なしの高校生が、食べない訳はない。

酒井だけでなく、岡崎や森本も、入店した時から舌なめずりをしていた。


「あっ、このデザート美味しそう。最後に頼もうね!」


そう陽菜がタッチパネルを触りながら言った『あったかデニッシュ』は、税抜き400円だ。

まさか、食後に友紀と莉央の3人で、2人前ずつ食べるなんて、想定の中には無かった。



「やっぱり、限定って言葉には弱いよね。」

「うん、うん。この1艦200円の、凄く美味しそう!!」


そう華と祐香が話してる横で、樋野は既にビールを注文していた。

こうして1人千円という皮算用は、直ぐに崩れた。



そして、山野の計算を一番裏切ったのは、上原だった。

普通の100円皿で36皿も平気で食べたのだから、こいつの胃袋はどうなってるんだと山野は思った。

結局、ポイントだけでは足りず、現金1万円ちょっとが余分にかかった。



「少し出しましょうか!?」


会計の時、気を遣った華がコソッと山野の耳元で囁いた。


「あ、大丈夫だよ。」


山野はそう優しく言うと、財布から優待カードに万札2枚を足して、店員に渡した。

山野にとって、1万円や2万円は大した負担ではない。

それでも、華が一言気遣ってくれたことが、嬉しかった。


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