第16話 嵐の夜に、君想う

 


 テレビでは昨日の地震がニュースになっていた。都心で発生したものとして大震災以来の大きな揺れだったらしく、軽く騒ぎになってる。


 相当でかかった…僕も家にいて棚から物が倒れたり、冷蔵庫が勝手に開いたり、親からは心配の電話が来るし。震度6だもん。マジ怖かった。

 津波の心配はないって言うけど、…あの近くの公園が地震のせいで大変なことになってた。


 この台風が来る前にちょっと様子を見に行ったけど、公園だったのに地面がそこだけ陥没してあり得ない惨状になってる。


 地盤沈下?の影響とかなんとかって言ってたけど、すぐ近くの住宅でも影響が出てて大変らしい。しかも今日は何故か予測も間に合わず直撃してきた大型台風!



 今回は避難所に避難するほどの事にならなくて良かったけど…、シェラミアが未だに何処にいるのかも分からないのが不安で、心配で…。何度連絡しても既読すらつけてもらえない。


他の吸血鬼仲間の連絡先も知らないし…ジャッキーさんの連絡先は持ってるけど、忙しそうな人だから、急にかけて聞くのも…うーん……。


 何処かに避難できてるのかな、またハンターに襲われたりとかしてないかな、無事でいるのかな……それだけでも知りたい。君が受け入れてくれなくても、君が無事でいるならそれでいい。


連絡だけでも、欲しい。



__『続いてのニュースです。都内某所で、30代男性の飼っていた体長約3.5メートルのニシキヘビが脱走し、懸命な捜索が続けられています』



はぁ…うちは吸血鬼が脱走してる。ヘビ探すよりそっちを探すの手伝って欲しいよ。



外、まだ雷と風の音が凄いなぁ。ていうか今日一日ずっとじゃない?台風が過ぎるのは結構早いもんだし…。


 そう思いつつ、シャッと閉めてたカーテンを開けて外の様子を見た時、反射的に「ひぇあっ!?」と声が出た。



…え、待って。うちの物干し竿についてるの、何…………??



 風と雨にガタガタと揺れるうちの物干し竿に白くて丸々とした何かが、ぐるんっと必死に巻き付きながら物干し竿と一緒にバタバタ揺れてる。


 洗濯物は全部取り込んだはずだし?あんなの竿についてた記憶がない…。


 凄い風に揺れて、必死で絡まってるけど、あまりの勢いに先の部分が飛ばされそうになってる。………マットレスのシーツ?いやでもそれにしてはなんか厚みあるし。



………とりあえず、竿は飛ばされると危ないから回収することにした。



 戸を開けて、ブォンブォンまだ強い風と雨が激しい中で、何とか竿を回収する。竿にくっついてる物体に反して重さはそれほどなく、さっさと部屋の中に入れて戸を閉めた後、振り返った。


「なんだろう…これ」


 竿に巻き付く白い何かをツンツンと指で突っついた。滑らかで意外に柔らかい感触で、シェリルの肌の感じと似てる。


いや、これ、布じゃない?明らかになんか別のもの?


どっかの家から飛んできたのかなぁ?ちょっと弾力があってゴムっぽい……。



「…シャー」


…ん?なんか耳元で囁かれたよう…な。


ちょいちょい物体を弄ってると、耳元で何か聞こえて振り返った。


……デカイ。デカイヘビの顔がある。

白くて目が赤くて、ずっとチロチロ舌を出しながら体を大きく反りあげて僕を見てるへ…………。




______へ、ヘビぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!???



「ヘビだぁぁぁぁぁ!!!?」



明らかに日本にいるはずのないタイプの人食いヘビ。体長は3…いや多分見た目5メートル以上で、竿からズルッと体を離して自分の家の床を這ってる。


嘘でしょ!?待って、これ、あれじゃない!?今ニュースでやってたヘビじゃない!?



