第15.5話 壊れる絆

____**



 ………。

やはり家まで行くのがいいだろうか、LINEで一昨日の公園まで呼び出すべきか。



スマホを握りながら、通知が300件も超えている聖也のアカウントの前で指が止まる。


 普通に考えたら家まで行くのが早いのだが、やっぱり私から戻るのは納得がいかない。あっちから来て、きっちり説明をしてもらうべきとしか!


 一昨日、あの母子と会った公園に向かいながら酔いを覚ましつつ歩く。ていうか飲みすぎた。まだフラフラしてる。




ハクや皆の言う通り、あいつの話もちゃんと聞かずに衝動的に飛び出してきたのも、悪かったと思ってるし……。


一体どういうワケなのか検討もつかない。


 自分の子供を宿してる妊婦と、途中で別れるに至る理由が。たとえそうとしても、認知してるなら養育費とか出すのが当たり前ってテレビで言ってたぞ。


 …いや、認知は、してるようでしてなかったな。これだけ見れば、どんだけクズなんだ。


 でも、あいつは………結婚、考えてたんだよな。あの女と。地方から出てきたんだし、賃金もまともにない状態で、あのように設備が整ってる所に最初から住んでたわけもない。


 どうしてそこまで考えてて、子供が生まれる間もなく別れた?別れてからもずっと、あの家で一人で住んでたのにも、ワケがあるのか?


 首もとにかかった金星のペンダントにふと触れると、あいつとの記憶が甦る。初めてあの家に来た日、ぎこちなくて、あいつは落ち着かない様子で髪を弄りながら、私に合鍵を渡した日。



『来てくれて、嬉しいよ。シェラミアさん』


『思ったより狭いところに住んでるのだな、人間。棺一つ、ようやく入る大きさとは』


『まさか、棺に入って来るなんて思ってなくて!…宅配のお兄さんも、ヤバイもの見るような目で見てたし…』


『なにか言ったか』


『なんでもない!シェラミアさん、何か困ったことがあったら遠慮なく言ってね』


『……………一応、男女の仲だ。シェリルでいい。いちいち噛みそうな所も、聞いててもどかしい』


『あ、あはは…わかった。じゃあ、僕も"人間"とか"小僧"じゃなくて、聖也って呼んでくれますか?』



___あの時の聖也は、一体どんな気持ちで、私を迎え入れたのだ?


 私は……あの女の代わりとして入れられた都合のいい女としてではなく、本当に、私を必要としてくれていたんだろうか?


 あの時の空っぽだった私の部屋、何処と無く殺風景で寂しさがあった家に、だんだん物が増えた。

 光を遮る遮光の黒いカーテンになり、私のスマホやタブレットPC、ゲームセンターの装置で取ったぬいぐるみや化粧品、現代用の衣服。彼が買ってくれた。


生き血を欲しがればいくらでもくれた。寝てるときに吸い付いても、寝ぼけて吸い付いても怒ることもなかった。


 殺されかけた私を庇ったり、病院で飛び付いて泣いて謝ってきたり………。


そんなお前が、無責任なことをしでかしたのは何故?私は……お前を、信じていいのか?


 酔いでおぼつく足、夜はまだ寒さが残る住宅街の中を進み、あの公園に通り掛かった。夜目が利く自分の目は、はっきりと、一昨日と同じ誰もいない公園で一人、立っている姿を発見した。



__聖也

あいつがいた。私を探しに、こんな夜中に出歩いているんだろうかと淡い期待が浮かんだ。


うろうろと公園の真ん中でぽーっとしているのも、相変わらずというか、呆れる。どうせまたベーベー泣きながら夜を過ごしてたんだろう!!泣き虫め。

……まぁいい。あぁして探していた事だし?私から姿を見せてやっても、いいだろう。



「聖…」


「聖也っ!」


公園にいる聖也の元まで行こうとした時だった。聖也の元まで走る影は、吸血鬼の足取りよりも早く、抱きついた。



「会いたかった。連絡ありがと」


「優愛」


 聖也に抱きついた胸の中で擦りつく女。可愛らしくも、私には憎らしさ満点の笑顔を聖也に向けており、聖也も聖也で拒否することなく受け入れていた。


 それは……あれだけ目障りだと睨み付けていた態度とは大違いで、いつも私に向けている目と、同じだった。



…一体、何が起きてる。あの女と、何をしてる。



「聖也、本当に戻って来てくれるのね?私と優也の所に」


「うん。シェラミアはもう出ていったし、やっぱり考えたら、君と優也が一番大事だって分かったんだ」



____は?……今、なんと……?



目の前が真っ暗になるとは、こう言うことか?急に酔いがまた回ってぐらついたのか?…酷く…酷く………目眩と幻聴が……。


「いいの?私の事、許せなかったんでしょ?」


「違うよ、酷いこと言っちゃってごめんね。本当は、君の元に戻りたかったんだ。シェラミアの前だったからさぁ、あぁ言わないと、後でうざいし」



う、うざい…だと?うざい!?!?



