第10話 風乃という男

山野は、校長に半ば押し切られる形で、投資専科の新設案を受け入れてしまった。

このため、帰りに川端通りを下っている車内の中では、既に心は重かった。

確かに山野は、誰もがうらやむような実績を持っている。

普通なら、多少は有頂天になっても良い実績だ。

しかし、山野が教わった師匠からは、別のことを言われていた。


- 相場が良かっただけや・・・ -



山野は、長期トレンドが右肩上がりになる出鼻でばなで投資を始めた。

だから当時は、キラ星のように輝く優良銘柄が、そこかしこに安値で放置されていた。

その銘柄が、たけのこが育つように、ポンポンと跳ね上がった。

つまり、長期投資家にとっては、最も儲けやすいタイミングだったのだ。

山野は、上手くその波に乗った。

いや、上手く乗せて貰った。



当時はまだ、素人に毛が生えた程度の知識しか持ち合わせていなかった。

だから、師匠が言うことを疑わず、丸呑みすることしか出来なかったし、それが実績に繋がった。

その師匠の言葉通りに動いていたら、短期間でテンバーガー、つまり10倍を2回取れたのだ。



だからこそ山野は、自分の実力がまだまだ足りないことを自覚している。

いや、校長が言ってくれたように、自分の実績を誇るとしても、教えるには程遠いと思っている。

なぜなら、彼の知識は、投資の半分しかなかったからだ。


- オレ、一人じゃ無理だ・・・ -



校長の期待に応えるには、自分だけの力では足りない。

そこで、馴染みの投資家を巻き込むことにした。



自宅に帰り着くと、山野は自分の部屋には向かわず、上階の部屋のインターホンを押した。


「はい。」


カメラ越しに、若い男の顔が見えた。


「山野だけど。」

「どうしたんですか?珍しい。」

「ちょっと相談があるんだけど、入れてくれるか?」

「分かった。開いてますよ。」


そう言って男は、カメラを切った。



山野は、京都市内にある高級マンションに住んでいる。

京都には景観条例なるものがあり、高い建物が建てられない。

だからタワマンと呼ばれるようなものは存在しないのだ。

が、世界的に人気のある地なので、外見からでは分からない高級マンションがそこかしこに立てられている。

その最上階の億ションに、この男は住んでいる。

因みに山野の部屋は、その1階下だ。



実のところ、山野はこの男に勧められて、今のマンションを購入していた。

男が言うには、交通の便が良い高級マンションだから、数年すれば倍になると言っていた。

つまり、居住及び投資目的、一粒で二度美味しい『アーモンドグリコ』のような物件だと教えられたのだ。



山野が部屋に入ると、男はソファに座りながら、ゲームをやっていた。


「ちょっと待ってね。もう直ぐ終わるから。」


男はそう言いながら、コントローラを激しく操作していた。



このゲームに熱中している若い男。

名を風乃かぜの俊希としきと言う。

まだ大学院生でありながら、山野に匹敵するほどの資産を持つトレーダーである。

同じ師匠に師事していたことから、オフ会で顔を合わせて以来、何故かウマが合う。

投資方法は全く違うのにだ。



「ゲームって、そんなに楽しいか!?」


ソファに座りながら、山野は聞いた。


「いつも言ってるけど、楽しいかどうかは問題じゃないですよ。楽しむかどうかが問題なんですよ。」

「じゃ、質問を変える。ゲームって、そんなに楽しめるものか?」

「楽しめなかったら、止めてるよ。」


そう答えられて、愚問だったと山野は思った。



風乃のゲームが一段落したところで、山野は直ぐさま本題を説明した。

本題とは、山野と一緒に、講師をして欲しいと言うものだ。



実は、山野が師匠からは勧められた投資法は、『戻り待ち投資』だ。

投資法は、大別すると2種類ある。

『戻り待ち投資』と『損切り投資』だ。

山野も、『損切り投資』そのものは教わっているが、実戦ではほとんど使っていない。

だから、『損切り投資』のスペシャリストとも言える風乃に協力を依頼しに来たのだった。



風乃が得意とするのは、タイムトレードと言われるものだ。

銘柄の動き、つまりモメンタムを利用して、利益を取るやり方だ。

騰がっている銘柄の中で、まだ騰がりそうな銘柄を追撃買いし、反落する前に手仕舞うのだ。

長くても数十分、短ければ買った次の瞬間に売るなんてこともする。

タイムトレードは回転が命なので、損切りも躊躇しない。

これを、ゲーム感覚でやるのが、風乃の投資法だ。

だからこそ、自分に足りないものを全て持っていると山野は考えていた。

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