「うわぁぁぁデカッ!!なんで!?なんでうちのベランダにいぃ!?」



 バタッと腰が抜けて動けなくなった僕をヘビは睨むように見下ろしてる。


台風に地震に今度はヘビ!?幻覚じゃない、だってがっつり触ったもん!!実体あったもん!?


 こういう時は警察?いや動物園!?いやTwitterでSOS!?大体の災害は起きるかもしれないって考えはあったけど、巨大ヘビが部屋に現れるパターンなんて想定してない!!


この台風の暴風で飛んできた!?何処から!?!?



「すいませんすいませんすいません!!!!お願いします!!食べないで美味しくないからぁぁ!!!!」



「…あのぉ……。そんなに怖がらなくても、私人間は食べません」


「食べないでくださいーーーー!!!!」


「食べませんよ」



 震えてると、急に知らない女性の声が聞こえた。聞き取りやすくて、少しだけ外国人が使う日本語のような訛りがあるような…。



………え?何?幻聴…?パニックになりすぎて幻聴聞こえた?


ヘビ相手に土下座までして食べないでと震えながらお願いしていた頭を恐る恐る、上げる。


 視界にうねうねとちらついてた白い蛇の尾が、ヒラヒラしたシルクのカーテンのようなものに入っていくのが見える。

うちにシルクのカーテンはない。シェリルが来てから全部遮光カーテンに変えたし。



 そのままゆっくりと顔をあげて見上げると、そこに巨大な白蛇の姿はない。

代わりに、長い黒髪の凄く美人なお姉さんが立っていた。服装は中国民族の衣装に似てて、気品のある不思議な雰囲気を纏っている。


…ん?待って、ヘビは?もしかして、これ夢?



「………誰?」


「驚かせてしまってごめんなさい。助けて頂いてありがとうございます。私は、白蛇のハクと申します」


「…ん?どゆこと?白蛇の名前が、ハク…なんとかさん?ん??」


「はい。私が先程の白蛇です」




……?????




「…私のような者は初めてですか?」


「初めて…というか、何を仰ってるのか全く分からないんですが…??」


 二人してお互いの顔に「?」が浮かんでる。お姉さんの顔が綺麗な上にシェリルとは違った可愛さがあるせいか、ちょっと見惚れる。


 この人がさっきの…ヘビにはとても思えないし…でもそうじゃなきゃ一体、この台風の中どうやって侵入してきた?って話だし……?


お姉さんと僕が見つめあった後、お姉さんからムムッ?とした顔をして「お部屋を間違えたのかしら…」と僕を何度か二度見した。



「いいえ、ベルカさんは確かにこのマンションだと……微かに妖気を感じますし……」


「あの、もしかしてなんですけど、シェリルの友達か何か…だったり」


「あぁ!そうです!!やっぱり貴方でしたか!!良かった、お探ししていたのですよ」



……嘘だぁ。シェリルにあんな蛇の…っていうか、吸血鬼以外にもそういうのがいるんだ……。なんかハリー・ポッターみたいになってきた。あんなおっきな蛇が目の前に出てきて、人になって話しかけるなんてファンタジーな世界観。


ファンタジーっていうより、今のは軽くホラーだった。蛇嫌いなんだよね…。



「このマンションに住んでいらっしゃると聞いて来たのですが、何号室かまでは分からずベランダから部屋を探してたのです。良かった、危うく飛ばされる所でした」


「あぁ…よく騒ぎにならずにここまで来たね」


見つかったら地震以上に騒がれてた気がする。


「折角来てもらって申し訳ないんだけど、シェリルは、今は色々あってここにはいなくて…」


「いいえ!私は、貴方に会いに来ました!急ぎ知らせたいことがあるのです。シェラミアさんが、貴方が死んだと思い、ご実家に帰ろうとなさっていて」


「………はぁ!?」


 何で!?どういうこと!?三日間いない間になんで僕が死んだことになってるの!?