「い、いいの。分かってたから!聖也はいつも私の所に戻ってきてくれたし、本当は…私のこと、まだ忘れてないって知ってたもん」


「優愛はいつも僕のことよく分かってくれるよね。どっかの我が儘で意地っ張りですぐに威張る八重歯出っ歯な女とは大違いだ」



わがまま……意地っ……威張る……八重歯出っ歯………?


………!?


私!?私のことかそれは!!!?


私は、悪夢でも見てるのか??というか今、寝てるのか?


 あいつが…あれだけあの女を拒絶していたというのに、いとおしそうに体を抱き締めている。

いつも………私にやってるみたいに。あんな風に、他のメスをっ…!!!!



……嫌。



嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌っ!!!!なんだあれ!!現実なの!?聖也が、聖也が、私以外に!!



「君がいなくなって、ずっと考えてた。どれだけ君が大切なのか。あの冷たくて意地悪で乱暴な吸血鬼女じゃ、満たされないものが優愛にあるんだって。今度こそ、家族三人で住もう。幸せな家庭を築こう」


「っ!嬉しいっ…!!聖也…!!優也もきっと喜ぶわ!!」


「愛してるよ、優愛…」


………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

………………そう。



……よく…分かった……………。





____ゴゴゴゴゴッ……



「「!?」」



____怒りと憎しみと恥辱と悔しさと、それらの感情はもう、抑え込むことができず、地球の地層ごと揺れた。

良い満月の日には、私の溢れんばかりの泉から魔力が高まる。



「裏切り者っ…裏切り者裏切り者裏切り者裏切り者ーーーーーー!!!!」



 バキバキと自分の下の地面が割れ、体が浮き上がる。生きてこの方感じたことのない怒りに力の制御を失う寸前、残った僅かな理性で、周りの遊具の一部と木々を地面より切り離し、この目の前の…忌まわしき男女の真上に掲げた。


二人は私の姿を認識し、身を寄せあって恐怖におののいていた。



「ひっ!!ちょっ、聞いてないこんなの…!!」


「ど、え、お、落ち着いて!!落ち着いてください!!シェラミアさ…」



「今さら命乞いか我が下僕……いや、愚かしい人間風情が!!…今までよくも………よくもっっ!!!!私を騙してくれたなっっっっ!!!!!!」




__あぁ。どうしてだ。


全部、じいやの言う通りだった。


私が…間違ってた。



『シェリルちゃん。モフモフさせて?』


『なんだそのモフモフって…ウサギか私は』


『いいじゃん。君抱いてると安心するんだもん』


『…冷たいだろう。体温、ないから』


『そんなことないよ。良い匂いがして、髪も肌もスベスベプニプニで、好きな人の可愛い顔を間近で見られる。とても、幸せだよ』


『胸ばっか触ってるくせに』


『そんなことない!シェリルちゃん全部が好き~。僕が年取っても、モフモフさせてねー?君以外の人にしてもらいたくないからね~?』


『嫌だエロじじいめ』



あぁ。どうして。

どうして、彼の全てが本物だと……根拠もなく勝手に決めつけて……!!!!信じさせられて…!!


絶対も永遠もないと、知っていたはずなのに。お母様のように、誰かを信用し過ぎて破滅することがないようにしてきたのに。




結局傷つくのは、私だけなんだ。


ようやく、心から慕える誰かを見つけたと思ったのに。私は結局……一人で生きていく運命なんだ。




「死ねぇぇ!!!!!血の池の底まで堕ちろっっっっっっ!!!!!!」




__東京の閑静な夜の住宅街に爆音が響き渡り、地鳴りは徐々に終結していく。


パラパラと落ちる土。あの二人がいた場所は、一瞬でそこだけ災害に見舞われたのごとく瓦礫の山と化した。



「はぁ……はぁ………」


 地に足をつけて早々に踵を返し、騒ぎが大きくなる前にさっさと立ち去った。


 上り詰めた怒りは、簡単には収まらない。

訳なんか聞くまでもなく、あいつがどれだけ最低か、よく分かった。でも…あそこまで最低な男とは思ってなかった。


よくも純血種の吸血鬼相手にここまでコケにしてくれたものよ!!!!

 

 本当は子供とあの女に未練があり、代わりで連れてきた私にはやましいと感じていたから、今まで言わずにいたのだ!!


 好きなはずがない、可愛いなんて思うはずがない。私は、人間を殺す吸血鬼。

 


簡単な事だったじゃないか。どうせいつかは、怖くなるか、疎ましくなって邪魔になって、殺そうとするはずなんだ。お母様の時みたいに、殺そうと……………。




…………………………………………………………………………………………………………………………どうしよう。



私、聖也殺してしまった。





______**





_「キーッ!怖かった!死ぬかと思ったでござる!キーッ!」


_「シェラミア様怒ると怖いです、これバレたら絶対殺されますです、もう死ぬの嫌です」


「いやはや……シェラミア様があそこまで力を発揮されるのはもう200年ぶりくらいじゃが、これほどとはのぉ。

怒りに任せてとはいえど、多少は抑えられてこれなのじゃから、危うく東京が沈むところじゃったわい。流石は、エウメニデスの器を継ぐ姫じゃ」




 シェラミアが去った公園では、二匹のコウモリが負傷した状態で地面に突き刺さった木の隙間から這うようにして出てきており、一回り大きいコウモリがそれを見つめていた。



「我が孫どもよ、ようやった!これでシェラミア様は、我々の元へ帰ってきてくださるじゃろう」


「じいさま、こんなことしてホントにいいのでござる?万が一、僕らが眞藤と女に変身して騙したなんて知れたら、ものすごい怒るでござるよ。コウモリ滅亡するかもしれないでござるよ」


