第11話 樋野という男

山野は、自分に足りないもの持つ風乃かぜのを勧誘しようとしていた。


「なるほど。僕も、山野さんと一緒に、高校生相手に授業をやれと言うことですか・・・。」


山野の説明に、風乃は慎重な言い方で答える。


「そうなんだ、頼めるか?」

「ムリですよぉ〜。今の僕に、そんなボランティアをするような余計な時間はありませんよ。」


風乃はやんわりと断った。


「別にボランティアじゃない。給料もしっかり出る。」

「出ると言っても、いくらですか?僕たちのレートは分かってますよね。時給10万円でも足りないですよ。」

「・・・・・・。」


そう言われた山野は、返す言葉が無くなってしまった。

風乃が相場をやれば、日に数百万円は簡単に稼ぐ。

時給にすれば、百万円は下らないだろう。

そんな相手に、金銭の話をした山野が間違いだったのだ。



「僕も今年で院終了なんですよ。一応、このまま研究室に残って、教授になろうと考えているので、それなりに研究はしなければならないんです。」

「そうか、悪かった。」

「まぁ、来年なら協力する時間が取れるかもですが、それでは遅いでしょ。」

「ああ、何とか今年で道筋を付けないと、来年が無い。」


そう言って、山野は腕組みをして、考え込んだ。



山野に投資友だちは、それほど多くない。

また、山野自身が『戻り待ち投資』家なので、その中で『損切り投資』家の知り合いは更に限られる。

その限られた中で、『損切り投資』に精通している人を思い浮かべると、風乃を除けば皆無だった。


- 師匠に頼もうか・・・ -


山野は一瞬、この考えが脳裏をかすめたが、すぐに捨てた。

今、師匠は関西にいない。

冬の間は、沖縄に買った別荘で、悠々自適に過ごしているのだ。

因みに夏は、北海道に買った別荘で過ごすとも言っていた。

だから山野は、思い当たる者がおらず、諦めかけていた。

それを止めたのは、風乃の提案だった。



樋野ひのさんに頼んでみたらどうですか?」

「樋野、樋野、樋野かぁ〜。アイツ今、どこに居るんだ?」

「さぁ、僕も知りません。ここ最近、会ってませんから。」


- なら、どうしてその名前をここで出す!? -


山野はそう言いたかった。



樋野も、山野たちと同じ師匠に師事していたことから、山野にとっては交流が深い投資家だ。

樋野は材料株の短期トレードを得意とし、樋野が現れれば、根こそぎ利益を奪われると恐れられた辣腕らつわんトレーダーだった。

ところが3年前、プッツリと音信不通になった。

スマホも、LINEも解約したらしく、連絡が取れなくてなったのだ。

伝え聞いた話では、強気していた勝負銘柄が粉飾決算で倒産して、無一文になって姿を消したと言うことだった。



「オレも、会ってないよ。アイツ、スマホも解約したから、連絡取りようが無いんだよ。」


山野がボヤくように言う。


「でも、伏見に住んでるらしいですよ。」

「伏見!?」

「ええ、大手筋おおてすじで歩いているのを見かけたと言ってました。」

「誰が??」

「妹が。」

「あっ、真希まきちゃんか。」

「ええ、髭ぼうぼうで、汚い格好で歩いていたらしいです。」



大手筋とは、大手筋商店街のことで、京都市伏見区にある繁華街のことだ。

明治天皇陵の近くにあり、近鉄『桃山ももやま御陵前ごりょうまえ』駅や、京阪『伏見ふしみ桃山ももやま』駅が最寄りになる。

バブル崩壊の30年ほど前に一度寂れたが、今は観光客相手に完全に持ち直していた。



「真希ちゃん、声かけたの?」

「いや、友だちと一緒だったから、スルーしたって。樋野さんも、そんな姿を見られたく無いだろうと言ってました。」

「そっかぁ。でも、樋野なら願ったり、叶ったりだ。アイツの凄まじさは、師匠の折り紙付きだもんな。」

「じゃ、今から行きます?」

「何処へ?」

「大手筋へ。」


そう言った風乃は、既に上着を羽織っていた。



京都の町は、道が狭い。

戦争で焼け無かったから、昔のままの街並みが残っているからだ。

そんな道を、山野は苦労して運転していた。



「くそっ。また、一方通行!」

「いいじゃないですか!?そのうち着きますよ。」

「そのうちじゃ困るんだよ。樋野を探す時間が無くなる。」

「鬼ごっこじゃあるまいし、見つかるときは見つかりますよ。」


夕方には、大手筋に着いた2人だったが、そこから夜まで樋野の姿を探したが、見つけることは出来なかった。

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