「私、昨日シェラミアさんと一緒にいたのですが、途中でおじいさまと出ていかれて…」



 一体何が起きたのか。昨日シェラミアとこの…蛇のお姉さんが一緒にいたのも驚きだけど、彼女から全てを聞いた。


 まず、シェラミアは僕ともう一度話をしに行こうとして店を出た後、彼女を追ってじいやさんも店を出た。

それが気になったハクさんは、なんか…よくわかんないんだけど、仲間の蛇に頼んで後を追わせたとか。


 それで蛇の話によれば、僕と元彼女…つまり多分優愛が、浮気している現場を公園に来たシェラミアが見つけ、激昂してそのまま僕と優愛を殺しにかかり、自分が殺してしまったと思い込むことになった。


が、当然僕は昨日優愛と会った事実はない。夜は家で悠斗と話をしてたし、アリバイはある。


 その偽物の二人の正体は、じいやさんのコウモリ達で、流れからすればじいやさんはシェラミアを騙してそのまま連れ帰ろうとしている。しかも、シェラミアの手で僕を殺したという確実な手を使って。




…………という事になる。



「……何も、僕を殺さなくても……。ていうか、もしかして公園のあれとか地震って全部!?」


「そう。シェラミアさんの魔力が一時的に暴走して引き起こしたものです」


「えぇぇぇぇ!?」



 あの公園………もう凄いことになってたけど、あれ、地盤沈下じゃなくて怒りのままに僕と優愛をぶっ殺した現場って事になるんだよね。


…知った後、凄い複雑な気持ち。見えるところで浮気したら殺すって言われてたけど、彼女の場合代償でかすぎる。

 いや、浮気する気なんてこれっぽっちもなかったんだけど。



「あぁ…そうなんだ…。昨日僕のところに帰ろうとしてたんだね…。LINEくれたら迎えに行ったのに…!」


「聞いてください。このままでは危険です。この台風も、自然の摂理により起こされたものではないの。シェラミアさんは、貴方を殺してしまったと思って正気を失いかけてる。このままだと、彼女の中の妖気が暴走してしまうわ」



「それって、どういうこと…?」



「彼女の妖気は神から授けられた物。300年前、彼女自身も抑えきれなくなって私の遣えていた方の元へ来たことがあったの。

 それは昨日の地震ともこの台風とも比べ物にならないぐらいの災厄を起こす程よ。止められるのは貴方しかいません」



 何が起きるのかは分からないけど、一日ずっと異常気象で続いている台風よりも恐ろしいことが起こると言われると、洒落にならない何かが起こるのだと想像がつく。




「あのまま帰れば大変な事になり…シェラミアさんは……本来のシェラミアさんには戻れなくなります。吸血鬼の成れの果て…ただの怪物となるでしょう」


「そんな…僕のせいで」


「いえ、貴方のせいではありません!シェラミアさんは、貴方を心より慕っています!今すぐ会いに行くべきです!!」



 シェラミア…。君が昨日帰ってきてくれてたらこんなことにはならなかった。


というより、僕がもっと君を探して歩いていれば良かったんだ。君を見つけるまで、一昨日も悠斗といた昨日も、深夜寝ずに君を探した。

 


 地震が起きて、もしかしたら怪我でもして何処かで休んでるんじゃないかと思って。


 それでも、君が近くまで来てたことにも気がつかなかった…!!僕は…なんでこんなにバカなんだろう!!


今なんて台風が来てるからって仕事を切り上げてさっさとタクシーで帰ってテレビ見てたなんて!!



……僕を殺して当然だよ。全部、僕が悪い。優愛のことも何もかも、説明しなかったのは僕が悪い。じいやさんが殺してでも引き離したい理由も分かる。


僕がバカで情けない人間で、ここまで君をちゃんと守ってあげられたことなんてない。少ない間だけしか、一緒にいられない。幸せにしてあげられる自信も…正直ない。


でも、それでも、君に会いたい。


誤解させたまま、別れたくない。君を悲しませたまま…別れたくない。本当に想ってるのは、君だけなんだって、ちゃんと証明したい!



「今何処にいるの!?」


「ご案内致します」



 ハクさんは頷き、僕の手を握った瞬間、自分の体と意識が浮かび上がった。



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