「大丈夫じゃ。この事はお前達とわししか知らぬことゆえ。姫様の為、あの人間の男に囚われていてはろくなことにならぬ。たとえ酷でも、シェラミア様の為なのじゃ」



「わかりましたです…これもシェラミア様の為とおっしゃるならばです…」


パタパタと傷をおった羽をばたつかせながら、コウモリ達は、騒ぎを聞き付けてやってくる人間を察知すると、各々その場から飛び去って行った。


ガサガサ___


「…………」



それを茂みから眺める、一匹の蛇の存在には気づかずに。




____***





「シェラミア様。こんなところにおりましたか!探しましたぞ」


 パタパタと羽音が聞こえ、都会のビルの屋上で膝を抱えていた私の前に、じいやがコウモリから人間の姿に変化して現れる。

もはや、何の気力も感じられない。まさか、あんなこととは…。



「姫?どうされたのです?」


「…………聖也が裏切った。殺してしまった…つい………」


 怒りに任せて人間相手にやり過ぎた。殺すつもりじゃなかった……あいつが裏切ったから半殺しにはするつもりだったけど、確実に死ぬやり方をしてしまった。あれは確実に生きてはいない。


 何を今さら…怒ってたんだろう。彼がこれからの人生、私から離れて行く可能性は大いにあったんだ。聖也はただでさえ飽きやすいし、もしも、私から関心が離れて行っても引き留めないつもりだった。


 自分の子供がいる場所に帰って、人間の女と一緒になる選択肢を選んでも、私と一緒にいるよりかはいい。


 純血の吸血鬼として産まれた怪物の私。誰よりも始祖に近い血を持つ。いつも命を狙ってきた奴等は、吸血鬼にも人間にもいた。


 ロサンチーノや加藤兄弟の時みたいに命を危険に晒させることもなければ、食は血という制約に振り回されなくていい。


 もし私が吸血鬼と周りにバレたりしたら、苦労するのは聖也だ。長老の誰かにでも知れたらただでは済まされない。


 だから……あれで良かったんだ。人間は人間の世界で、生きていく。この間みたいなをさせずに、幸せに歳を取って、死んでいける人生を。


その選択肢をとった聖也は、間違ってなかったのに、私………。



「おおっ…お可哀想にシェラミア様…!シェラミア様に非はございませぬぞ…弄び、さも簡単に姫を裏切った人間が悪いのです」


 膝を抱えて、黙って冷たい風に打たれている放心状態の私をじいやは昔のように抱き寄せて、私の頭を撫でて、慰めてきた。


「じいは間違った事を申さなかったでしょう?これ以上、人間と生きようと考えてはいけませぬ。疑心にまみれ、簡単に強欲に支配される人間を信じては…いつか、姫が殺されてしまいます」



「…………」



 たとえ本心が、私を想っていなくても、彼には生きてて欲しかった。


 ムカつくのに、許せないのに、あいつはもう………この世にいなくなってしまった。私が、殺した。

あの間抜けでヘラヘラした温かな笑顔を、もう、見れないのか。


じいやのほのかな温もりよりも、彼の腕の中が、血の甘い味わいが、心臓の音が………恋しい。



「あ……あぁ………」


情けない声が口から漏れる。意識ははっきりしてるのに、何も、思えない。

ダランッと体の力が抜けて、じいやに寄りかかった。



「姫、帰りましょう。マナナンガル家の血筋は、今や貴方様のみ。途絶える訳にはゆかぬのです」


「………」


「お母上様もシェラミア様も授かられた時は大変お喜びになられました。一族の者が全て亡くなっても、姫がいたことで救われたと仰ってました。いずれ、姫も我が子を抱けば、あの男の事など忘れさせてくれましょう」



……聖也……あいつがいい……。



誰の子も産みたくない、誰とも結婚なんかしたくない。


私は、聖也と一緒にいたかった。



認めない。これは悪い夢だ。私は、今眠っているんだ……。



「………分かった。帰る……」



いつか何処かで目が覚めたら、あいつが隣にいるんだ。「おはよう、シェリル」って。その時に、「物凄く嫌な夢を見た」って言ったら、あいつは大袈裟なほど心配して、私を抱き締めてくれる。



___「怖くないよ。もう僕がいるからね」って、言ってくれる。


これから、好きでもない男と結婚して子を産んで、家の責務を果たして、いつ死が訪れるかも分からない夢の何処かで。


きっと……きっと。

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