第9話 投資専科

さすがに投資と言われて、山野は驚いた。

高校生に投資などと言うのは、世間一般的な常識からは早過ぎると思うからだ。


「はい、文科省の方針で、来年から投資の授業が設置されます。今のところは、家庭科の中の一つという位置付けなのですが、本来の投資はそんなもので無いことは、山野さんもご存知のはず。」

「まぁ、そうですね。」


山野は校長の意図を図りかねていた。

が、回答は直ぐに分かった。



「投資下手な日本人だからこそ、これから必要となる知識だと私は考えます。だから、山野さんの知識、『やま錬金術師れんきんじゅつし』と呼ばれている知識を、私にお貸し願いたい。」

「あっ、ご存じでしたか。」

「堀井さんから教えて頂きました。」


校長は、ニッコリしながらそう言った。



『山の錬金術師』と言うのは、山野のHN《ハンドルネーム》、つまりネット上での名前だ。

多くの投資家は、ネットを通じて情報を得たり、交換したりしている。

掲示板やブログ、SNSを駆使して、投資家同士で交流するのだ。

その時に山野が使っているのが、『山の錬金術師』なのだ。

これは、師匠が名乗っていた『よろずの錬金術師』をもじったことは、言うまでもない。



「文科省は、家計設計、資産運用と言う視点でしか投資を見ていません。しかし、それは投資に関するほんの一面に過ぎないということは、山野さんならお分かりのはず。どんな職業でも、一流になる為には、投資の知識は必須となります。私たち教育者も、投資を理解できなければ、学校の維持も覚束おぼつきません。今の我が校が、まさにそうです。」

「確かにそうですね。」


校長の力説に山野は素直に首を縦に振る。



「だから、将来日本を背負う可能性がある子供たちには、早い段階から投資と言うものを理解して、使いこなせるようになって貰いたいんです。」

「確かに、必要なことですね。世界的に有名な山中教授でさえ、研究を継続する為の資金調達に四苦八苦されていますからね。」

「そうです。投資と言うものを知らなさ過ぎます。だから私は、学生の間に、彼らに投資の何たるかを教えたい。その副作用で、学校の人気が上がれば、更に良い。」

「なるほど。」


山野は、校長の言いたいことが手に取るように分かる。

今や、日本の生産性は、先進国の中では最下位に甘んじている。

これは、積極的に技術革新を受け入れて、効率的に生産することを怠ってきたからだ。



日本人は、どうしても投資と言う単語に反感を抱く。

それは企業においても、それは同じことだ。

多くの日本企業は、投資より、内部留保を優先する。

次なる不景気に備えて、体力の温存を図ろうとするからだ。

ところが、この内部留保が、不景気の一因になることは余り理解されていない。



「それで、山野さん。」

「はい。」

「投資専科のクラスですけど、山野さんに受け持って貰えませんか!?」

「はいぃぃぃぃ・・・・!?」


余りに唐突に言われたので、山野は変なところから声を出してしまった。

自分はコンサルタントであり、講師をやろうとは思ってもいなかったからだ。



「投資専科のクラスを考えた時に、講師役を誰に頼むかで悩みました。金融機関出身者が良いのか、それとも投資会社出身者が良いのか、はたまた一流企業で重役を務めていた人が良いのか・・・・。」

「はぁ・・・。」

「でも、金融機関出身者は、自分自身では投資をやっていないから外しました。実際の経験が無ければ、空理空論になりかねません。」

「はぁ・・・。」

「投資会社出身者も、他人の資産を運用していただけですから、外しました。」

「それで、一流企業の重役経験者で、投資に明るい人を紹介して頂こうと思い、堀井先生をお尋ねしたんです。」

「はぁ・・・。」

「そうしたら、うってつけの人材がいると教えていただきました。」

「えっ、それがオレですか!?」

「そうです。」

「いやいや、ちょっと待って下さい。確かに投資の経験はありますが、他人に教えられるほどの知識はありませんよ。」


これは、全くウソの無い山野自身の認識だ。

他人に教えるには、10倍の知識量が要ると師匠から教わった。

自分と師匠を比べたら、余りに差が大き過ぎるのが解る。

確かに自分は、師匠に教わって、長期投資を学んだ。

成長企業を見抜く手法は、割と自信がある。

が、それだけだ。

自分が成功する為の方法しか学んでいない。

それで、師匠のように他人に教えることは難しいと考えたのだ。



「山野さん。」

「はい。」

「実は、私も投資はやっているんですよ。」

「校長先生もですか!?」

「だから私は、あなたの凄さが分かっているんですよ。この世界、評論家と呼べるような人は、掃いて捨てるほど居ます。でも、その殆どは、口先だけで、中身が伴っていない。現実に、儲けているような人は、極少数だ。だからこそ、本当に儲けている人の言葉には、何者にも変えられない価値がある。私は、本物を学生たちに提供したいんです。」


そう言って迫る校長に対して、山野はいなと言うことが出来なかった。

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